第39話 特別講義〜魔剣術(1)
魔剣術とは剣に魔術を融合させて使う技のこと。
素早い攻撃ができる剣術と魔術の威力とを組み合わせることで縦横無尽な攻撃が可能となる技。
剣術と火属性の魔術の組み合わせであれば、例えば炎を切先から遠くまで飛ばすことで、刃の届く範囲を大きく超えての攻撃が可能となる。
風、水、氷属性の魔術も同様。
工夫次第で多彩な攻撃ができるのも魅力のひとつ。
その魔剣術の使い手であるガブリエーレ・アカルディ侯爵は王国随一の実力者と言われている。
訓練場内で私たち受講生が整列して待っていると、特別講義開始時間ぴったりにアカルディ侯爵が助手の騎士とウベルト先生と共に入ってきた。
噂通り、アカルディ侯爵は銀髪碧眼の中性的な容姿をした美形で、体つきは細身、背は190cm近くありそうで、今日は魔剣術騎士団の騎士服姿だ。
ウベルト先生が講義開始を告げた。
「それではこれより魔剣術の特別講義を始める。こちらは本日講師を務めてくださる王室魔剣術騎士団団長ガブリエーレ・アカルディ侯爵様。そしてこちらが助手を務めてくださる騎士のマヌエル様だ。皆挨拶を」
「「「よろしくお願いします!!」」」
侯爵はにこやかな表情で言った。
「こちらこそよろしく。それではさっそく始めましょう」
侯爵は前に進み出ると
「まず君たちの剣を見せてもらいますよ」
と言いながら、受講生一人ひとりの剣を確認し始めた。
「結構。では皆さん、魔石に魔力を込めて準備してくださいね」
私たちは自分の剣の魔石に魔力を込めた。
「それでは皆さんの今の実力を見せてもらいましょう。まずはあちらの的に向かって自分の属性による魔術を剣に乗せて放ってみてください。使える属性はすべて見せてくださいね。やり方は自分なりに考えたもので結構ですよ」
そう言ってアカルディ侯爵は一年生から名簿順に名前を呼んだ。
最初はブルーノ。
彼は風属性で、的に向けて剣を鋭く振り、ウインドアローを的の真ん中に当てた。
次は私。
私はゆっくり確実にファイヤアロー、ウインドアロー、スパイラルウォーター、そしてアイスアローを的に向けて放った。
スパイラルウォーターだけ的を逸れたけれど他は的に当たった。
そして朝稽古仲間のジェラルド、ジュリアーノ、マルコと続いて一年生は終わり、ニ年生、三年生と続く。
流石にニ年生、三年生は経験が長いので威力も正確性も私たち一年生より実力は上だ。
アカルディ侯爵は一人見終わるたびに助手の騎士マヌエル様に何か言い、マヌエル様は何やら名簿に書き込んでいた。
「はい。ありがとう。皆さん剣術の基礎がしっかりしていて大変結構。ではこれから魔剣術の練度を上げていきましょう。目指す到達点を把握してもらうため、私が最初に手本をお見せします」
アカルディ侯爵は的まで最も距離が長い線上に立ち、剣を構えた。
その立ち姿はとても美しい。
どこにも無駄な力が入っていない証拠だろう。
アカルディ侯爵は剣を振ると切先から出したファイヤアローを的へ当て、次のひと振りでスパイラルウォーターを的へ当て、次のひと振りでスパイラルウインドを的へ当てる。
さらにウインドエッジ、アイスエッジ、アイスブロックを連続で的へ当てる。
この素早い連続技を目の当たりにして私たちは驚きに目を見張った。
アカルディ侯爵はにこやかに言った。
「これが熟練した剣士が普通のスピードで行う技です。次はもっと速くやってみますよ。人によっては剣の動きが見えなくなるかもしれません。それを捉えるつもりでよく見てくださいね」
私たちは侯爵の動きを捉えようと身構える。
そこで侯爵が先ほどと同じ技をスピードを上げて繰り出した。
言葉が出ないとはこういう時のことを言うんだろう。
アカルディ侯爵の動きはあまりにも速くて、私の目は剣の軌道をどうにか捉えるので精一杯だった。
技の発動も非常に速く、その属性の色は剣を振るのと同時にいきなり現れたようにしか見えなかった。
最初の手本のスピードなら、技の発動前に体内の魔力の流れも属性の色も辛うじて見えたので慣れればどうにか対応できそうだけど、この速さだと剣だけの攻撃と勘違いして対応が遅れ、確実に魔剣術による技を喰らってしまうだろう。
私はこの発動の速さを自分も物にしたいと強く思った。
皆も侯爵の技を見て、ため息をついたり呆気にとられたり、考え込む様子を見せたり、さまざまな反応を示している。
アカルディ侯爵は私たちに向き直って言った。
「今の動きを捉えきれなかったとしても、これから訓練を重ねていけば必ず捉えられるようになります。すなわち自分でもその動きを再現できるようになる、ということです。今日がその高みを目指す出発点となるよう励みましょう」
それからアカルディ侯爵は受講生全員に的に向かって立つよう指示した。
立つ位置は的との距離が一番近い線上。
「これから十分間、皆さんにはご自分がもっとも得意とする技をひとつだけ集中的に練習してもらいます。十分後にはその技の威力を一段階上げられるよう、よく考えて工夫をしながらやってみてください。ヒントが欲しい人は先ほど私がお見せした手本の動きを思い出してみることです。ご自分のペースで構いませんが、魔力切れにならないよう気をつけてくださいね」
私たちは線上に立って剣を構える。
「では、始め!」
掛け声とともに私たちは的へ向けて得意技を放った。
私はアイスアローを選び、最初に自分のやり方で的へ放った。
そして次を放つ前に目を閉じてアカルディ侯爵の最初のお手本の動きを思い返した。
私は上手な人の見様見真似で魔法と様々な魔術を身につけてきた。
私自身は覚えていないけれど、まだ自力で歩く前に大人の見様見真似で魔石に魔力を込めたそうだし、母の使う治癒魔法の見様見真似でアントニオの手の怪我を治したのは二歳頃のこと、そのアントニオの見様見真似で初めて木登りをした時は無意識に身体強化を使っていたらしい。
私は他の人の魔力やその流れと属性の色を見ることができるから、教わらなくても見様見真似でできる。
それは剣術においても同様で、師匠やアントニオの動きを見様見真似で身につけるところから始めた。
動きを脳裏で完全イメージ化できれば、自分の体でもそれを再現できる。
私はアカルディ侯爵の体の動きと魔力の流れを思い返し、閉じていた目を開いてそれを自分の体で再現しながらアイスアローを的へ向けて放った。
それは明らかに最初に放ったものより勢いも威力も増していた。
それから私は筋肉の動きや姿勢、体重移動、そして魔力の発動スピードやタイミングなどを細かく意識しながらいくつもアイスアローを放った。
コツが掴めてきた、と手応えを感じだした時。
「はい、そこまで!」
アカルディ侯爵の声で皆が動きを止めた。
「皆さん明らかに上達してきていますよ。自分で考え工夫しながら動くことが大事であると実感できたことでしょう」
「「「はい!」」」
「では次へ進む前に確認します。魔力切れに近い状態の人は手をあげてください」
三人が手をあげ、侯爵は彼らに魔力回復ポーションを渡して飲むように言った。
「日々の訓練でご自分の魔力量に応じたやり方を身につけていくことも大事ですよ。戦っている最中に魔力切れを起こすと致命的ですから。この後も魔力切れが近いと感じたらすぐに申し出てください。無理はしないように」
三人がポーションを飲み終えて自分の位置へ戻るとアカルディ侯爵はにこやかに言った。
「さて、次は同じ技をイメージの仕方を変えることで幅を持たせる訓練をしましょう」
長さ、時間の単位は異世界の本来の単位を日本語に翻訳したイメージで使っています。
またこの世界では、魔法は基礎、魔術は応用、としています。




