第26話 カッサンドラ手を打つ
カッサンドラ視点
わたくしが最初に耳にした噂は、エミリアーナ様が殿方に媚びを売り周りに侍らせている、というものだった。
その噂は一年生の特定のクラスから広まり、二年生の間にも多少広がっていた。
それは実際のエミリアーナ様を知るわたくしにとってみれば、話の種にもならぬ代物であった。
ただ、エミリアーナ様の兄君はお二人とも見目麗しい殿方であると専らの評判であり、ご自身は公爵家令嬢でカルロ王太子殿下の従妹でもあるため、妬まれやすいお立場。
従ってそのような妬みによる噂が流れることは十分あり得る、とわたくしも似たような目に遭った覚えがある故、静観していた。
ところが、次に耳にした噂はとても捨て置けるものではなかった。
それは、エレナ・バローネ子爵令嬢がカルロ王太子殿下の婚約者候補であり、王太子妃を狙うエミリアーナ様がそれを妬みエレナ嬢を虐げている、などという荒唐無稽なもの。
しかも探らせてみればその噂の出処はエレナ嬢自身。
カルロ王太子殿下と自分を勝手に同列に並べ、王家の血筋でもあるダンジェロ公爵家令嬢エミリアーナ様を敵に仕立てる不敬で卑劣極まる嘘を本当のこととして噂にする。
悪気のない単なる浅知恵であったとしても、このような不敬はとうてい許されるものではない。
しかも婚約者候補としてこれまで研鑽を積み、この王国を支える一員であるという矜持を持ち、王太子妃として、王子妃として、あるいは政略のため敵対関係にある国へ嫁ぐことになったとしても、そこで力を尽くす覚悟を持つわたくしたちを侮辱するものでもある。
アゴスタロ公爵家でのわたくし付きの侍女の娘ジーナが今年この学園に入学し、学園内でわたくしの目となり耳となる働きをしてくれている。
ジーナはその噂の出処を探り当てるや、わたくしの意図を慮り、エレナ嬢と親しい令嬢と仲良くなり、わたくしがエレナ嬢とその友人をお茶会に招き直接会って為人を確かめる道すじを整えてくれた賢い娘だ。
そのジーナが、確信はないがエミリアーナ様とエレナ嬢に面識があるようには思えないと言う。
入学式前にエミリアーナ様と約束していたお茶会を開くにもちょうどいい頃合いであり、わたくしはエレナ嬢とその友人を同じ場に招き、その為人を直接確かめることにした。
そしてお茶会当日。
ジーナが言った通り、エミリアーナ様とエレナ嬢は初対面であると確認できた。
そしてエレナ嬢のマナーの稚拙さに驚く。
貴族としての最低限の知識、マナーが身についていない。
領地の自慢を聞けば、主要な産業がワイン製造であることは知っているが、そのブランド価値や購買層、将来性などに興味は無いことがありありとわかる。
これはまさか、と思い王都で流行りのもの、ドレスや宝石の話に誘導してみれば、それには非常に饒舌。
エレナ嬢の王太子妃像は最高級のドレスや宝石に身を包み家臣に傅かれて奢侈に暮らすというもののようであった。
お茶会を終えて、わたくしは確信した。
あの噂以上に危険な人物。
それがエレナ・バローネ子爵令嬢本人であると。
エレナ嬢は考え無しに周囲に毒を撒く方であり、その言動が方々に害をなすであろうことも。
自身の感情が最優先であり、意に沿わぬ助言などは聞く耳を持たない方であることも。
会ったこともない相手を貶める噂を撒き散らし、それが自分の首を絞めるものだと気づかぬ幼児性からも明らかだ。
そして、自身が王太子妃になるはずだ、という妄想とも言える独りよがりの確固たる自信。
わたくしにはそれが度を越した妄執に思えてならなかった。
理路整然とした話にも感情論で押し返すだけ。
まともに意思疎通がかなう相手ではない。
正面からあの噂を否定しても無駄であり、返って火に油を注ぐようなもの。
あの方が狙う殿方は、目が合ったというだけで親しくなったものと思い込まれ、親交を拒否したとしてもその言葉は曲解されてしまう地獄に嵌まりかねない。
そのように危険な方を殿下に近づけるわけにはいかない。
わたくしたち貴族も下手に関わりを持ってはいけない方。
話が通じる相手ではないから、正面から対立すると泥沼化するだけであろう。
巻き込まれて殿下、王家の方々と意図せず対立してしまうような事態にならぬよう、わたくしたち貴族も脇を固めること。
そのためにわたくしにできるのは、あの噂とそれを流した本人のことを静かに広めること。
とにかく表立って対立するような真似は決してしてはならない。
あくまでも密やかに伝えるべき人に伝えて広めるのがもっとも良い。
しかも当の本人にはそれと気づかれぬように。
わたくしは父へ手紙で詳細を知らせるとともに、生徒会に所属していない方々へ効率よく広めるため、鍵となる三年生とニ年生の侯爵家及び伯爵家のご令嬢方をお茶会に招き、例の噂とその出処がエレナ・バローネ子爵令嬢であること、そしてその危険性をそれとなく伝えた。
事を荒立てることなく静かにその危険性を広めるにはもっとも有効であると判断してのこと。
皆、貴族学院ではなくこのフォンタナ王立学園に入るほどの頭脳を持ち、自分の行いが即、家の評価に繋がることをわかっている方々。
自分もこの王国を支える一員だという矜持を持っている方々。
この下手な噂に乗れば信用を失い要職からも社交からも遠ざけられてしまうであろう、とその危険性が即座にわかる方々であり、わたくしの意図は素早くご理解いただけた。
ご令嬢方には、わたくしとエミリアーナ様が直接本人を確かめていることもあって、何があろうと指ひとつ触れてはいけない案件だとわかりましたわ、と請け合っていただけた。
これで必要な方々には静かに広がることでしょう。




