第38話 ガブリエーレ登場(3)
魔剣術の講義当日。
講義は午後一番に行われる。
講師のガブリエーレ・アカルディ侯爵は助手を務める王室魔剣術騎士団の部下とともに昼近く、馬車で学園へやって来た。
校舎正面玄関前で学園長、生徒会会長のカルロ殿下、副会長のロレンツォ、そして剣術講師主任ウベルト先生がお二人を出迎える手筈となっている。
アカルディ侯爵をひと目見たい、という大勢の女子生徒たちは校舎の窓から覗いたり、玄関を遠巻きにしていて、馬車から降りた侯爵の姿を見るや、あちらこちらで黄色い声が上がった。
私は授業を終え、食堂へ行こうと廊下を歩いていて、その様子を目の端に入れ、女子生徒たちの悲鳴のような歓声も耳にした。
でももちろん私は脇目も振らず食堂へ急ぐ。
しっかり昼食を食べて、少し食休みをしたら騎士服に着替え、午後の講義に備えて訓練場で体を動かし温めておきたいから。
いつもなら混み始める時間だけど、今日は女子生徒の姿が少なめでランチトレーの受け取りもスムーズだった。
私は集中してランチを食べ始めた。
いつも通り量の多い特盛のランチ二つ分。
食べ終えて顔を上げると、目の前の席にブルーノとラウルが座っていて私は驚き、思わず目を見開いた。
その私の表情を見てラウルが笑った。
「やっと気がついた?」
「いつからそこに?」
「二つめのお皿に差しかかったあたりだよ」
「すごい集中力だな」
ラウルはまだ笑っているし、ブルーノは呆れたような表情だ。
「今日の特別講義が楽しみで楽しみで、早く準備したいから……」
私が言い訳をするとラウルは笑いながら言った。
「あとで特別講義の話を聞かせてよ」
「わかったわ。それじゃ私は行くわね」
「うん。楽しんできて」
「ありがとう」
私は席を立ち、トレーを返却していつも通り間食用のサンドイッチを受け取り、女子寮へ戻った。
自室で食休みをしつつ稽古用の剣の状態を念入りに確認する。
講義が始まる前に受講生はしっかり体を動かして準備をしておくよう指示が出ているので、講義が楽しみで仕方ない私は早めに訓練場へ行くことに決め、髪をまとめ、騎士服に着替え、ブーツを履き、剣とサンドイッチを入れたバスケットを手にして部屋を出た。
私が訓練場に到着したのはまだ講義に備えた設営が行われている最中だった。
入り口の鉄柵の前から覗いてみると、訓練場の手前の地面に複数本の線が引かれ、反対側には的がずらりと並んでいる。
訓練場の右側には観客席が設けられているが、そこに座っていた女子生徒たちがウベルト先生に注意され追い立てられていた。
そこで見学したかったのか、ウベルト先生になにやら懇願している生徒もいたけれど、有無を言わせずウベルト先生が全員を鉄柵の所まで追い立て、訓練場の外へ出してしまった。
残念そうな彼女たちの視線が私に向けられる。
その嫉妬を含む視線から思わず顔をそむけた時。
「エミリアーナ。ずいぶん早いな」
後ろから声をかけられて振り向けば、ロレンツォがいた。
「一番楽しみにしている特別講義だもの」
「設営にはもう少しかかるからここで待っていろ。まだ中には入るなよ」
「はい」
ロレンツォはアカルディ侯爵の部下と思われる王室魔剣術騎士団の騎士と共に訓練場へ入って行った。
見ているとその騎士が的の設置状態を確認し、さらに訓練場内を魔術で探索し始めた。
きっと安全を確認しているのね。
そう思いながらその騎士の動きを見つめる。
ふと、その騎士がロレンツォに声をかけ、二人は観客席の方へ歩き出した。
座っていた生徒たちは皆追い出されたし、他に何か危ないものでもあるのかしら?
あら?
観客席の端の方にチラッと魔力の塊が見えるから他にも誰かいたみたいだわ。
そう思った時、急に騎士が観客席の裏側へ素早く回り込んだ。
次の瞬間、何かが光り、同時に叫び声があがった。
「きゃーーー!何すんのよ!!」
あれ?
あの声は?
騎士が誰かを引きずりながら観客席前に戻ってくる。
その誰かさんは光のロープで拘束されたエレナ嬢だった。
ロレンツォが何か言っているが、エレナ嬢は喚くばかり。
「ちょっとくらいいいじゃない!早くこれを解きなさいよ!」
ロレンツォは話にならない、と判断したのか、その後は何も言わず、エレナ嬢を引きずっている騎士と共に鉄柵の方へ戻ってきて、そのまま訓練場の外に出てきた。
エレナ嬢は待ち構えていたウベルト先生に引き渡され、そのまま訓練場から遠ざけられていく。
「ここには危険だから入るな、と事前に周知されていただろう」
「そんなの知らないわよ!!」
ウベルト先生に食ってかかるエレナ嬢。
その拍子に彼女の視線が私を捉え、その目が吊り上がり私を睨んだ。
でも拘束されているためエレナ嬢は何もできないまま引きずられていく。
ロレンツォが私の側に来て言った。
「観客席の裏側にこっそり隠れていたよ。危険だからこの時間帯に部外者は立ち入り禁止と事前に周知しておいたのに、この有様だ」
「安全確認、ありがとうございます」
私はロレンツォにお礼を言った。
「なぁに。当たり前のことさ。あとはお前たちが特別講義にしっかり臨むことだ」
「はい」
安全確認が済み、いよいよ訓練場全体に結界が張られた。
半透明の結界で、外から中を見てもぼやけてはっきりと見えない。
ブルーノが予想していた通り、外部から覗けないようにしたようだ。
ウベルト先生が戻ってきて私がいることに気づき、にやっと笑って言った。
「早いな。待ちきれなかったか?」
「はい!」
「訓練場の準備も整ったことだ。中に入って体を動かしていいぞ」
「はい!」
私は訓練場に入り、少し走ってから剣を手にして素振りを始めた。
すぐに他の受講生たちも続々と入ってきて体を動かし始める。
講義開始直前になると、訓練場は受講生たちの熱気で満ち溢れていた。




