第6話 特待生トーニオ
翌朝。
「おはよう。エミリアーナ」
「おはよう。ラウル」
私が食堂で朝食を食べているとラウルがやってきたので挨拶を交わす。
「一緒にいい?」
「どうぞ」
ラウルはトレーをテーブルに置くと連れの男子生徒を私に紹介してくれた。
「こちらは特待生トップ合格者の一人、トーニオだよ」
「トーニオ・ギルリアーニだ。よろしく。エミリアーナ嬢」
トーニオは茶色の髪と瞳で面長の顔に眼鏡をかけている。
ひょろりとした感じの細身で、剣術をおさめているようには見えなかった。
私の記憶ではギルリアーニ子爵の次男がトーニオだったはず。
「こちらこそよろしく。私のことはエミリアーナと呼んでほしいわ」
「ありがとう。僕のこともトーニオと呼んでほしいな」
「ええ。トーニオ」
トーニオは私がニつのトレーを目の前に置いていることには興味がないようだった。
それより、じっと私の手を見ている。
「それ、もしかして魔道具?」
トーニオは私が左中指にはめている指輪に興味を持ったようだ。
一見、魔道具だとわからないように美しい模様を施した指輪にしているのだけれど。
「ええ。よくわかったわね。これは自分で設計したものよ。まだ試作中なんだけど」
トーニオは目を輝かせて言う。
「見せてもらってもいいかな?」
なんだかとっても前のめりね。
この指輪の性能にトーニオは気づくかしら?
「いいわよ」
私は指輪を外してトーニオに手渡した。
トーニオは真剣な表情で指輪をさまざまな角度から熱心に見ている。
その表情はだんだん熱を帯びてきた。
私とラウルは朝食をとりながら雑談をしつつ、トーニオの様子を見守る。
トーニオは朝食に手もつけず、夢中になって指輪を調べている。
私がニつめのトレーに乗った朝食を食べ始めたころ、ようやくトーニオは顔を上げて話しかけてきた。
「これは魔石を検知器にしているようだね。この回路のシンプルで精密なことと言ったら驚くばかりだよ。肌に触れるようにしているんだから、肉体的な変化か何かを検知するのかな?」
私は驚いた。
気づくどころか、ここまで具体的にわかるだなんて。
「そこまでわかったの?すごいわね」
「魔石を内側に嵌めてるの?」
ラウルも興味を持ったようで、トーニオから指輪を渡してもらい、その内側を見ている。
「本当だ。だけどこれ、小さすぎると思うけど……本当に役に立つの?」
「もちろんよ。と言ってもまだ試作段階だから、最終形には不足なんだけど。その魔石は最高級品から切り出したものだから、小さくても性能は高いのよ」
ラウルは再び指輪をじっくり見た。
「なるほど。よくよく見るとすごい魔石だね。指輪本体はピンクゴールド。君の肌に映える色だな。それに素晴らしい模様が施されているね。これは腕のいい職人の製作?」
「そうよ。ラウルは目利きのようね」
「うちの商売柄、この程度の目利きはできないと話にならないからね。それより検知器って?」
ラウルもトーニオも食いつき気味に私を見る。
「この魔石に魔力を込めておくと、私が無意識のうちに感じ取っている外部からの強い感情のようなものを教えてくれるの」
「外部からの?」
「ええ。例えば強い殺気を感じ取った場合、私はそれに対処しようとするわね。いつでも動けるように私の体は準備するし、外部の様子を五感で感じ取ろうとするし、心拍数が上がったり体温が上がったり、発汗したり、肉体的に変化が現れるでしょう?それを検知して痛みを感じる神経に刺激を与える仕組みになっているの」
ラウルがよくわからない、という表情で言う。
「なんか凄いなと思うけど、それって感じたり見たりしたら分かって、その指輪に頼らなくてもすぐ対応できるよね?」
「これは寝ている時や何かに気を取られてそちらに集中している時や緊張を解いて油断している時のためのものよ。そういう時は反応が遅れがちになるから」
トーニオが考え込みながら聞いてきた。
「まだ試作段階だと言ったよね?最終形はどういったものを目指してるんだい?」
「嘘、悪意、嫉妬、殺意といった陰の感情を強弱にかかわらず検知することね。五感で正確に感じ取ったとしても、それを自分の感情で曲げて解釈して誤った判断を下してしまう場合があるでしょう?それでも自分の肉体が感じ取って下した判断はこうだ、ということがこの指輪でわかるようにするのが狙いなの」
「いったいどこからそういう魔道具を作ろう、なんて発想が出てきたの?」
ラウルが不思議そうな顔で聞いてきた。
そうよね。
こんなニッチな魔道具、一般には需要はなさそうだものね。
「私、何度か誘拐未遂や襲撃に遭っているから」
「「え!!」」
驚いた二人の声が重なる。
あ、いけない。
私はちょっと爆弾発言をしてしまったようよ。