第25話 ロレンツォ、噂を耳にする
ロレンツォ視点
「は?その出来の悪い悪趣味な噂はいったいなんなんだ?」
僕は、エミリアーナが王太子妃の座を狙い、婚約者候補のエレナ嬢を虐げている、という噂話を知らされた時、それを耳にしてすぐ自分に伝えにきてくれた生徒会書記を務めるリーノにそう言った。
「ちょっと調べてみたけど、そのエレナ嬢が自分でそういう噂を振り撒いているようだ」
「殿下の婚約者候補にエレナという名前の令嬢はいないぞ」
「へえ、そうなのか」
「そのエレナ嬢というのは?」
「バローネ子爵の長女らしいが」
「バローネ子爵?やはり殿下の婚約者候補じゃないな。殿下も僕も会ったことすらない令嬢だ」
「会ったことすらない?!ははは。これは妄想癖か虚言癖かもしれないな」
「笑い事じゃないぞ」
「まあ、それほど広がってはいないようだから心配するほどのことはないと思うけどな」
「まあ、確かに、そんな噂を鵜呑みするようなおめでたい奴はこの学園では少数派だろうな」
「お前たちが殿下の従弟妹だってのは知られてる話だし、それでもうエミリアーナ嬢の王太子妃狙いは嘘だとわかる。しかも子爵家令嬢。そんな噂の拡散に乗る奴は己の無知を晒すようなもんだ。下手すりゃ首が飛ぶ」
「問題はそのエレナ嬢か」
「そのようだな」
「殿下に近づけないよう、気をつけるとするか」
「そうだな」
「しかし、バローネ子爵か……」
「どうかしたか?」
「地元の有力者と揉めた子爵の名だ。それも溺愛する娘のせいで」
「ほう。それがエレナ嬢?」
「その通りだ。その有力者の力添えがなければ子爵領の経営も立ち行かなくなるのでは、と言われるほどの商人。その娘の婚約寸前だった恋人を奪って貢がせた挙句すぐ捨てたのがエレナ嬢だ」
「なるほど。これは殿下の側に近づけない方がいいな。学園内では俺も気をつけるとしよう」
「ああ、頼む」
「で、妹御はどうするんだ?」
「ん?エミリアーナならなんとでもするだろう。心配はいらないさ」
「信頼してるんだな」
「そりゃあな。これより面倒な目に何度も遭っているんだ。慣れたもんだろう」
「何度もって?」
「アントニオ」
「の妹だろ?」
「アントニオに狂う令嬢ほど、なぜか妹だと知らない」
「は?あり得ないだろう?」
「エミリアーナが夜会デビューした時のことだ。入場で名前を紹介されて、父と踊り、アントニオと踊り、僕と踊った。それでもだ。彼女たちはアントニオしか目に入らなかったのか、エミリアーナが妹だと気がつきもしなかったらしい。アントニオと踊ったところだけ見てエミリアーナを恋敵認定したわけだ」
「そんなことがあり得るのか……長兄殿の美貌恐るべし、だな」
「その時も隙を見てエミリアーナを攻撃した令嬢がいたようだが、アントニオにすぐさま全部バレておしまい。陰で気に入らない相手を貶めようとする令嬢は二度とアントニオに近づけなくなる」
「ほう。それは怖い……ん?それって今回の噂も同じ結末になるってことか」
「ああ、そうとも言えるな」
「それにしても長兄殿と妹御も大変だな」
「僕も大変なんだが?」
「ははは。わかってる。だがお前には益もあるだろ?」
「まあね」
人間性、人間関係を見るのにうってつけであることは確かだ。
外から観察して知ったこと、わかったことは政治的にも有益で、いくらでも使いようがある。
僕は何だかんだ言っても兄妹に恵まれている。
それにバローネ子爵とその有力者が揉めた話はダンジェロ公爵家の商会にいる気の利いた者からいち早くもたらされ、父上はすぐに詳細を探らせている。
その結果、その有力者は子爵の圧力に泣き寝入りしたのではなく、見限って静かに離れる準備をしているようだ、と見極めがついた。
もともと子爵領では先々代が葡萄栽培とワイン製造に力を入れて良いブランドを築き上げたが、現当主の代で自然災害によって葡萄畑に被害が出た際、ろくな支援もせず放置したため優れた働き手が離れてしまい、ブランド価値を下げてしまっている。
先々代に力を貸したのがその有力者の父親なのだが、現当主の子爵は双方の苦労を無駄にし、恩を仇で返したようなものだ。
しかも収入は落ちても娘のために散財し続けた子爵は借金まみれで首が回らない状態。
本家筋も手を差し伸べる気はないようだ。
こんな噂を流す娘の手綱も握れない、となると、バローネ子爵家の行末はもう決まったようなものだ。
その時、生徒会室のドアが開き、殿下が入ってきた。
「ロレンツォ。今、おもしろい茶番を見てきたぞ」
開口一番そう言われるが、その表情にはおもしろがっている色と不快な色とが混ざっている。
「茶番とは?」
「金髪の女子生徒がエミリアーナに階段から突き落とされる、という下手な芝居を打った、まさしく茶番劇だ」
「なんだって?」
「エミリアーナの方が一枚上手で、その女子生徒の茶番を見抜き階段から落ちるのを止めていたがな」
聞いたばかりの噂のことを考え合わせればその女子生徒が誰なのか、一目瞭然だ。
「もしかしてその女子生徒はエレナ・バローネ子爵令嬢?」
「ほう。なぜわかった?」
僕は今しがたリーノから聞いた噂話のことを殿下に説明した。
「なるほど。エミリアーナはカッサンドラ嬢のお茶会でそのエレナ嬢に初めて会ったそうだ。その噂とお茶会……時期が合わないな。エミリアーナと会う前に流したとしか思えないが」
「うわあ、なんてめちゃくちゃなんだ。誰とも面識がないうちにそんな噂を?」
リーノがまったく理解できない、といった表情で叫ぶように言った。
「これは思った以上にひどいな」
僕も思わず口に出す。
「カッサンドラ嬢は噂を知ってエミリアーナをお茶会に招いた上でエレナ嬢の為人を直に観察したんだろう。その席でエレナ嬢はエミリアーナに、わたくしのことは将来の王太子妃と思ってくださればよい、と言い放ったそうだぞ」
僕もリーノも絶句して殿下の顔を見た。
殿下も不快だ、という表情を浮かべている。
「カッサンドラ嬢もそれを聞いていると?」
「その通りだ。カッサンドラ嬢はもうエレナ嬢の為人を見切っているだろう。すぐにも手を打つはずだ。エミリアーナは対立は避けるが火の粉は払うと言っていた。だから二人のことは心配いらないだろう」
「こちらはエレナ嬢を殿下に近づけないように気を配ります」
「頼む。僕も気をつける。妄想をつのらせた者が何をしでかすか、予測は難しいだろうが」
思っていた以上に厄介な相手のようだ。
そんな相手でも、あからさまに嫌う態度を軽々しく外へ見せるわけにはいかないのが殿下の立場だ。
だがそうとわかっていれば、こちらもそれなりに対応可能だ。
この件は父上にはもちろん、アントニオの耳にも入れておいた方が良さそうだ。
後で知られて怒られるよりマシだ。
ああ見えてアントニオは妹には甘いからな。
エミリアーナの夜会デビューの日、仕事の都合で遅れて来て、エミリアーナとだけ踊って父上母上や僕と少し話して、その間にエミリアーナを攻撃した令嬢に気づいて対処し、すぐまた仕事に戻っていったくらいだからなあ。
早いところ知らせることにしよう。
そしてこの件が決定打になり、父上はすぐにもあの件について本腰を入れ動き出されることだろう。




