第53話 森で実験(3)
トーニオたちが実験している場所へ行ってみると、そこではアントニオとブルーノが剣を持ち、結界に何度も激しく斬りつけていた。
結界の中にはトーニオがいて小型結界装置の側にしゃがみ込んでいる。
まるで本当に襲撃されているかのような光景に私は驚いて目を見張った。
いったい何をしているのかしら?
「そこまで!」
トーニオが手を上げて二人を制した。
二人は剣を下ろして結界の中を覗く。
「やっぱり魔力消費が激しいな」
そう言ったトーニオがアントニオに言った。
「アントニオ様。あと少しで魔石の魔力が空になりそうなので、今度はゆっくりめに剣で攻撃していただけますか?」
「わかった」
アントニオは再び結界に向けて剣を振った。
トーニオがいるあたりを避けて、力強く斬りつける。
四、五回斬りつけたあともう一度アントニオが剣を振ると、その剣が結界をすり抜けた。
というより、結界がふいに消滅したので剣が空を切った、といった感じだろうか。
トーニオが頷いて言った。
「魔石が空になったので結界が消えましたね」
アントニオが私に気づいて手招きしたので近づいて行く。
「これはどんな実験なの?」
「攻撃を受けた場合の魔力消費テストだ」
アントニオが言い、トーニオが補足してくれる。
「ただ結界を張っておくだけなら丸一日保つ量の魔力を魔石に込めておいたけど、攻撃を受けるととたんに魔力を激しく消費するし、魔石が空になったところで結界も消えることが確かめられたってわけ。こんな実験、学園内ではできなかったからね」
トーニオは満足そうな表情だ。
「これで今日やりたかった実験は全部できました。アントニオ様、ご協力ありがとうございました」
トーニオがお礼を言うと、アントニオが表情を緩めて言った。
「俺も存分に楽しませてもらった。この装置を体感できたことに感謝する。ありがとう。もし他の機能も再現できたらその時は、守秘義務を超えない範囲でいいから教えてもらいたいのだが」
「もちろんです!」
トーニオは嬉しそうな表情になって答えた。
だけど他の機能の再現って?
「小型結界装置って他にも違う機能があるの?」
そう聞くとトーニオがニコニコしながら教えてくれた。
「これは試作一号機だから機能は最低限のものに絞っているけれど、他にも結界を反転させたり、結界同士を連結させる機能があるんだよ」
「反転に連結?」
「そう。反転の機能を持った結界装置は学園にもあるよ。一学期の魔剣術の講義で訓練場に結界を張ったんだよね?」
「ああ、反転して結界内部で起きる衝突や爆発みたいな衝撃を結界の外へ漏らさないようにする、という機能なのね?」
「そういうこと。学園のあれはこの小型結界装置の反転機能が特化されたものなんだよ。そして連結というのは、この小型結界装置が張った結界を複数繋げることができる機能なんだ」
「それは結界と結界が接するように張れば、二つがまとまって一つの大きな結界になるってこと?」
「一つになるというより二つはくっつくだけ、という感じかな。最初に一つ結界を張り、それに接するようにもう一つの結界を張ると、結界同士接した部分が融合して壁のようになるし、その部分だけ強度を弱めて通り抜けられるように変化させる、なんてことができるんだ」
「別々の部屋が二つ並んでくっついていて、間には壁にもドアにもなる仕切りがあるみたいな感じってことね。それなら三つ、四つと増やしても連結できるのかしら?」
「もちろん。好きなように連結できるから、横並びにしてもいいしその場に合わせてあちらこちらと適当に並べてもいいんだよ」
「まあ。おもしろい機能ね!」
「そうだろう?反転機能は特化型がすでにあるから次は融合の方を再現してみたいんだ」
トーニオは早くもそちらの再現に意識が向いているようだった。
私のポーション作成がすべて終わり、トーニオたちの実験も完了したので、私たちは帰り支度をした。
馬車に乗り込む間際、私はアントニオに確認した。
「何回様子を見に来てくれたの?」
「昼前に三回、おやつ前に三回、そのあと二回だ」
やっぱりアントニオは何度も小川のほとりに来ては私の様子を確認してくれていたようだ。
「全然気づけなかったわ」
「当たり前だ。気配を殺してお前の視界にこちらの姿が入らない角度を守ればできることだ」
アントニオが本気で気配を消すと私ではなかなか気づけない。
ましてや何かに夢中になったり集中している時ならなおさらだ。
ちょっと悔しくなってしまったけれど、思っていた通り、護衛の役目も望んでいた以上のことを果たしてくれていたアントニオには感謝だわ。
「今日はありがとう。私からも何かお礼をしたいんだけど」
「以前、上級治癒ポーションを貰っているからそれで十分だ。気にするな」
そういえばそうだったわ。
これを狙ってあげたのではなかったけれど、今回のお礼になるなら良かったわ。
トーニオの実験もアントニオにとってはかなりの収穫になったようだし、お礼としては十分なものになったみたいね。
そう思い、私は安堵して帰途についた。
馬車は順調に進み、日が傾きだした頃には王都の中心部へと戻ってきた。
だいぶ学園に近づいた時、馬車の中でのんびりと外を眺めていた私の目にちょっとやっかいな人の姿が飛び込んできたので、つい声をあげてしまった。
「あ……」
「どうした?」
「エレナ嬢が歩いていたの。外出していたようね」
トーニオとブルーノが少し顰めっ面になったけど、アントニオは冷静に言った。
「学園前に馬車が着いたら大急ぎで荷物を降ろしてまっすぐ寮に戻れば鉢合わせせずに済むだろう。慌ただしくなるが余計なトラブルは回避した方がいい」
せっかくの充実した一日の終わりを余計なトラブルで台無しにしたくないので、アントニオの言葉に私たちは同意し、学園の校門前に馬車が止まるやいなや、ブルーノとトーニオがすぐさま馬車から飛び降りて荷台から荷物を降ろし、それに続いた私も降ろしてもらった荷物を手にした。
そして三人でアントニオとピッポにお礼を言い、お別れの挨拶をして慌ただしく学園内に戻った。
慌ただしくなってしまったけれど、どうにかエレナ嬢から余計な勘ぐりをされるような事態に陥ることを避けられてほっとする。
ただ、急ぎ足で寮に戻りながらふと疑問に思ってトーニオの顔を見ると、トーニオが言った。
「午前の実験中にアントニオ様が、僕もあの爆弾令嬢から迷惑を被ったことは聞いる、と言ってくださったんだ」
「俺たちが巻き込まれていることに、すまないな、とも言ってくださった。もちろん君のせいじゃないことはわかっています、とお伝えしたよ」
ブルーノもそう言ってくれた。
家族会議の場では私の報告の中でラウルやブルーノの名前は出したけど、彼らがどう対処するかについては私たちが口を出すべきことではない、という共通認識があっただけだった。
ただ、トーニオが迷惑を被った話はエレナ嬢の思考や行動を把握する一助になるかもしれないと思い、家族会議の後ロレンツォに報告しておいたから、折を見てアントニオにも共有しておいてくれたのだろう。
きっとこのことも含めてアントニオにとっては今日の護衛のお礼になったのだわ。
そう思い、充実した一日にケチがつかずに済んでよかった、と私は安堵した。
そう考えたら私がエレナ嬢の姿を見たことはトラブル回避につながったのだから、良かったのだと言えるのかもしれないわね。
もちろん姿も見たくなかった、という考え方もあるだろうけれど。
そんなことを口に出してみたら、二人は一瞬呆れたようだったけど、それもそうか、と同意してくれたのだった。




