第79話 仮説と信頼
R15あり
アントニオが言った小型結界装置。
私はそれを聞いてなるほどと思った。
トーニオが実験していた小型結界装置。
あれと同じ技術が使われたのなら、私たちがオオトカゲを訓練場に誘導したように、魔物を学園に向けてまっすぐ進むように誘導できるかもしれない。
アントニオが続ける。
「以前、一年生の特待生に実験中の小型結界装置を見せてもらったことがある。それはかなり昔にあった失われた技術を調べてなんとか再現したものだそうだが、ベニーニ教授ならご存知だろう。その実験中の装置にはまだ搭載されていなかったが、本来はその装置が作り出した結界同士を繋ぐことができる機能があるそうだ。従っていくつか繋げてその中に魔物を追い込めば、目的地に誘導できるのではないか、と考えた。魔物のトカゲ類は後ろへ下がる動きが苦手だ。前へ進むしかないほど狭い結界の中に追い込まれたらそのまま目的地へ進むだろう。フェロモンを使えばさらに誘導はしやすい」
「そのうえ結界同士を繋ぐ技術を応用すれば学園の結界とも繋ぐことができるのではないか、と考えた。結界同士を繋ぐだけなら、結界の検知器はそれを破損と認識できないのだろう。従って複数の結界を繋げることで、自分たちの安全を確保しつつ魔物を誘導して学園内に送り込むことができ、その間、結界は常に閉じた状態にしておける。ここで詳細を述べるのは控えるが、小型結界装置の持つ機能を応用すれば今言ったことがすべて実現可能だと推測されるのだ。もちろん専門家による検証が必要だが、この説は真相からそう遠く離れてはいないだろうと考えている」
「ただ、この説の弱点は、思いがけず誰かに結界の中を移動する魔物の姿を見られる可能性がある、ということだ。それに関しては、もう専門家に頼るしかないが、結界自体を認識阻害の手法で隠してしまえばあるいは、と考えている」
「まずベニーニ教授にお知恵を拝借することから始めてみよう。その説が崩れたなら別の仮説を立て考察しなくてはならないが……」
学園長は最後に言葉を濁したけれど、アントニオの説が濃厚だ、と思っていることを匂わせたように思う。
私は現場を実際に見てアントニオが立てた仮説だから、可能性は高いと思った。
「しかし、それだけの技術を持ち、事を起こす前に入念に準備もしたであろうに、完全に証拠隠滅できなかったのは何故か、という点について補足しておいたらどうだ?その方が全体像を掴みやすいだろう」
グレコ団長がそう言って促すと、アントニオが続けた。
「向こうにとって想定外の出来事が起きていた可能性がある。まず考えられるのはオオトカゲの侵入だ。ここまでの報告から考えるに少なくとも一人の女子生徒は寮裏手の搬入口付近に呼び出され、そこで魔トカゲと遭遇する羽目に陥った。それがこの騒動の目的だとしたら魔トカゲだけで充分だろう。オオトカゲに襲われたら無防備な者にとっては確実に命取りだ。その危険なオオトカゲも送り込む、というのは過剰に思える。だが想定していなかったオオトカゲが結界内に入り込んでしまったため、それが学園内に侵入するまで待つしかなくなった、ということであれば頷ける。森の中で何らかの作業をしていた時にオオトカゲを引き寄せてしまう何事かが起きたのかもしれない。これは森を調査し痕跡が見つかればある程度は立証できるのではないかと考える」
「そしてもう一つ。最初の救助が想定外に早かった、という可能性だ。魔トカゲが侵入した時間は午後の授業が始まる頃だ。その時間帯に寮裏手の搬入口付近に人がいる可能性は限りなく低い。呼び出されでもしない限り、だが。おそらく目撃者になりそうな生徒や先生方がほとんどいないであろう時間帯を狙って侵入させたのだろうが、魔トカゲを侵入させてすぐ、その場に武器を手にして駆けつけた者がいた。しかも学園内の連携が素晴らしく、速やかに緊急事態発生が把握され、共有され、アラートが鳴り、王宮に救助要請も出された。その結果王宮から救助の騎士たちが想定より早く駆けつけることになった」
「向こうが最も優先すべきは小型結界装置あるいはそれに類する装置の存在をこちらに知られず隠すことだっただろう。結界の検知器を騙すには常に結界が閉じている状態を維持しなくてはならない。ただでさえ慎重に確実に作業しなくてはならないのに、仮説が正しければオオトカゲを学園内に侵入させる作業が増えた。さらに侵入させるタイミングを計る必要もあったはずだ」
「例えば魔トカゲの近くにまだ三人が残っている時にオオトカゲを中に入れてしまうと、三人にはオオトカゲが門扉をすり抜けて入ってきたように見えてしまい、からくりがバレる恐れがある。オオトカゲを中に入れた後も、誰かが引き返してきたタイミングでオオトカゲに意に沿わぬ動きをされてしまうと、門扉のからくりを目撃され、下手をすれば結界の異変にも気づかれる恐れがある。その恐れが無くなるまでは証拠隠滅に動くことができなかっただろう」
「実際、オオトカゲは門扉の近くで魔トカゲを喰らい、ミケーレ先生とマルコが様子を見に門扉が目視できそうな位置まで戻ってきた。二人が去り、それからやっとオオトカゲが学園内へと動き出した。これだけの時間を彼らは奪われた訳だ。しかも早々に緊急事態発生アラートが鳴り焦ったことだろう。それでも結界が閉じた状態を維持しつつ繋げた結界を消し去る作業に失敗は許されない。失敗すれば今度は結界破損のアラートが鳴ってしまう。その瞬間、自分たちが学園のすぐ側にいることに気づかれる可能性が一気に高まる。だから時間が押していても作業は慎重に進めた。多少足跡が残ろうが門扉の検知器無効化の解除を断念しようが、とにかく最優先の結界消去だけは果たした。門扉が開いたままだったのは、我々が学園に到着してすぐ騎士三人が安全確認に動き、向こうはそれに気づいたため、閉める音を聞かれるのを恐れそのままにしたのではないだろうか。私はそう考える」
そう言ってアントニオは今回の魔物騒動の大枠を仮説により組み立ててみせた。
こういった推測はアントニオの得意技だ。
そして大きく外すことはない。
グレコ団長は頷いて言った。
「どうやら想定外が重なったため、こちらは多少なりとも証拠を手にし、どうにか事件の概要を掴めた、といったところだな。しかし……」
グレコ団長が間を置いて続けた。
「準備は周到、能力の高い者が関わっているであろうことを考えると、だ。女子生徒一人に魔物をけしかけるためだけにそれほどの労力を割く理由がわからない。彼らにどんな利益があるのか。もし目的が他にあるのだとしたら……」
つまり、エレナ嬢に悪意、害意を向けただけではなく、この学園にも向けていたということ?
でもそう言われてみれば、学園が狙いにしても過剰な気がする。
ということは、これで終わりではなくてもっと先に狙いがあるということ?
もっと先は……王立学園の先は……王太子殿下が在学中の王立学園の先は……まさか王宮?
そう思った私は事態の深刻さを感じるとともに、これ以上私たちが聞いていていいのだろうか、と疑問に思った。
ちらりとブルーノを見ると、ブルーノもそう思ったようでこちらを見る。
マルコもジェラルドもジュリアーノも居心地が悪そうな表情になっている。
ブルーノが手を挙げて学園長を見た。
「何だね?ブルーノ」
「これ以上私たちがこの場にいて話を聞いていていいものでしょうか?」
グレコ団長が学園長に向かって頷き、私たちを見た。
「そう思うのも無理はない。ここまで聞いてわかっただろうが、事態は深刻だ。むろん今回の魔物騒動に関しては守秘義務を負ってもらうことになるだろう。だが、君たちは素晴らしい働きをした。自分たちの立場も弁えている。それを今日この場で示した。我々は君たちは信頼に値する人だと認めたのだ」
私たちははっとして姿勢を正した。
私たちを一人前だと見てくれたのだ、とわかったから。
グレコ団長はさらに言った。
「この学園にはカルロ王太子殿下がいらっしゃる。学園側も我々王都を警護する者も皆、殿下を始め学園の生徒たちの安全を守るべくあらゆる対策を施す。それとはまた別に、事情を知る信頼できる者が王太子殿下のお側に複数人いることは心強いことでもあるのだ」
今後、私たちに今回のような出番はおそらく無いだろう。
でも、いざとなったらいつでもお役に立てるよう、自分を磨き高める努力を重ねることは無駄ではない。
この学園を卒業した後もこの学園で身につけたものは必ず自分を生かし、ひいては誰かの助けになるかもしれないから。
そう思うと、これまで以上に学園での学びを深めていこうという思いが湧いてくる。
グレコ団長の言葉は私たちにそう思わせる力強さがあった。




