第85話 捜査と考察。そして
王宮にて、カルロ視点
私の手元に魔物騒動に関する報告書が並んでいる。
魔剣術騎士団アカルディ団長による魔物騒動における森とその周辺の調査結果報告。
王室調査官による商人の娘の元恋人に関する捜査結果報告。
フォンタナ王立学園ベニーニ教授からの検知器無効化と結界に関する考察。
まずアカルディ団長からの報告に目を通す。
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森周辺の魔物避けに不具合は見つからず。
踏み荒らされた草の状態から魔物は森の中から出てきたことにほぼ疑いない。
但し魔物避けが機能しなかった原因は現時点で不明。
魔トカゲ、オオトカゲどちらも雄であり、その誘導にフェロモンを使ったことにほぼ疑いない。
魔トカゲの死体からかすかに睡眠薬の痕跡が検出された。
オオトカゲの死体からは検出無し。
現場の状態から魔トカゲのみ、事を起こす前に捕獲して森の中に眠らせておいたものと推測される。
従ってオオトカゲはその魔トカゲに目をつけ追っていったもので想定外の出来事であったと推測される。
魔トカゲの捕獲にどのような手段を取ったか不明であるため、環境変化による魔物の活発化懸念が消えるまで、当面森周辺の見回りを強化する。
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事前に捕獲して睡眠薬で眠らせ、決行日当日満を持して、ということか。
魔物避けが機能しなかったのも、おそらくこちらの知らぬ手段を用いたのだろう。
やはり準備は周到だったようだ。
オオトカゲはアントニオの推測通りか。
現時点で魔物避けに不具合が無いのなら、アカルディ団長とその部下たちが見回り強化することで何かあれば目が届き、対応も可能であろう。
次に商人の娘の元恋人に関する調査結果報告に目を通す。
これは王室の調査官を差し向け、憲兵の協力を得ながら丹念な聞き込みによって調査した結果だ。
短い期間で良く調べてくれた。
リオネッラとエレナの証言の裏付けもほぼ取れたようだ。
商人とはバローネ子爵領で最も力を持つヴィエネ商会のピエトロ氏であり、その娘の元恋人の名前はアルフだ。
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リオネッラの証言通り、ピエトロ氏の娘の元恋人アルフは王都の表通りから少し入ったあたりにある小規模な店で働いていた。
その者はアルフからルーカへと名前を変えていた。
魔物騒動当日の朝から誰もルーカの姿を見ていない。
行き先の手がかりすら残さず姿を消していた。
貴重品の類も消えており計画的に姿を消したと思われる。
エレナが持っていた偽呼び出しの手紙には魔物のフェロモンが残っていた。
適量以上に相当な量を使ったものと推測される。
売りつけられた偽惚れ薬も同じ魔物のトカゲ類のフェロモンだった。
その魔物のフェロモンを惚れ薬と称して売りつけた者らは判明したが、取引の証拠となる物は何ひとつ無し。
彼らはカモからぼったくり二度とこんなふざけた依頼を持ち込ませないため叩きのめすつもりだったらしく、魔物騒動との関わりを示す証拠は無し。
その彼らがバローネ子爵について探った際、ルーカが以前子爵領に住んでいたことを知っていた同僚の店員がバローネ子爵の評判を尋ね、そこで魅了薬の話がルーカの耳に入った可能性が高い。
ルーカは住み込みで働いており、日中は外出もあまりしていなかった。
ただ夜間にひっそりと外出する姿は何度か目撃されている。
店の同僚は近辺の店へ一人で飲みに行ったのだろう、という認識だった。
但し店の名は誰も知らず、近辺の店にあたってもルーカを常連と認識している店は無かった。
ルーカが動くとしたら夜間の外出時であったろうと推測されるが、同僚の認識は前記の通りで手がかりに結びつく情報は無し。
身内は皆亡くなっており、かつて実家だった家やその周辺に顔を出した気配も無く、行方の手がかりは掴めず。
範囲を広げ捜査継続中であるが、現時点で小型結界装置や魔物の扱いに長けた者の手がかり無し。
魔物寄せに関しても同様に噂の影すら無し。
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取っ掛かりはその元恋人アルフであり、そのアルフがどう動いたのか。
そこが肝心だったのだが、本人は消え、調べに調べても小型結界装置や魔物を思い通りに動かすような者の気配すら掴めなかった、ということか。
ことによると王国内の者ではない可能性もあるかもしれない。
これもアントニオが言った通り、長丁場になりそうだ。
偽呼び出しの手紙には魔物のフェロモンが適量以上に使われており、リオネッラはそれをエレナに渡すまでずっとポケットに入れていた。
やはりそのフェロモンの匂いがエミリアーナの制服に移ったのは間違いなさそうだ。
魔物寄せに関してはエレナの妄言だったのだろう。
気になっていた二人の先生の不在については、結界不具合と魔物にすぐ対処できそうな者がいない時を狙ったと見ている。
ロマーノ先生の出張は毎年行われる会議へ出席したものであり、関係者なら誰でも出席者と開催日、場所を知ることができる。
ウベルト先生は貴族学院側の剣術講師主任の怪我のため請われて代理講師を務めたもの。
その主任が怪我を負った状況を調べさせ不審な点は無かったと報告が上がっているが、疑念は拭いきれない。
最後にベニーニ教授からの考察をまとめた報告書に目を通す。
搬入口門扉の検知器については学園の魔道具士ロマーノ先生による調査結果。
小型結果装置についてはベニーニ教授と一年生の特待生トーニオ・ギルリアーニによる考察結果だ。
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搬入口門扉の開閉検知器の無効化は魔法陣の書き換えにより行われた。
何らかの手段を用いて一時的に検知器の操作機能を奪い取り、魔法陣を書き換えたものと思われる。
実際に検知器の魔法陣が一部分上書きにより書き換えられ検知機能が無効化されていたことは確認済み。
検知器の操作機能を奪い取る手段として考えられるのは、上位互換の検知器を接続する方法。
これは過去の技術を再現する必要があり実証には時を要する。
学園の結界に小型結界装置が作り出した結界を融合させて繋ぐことは理論上可能である。
小型結界装置の方が対魔物用の結界を張る機能を内包する上位互換であるため。
逆は不可能。
考察結果から現状のままだと小型結界装置を使えば、学園の結界であろうが王宮の結界であろうが検知されずに人も魔物も出入りできてしまう恐れあり。
小型結界装置が作り出した結界自体を認識阻害で隠すことで、結界内にある物体や生き物を目視できなくなることは実験により確認済み。
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どちらも今では失われている過去の優れた技術が用いられたようだ。
搬入口は魔物騒動当日に使われる予定が無く、前日午後から開閉の記録は無かったことがわかっている。
別の場所から侵入した者が無効化したのだろうが、侵入手口は今のところ、早朝の食材搬入時に食堂裏手の搬入口から紛れ込んだ可能性が高いとされている。
結界についてこの報告でまだ、理論上、としているのは実際に実験をして確かめる訳にはいかないからだった。
トーニオ・ギルリアーニが再現した小型結界装置にはまだ融合の機能が無く、それを再現するためには時間がかかるとのこと。
おそらく資金も素材も足りないだろう。
だが、これは早急に確かめ、対策しなくてはならない。
この件に関しては立案が急務だが、関係者を絞り、情報を外部へ漏らさぬよう慎重にすべきであろう。
こちらがどこまで姿の見えぬ敵の手口を掴んでいるかは今は隠しておきたい。
それにしても今年の特待生には時を見計らったかのように良い人材が揃ったものだ。
トーニオ・ギルリアーニはこのまま小型結界装置に携わらせ、ゆくゆくは王室魔道具士か研究者として取り込みたい。
ブルーノ・ガッテイも装置の再現に携わっていたうえ、アントニオが評価するほどの剣の腕といい、聞き取りの場での振る舞いといい、これも取り込んでおきたい人物だ。
ガッテイ子爵家を継ぐだけでなく、カタラーニアにおける重要人物に化ける可能性がある逸材は逃したくない。
この二人やエミリアーナとも親しいラウルは海千山千の大商会であるウベルト商会の後継ぎで学園での成績も優秀、しかもあそこは魔石や魔道具の素材の扱いが群を抜いており、これも逃したくない。
こちらの利ばかりではなく、彼らもまたこの学園で得難い縁を結んだことだろう。
暗い面ばかりではなく、明るい兆しもあることに希望が持てるというものだ。
残るは魔物騒動の表向きの理由を使ったエレナとバローネ子爵の処分。
もともと領地管理不行き届きで子爵には目をつけていたのだ。
裏の事情は明かさずともそれで十分な材料になる。
エレナについては私が二学期末まで泳がせると決めた。
そして思惑通りの結果が出た。
生徒会役員たちには苦労をかけてしまったが、これで学園側に責任を負わせることなく決着がつく。
しかしこの決断はこうなってみると実に危ういものだった。
まさか魅了薬などというものを欲しがり動くとは。
魔物騒動で犠牲が出ていたら私の立場はどうなっていたかわからない。
だが皆の優れた働きで犠牲は無く、それに私は救われた。
この騒動は上に立つ者の決断というものの重みをより深く私に刻み込んだ。
とにかくこの処分は早々に行う。
そしてもちろん魔物騒動の裏の事情の捜査と対策の模索は続ける。
どんなに長丁場になったとしてもだ。
そう考えをまとめた時、折よくダンジェロ公爵登城の知らせが届いた。
いよいよ懸案をひとつ、片づける時が来たようだ。




