【挿話】小さなエミリアーナ、賊をつかまえる
三人称視点
母クラウディアと共に馬車に乗っているエミリアーナ。
クラウディアは旧知の友からお茶会に招かれ、エミリアーナを連れて参加し、久しぶりに会った友人たちと気の置けない会話を思う存分楽しんだ。
エミリアーナも友人の子供たちと楽しく遊んでいたようだ。
今はその帰りの道中。
クラウディアの隣にちょこんと座ったエミリアーナは、馬車が走り出すと窓の近くに寄り、窓から見える景色を飽きもせず眺めている。
エミリアーナは興味を引くものがあると、その都度クラウディアの顔を見てはそれを知らせる。
「おかあさま。おっきいひとがいっぱいでてきたよ」
馬車が郊外に差し掛かったあたりで、窓に顔をくっつけて外を見ていたエミリアーナがクラウディアにそう知らせた。
同時に護衛騎士が馬を馬車に並走させ、窓越しに合図を送ってきたのを見て、クラウディアは自分たちの乗る馬車が賊に狙われているのだ、と悟る。
だがクラウディアは取り乱すことなく落ち着いていた。
馬車自体は頑丈で剣や矢の攻撃を弾く造りになっている。
馬も戦いの場に慣れている。
なにより外にはダンジェロ公爵家が誇る凄腕の護衛騎士たちがいる。
王国の西側、隣国との国境地帯を代々守護してきたダンジェロ公爵家の騎士たちは、独特の苛烈な訓練を潜り抜けてきた精鋭揃いだ。
クラウディアは馬車を停止するよう命じた。
男たちの乱暴な大声が近づいてくる。
護衛騎士たちは馬車を守る態勢を取り、襲撃に備える。
クラウディアはエミリアーナを膝上に抱き上げ、落ち着かせようとしっかり抱きしめた。
「大丈夫よ、エミリアーナ」
「どうちたの?」
「きっとどろぼうよ。でもすぐに片付くわ」
すでに賊と護衛騎士たちの打ち合いが始まっている。
エミリアーナは怖がりもせず、窓からその様子を見ている。
護衛騎士と刃を打ち合わせる強面のひときわ大柄な賊の姿を見て、エミリアーナは急に何かひらめいたような表情になってクラウディアを見上げた。
一抹の不安を覚えたクラウディアが問いかける。
「どうしたの?エミリアーナ」
「見てて」
そう言って母の膝から下りたエミリアーナは窓に近づくと外に向けて手をかざし、なにやら唱えた。
その瞬間、護衛騎士に向かい飛び上がって剣を振り下ろしてきた強面の賊の足下にいきなり穴が開き、賊は地面に着地したつもりがそのまま見事に穴に嵌ってしまった。
「ぴったり!」
エミリアーナが嬉しそうに叫ぶ。
「うおっ!??」
一方、強面の賊は驚きの声を上げたが、護衛騎士に剣を弾き飛ばされ、己の体格とほぼ同じ大きさの穴に両手を上げた状態で手首あたりまで嵌っていて、肘も膝も曲げられないので動くに動けない。
文字通り、お手上げ状態。
そのうえ、ほぼ同時に穴から掘り出された土が穴の周りをぐるりと取り囲むように盛られていて、そこから賊の指先だけが見える様はまるでモグラが穴の中から這い出そうと手先だけ出している瞬間を切り取ったかのよう。
それに気づいた他の賊たちが驚きのあまり動きを止める。
その瞬間、全員の足下に穴が開いて強面の賊と同じ状態となってしまった。
エミリアーナはトトトッと小走りに反対側の窓の前に行くと、そちら側でまだ護衛騎士とやり合っている賊たちの姿を見るや、また窓の外に向けて手をかざし、なにやら唱えた。
すると今度は賊たちの足下に時間差で穴が次々と開いていき、全員が次々と穴の中にすっぽり嵌っていった。
穴の周りをぐるりと取り囲んだ土盛りが点々と並ぶ様は、なんとも言えない雰囲気を醸し出している。
「だいせいこう!」
また嬉しそうに叫んだエミリアーナは振り向いてクラウディアの側に戻ると言った。
「どろぼうみんなつかまえたよ!」
クラウディアを得意気な顔で見上げるエミリアーナ三歳。
呆気に取られてエミリアーナがすることをただ見るばかりだったクラウディアは、驚きを隠し、エミリアーナの頭を優しく撫でて言った。
「ありがとう。エミリアーナ。大活躍だったわね」
「どーいたちまちて」
エミリアーナはニコニコと得意満面の笑顔でクラウディアを見上げた。
その後、エミリアーナが作った土盛りを壊して賊は全員両手を縛られ穴から引き上げられ捕縛された。
賊どもを引き渡すため近くの詰所へ憲兵を呼びに行かせている間、護衛騎士たちは穴をどう埋め戻すか考えたり、道具になりそうなものを探している。
エミリアーナはその護衛騎士たちが何をしているのか母に聞き、穴を埋めて道を元通りにしなくてはならないと理解したようだ。
キリッとした表情になったエミリアーナはクラウディアに言った。
「わたちがあなをうめます」
「お待ちなさい、エミリアーナ。今、穴をたくさん開けたばかりでしょう?体に障りがあっては大変よ?ちゃんと魔力が戻ってからにしなくては」
「だいじょーぶよ。おまかせくなさい」
エミリアーナが言い張る。
自分でやると決めたことはどうしてもやり遂げたいエミリアーナは、こういう時、意地でも自分の意思を通そうとする。
エミリアーナの意思を尊重することにしたクラウディアは一緒に馬車から降り、エミリアーナがひとつひとつ穴を埋め戻す様子をはらはらしながら見守った。
結局エミリアーナはすべての穴を軽々と埋め戻してしまった。
「これでもとどーりね?」
「ええ。エミリアーナ。元通りのきれいな道になりました。ここを通る人もきれいな道を歩けるから嬉しく思うでしょう」
「よかった。おやくにたてまちたか?」
「ええ。大助かりよ。エミリアーナ。ありがとう」
「どーいたちまちて」
エミリアーナは満足そうな笑顔をクラウディアに向けた。
クラウディアはエミリアーナの魔力切れを心配したが、問いかけに答える様子も普段通り、顔色も良く、ごきげんで元気そのもののエミリアーナに安堵した。
だが、我が娘の魔力量は思っていた以上に多いようだわ、とクラウディアは思った。
賊を捕まえた落とし穴は九つ。
それを開けるだけでなく埋め戻すことまでしてのけた。
土魔法の優れた使い手でも、魔力量の限界があるからあれほど深い穴を開けて埋め戻すなど、せいぜい一つか二つが限度。
アントニオやロレンツォと比べてもエミリアーナは乳児の頃から食の量が多かった。
その割には体の成長が周りの子供たちと変わらずごく普通だったので、もしかして、と思ってはいたが。
魔力量の多さに負けない体を作るため、本能的に食べる量が多くなったのだろう。
桁外れの魔力を持つ者は王家の血筋にたまに生まれるが、彼らは一様に大食いだったと聞いている。
遊びで魔力を使いまくっているのも、本能的にそうやって放出することで体内の魔力量を適正に保っているのかもしれない。
夫の弟リベルト・マリーノ侯爵は魔力量が膨大だが、子供の頃は特に大食いでもなく体の成長が遅い方で、そのため魔力暴走を起こしたことがある、と義母から聞いている。
エミリアーナは幸い体の成長に遅れはなく、魔力暴走を起こしたこともない。
ただ、成長するにつれ何が起こるかわからないのだから、もっと気をつけてあげなくては。
賊どものした事は許し難いが、こちらに被害は無し、エミリアーナの桁外れな魔力量を目の当たりにして把握できたことは幸いであった、とクラウディアは思った。
この賊どもは前々からこの辺りを縄張りにして、通りかかる貴族や裕福そうな商人などの馬車を狙って襲撃を繰り返していた。
今回も身分の高い貴族の馬車と見て、金目のものを強奪する意図で襲撃してきたのだった。
これまで獲物が少なかったことはあっても襲撃に失敗したことはなく、護衛騎士たちの姿を見ても自分たちの強さを疑わなかったのが運の尽きであった。
その賊どもを一網打尽にしたことでクラウディアと護衛騎士たちは駆けつけてきた憲兵に感謝されたが、もちろんエミリアーナの手柄は伏せられた。
憲兵が来た時には道は元通りに戻っていたし、エミリアーナが土魔法を使っているところを直接見た賊もいなかったうえ、穴を埋めて回った時はクラウディアと護衛騎士が目隠しになっていたため誰も気づかなかったのが幸いした形だ。
その日、エミリアーナの父ジルベルトはクラウディアから襲撃に関する一部始終を聞き、二人してエミリアーナの魔力量は桁外れに多いと確信するに至ったのだった。




