第34話 この王国の縮図
「エミリアーナ、こっちこっち」
私が食堂で昼食のトレーを持って空いている席を探していると、ラウルが声をかけてきた。
「あら、ラウルもこれから?」
「そうだよ。あれ?トレーひとつだけ?」
「そうよ。これ、私がトレーを二つも抱えずに済むように、と、食堂の皆さんが私専用の大きいトレーを用意してくださったの」
「それは良かったね。なるほど、皿の収まりがちょうどいい感じの大きさだなぁ……いや、それより今日は外で食べよう」
ラウルに促されて外に出てみると、外テーブルのひとつにブルーノとトーニオが座っていた。
「いやもう、最近おもしろくてさ。話をしたくなったわけ。ここ、座って」
私もそのテーブルにトレーを置いて座る。
「それで?最近、何がおもしろいの?」
「そりゃあ、例の令嬢と噂にまつわるいろいろだよ。もちろん」
「まあ。それで当事者四人を揃えたってわけね?」
「そういうこと。君にあの話を聞いてから、最初はあのくそ……いや失礼……あのおかしな令嬢に腹を立てるだけだったけど、よくよく考えて周囲を観察してみると、いろいろ見えてきたってわけ」
「なるほど」
「うちのクラスの貴族令息令嬢たちを観察していると、あの噂とあれとを徹底的に避けているってことに気づいた。それだけじゃない。高位と下位の差も見えてきた。先に高位貴族側がそういう態度を取る。ああいうのが本当にうまいね。彼らは。で、しばらくすると聡い下位貴族の令息令嬢が察するんだろうね、同じように徹底的に避ける。別に話し合ってそうしているわけじゃない。暗黙の了解というやつなんだろうね」
「観察力が鋭いのね」
「お褒めいただき恐縮です、ダンジェロ公爵令嬢」
ラウルの真面目くさった表情に私は笑い出さずにはいられなかった。
「この件はよほど危ない案件なんだろうね。彼らを見ていると良くわかる。たぶん、普段からそれほど関係良好ではない家と家もあると思うんだけど、この件に関しては皆同じ対応だ。つまり下手をすれば没落の危機。だから高位貴族ほど素早く対応したし、他もならったんだろう。それに、あれの子爵家もいずれ爵位返上まで行きそうだね」
「おだやかな話では無いわね」
「でもそうだろ?きっと親はあれのしていることを知らない。子爵が有能なら野放しにしないだろう。休学でもさせて家に帰らせるくらいは最低でもするだろう?でもあれは今もこの学園にいる。あれや子爵の心配をして注進する人も周りにはいないってこと。だから子爵自身、たいして惜しい人物でもないんだろうね。周りは黙殺するのみ。勝手に没落しろ、こちらを巻き込むな、といったところかな?僕がその子爵家と取り引きがあれば、さっさと離れるね。優れた商人はそうなる前にしっかり調査して早々に見切りをつけ、静かに確実に離れるよ。支払い能力無しのうえ借金を抱えそれを踏み倒しそうな人物は爆弾みたいなものだからね」
「もしかしてそこから考えて観察を始めたってこと?」
「その通り。なぜ放置しているんだ?と思ってね。そんな取り引き先はうちならあっという間に取り引き停止、お引き取り願うだけだな、と思ったところから観察し始めた。それで貴族の有り様までわかって別の意味でおもしろくなってきたんだ」
「なるほどねぇ」
「まあ君は否応無しに目をつけられているからおもしろいどころじゃないと思うけど」
少しばかりラウルが済まなそうな表情になったので、私は気にする必要はないという気持ちで言った。
「私もある意味、おもしろがっているのよ」
「「「え?」」」
三人の声が重なる。
あら?
以前もこんな風に声が重なったことがあったわね。
もしかしてこれも爆弾発言みたいなもの?
「私の立場としては対立はしないし、表立って騒ぐこともしないし、何か仕掛けられたら火の粉は払うけど深追いはしないわ。ただ、何をしでかすか予測し難い相手が敵になった場合の訓練をしている気持ちで注意を怠らず過ごしているの。だからこういう実践での訓練もおもしろいな、と思っているのよ」
「なるほどねぇ。君らしいな」
「僕は聞けば聞くほど身軽な立場で良かった、と思うよ。心底」
そう、トーニオが言う。
「ブルーノは?エミリアーナがいるクラスではそもそもあれの噂は広がりようがなさそうだけど」
ラウルが聞くとブルーノは表情も変えずに言った。
「たしかにうちのクラスじゃ噂の広がりはたいしたことないし、俺は周りのことより距離を置くことだけを考えていたよ。不敬、不敬、嘘が重なった噂とそれを流した本人に加担して隙を作るなど、貿易都市の人間としてはできるわけがない。さまざまな国からやって来る国外の人間にそこを突かれたら国内外両方から睨まれ目をつけられ、いいように利用されて身の破滅だ。王家だってそんなボンクラを貿易都市に置きたくないだろう」
「ははは。貿易都市ってのも大変なもんだな」
「普通だ。普通」
「だけど、やっぱりおもしろいな。エミリアーナが入学式の代表挨拶で言ってた、この学園は王国の縮図。あれって本当にその通りだな、としみじみ思ったんだ。王国中から人が集まっているからってだけじゃない。その関係性の縮図もこの学園内で垣間見られる。今、それを同時進行で目の当たりにしている、と思うとゾクゾクするんだ。本当にここに入学できて良かったよ」
それを聞いたトーニオが言った。
「ああ!今、こんなこと言ったら怒られそうな事を思いついたよ」
「どんなこと?」
そう聞いてみると、トーニオが私の顔を見て言う。
「聞いても怒らないでくれると嬉しいんだけど」
「怒らないわ。約束する。教えて」
「あの爆弾令嬢は周りにとって危険極まりない存在であると同時に、僕らがこんな風に周りを観察して物や人を見る目を養う教材を提供してくれる存在でもあるな、と思ったんだ」
私はそれを聞いて、我が意を得たり、といった気持ちになった。
「それだわ!」
私が思わず両手をパチリと打ち合わせながら言うと、トーニオは驚いたような顔になった。
「それ?」
「ほら、転生について調べたり、昔の転生者の話から未知のエネルギーというものを知っていろいろ考えを巡らせたことがあったわね。それに、シナリオに固執しているエレナ嬢のことを考えると、私ならシナリオ通り生きるより大きくそこから外れていくような生き方をしたいわ、などと思いを巡らせたりしたのだけれど、これってエレナ嬢の荒唐無稽な話から始まっているのだから、もしかしてエレナ嬢に感謝するところかしら?なんて思ったのよね。トーニオの言ったことって、こういう事にも当てはまらないかしら?」
「なるほど。同じような見方だよね」
「不快な側面だけ見るんじゃなくて、別の側面があるかもしれない、そっちにも目を向けてみたらどうか、ということか」
ラウルもブルーノも感心したような目でトーニオを見た。
「いや、照れるからそんな目で見ないでくれ。怒られるかと思ったけど、言って良かったということかな?」
「「「その通り」」」
「その考えを私たちにも共有してくれてありがとう、トーニオ」
うん。
やっぱり悪いことばかりでは無いわね。




