第29話 災い転じて
「エミリアーナ。つかぬことを聞くけど、あのエレナ嬢と何か因縁でもあるの?」
トーニオ、ブルーノ、ラウル、そして私の四人が皆受講している魔石の高度利用に関する特別科目の授業が終わったあと、四人で授業の延長のように議論しながらそのまま食堂へ行き、外テーブルで昼食を取っていた時のこと。
話がひと区切りついたところで、トーニオが急に聞いてきた。
これはまた珍しい話を切り出したわね。
そう内心で驚きながら答える。
「因縁というほどのものは無いけれど……どうして?」
するとトーニオは辟易した、といった表情で言った。
「エレナ嬢の話を強引にまとめると、早いところ君を口説いてブルーノやラウルを君から助けてあげてくれ、ってことなんだ」
「「は?」」
ブルーノとラウルの声が重なる。
なるほど、それでその話をここで持ち出したのね。
全員が当事者みたいなものだから。
「ほら。僕は彼女と同じクラスだろう?そして君とは友達だ。そこに目をつけたらしいんだが、彼女の言ってる意味がまったくわからなくて困惑中ってわけ」
「俺も訳がわからないぞ」
「僕もだ。助けてあげてくれっていったい何なんだ?」
ブルーノとラウルも言う。
たぶん、ブルーノもラウルもエレナ嬢に跪く、と言っていたアレよね。
それにしてもこんな形でトーニオにまで累が及ぶとは思わなかったわ。
「そうね。因縁というより、一方的に敵視されている、といったところかしら」
「一方的に?」
「ええ。しかも一面識もなかった頃から」
三人が一斉に何を言っているのかまったくわからない、という表情になったので、ちょっとおかしくなってしまったけれど、私はなんとか笑うのを我慢した。
三人にとっては笑い事じゃないはずだから。
「これを説明するには前提となる話を聞いてもらわないといけないのよね。しかも、その話というのが奇妙奇天烈なもので、信じてもらえるかどうか……」
「いや、差し障りがないなら教えて欲しいな。何がどうなったらこんな事になるのか知りたいんだよ」
トーニオが言い、ブルーノとラウルも頷く。
家族以外に話すつもりはなかったけど、これはそうも言っていられなくなったようね。
現にトーニオは迷惑を被っているようだもの。
「次の授業まで、まだ時間は大丈夫かしら?」
三人に確かめるとみんな大丈夫だ、と言うので、私は生まれて初めて聞くおかしな話をエレナ嬢に一方的に突きつけられて困惑した時のことを話しはじめた。
この世界はエレナ嬢が転生してきた乙女ゲームの世界で、主役はエレナ嬢、脇役の悪役令嬢が私、エレナ嬢が王太子妃になるシナリオで、もうそうなると決まっている、入学式イベントとやらで私がエレナ嬢の邪魔をしたけれど、エレナ嬢のハッピーエンドは変わらない、だから二度と邪魔せず脇役の私は脇役らしくしていろ、というのがエレナ嬢の主張であることを話す。
王太子もラウルもブルーノも皆エレナ嬢に跪くことになる、というくだりでは二人の顔が不快だ、という色に染まる。
私はお茶会で初めてエレナ嬢と顔を合わせたところまでを三人に説明し終えた。
「……とまあ、そういった訳で、彼女にとって私は悪役令嬢で、彼女が殿下やラウル、ブルーノと仲良くなるのを邪魔している嫌な女、ということらしいわ」
「いや、それ、めちゃくちゃな話だよね?こうなるといいなという願望が、その通りになるはずだという妄想になり、それを通すために君に自分の命令通り動け、と言ってるようなもんじゃないか。なんて傲慢なんだ」
「しかも俺たちを駒扱いするとは大層なご身分だな」
ラウルとブルーノが憤然と言う。
「そういえば、しばらく前に君が王太子妃の座を狙ってエレナ嬢の邪魔をしている、とかいうでたらめな噂がクラスで流れたことがあったけど、知ってる?」
今度はトーニオにそう聞かれる。
「ええ。知ってるわ」
「その噂はエレナ嬢と顔を合わせた後のこと?」
「いいえ。顔を合わせる前のことよ」
トーニオはお手上げだ、というジェスチャーをしてみせた。
「理解不能で正解だ。きっと妄想癖だろう。真面目に取り合う必要はないな」
「だけど、俺はエレナ嬢とやらを知らないんだが」
「僕も知らないなぁ」
「顔の広いラウルが知らないのか?」
「知らないね。一度でも話をしたことがあれば僕は忘れないからね。会ったことはないはずだ」
ブルーノとラウルの言葉にトーニオが言った。
「ブルーノもラウルも一度は彼女の顔を見たことがあるはずだよ。この食堂で」
「本当か?」
「以前、ここでサファイア魔石の話で盛り上がったことがあったのを覚えているかい?」
「ああ、あったね。あ!もしかして、あの時話に割り込んできた?」
「そう。コーンフラワーブルーなどと言って宝石のサファイアの話で割り込んできた女子生徒。あれがエレナ嬢だ。実は僕もあの時は同じクラスだと気づいていなかったんだが」
「ああ、あれか。だが、顔まではっきりとは覚えていないな」
そう言うブルーノにトーニオが聞く。
「だけどアプローチくらいされているんじゃないのかい?そうじゃなきゃ、あんなおかしな要求してこないと思うんだけどなぁ」
「そんな覚えは無いが」
ラウルがふと思い出したように言った。
「ん?待てよ。僕の目の前で転んだ金髪の女子生徒がいたけど、あれかなぁ。僕の両手が塞がっている時や誰かと喋りながら廊下を歩いている時にそんなことが二、三回あったけど」
「それがアプローチになるのか?」
「つまり手を貸して助け起こしてくれ、てことだろ?僕は商売柄、女性に人気の小説には目を通すようにしているんだけど、そういうシーンはよく出てくるよ。助け起こして目と目が合って恋に落ちる、てね」
「はあ。そういうことか。それなら覚えがある。俺の近くや目の前で転ぶ女子生徒を何度も見かけたが、たぶんそれだろう。重いドレスじゃなく学園の制服を着ているんだから自分で起き上がれるだろ、と思っていた。痛〜い、なんて甘ったれた気持ちの悪い声で呻いていたが、本当にどこか痛めたのならすぐわかるからな。助け起こす気など湧かなかった」
「僕も芝居くさいなと思ったくらいで通り過ぎてたよ。だから顔も見ていない」
そう言ってブルーノもラウルも微妙な表情になり、ため息をついた。
「まあ、彼女の自分勝手な妄想の世界に僕たちが付き合ってあげる義理は無いんだから、顔を知らなくても問題はないか」
「そういうことだな。万が一遭遇してもさっさと逃げることにするよ」
「僕もそうしよう」
「僕も忙しいフリでもして話を聞かないようにするよ。時間の無駄だ」
三人はそれぞれに今後の対応方針を決めたようだ。
「そういえば、君は彼女に腹を立てたりしないのか?」
ふと思いついたようにブルーノが私に聞いた。
「いいえ。腹を立てるほどのことじゃないから」
「「「え?」」」
え?
驚くようなこと?




