第37話 ガブリエーレ登場(2)
学期末が近づいてくると、学園ではいくつもの特別講義が行われる。
その道のエキスパートを講師に招いて行われるもので、今現在、王国において最高峰にあるとされる人から直接学ぶ機会となるから、いつになく生徒たちの目の色が変わる。
今学期で私が一番楽しみにしているのが、剣術に魔術を融合させる魔剣術の特別講義。
これは剣術科目を受講しており一定以上のレベルであること、火、風、水、氷属性の魔術のうちひとつ以上使え(今回土属性は対象外)、基礎的な魔剣術を使えることが受講条件となっている。
今年の講師は王室魔剣術騎士団団長ガブリエーレ・アカルディ侯爵だ。
アカルディ侯爵のことはアントニオから聞いている。
二十代半ば、銀髪碧眼、魔剣術の達人として抜きん出た実力を持つが、その容姿は一見しただけでは魔剣術の達人とはとても思えない中性的で柔らかい雰囲気であり、言葉使いも柔らかい人だそうだ。
その見た目に騙されて実力を測りもせず斬りかかり、あっという間に叩きのめされた無頼の輩が山ほどいるらしい。
凶悪犯、あるいは魔物相手の出動にはアントニオと共によく駆り出されるそうだ。
その特別講義がいよいよ来週に迫ってきた。
三年生は十二人、二年生は十人、そして一年生は五人が受講条件を満たして特別講義の受講許可を得た。
私もそのうちの一人。
ブルーノもそう。
だから朝稽古やその後の朝食時に顔を合わせると、ついその講義の話で盛り上がってしまう。
今朝もそんな感じでブルーノとお喋りしながら朝食を取っていると、耳の早いラウルがやって来て講師のアカルディ侯爵についての噂を教えてくれた。
「アカルディ侯爵は銀髪碧眼の美形だから、女子生徒たちは少しでも顔を見たい、どうにかして話しかけられないか、なんて騒いでいるよ」
ブルーノはそれを聞くと少しばかり顰めっ面になった。
今は私もブルーノが女子生徒にとても人気があると知っているし、容姿だけ見て自分に近づいてくる女子生徒にうんざりしているらしい事もわかっている。
尊敬するアカルディ侯爵のことをそんな目でしか見られないのか、と内心で舌打ちでもしていそうな感じね。
「皆、よくそういった事を知っているのね」
疑問に思って言うと、ラウルが呆れたような顔で言った。
「君の兄君とアカルディ侯爵は剣の腕とその容姿で王室騎士団の双璧をなす、って近頃巷ではとても有名なんだけど?」
「え?そうなの?」
それは初耳だわ。
「兄君から聞いていないの?」
「そもそも兄の口から誰かの顔が美形だなんて聞くことって無いわね」
「ふうん。まあ、剣の腕は美形かどうかなんて関係ないよな」
「その子たちが特別講義中に侯爵目当てに見にくる、なんてことは無いわよね?それは危ないと思うんだけど」
ふと心配になって聞くと、ブルーノが言った。
「魔術を使うから訓練場全体に結界を張って外部へ影響しないようにするだろうし、危険だから部外者は入り込めないようにするだろう。もしかすると外からはっきりと見えないようにするかもしれないな。せっかくの特別講義に煩わしい人の目や騒音は不要だ」
そのブルーノの顔を見てラウルがからかうような表情で言った。
「そういやここにも美形がいたな」
「そのセリフ、お前にそっくり返してやる」
「僕の容姿は商人としての立派な武器のひとつさ。だからちゃんと有効活用しているよ。誰かさんのように宝の持ち腐れにはしないね」
「……流石だな」
ブルーノは半分呆れて半分降参だ、といった表情をしている。
でも私はラウルの言い分に感心した。
「そういえば、アカルディ侯爵は一見しただけでは魔剣術の達人とはとても思えない中性的で柔らかい雰囲気だ、と兄が言ってたわ。その見た目に騙されて斬りかかり、あっという間に叩きのめされた無頼の輩が山ほどいるらしいの。これって、容姿も武器にしているってことにならない?」
「そうそう。そういうこと……でもブルーノの容姿はまた別のタイプだからな。その顔でひと睨みして威圧するって方向に持ってくのがいいんじゃないか?」
「その辺にしとけよ……でもまあ、容姿も武器ってのは覚えておくか」
そう言ったブルーノの表情はまだ少しばかり顰めっ面のままだった。




