第81話 聞き取りの合間に
アントニオ視点
リオネッラ・ベルナルディ子爵令嬢は寮の自室で謹慎するよう学園長から言い渡され、会議室を退室した。
聞き取りに立ち会った者たちは皆しばらく無言だったが、ふと、グレコ団長がつぶやくように言った。
「魅了薬とはな」
魅了薬はフォンタナ王国において禁忌とされているものだ。
もっとも今では作り方もわからない幻の薬のはずだが、それを入手しようとしていたのか。
実際に入手したのは偽惚れ薬だということだが。
「どこをどうしたらありもしない魅了薬を手に入れよう、などという発想が出て来るのだ?」
またグレコ団長が言った。
「おそらく本人の中では筋が通った話なのだと思います。我々には理解できなくとも。この後の聞き取りにおいてもわからないままかもしれません」
ロレンツォが言う。
殿下も頷き、肯定の意を示された。
ただでさえ殿下はあの女に目をつけられ、近づこうとされ続けていたのだ。
その理解できない行動にずっと悩まされたことだろう。
そして常識が無くマナーも身についていないあの女の突飛な行動から殿下を守るため、周りの者たちも苦労したことだろう。
「ご苦労はいかほどかと拝察いたします」
「私より周りの者が苦労しました。おかげでその魅了薬と称する偽惚れ薬を振りかけた差し入れを受け取ることも口に入れることもなく済みました」
グレコ団長に殿下がしみじみとした調子で言葉を返された。
「さて、そうなると、この後の聞き取りに殿下が立ち会われるのは危険なのではありませんか」
「そうですな。学園側からは私と事務局長、事務職員、第一騎士団からはグレコ団長とダンジェロ副団長ということでいかがですかな?」
グレコ団長の言葉に学園長が答えた。
するとロレンツォが俺の顔を見て首を横に振った。
殿下もロレンツォに同意なさっているようだ。
「ここはグレコ団長お一人に頼みたいのだが」
「それは構いませんが」
殿下の言葉にグレコ団長は怪訝な表情で頷き、俺の顔をじろじろ見て何やら察した、という顔になった。
「ええ。ではそういたします」
「我々は隣の会議室で待機するとしよう。学園長。後はよろしく頼みます」
「御意」
殿下に続いて俺とロレンツォは会議室を退室した。
部屋を出てすぐロレンツォを問い詰める。
「どういうことだ?」
「魅了薬と称する偽惚れ薬を振りかけた差し入れだけど、あれは特別講義の日に兄さんにも渡そうとしていたんだ。こちらで阻止したけど」
「そうだったのか?」
「ああ。だから、あれはもしかすると兄さんも狙っていたかもしれない。ただ評判の美形を近くで見たい、あわよくば気を引きたい、という生やさしい感情ではなかったんだ。今の今まで考えもしなかったが魅了薬のつもりで使ったとすればまず間違いないと思う」
「特別講義の日まであれは俺の顔を知らなかったはずだ。なぜその俺を狙う?」
「エミリアーナも面識の無い時から敵視されていただろう?」
「なるほど。こちらは理解不能でも、あの女の中では筋が通っているということか」
エミリアーナの話では殿下とブルーノに、たしかラウルだったか、その三人を狙っているということだったが、さらに続きがあったようだ。
俺たちは隣の会議室に入って話を続けた。
「特別講義の少し前あたりからあれは殿下への差し入れと称するものを押し付けてくるようになった。魅了薬という名の偽惚れ薬を入手したのはその頃だろうな。あれが差し入れを押し付けてきた後、いつまでも生徒会室の近くでうろうろしていた理由がやっとわかった。殿下のお出ましを狙っていたんだ」
「魅了薬は使った相手と目が合えばそれだけで自分の虜にしてしまう、という危険な代物だったはずだ。そのような物を私やアントニオに使おうとしていたのか」
「いえ、殿下。もう使ったのですよ。少なくとも本人は魅了薬のつもりで使っていたはずですから」
「確かに、その通りだ」
「また殿下に対する不敬行為か」
「そういうことだね」
「だいぶ重なったな」
「今回の騒動の発端はどうやらあれのようだから、もっと重なりそうだ。それにしてもフェロモンとは恐れ入ったよ。差し入れを分析しても毒や媚薬の類が検出されない訳だ」
「これからフェロモンの入手経路はもちろん、今回の騒動について詳しく調べなくてはならんが、こちらは長丁場になりそうな気がするぞ」
「やはりそう思うか。アントニオ」
「はい。背後の背後に隠れている者まで辿り着けるかどうか。直後の調査でも学園に向けるにしては準備が周到で、本番前の通し稽古のようだと思いましたので。連中は元恋人たちの恨み心を利用してこの学園という舞台を拝借したのでしょう。王立学園であることも立地も連中には理想的な下稽古、通し稽古の舞台だったのかもしれません。元恋人たちが表に立ち、その裏で動ける。その通し稽古で何らかの失敗があっても元恋人たちを切り捨て彼らにすべて押し付けてしまえば自分たちの存在は隠せる。やはり、これは学園内だけに収まる騒動ではなく、それを遥かに超えているように思われます」
「私もそれを懸念している。だが、鍵を握るであろう商人の娘の元恋人はすでに姿を消しているだろうな」
「恐らく」
あの女がただ騙されて偽物を掴まされただけならまだ良かった。
だが魅了薬の話があの女に恨みを抱く者の耳に入った。
この騒動の現時点の調査結果から考えても、そのうえさらに厄介な者の耳にも入ったであろうことは想像に難くない。
連中は進んだ技術も資金も持っているだろう。
学園に在学中の王太子殿下が狙われた可能性まで出てきた。
いやまさかそんなはず、などと甘い考えで見逃せる訳がない。
あの女の愚かな行動が悪意をいくつも引き連れてきてしまった形だ。
欲した物が禁忌の魅了薬だったからだろう。
そういうものは得てして悪意や悪事を引き寄せるものだ。
その結果として今回の魔物騒動が起きた。
最悪の事態は避けられ、向こうが消しきれなかった痕跡を元にある程度結界を破った手口の推測がついた点は不幸中の幸いであったが。
その痕跡をきれいに消されていたら何もわからないままであっただろう。
魔物の侵入手口も、それをしてのける技術を持つ者の存在も、それを使って誰か、いや、おそらく王族を害そうとする者の存在も。
「エミリアーナが魔物の魔力を目撃して躊躇なく助けに向かった行動が明暗を分けたのだろう。痕跡が僅かでも残されていたのはこちらにとって幸いであったな」
「はい」
殿下の言葉に俺もロレンツォも深く同意した。




