第31話 タウンハウスへ
私はエレナ嬢から直接おかしな話を突きつけられたことで、彼女がなぜおかしな噂を流したり階段落ち演技をしたのか、その理由をようやく把握できた。
ちょうどその日にロレンツォから生徒会室に呼び出されて、私自身が今どんな状況にあるのか聞かれたので、エレナ嬢のおかしな話を聞いてもらい、なぜこんなことになっているのかを説明した。
「まったくお前に落ち度がないのは明白だな。これはもう妄想癖だと言っていいと思うが」
「ええ。エレナ嬢の話に根拠は無いから、そう捉えて差し支えないと思うわ」
「学園内と言えども、子爵家の者が廊下で公爵令嬢をつかまえて一方的に己の言い分のみを言い募り押し付けるなど傲岸不遜な態度だ。常識を欠くにも程がある」
怒りを含むロレンツォの言葉で、そういえば私が喋ったのはひと言だけだったわ、と今更のように思い出した。
「週末、タウンハウスへ帰るぞ。念のため一日外泊の届け出を出しておけよ」
「家族会議?」
「ああ。父上と母上もこの週末にタウンハウスへ来ることになっているし、アントニオにも頼んで休みを取ってもらっている」
「わかりました」
「迎えの馬車を呼ぶからな。もし作ったポーションが溜まっているならついでに持って帰ればいい」
「ありがとう。そうします」
私もようやくこのような事態になっている理由がわかったので、家族と共有しておかなくてはと考えていたからちょうど良かった。
それに魔力暴走対策と魔力の微細なコントロール訓練を兼ねてほぼ毎日ポーションかオリジナルのマッサージオイルを作っているから、どちらもかなり溜まってしまっているし、その素材がいくつか在庫切れ間近だったので、どのみち近いうちにタウンハウスへ帰るつもりだった。
私にとってもちょうど良いタイミングだった。
タウンハウスへ帰る日。
私はトランク二つにポーションとマッサージオイルを詰められるだけ詰めて、それを持って部屋を出て階段へ向かった。
とにかく重い。
こういう物を自分で持ち運ぶことはまず無く、つい、自分でやってみたくなったから実行してしまったけれど、半分も下りないうちに音を上げそうになった。
とにかく慣れていないので、休み休み慎重に階段を下りる。
重い物で両手が塞がった状態で階段を下りるのがこんなに怖いとは、と実感しながらどうにか下りたけれど、二度としない方が良さそう。
そして届け出は済ませてあるけれど、念のため管理人に挨拶をしておく。
「行ってらっしゃい。だが、そのトランクは大丈夫なのかい?」
「ええ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます。行ってきます」
もともとロレンツォにも持ってもらうつもりで寮の前で待ち合わせている。
寮を出るともうロレンツォが待っていてくれた。
そして私が持っているトランクを見て目を丸くする。
「そんなにあるのか?」
「ええ。しかもまだ部屋に残ってます」
「なるほどわかった。帰りは素材をどっさりそれに詰め込んで持ち帰るつもりでトランク二個が先に決まり、そこに入るだけポーションを詰め込んだ、ということだろう?」
「ふふ。ご明察」
ロレンツォは呆れながらもトランクを一つ持ってくれた。
二人で校門まで歩き、外へ出ると迎えの馬車はもう到着していた。
すぐに扉が開いて中からアントニオが出てきた。
「あれ?馬で先に帰っていると思っていたよ」
「騎士団の馬を私用に使えるわけないだろう。エミリアーナ。そのトランクはなんだ?」
「ポーションとマッサージオイルの詰め合わせよ」
アントニオも呆れ顔になった。
「ほら。寄越せ」
アントニオは軽々とトランクを持ち上げて、御者を制して荷台にさっと積み込む。
私たちも馬車に乗り込み、タウンハウスへ向けて出発した。
「それにしてもおかしな事に巻き込まれたようだな」
「不可抗力です」
「わかってる。まあ、俺のせいとは言え、理不尽な事には慣れているだろうが、今回は毛色が違うようだな」
「あれはお兄様のせいではなく、ご令嬢方に責任がある話でしょう?それにご令嬢方のおかげで理不尽な仕打ちには慣れてしまったから、慌てることもなかったわ。大丈夫よ」
「慣れてしまうのもどうかと思うがな」
「兄さんは心配しすぎだろ。もう学園内では必要な者たちに周知されているし、殿下のことも皆で気をつけている。たしかにエミリアーナは目をつけられているから大変だろうが」
「火の粉は払うけど、手を抜くことはしないから、騒ぎにもしないし対立もしないわ」
「そうか。それなら大丈夫だろう」
馬車がタウンハウスに着くと、母が迎えに出てくれていた。
私は馬車から飛び降りて母に飛びついた。
「ただいま帰りました!お母様」
母もぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「おかえりなさい。エミリアーナ。まだまだ子供ねぇ」
「ええと、今日だけよ」
やっぱりニヶ月ぶりの再会だから嬉しくて、つい。
「マッサージオイル、たくさん作ってお土産に持ってきたから、使ってね」
「まあ、ありがとう」
私の作ったマッサージオイルは母が気に入って使ってくれている。
「さあ、挨拶はそれくらいにして、中に入ろう」
ロレンツォがそう促し、私たちはタウンハウスへ入った。
「もうお父様が書斎でお待ちよ」
「すぐ行きます」
アントニオが言い、私たちは父の書斎に向かった。




