第27話 接点は無く邪魔もしなかったはず
そして最初のやり取り(第1話)の直後。
「あなた。いい加減にしてくださらない?」
「なんのことでしょう」
「とぼけないで。私はわかっているのよ。あんたも転生者なんでしょッ?!」
などと、エレナ嬢に面と向かっておかしな事を言われて、私はとても驚いたのだけど。
入寮からお茶会までの出来事を振り返ってみたけれど、よくよく記憶をたどってみても、入寮、入学式からこっち、お茶会まではエレナ嬢との接点はやはり皆無だったわね。
だから入学式イベントとやらで彼女の邪魔をしたことは無いはずだけど。
とにかくまずは頭の整理ね。
エレナ嬢の話は最初から最後までちんぷんかんぷんだったけど、聞いた限りでは……
この世界は乙女ゲームの世界で、主役はエレナ嬢、脇役の悪役令嬢が私、エレナ嬢が王太子妃になるシナリオ。
王太子とラウルとブルーノは彼女のもの。
だったかしら。
それが彼女の思う通りに進んでいないので、なぜか私に文句を言いに来た、と。
でもこれでようやくわかったわ。
彼女は私について何か思い違いをしている、と思っていたけれど、そうではなくて、彼女の言うシナリオでは私が彼女を虐げる悪役令嬢だから槍玉に挙げた、というわけね。
彼女にとって面識があるなしは関係なかったんだわ。
実際の私がどういう人間かということも、彼女にとっては意味をなさないのだわ。
シナリオがすべてのようね。
だから彼女の思うシナリオ通りに動かない悪役令嬢の私に、シナリオの邪魔をするな、と命令したんだわ。
もちろん私は彼女の思う悪役令嬢などではないし、彼女の命令に従う気も応えて差し上げる気も無いけれど。
そうよね。
私のシナリオ通りに物事が進むよう、あなたが態度を変えなさい。
私の我儘は、私ではなくあなたを変えさせることで叶える。
そういうことよね?
これって控えめに言っても相当傲慢な考え方よね。
それからテンセイシャというのがよくわからないけれど、少なくともエレナ嬢は自分がそれだと思っているみたいね。
私は違うと思うけど。
そして、王太子妃になるシナリオだというのに、なぜかラウルやブルーノまでが彼女のものになる、と。
これってアレかしらね。
絶世の美女であるわたくしにふさわしいのは美しい男、だから美しい男は皆わたくしのものよ、というアレ。
たしか以前読んだ小説で、そういった感じの台詞にお目にかかったわ。
復讐ものの小説で、主人公の婚約者を含む五人の男性が一人の美女に心を奪われてその女性に振り回される場面がたくさん出てきたけれど、その女性がそんな風に言っていたわ。
絶対に面白いから読んでみて、とお友達に押しつけられた小説だけど、私には面白さがわからなくて途中で挫折したのよね。
小説の女性は自分が大勢の男性に愛されることを当然だと思っていたし、美しい男性しか相手にしていなかったわ。
エレナ嬢ももしかしたらそう思っているのか、見目麗しい男性が好きなのかもしれないわね。
確かに人目を引く美少女だもの。
それに、彼らにふさわしいのはこの私、と言い切っていたものね。
だけど、おかしいのよね。
私は王太子妃になれるはずがないし、なる気もない。
従兄のカルロ殿下は私にとっては兄のようなもので、不仲でもないし、わざわざ媚びを売る必要もない。
王太子妃になるためにいろいろ画策する必要もない。
そのためにエレナ嬢を虐げる必要もない。
この点がおかしい。
エレナ嬢はシナリオは決まっている、と言っていたけれど、この点においてシナリオの設定が違うのではないかしら?
私がカルロ殿下の従妹にあたる、ということは少なくとも貴族なら知っているはずだけど、エレナ嬢はどうやら本当に知らないようね。
だから設定の違いにも気づいていないのかしら。
そういえば、お茶会の時、側を通りかかったメラニア様のこともお父上であるデュラント伯爵様のお手柄のことも彼女は知らなかったわね。
仮にも王太子妃になろうという方が、現時点で王家の家臣たる貴族のことを知らない、というのは致命的ではないかしら。
お茶会の時のような振舞いのままでは、王太子に恥をかかせるだけでなく、絶対に外交に出せない王太子妃になってしまうだろうし。
婚約者に決まった時点ですでに身についていなければならないことが、エレナ嬢には不足しているように見えるのよね。
それに、二人きりだったとはいえ、どこにどんな目があるかわからないのだから、今日のエレナ嬢のように腹のうちをストレートに顔に出してしまうのは危ういと思うのだけれど。
今のままのエレナ嬢では王太子妃なんて夢のまた夢だと思うのだけれど本気かしら?
そんな状態であっても、なぜか自信に満ち満ちていたから何か勝算でもあるのかしら?
シナリオが絶対で、どう転んでも最終的に自身が王太子妃になることは確定事項だという自信がある、いえ妄信している?
いずれにしても、私はそのシナリオというものをまったく知らないのだから、どうしようもないわよね。
邪魔をするな、と言われても邪魔をした覚えもないし、何が邪魔になるのかもわからない。
ラウルもブルーノも友達だけど、私のものなどとは思っていないし、色目を使った覚えもないし、あのおかしな噂のように二人を侍らせているわけでもないし、エレナ嬢の恋路を邪魔する気はないから、どうぞあなたが自力でお励みになってくださいませ、ってところだわ。
エレナ嬢が思う私はシナリオ通りの悪役令嬢だけど、実際の私はそうではない。
だからエレナ嬢のもしかしたらただの妄想かもしれないシナリオにお付き合いして差し上げる義理は無いわね。
そんな暇も無いし。
私の時間は私のために使うわ。
これまで通り、いつも通り、好奇心の赴くまま私の道を突き進むだけだわ。
でもこれから先、何を仕掛けてくるかわからないから気にはかけておくけれど。
昨日、早速階段落ち演技を仕掛けてきたものね。
カッサンドラ様はお茶会後仰っていた。
不気味だ、と。
そう。
己の妄想を叶えるためなら何をしてもいい、不敬であろうが己の妄想を叶えることが最優先であり当然許される、だから、王太子、そして公爵家令嬢を嘘の噂の駒として使い、それを本当のこととして広める。
そしてその危険性には気づかない。
他の人の目からみれば、彼女の状態は妄執であり、不気味だ、となるだろう。
当然、そのような人物を殿下に近づけたいとは誰も思わないだろう。
カッサンドラ様なら手を回して、事を荒立てず、本人には知られないようにして貴族の間に周知し、絶対に関わり合いにならないようそっと助言されるはず。
殿下は階段落ち演技を目撃されたから、ロレンツォたちと図って身を守られることだろう。
カッサンドラ様は助言もしてくださった。
お気をつけあそばして、と。
噂の当事者にされ、噂を流した当の本人に目をつけられている私は、自分の手で自分を守らなくてはならない。
彼女はどうにも話が通じない相手。
当然こちらからは決して手を出さない。
けれど仕掛けられたら対処はする。
それだけのこと。
それに私が目をつけられている状態のままであれば、カッサンドラ様にエレナ嬢からの害が及ばずに済むかもしれないわね。
アゴスタロ公爵様もカッサンドラ様を守るために動かれるでしょうし、私も少しは借りをお返しできるのではないかしら。
ふふ。
それにしても、こんなに斬新な理由で他人から憎まれるとは、本当に人生何が起こるかわからないわね。
あと、テンセイについてはちょっと興味があるから調べてみましょう。




