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四十島の江戸怪談話 —鳥の声にご用心—  作者: 江藤ぴりか


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第二夜:夜鷹坂異聞

 蝉の声も鳴き止んだ夜。四十島よそじは寄り道がてら、花街に足を運んだ。

 赤い柵の奥に艶かしい女どもが商品として、並んでいる。女のひとりが四十島にチラリと目を向けた。目尻の紅く引いた色っぽい目線に思わず目を背ける。

「ひぃ。色っぺぇけど、おっかねぇ」

 この四十島、怖がりな上に小心者。たまにこうして花街に繰り出すが、女を買う金も度胸もない。


 花街の外れた辻にかかると、『夜鷹坂』と呼ばれる貧しい女が色を売る場所があった。

「チュウチュウ、チュウチュウ」

 夜鷹が色を売る鳴き声だ。こうして、女は男を誘う。花街の提灯の灯りだけでは顔が分からぬ。女たちは白塗りし、自分の顔を引き立てていた。

「若けぇのから、老婆まで、すげぇもんだ」

 齢七十といった老婆もいるが、大抵は小物屋に来るような若い少女が大半だった。


 地方から江戸に来て幾年。江戸の華やかさには毎度、目を奪われる。

「キョキョキョ、キョキョ」

「? なんだぁ? 夜鷹の鳴き声も変わったのかぁ?」

 四十島よそじが鳴き声の主を探す。チュウチュウという声とキョキョキョという声が入り交じる。異質な鳴き声だからか、声量のせいなのか、その声は際立っていた。

「キョキョキョ……キョキョキョ」

「なんでい、気味の悪い!」


 異質な声が辺りに響く。周りの男も女も、気にはしてないようだ。

 田舎者だと思われても癪だ。気にしない風を装って、声の主を探す。

 人気ひとけのない暗がりから声がする。鳴き声の出処はこの樹の辺りだ。

「おぉい、お前さん。どこに隠れてるんだい?」

 幹と太い枝の間にコブのようなものが目に入る。四十島が声をかけると、そのコブが大きく立ち上がり、金色のギョロリとした目が四十島を捉えた。

「ひえぇ! バケモンだ!」

 四十島は足を必死で動かし、花街を後にした。


「ひぎぃ!」

 家まで必死に動かしてきたせいか、足が絡まり、玄関前ですっ転んでしまった。

「うぃー……ヒック。おや、四十島よそじかい? そんなとこで寝てたら風邪、ひいちまうぞ」

 大家の加鳥かとりが声をかける。酔っ払って機嫌がいいのか、四十島に手を貸した。

「加鳥の旦那、花街にバケモンが出たんでさぁ!」

 酔いどれの加鳥がゲラゲラ笑う。

「なんだ、お前さん。酒でも引っ掛けたのかい、珍しい。またなんかと見間違えたんだろ」

 大家は相手にもしない。加鳥の着物の袖をひっぱり、四十島は必死で先刻のあらましを伝えた。

「はいはい、わかりましたよ。そんなら鴻屋おおとりやに相談でもするさね。ちょうど、さっき別れたばかりでさぁ。今ならどこかで捕まえられるかもな」

 鴻屋。ここらでその名を聞かぬものはいない大店おおだなの店主だ。彼なら知識もあって、先程のバケモノの正体が分かるかもしれぬ。


 行きすがら、忙しない提灯の群れに出くわした。十手を手に、提灯の『御用』の文字が眩しい。

「江戸は物騒だなぁ。毎晩、ああして御用聞きがうろついてら」

四十島よそじは上州の出か。あっちはそんなに平和なのかね」

「へぇ、まぁ……そうですねぇ」

 御用聞きの群れを見送ると、川沿いの夜鳴き蕎麦の匂いにつられそうになる。食欲をそそられ、ふと、客の顔を見ると、おおとりの旦那が蕎麦をすすっていた。

「鴻屋! なんでまたこんなとこに」

 質素な蕎麦と品のいい身なりの差が、なんともチグハグだった。

「ん? 加鳥かとりさんじゃあないですか。おお、こないだの若えのも。ちーっと待ってくれ。これを食ってから用事を聞くから」

 屋台のそばで鴻屋の食事を待つ。その間に、四十島の気持ちも落ち着いたようだ。


「酒のあとのシメはやっぱりここの蕎麦が一番。さてと、若えのの顔も良くなったみてぇだ」

 なんでも若い時にここの蕎麦で、食いつないだのだとか。鴻屋おおとりやの小話に、気を逸らされたが、大家の一言にハッと本題を思い出した。

「こっちの若えのは四十島よそじだ。こないだの竹鶏ちくけいには、こいつも怯えたんでさぁ。今日もなんだか『バケモンが出た』って、まぁ大騒ぎ。おい、四十島。説明してみろ。鴻の旦那なら、なんぞ分かるやもしれん」

「……へぇ」


 四十島は花街の『夜鷹坂』での出来事を話した。人通りのない夜鷹坂。大きな金色の目。びっくりして家まで走って、玄関前ですっ転んだこと。

「ハーハッハッハ。こいつぁ、傑作だ。そいつはオメェ、『ヨタカ』だ」

 鴻屋の言葉に目をぱちくりさせる。

「いや、夜鷹なら色を売りに地面に立ってるじゃないですか」

「ちがうちがう。『ヨタカ』っていう夜の鳥でさぁ。キョキョキョと鳴いたんだろ? 夏によく見る……って言っても見つけにくいがな。太い枝にベターっと張り付いてら」


 それじゃあ、あのコブは鳥だと? 四十島よそじは困惑している。

「金色の大きくてギョロリとしたのが鳥? あれは幽霊や妖怪じゃあないんですかい?」

 大きな腹をポンッと叩き、鴻屋おおとりやは笑顔で答える。

「んなわけあるか。チュウチュウっていう立ちんぼ夜鷹の幽霊でもない。ただの鳥だ。唐の鳥を仕入れるくらい、オレは鳥が好きでね。本や鳥の見世物小屋の常連だぞ。なんならヤマガラの芸も仕込んどるわい」

 加鳥かとりがウンウンと頷いた。

「鴻の旦那のヤマガラはすごいぞ。その辺のおみくじ芸なんざ、目じゃない」

 四十島が膝をついた。道行く人の目も気にせずに。

「なんでい……。また鳥かい……」

「まぁまぁ。今日は夜も遅い。辻斬りが出る前に、帰るぞ」

 すっかり腰の抜けた四十島を、二人は家まで送り届けてくれた。


 家につき、せんべい布団を押し入れから出した時、足に籠の感触が当たった。

「あ、故郷からの手紙か。そろそろ、書かねぇとおっかあが心配すらぁ」

 小物問屋の通い見習い。江戸に出てきて早数年。見習いとして失敗もあれど、もう一端の商人の気分だ。

 でも今宵は疲れもあって、手紙を書く気力もない。明日、ふみを書いて、送ろう。そう思いながら、夢の中に消えていった。


 その日の夢は夜鷹がヨタカになる悪夢だった。夜中に大声で飛び起き、隣人に壁越しに怒られるのであった。

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