第22話 カッサンドラからの助言
エレナ嬢はカッサンドラ様を自分の味方につけたいと思ったのかしら。
でもカッサンドラ様はエレナ嬢の手に負えるような方ではないのだけれど。
流石のカッサンドラ様は澄まして答える。
「さあ。わたくしはどなたのことか存じあげませんわ。エミリアーナ様はいかがですの?」
「わたくしも存じあげませんわ」
エレナ嬢は扇の陰から私を睨む。
この視線。
やっぱりエレナ嬢があの噂の大元のようね。
私はようやく確信を得た。
だけど、なぜ私が殿下の婚約者候補になりたがっているなどと思い違いをしているのか、それはまだわからない。
ふと、カッサンドラ様が言った。
「あら、あの方、デュラント伯爵家のご令嬢メラニア様ですわね。相変わらずお綺麗ですこと。エレナ様はご存じでらした?」
エレナ嬢はカッサンドラ様の視線の先にいる令嬢を見ながら言った。
「いえ……生憎と」
カッサンドラ様が扇越しに意味ありげな視線を送ってきたので、私はカッサンドラ様の意を汲んで言った。
「デュラント伯爵様は半年ほど前、ベルデラ地帯の洪水災害において見事な采配を振るわれ、短い期間で復旧させ、国王陛下よりお褒めの言葉と新たな領地を賜っていらっしゃいましたわね」
「ええ。それに領地ではその実直なお人柄で夫人とともに領民にたいそう慕われていらっしゃるそうですわ」
それがなにか?という表情のエレナ嬢に向かってカッサンドラ様が言う。
「もちろんエレナ様がおっしゃる身の程知らずの婚約者候補、という方は、候補になるような方なら当然知っているはずのこういったことを知らないのでしょうね。王太子妃ともなれば王国内の貴族についてあらゆる事を頭に入れておくのは当たり前のことですもの」
「そ、そうですわね」
エレナ嬢はあわてて答えたけれど、自分自身がそれに無知であるとさらけ出してしまったことをわかっていないみたいだわ。
カッサンドラ様がそれをあてこすったことにも気づかなかったみたい。
しかもエレナ嬢の言う、身の程知らずの婚約者候補である私はそれを知っている、ということまでカッサンドラ様はここで明らかにしてくださった。
そこにも気づいていないようだわ。
それでも自身が王太子殿下の婚約者候補だという自信は揺るがないのかしら。
不思議ね。
カッサンドラ様はさりげなく、今王都で流行している小説や菓子、ファッションなどへ話を移した。
そういう話題にはエレナ嬢は饒舌だった。
やがてお開きの時間となり、エレナ嬢と友人のお二方は賑やかに挨拶をして帰っていった。
私はわざと最後まで残っていた。
カッサンドラ様は私にもう少し話があるようだと気づいていたから。
「本日のお茶会、いかがでした?」
「楽しませていただきました。興味深い話もたくさん聞けましたし、考えさせられることもございました。お招きくださったこと、深く感謝しておりますわ」
カッサンドラ様は満足そうに微笑んだ。
「あなたに関する妙な噂をいくつも聞きました。でもわたくしの知るあなたとは乖離するものばかり。噂の出処を探って、このお茶会をあの顔ぶれで開くことにしましたの」
私にとってはこれまで接点のなかったエレナ嬢について直接知る機会を得たお茶会となり、収穫も多かった。
カッサンドラ様は自分に益があり、主要な招待客にも益があってさらに恩を売れる、こういったお茶会を開く腕に長けている。
今日のお茶会はその見本のようなものだった。
やっぱりカッサンドラ様は凄いお方だわ。
私はカッサンドラ様に借りができたようなものだけど、悪い気はしなかった。
カッサンドラ様は真面目な顔になって続けた。
「ただ、気になることがひとつ……あの方、噂の流し方も稚拙ですし王家の家臣たる貴族についても知識があやふやですのに、王太子妃になることについては揺るがぬ自信があるように見受けられましたわ」
「ええ。わたくしもそう思いました」
「その自信がいったいどこから出てくるのか、そこが不可解であり……不気味でもあると思いましたの」
「不気味……?」
「ええ。いずれにせよ、このまま何事もなく終わることはないでしょう。お気をつけあそばして」
私はカッサンドラ様にお辞儀をした。
「この借りはいずれ必ずお返しいたします」
カッサンドラ様は優雅な笑みを浮かべて言った。
「貸したつもりはありませんのよ。でもあなたのその言葉はとても心強いわ」




