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四十島の江戸怪談話 —鳥の声にご用心—  作者: 江藤ぴりか


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3/11

第三夜:赤い目の女と、羽ばたくもの

「らっしゃい、らっしゃい。燕屋つばめやの小物だよ! 奥さん、娘さん向けのかんざしくし、帯留めなんかもあるよ!」

 申の時、今でいう午後四時ごろ。手代に「店番でもしてろ」と言われ、四十島よそじが店番をしていると、寺子屋帰りの娘からこんな声が聞こえた。

「見たんだって! 夜にかわやに行く時、川の上を飛ぶ、白と黒の着物の女がいたんだよ!」

「あたしも。なんか目が赤くて、翼があって……あれはきっと、妖怪なのよ」

 四十島は耳をそばだてつつ、客を捌く。

(どうせまた、鳥かなんかだろう……。オレは関わらないぞ)

 だが、娘たちは四十島に話を振る。

「燕屋さん、どう思う?」

「へぁ? あっしには分かりませんねぇ……へっへっへ」

「こないだ、何かの罪でさらし首になった女がいたじゃない? あれが祟って、出たんだよ、ねぇ?」

「そんなこと言われても、見習いのあっしにゃ、見当もつきやせん」

 娘たちは店の品を買いもせず、立ち去ってしまった。


「精が出るな、四十島。さっきの話、オメェが調べてこい」

 いつの間にやら燕屋の主人、燕野文蔵つばめのぶんぞうが彼の後ろに立っていた。

「なんで、あっしなんですか?」

 四十島の素っ頓狂な声で答える。

「なんでって、そりゃあ『燕屋の若えのが、事件解決』とくりゃ、店も箔が付くってモンよ!」

「そんなぁ……。旦那、あっしが怖がりなの、ご存知でしょう?」

 文蔵が腕を組み、したり顔で四十島を見据える。

侠気おとこぎを見せろ。お前には期待してるんだ」

 主人の命とあれば、従わざるを得ない。四十島は渋々、隅田川へと足を運んだのだった。



 冬の江戸は身にしみる寒さだ。二重にした手ぬぐいの首巻きすら貫通する冷たさ。手をこすり、息で指を温めても一向に温まらない。

 川辺の柳のそばに陣取り、川を眺めた。

「うぅー、寒い。屋台で茶と蕎麦でも食べたい……」

 吹き下ろす冷たい風が、ほっかむりの中の月代さかやきを冷やす。

 その時、茂みの中から音がした。

「ひぃ! 祟らないでおくれぇ!」

 嘆願虚しく、何も起こらない。薄目を開け、確認すると狸がきょとんとこちらを見ていた。やがて狸はどこかに消えてしまった。

「狸の野郎、脅かしやがって……」

 毒づく四十島を周りの者がいぶかしむ。その視線に気づき、彼は「すいやせん」とペコペコお辞儀をし、場所を移すことにした。


 橋の真ん中に陣取り、引き続き調査をする。四十島よそじの後ろには提灯を持った人々が通り過ぎていく。

「江戸は夜も華やかなモンだねぇ……」

 そうひとりごつと、歩く人の振動が伝わる。水面は暗く、提灯の灯りを写していた。

 時折、水面が不自然に揺れる。誰かが投石したのかと見渡すも、柳の葉が揺れるだけ。

「おお、こわや。魚でも跳ねたのかね」

 波紋は魚にしては強かった。意を決して、橋の下を覗き込む。――目はつぶったままだ。

 目を開け、注視する。凝らした目に映ったのは、着水する鴨の姿だった。しかし、見慣れない姿だ。

 緋色の頭に、白黒の体。目は赤く、黒っぽいくちばしだ。四十島は懐に忍ばせていた帳面に、鴨の特徴を書く。

 もっとよく観察できる所はないかと、川沿いに移動するが、奇妙な鴨はクエクエ鳴きながら飛び去ってしまった。翼の白い帯が薄明かりでも目立った。


「やっぱり、鳥か……」

 数日はかかると思っていた赤い目の女の正体は、今回も鳥だった。これは鴻屋おおとりやに聞かねばなるまい。

 大家の加鳥かとりに取り次いでもらうか。屋台の提灯に惹かれ、夜鳴き蕎麦と茶を楽しむのだった。



『おとう、おっかあ。江戸は夜も提灯の群れが行きかい、とても華やかだ。粋な着物に包んだ町人は、活気があってオレは尻込みしちまう。でも、商人見習いから一端の商人になるため、今日も手代に頼まれて、店番をした。娘さんに声かけられても、緊張しなくなったし、心配はいらない。そっちは雪が積もってるだろう。こっちはちらつく程度さ。また金が貯まったら、仕送りを送るから待っててくれ』


 文をしたためると、油皿の火を落とし、布団の中に潜り込んだ。すずりの匂いと共に夢に落ちる。

 今日の夢は上州の雪かきの思い出だった。冬なのに汗をかき、若いからと年寄りの家の雪下ろしをよく手伝わされたっけ。お礼にもらった漬物を、麦飯でかっこんだ思い出。

 郷愁の穏やかな日常に、起きた時涙の跡が布団に残っていた。



 ひとまずは燕屋の主人に報告をする。

「ふーむ、見たこともない鴨ねぇ。鳥なら『鳥連中』の鴻屋おおとりやの主人、鴻野源蔵こうのげんぞうに聞くといい。あいつぁ、鳥バカだからな。丁度、鳥を模した小物を見せろと言われてる。四十島、その鴨のことをついでに聞いてこい」

 燕の旦那と鴻の旦那にそんな接点があるとは。

「へぇ、分かりやした。ウチの長屋の大家、加鳥かとりの旦那とも親交があるみたいで、こないだ世話になったばかりなんです。旦那とも知り合いだなんて初耳ですねぇ」

「腐れ縁さね。ま、あっちは大店おおだな、こっちは弱小。ホント、上手くいかんね」


 上等な包みに商品を入れ、鴻屋の裏口に回る。燕屋の使いと伝えると、すんなり通してもらえた。

「おお、来たか。って、四十島じゃないか。あいつのとこで働いてたんだな。ささ、まずは商品を見せてもらえるかい?」

「へぇ、旦那。あと、個人的に聞きたいこともあるんで、お時間よろしいですかい?」

 上等な着物の鴻野こうのはニヤリと笑った。

「ほほう、また鳥かね。鳥の話なら、いつでも歓迎だ。おおい、茶を出せ。こいつは客人だ」

 丁稚にもらった茶で両手を温める。ズズッとすすると、喉からみぞおちに熱い茶が流れていった。


 メジロのかんざし、燕のくし。その細工に鴻野はいちいち感心している。ひとしきり眺めると、座布団に座り直し、四十島の相談は何かと尋ねた。

 四十島は昨晩の鴨について帳面を見ながら、説明する。

「それで、夜の隅田川に見慣れない鴨がいまして……」

「緋色の頭に、白黒の体。目は赤く、黒っぽいくちばしねぇ。今は冬の季節だ。こりゃ、『ホシハジロ』だな」

 聞き慣れない言葉に、四十島は首をかしげる。

「大体は川じゃなく、池なんかで見られる鴨さ。どこからか来て、たまに川でも見かける夜の鴨さ。赤い目、緋色の頭に白黒の体はおすの特徴だな」

「はぁ、ともかく名前は『ホシハジロ』で間違いないんですね。それじゃあ、娘の見た赤い目の翼の生えた女はコイツで間違いなさそうですね」

 やっぱり、鳥なのか。店に来た時に娘さんに教えてあげよう。幽霊や妖怪なんて、やっぱりいないんだ。四十島は安堵した。



 申の時の店番時にあの娘たちが、店を訪れた。

「昨日も赤目の女を見たよ」

「えー、こわぁい」

 意を決して、四十島が娘らに声をかける。

「娘さん、そいつは『ホシハジロ』っていう、緋色の頭に、白黒の体。目は赤く、黒っぽいくちばしの鴨さ。冬にしか現れない鴨らしいですぜ」

 四十島の顔は誇らしげだった。娘たちは残念がりつつも納得した様子だった。

 しかし、娘の一人が深刻そうに口を開く。

「……でもね、あの中にひとつだけ人の形をしたのが飛んでるのを見たのよ。鳥ならずんぐりしてるでしょ? でもきれいな十字の影があったんだよ」

 四十島の背中が冷えた。


 隅田川は今日も行き交う人を見守っている。その中には娘の見た女もいるかもしれない。

 しばらく四十島は川のそばを通るのを嫌がったという。

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