第33話 タウンハウスにて
え?
私、こんなに持ってきたの?
居間に入ってみると、その一角に大量の瓶がズラリと並ぶ光景が真っ先に目に入り、私は思わず立ち止まった。
魔力暴走対策と微細な魔力コントロール訓練を兼ねて、私はほぼ毎日のように寮の自室でポーションかマッサージオイルを作っている。
そのポーションとオイルがいつの間にかたくさん溜まってしまったため、今回タウンハウスへ帰宅するにあたり持てるだけ持ってきたわけだけど。
魔力回復ポーションと中程度の外傷用治癒ポーションはダンジェロ公爵家の商会で販売する経路があるのでそちらに回してもらえば良い。
かなり深刻な外傷を治癒できる上級ポーションは一部入手困難な材料を使うので数が少ないから、今回はアントニオにあげるつもりでいる。
マッサージオイルは私のオリジナルで、ジジュの実をベースに香草を複数組み合わせて作っている。
香草は、薬草より効果は弱いものの、鎮静効果や血流改善効果、美肌効果などがあるものを選りすぐり、魔力でその成分を最大限抽出してジジュの実のオイルとブレンドしている。
ジジュの実のオイルはマッサージオイルのベースとして広く使われていて、そこにどんな効果を加えるのかが腕の見せどころ。
私が作るこのオリジナルマッサージオイルは、自分で使うのはもちろん、母にも使ってもらっているが、たまにごく親しい知人にプレゼントすると、ぜひ販売して欲しいというリクエストを頂戴するほど。
ただ、どんな効果を持たせるかあれこれ試行錯誤中の今はまだ販売に踏み切るに至らず、今のところ私が細々と作るに止めている。
そして、今回トランク二つに詰め込んで持ってきたそのポーションとマッサージオイルを、母に頼んで侍女に居間の一角のテーブルの上に整理して並べてもらっていた。
けれど思っていた以上に大量の瓶が並んでいる様を目の当たりにして自分でも呆れていると、同じくそれを見た父が私に言った。
「エミリアーナ。ここで店でも開く気か?」
アントニオもロレンツォも呆れたように見ている。
母はおもしろがっている表情だ。
「寮から持ってきたのか?」
「はい。お土産と販売へ回す分、と思ってトランクに入るだけ詰め込んできたのですけど……」
「入るだけ?まだ他にもあるのか?」
「ええ。これは半分にも満たないほどで……」
「この調子では寮の部屋が完全に瓶で埋まってしまうだろう。定期的にこちらへ送るよう手配した方がいいのではないか?」
「はい。これからはそうします」
トランクを持って階段を下りる大変さと言ったらなかったものね。
それに作り始めるとこんな配合で、あんな配合はどうかしら、なんてぐあいに作る手が止まらなくなることがたびたびあるから、どうしても増えてしまうのよね。
私は気を取り直して言った。
「お母様のお土産にはこのマッサージオイルを全部ね。美肌効果を強めたものと血流改善効果を強めたものの二種類あるわ」
「ありがとう、エミリアーナ。これだけたくさんあるのなら、少しお友達に分けてあげてもいいわね」
「ええ。お母様のお好きなようになさってね。それからこの箱に入れたポーションはアントニオお兄様へのお土産よ」
母は嬉しそうに言ってくれたけど、アントニオは箱を開いて少し固まった。
「これは上級治癒ポーションだろう?」
「ええ、そうよ。三本しかないから今回はお兄様に、と思って持ってきたの」
「販売に回した方がいいんじゃないのか?」
「でも数が少ないし、販売用には魔力回復と中級治癒ポーションがたくさんあるわ。それはお兄様なら有効活用できるでしょう?」
「それはそうだが」
アントニオは父の方をチラッと見た。
「アントニオ。エミリアーナがそう言うんだから貰っておけばいい」
アントニオは頷いて言った。
「それじゃ、貰っておく。ありがとう」
「どういたしまして」
「残りは販売へ回していいんだね?」
「はい、お父様。よろしくお願いします」
父の手配で、これからは私が作るポーションとマッサージオイルをタウンハウスへ届け、必要な原材料と瓶を寮へ届けてもらうためダンジェロ公爵家の使用人を月二回寮へ寄越してもらうことになった。
「さあ、エミリアーナ。学園での様子を聞かせてちょうだい」
母が言い、その後は久しぶりに家族全員でお茶を飲みながら心ゆくまでお喋りを楽しんだ。
私が学園で学びたいことを全部やり、友達もたくさんできて、思う存分学園生活を満喫している、と話すと父も母も安心したようだ。
それに、私があの噂にまつわるあれこれに気を取られるより、転生者という初めて聞いた言葉を調べ、そこから思考を広げたり、友達と未知のエネルギーについて語り合ったということを話すと、呆れながらも安堵したようだった。
私は父と母から領地の様子を聞いたり、アントニオから騎士団での仕事のことを聞いたり、ロレンツォから生徒会の仕事について詳しく聞いたりして、家族皆がそれぞれの場で力を尽くしていることにやる気を刺激された。
私は公爵家に生まれ、王家の血筋であるにもかかわらず、過剰とも言えるほどの能力を与えられているため、国内外問わず政略のための婚姻で役割を果たすのは難しいだろう。
それでも別の場で自分の持てる力を発揮してこの王国のために働きたいと強く思っている。
だからこそ、もっともっと学園での学びと実践を深めていこう。
家族と楽しく過ごしながら、私は思いを新たにした。




