【挿話】小さなエミリアーナ
三人称視点
エミリアーナは乳母の腕に抱かれて、ここ最近日課となっている屋敷内の散歩をしていた。
行き先は様々だが、エミリアーナは大人が作業しているところをよく見たがる。
そして興味を引かれるものがあれば、小さな手を動かし「あー」「だぁ」「うー」などと言いながら乳母の顔を見て知らせる。
今日のエミリアーナは作業部屋で魔石に魔力を込める作業をしている使用人に興味を持ったようだ。
乳母はその場に立ち止まり、エミリアーナは作業中の使用人をじっと見つめる。
しばらくして、エミリアーナは乳母の顔を見て小さな手を使用人の方へ向けてパタパタと動かし「あえぇ」と言った。
「もっとお近くで見たいのですか?」
乳母がそう言いながら使用人の側まで近づくと、エミリアーナは乳母の腕の中から身を乗り出そうとする。
「お嬢様、危ないですよ」
乳母はエミリアーナを抱き直し、使用人が作業をしている台にさらに近づいた。
「リアお嬢様。ここならよく見えますでしょう?」
そのエミリアーナは魔石へ目をやり「あえぇ…あー」と声をあげてまた身を乗り出し、手を伸ばす。
「お嬢様は魔石に興味がおありのようですね。これをどうぞ。触っても大丈夫ですから」
使用人は乳母の手に空の魔石を一つ乗せた。
乳母は受け取った魔石をエミリアーナに見せる。
するとエミリアーナは顔を輝かせ、小さな両手で乳母の手の中の魔石にさわった。
ほんの数秒後。
「きゃう!」
エミリアーナは喜びの声をあげ、笑いながら手を叩くような動作をしてはしゃぐ。
満足そうな顔のエミリアーナを見て、乳母は訳がわからないまま魔石を使用人に返した。
「え?!」
「どうしました?」
「お嬢様がこの魔石に魔力を込めてしまわれました……」
「はい?」
使用人はその魔石の重みが増し魔力が込められたことに気づいて驚いたのだ。
二人は唖然として顔を見合わせる。
まだつかまり立ちができるようになったばかり、自力で歩く前に大人の見様見真似で魔石に魔力を込めてしまったエミリアーナ生後七ヶ月。
その日、乳母から報告されて父ジルベルトと母クラウディアが同じように唖然としたことは言うまでも無い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
手の甲に怪我をしている長兄アントニオの姿を見て、小さな足を運んで近寄るエミリアーナ。
「あ!……トニ!」
「ん?どうした?リア」
エミリアーナがアントニオの手をつかんで椅子へと引っ張る。
そして椅子の座面をポンポンと叩いて言った。
「ここ」
「座ればいいのか?」
「うん」
言われるままアントニオは椅子に座った。
エミリアーナはアントニオの正面に立ち、怪我をしている方の手を掴む。
「みてて、みてて」
「見てて?……見せて、か?」
「うん」
そう言ってエミリアーナはアントニオに手の甲を出させ、自分の小さな手を傷にかざす。
「かいうく!」
そう唱えて治癒魔法をかけ、瞬時に傷を治してしまったエミリアーナニ歳。
「でいた!」
手をたたいて喜ぶエミリアーナを唖然とした表情で見つめるアントニオ。
アントニオはふと思い出した。
自分の怪我を母が治癒魔法で治してくれた時、エミリアーナがその一部始終をじっと見つめていたことを。
それも一度や二度ではなかったことを。
母クラウディアは治癒魔法の使い手である。
エミリアーナはその母の見様見真似で治癒魔法をかけたようだ。
今エミリアーナが使ったのはその治癒魔法で回復じゃないけれど。
アントニオは得意気に自分を見上げてきたエミリアーナの頭をくしゃくしゃと撫でて褒めた。
「すごいぞ!エミリアーナ。ありがとうな」
「どーちまちて」
エミリアーナは嬉しくてたまらない、といった様子で破顔した。
その日、アントニオは父と母にこれを報告し、なぜエミリアーナが見様見真似でできたのかを共に考えた。
そして出した結論はエミリアーナには他人の魔力とその動きが見えている、というものであった。
その後、エミリアーナの言動からそれが裏付けられ、このことは家族間で共有されることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋敷の庭園で庭師が作業する様をじっと観察して土魔法を覚えたエミリアーナ。
そんなエミリアーナが最近気に入っているのが土遊びだ。
すでに使えるようになっている水魔法も使い、庭園の片隅で丸や四角の土塊を作り、人形らしきものを作り、お城のつもりらしい大きな塊を作り、深い穴を掘ったり埋めたりして遊んでいる。
長方形の土塊に摘んできた花を刺しているのは花壇に見立てているのだろう。
そこには水を撒いた跡があった。
「リアお嬢様。そろそろお昼ですよ。御手手を洗って、中に入りましょう」
「うん。おなかちいた」
エミリアーナは乳母に言われて頷き、水魔法で水を出して手を洗い、乳母に両手を見せて褒められると笑顔になって屋敷の中へ一緒に戻っていった。
昼食をたくさん食べたエミリアーナは満足して、庭園で作った土遊びのあれこれを忘れたまま自分の部屋に戻り、絵本を読みながらいつしか寝入ってしまう。
と、その時。
庭園から次兄ロレンツォの叫び声が屋敷の中に響いてきた。
「うわぁぁぁ!!……エ、エ、エミリアーナ!!」
何ごとか、とアントニオに家令が庭園へ飛び出していくと、そこには土塊や土のお城らしき塊に囲まれ、落とし穴に嵌ってジタバタしているロレンツォの姿があった。
その向こうに叫び声を聞いて走ってくる護衛騎士の姿も見える。
その対比がおもしろくて思わずアントニオは笑ってしまったが、笑い事じゃないとむくれるロレンツォを引っ張り上げて穴から出してやった。
「これはなかなかいい落とし穴だな」
「ひどいよ、兄さん」
「リアの作った落とし穴だろ?なぜ気づかなかった?」
「だってさぁ、ここはふつうの平らな地面だったんだよ。リアが何を作ったのかなと思って見にきてここの土をふんだら、こんなふうにドスンと……くっそぉ。やられた」
悔しそうな顔で言うロレンツォ。
だが泥まみれの自分の姿にロレンツォは急におかしくなってアントニオと一緒に笑った。
この騒ぎに気づきもせずぐっすりお昼寝をしているエミリアーナ二歳半。
そのかたわらには開いたままの絵本が置かれている。
開かれているのは落とし穴で泥棒をつかまえる場面が描かれたページ。
もちろんその絵本はエミリアーナのお気に入り『エミリオの冒険』だ。




