第30話 転じてテンセイ話で盛り上がる
「だって、彼女、傲慢で理不尽だろう?」
ラウルが言い、ブルーノが続ける。
「しかもそれを君に押しつけてきている。それなのに?」
ああ、そうね。
三人はアントニオのような兄を持つ妹、という立場の私のことは知らないはずよね。
「こういった理不尽はこれまでに何度も経験しているから、もう慣れてしまっているの」
「「「慣れてる?」」」
また三人の声が揃った。
今度は笑いを抑えきれず、私は吹き出してしまった。
「ごめんね。笑ったりして。簡単に説明すると、私の長兄は剣術の天才と言われているうえに物凄い美形なの。だから兄に振り向いて欲しいと願う令嬢がとても多くて、兄を熱烈に想うあまり、私が妹だと知らずに恋敵だと看做して攻撃してくる人がたまにいるのよ。それで慣れてしまったという訳なの」
「なんか、君って、いろいろ大変な目に遭っているんだね」
ラウルがしみじみとした調子で言う。
「最初は大変だと思っても、何度も経験すると慣れてしまうのよね。だからエレナ嬢のすることはこれまでの焼き直しみたいな感じで新鮮さはないの。ただひとつだけ、エレナ嬢が転生者だって話はとても新鮮に思ったわね。その点については揺るがない自信を持っているみたいだった。だから転生について図書館でいろいろ調べてみたの。かなり興味深いものだったわよ」
「何と言うか、君はあらゆる点で予想外の人って感じがするな」
ブルーノが呆れたような表情で言った。
「確かに」
ラウルまで激しく同意する、といった調子で頷いている。
うーん。
褒められたのか貶されたのか、よくわからないわね。
ここで急にトーニオが興奮気味に言った。
「その転生者だけど、実際にいたって話、どこかに載ってた?」
「ええ。今、当たり前に使われている魔石を利用した小型加熱器は、転生者が作ってこの世界に広めた、という話が本に載っていたわよ」
「それだ。今度、どの本に載っていたか教えてくれる?」
「ええ、いいわよ。興味があるの?」
「もちろん。魔道具の歴史って本当におもしろいんだ。以前、転生者が何か作って広めたという話を目にした記憶があるんだけど、嘘か実か半信半疑だったんだ。その記録が残っているならぜひとも詳しく知りたいと思ってね」
「テンセイシャなんて言葉は今日初めて聞いたな」
「俺もだ」
ラウルが言ってブルーノも同意する。
「転生というのは、魂の生まれ変わりみたいなことらしいわ。ただその魂はこことは異なる世界からこちらの世界に生まれ変わってきたらしいの」
「異なる世界?」
「ええ。こちらの世界とは環境も文明も文化もまったく異なる世界で、こちらとあちらは隔絶されているからお互いにその存在を認識できないようよ。でも転生者は異なる世界で生きていた時の記憶を持って、こちらの世界に生まれ変わってくるようなの」
またトーニオが興奮気味に言う。
「そういえば、小型加熱器を作った転生者は、魔力や魔法が無い世界からの生まれ変わりだったはずだよ。魔力とはまったく違うエネルギーを使う世界だったらしいね」
「それはおもしろいな。違うエネルギーってどんなものなんだろう」
「魔力と同じように強さを自在に変えられるのかしら?魔石に魔力を込めるのと同じような使い方ができるものかしら?」
「人間が作り出すものなのかな?それとも大気中から集めて取り込むのかも?」
「船を動かすくらいの動力になるほど強大だったらすごいよな」
こういった未知のものには興味がつきない。
気がつけば、最初の話はどこかに消えて、私たちは未知のエネルギーについて想像を巡らせ夢中になって喋り続けた。
皆、次の授業に危うく遅刻しそうになるほどに。
そのきっかけがエレナ嬢が転生者というところから来ているのがおもしろいわ。
やっぱりこれもエレナ嬢に感謝するところかしら?
翌々日。
トーニオが朝食時に食堂で私を待ち構えていて、教えてくれた。
「一昨日の話、噂の方の話だけど、どうやら高位貴族の令息令嬢たちにはエレナ嬢は妄想癖ってことが広まっているようなんだ」
「広まっている?」
「クラス内の様子を気をつけて観察してみたんだ。彼女と親しくしている生徒は誰だろうか、そちらからもうるさく言われる可能性もあるだろう、と思ってね。その時気づいた。彼らは何も言わない。でも確実にエレナ嬢と噂を完全に無視して距離を置いてる」
流石のカッサンドラ様。
もう手を回されていたのだわ。
私にはそうとしか思われなかった。
「そうなのね」
「なんだかわかっていたって顔をしているね」
私は何も言わずにトーニオににこりとしてみせた。
「参ったな。それに気づいてからよくよく考えてみたんだ。あの噂、王太子殿下に対する不敬、公爵家令嬢で王家の血筋の君に対する無礼、しかも完全に捏造。これは致命的だってやっと気づいたところなんだよ」
「自力で気づけるあなたは間違いなく聡いということね」
「それ、素直に受け取っておくよ。それにしても高位貴族って怖いな」
「それだけ責任も重いってことよ」
「そうだね」
トーニオはしみじみとした調子でそう言った。




