第16話 あの頃のリア
ブルーノ視点
俺はいつも通りに早起きして訓練用の剣を手にし、寮を出た。
向かう先は訓練場。
朝稽古のためだ。
訓練場に入ってすぐ、エミリアーナが素振りをしている姿に目が止まる。
自分も素振りを始めながらエミリアーナの動きを見た。
そのうち美しい剣技へと移ったエミリアーナの動きにしばし見惚れた。
だが、すぐに気持ちを切り替え、自分の稽古に集中する。
稽古を終えてふとエミリアーナに目をやると、やはり稽古を終えたらしく訓練場を出て行ったので、なんとなく追いかけるように俺も場外へ出た。
そのままエミリアーナは寮へ歩いて行き、女子寮へ戻っていく。
俺も寮の自室に戻って汗を流し、制服に着替えて朝食を取るため食堂へ向かった。
配膳口で朝食のトレーをもらってテーブルにつき、食べ始めようとした時、入り口にエミリアーナが姿を表した。
稽古の時は高い位置で髪を結び、稽古着姿だったが、今は長い髪を下ろした制服姿だ。
受け付けの女性と親しげに挨拶を交わしてから、エミリアーナはトレーを二つもらってテーブルの空きを探している。
まだ朝早い時間帯だからそれほど混んでいないし、俺の周りの席は空いているが……などと思いながらエミリアーナの動きをつい目で追ってしまう。
ふと、そのエミリアーナの目が俺の姿をとらえた、と思ったらそのままこちらに歩いてきたので少しドキッとした。
「おはよう。ブルーノ」
「おはよう。エミリアーナ」
「ここ、座ってもいいかしら?」
「どうぞ」
エミリアーナは俺の向かいの席に座った。
二つのトレーを置くエミリアーナに思わず聞いてしまう。
「それ、君一人で食べるのかい?」
「ええ」
そう答えてからエミリアーナが急に笑った。
「?」
「いきなり笑ってごめんね。先日、まったく同じことを聞かれたことがあったものだからおかしくなってしまって」
「そうか。いや、令嬢にそんなことを聞く方が失礼だったね」
「失礼だなんて思わないから気にしないで。これくらい食べないともたないのは事実ですもの」
「今朝、訓練場で君を見たよ」
「あら、ブルーノも朝稽古だったの?」
「ああ。早朝の稽古をしないとどうも調子が出ない気がするんだ」
「同じよ、私も」
「公爵令嬢が剣術、というのも珍しいね」
「そうね。でも私、剣術は大好きなの」
「少し君の稽古を見たけど、小さい頃からやっていたんだろうな、とわかったよ」
「そう言うあなたも小さな頃からしていたんでしょう?」
「三歳から、ね」
「ガッティ子爵家の領地は貿易都市カタラーニアの隣接地で海の魔物や海賊討伐を担う家だったわね?それなら三歳から剣を手にするというのも頷けるわ」
「剣術ができないんじゃお話にならないからね。もちろん船上での剣技も叩き込まれたよ」
エミリアーナの目が好奇の色に輝く。
「船上で?それはぜひとも見てみたいし、自分でもやってみたくなるわ」
「好奇心旺盛なんだな。君は」
「昔からそうなの。知りたいし、知ったら自分でやってみたくなるの。もし良ければ今度、手合わせ願えるかしら?」
「いつでも」
「ありがとう」
エミリアーナは嬉しそうに微笑んだ。
その紫の瞳の色が少し明るくなったのを俺は確かに見た。
そういえば。
あの頃もリアが楽しい、嬉しい、と言う時は、その瞳の色がいつもより明るい紫色に変化していたな。
そして、本当に楽しそうに嬉しそうに笑っていた。
いつも持ってきていたおやつも幼い子供のものとしては量が多かった。
俺が剣の稽古をしていると知り、手のひらを見せてと言われ見せてあげたら、少し硬くなっているところが私と同じ、と嬉しそうに言って自分の手のひらを見せてきたことがあったっけ。
あの時は小さな女の子のリアが剣の稽古をしていることに驚いたんだった。
それに、リアは好奇心も知識欲も旺盛だった。
森の中の草花の特徴を熱心に観察し、それを図鑑で調べては知ったことをよく話してくれたし、本を読むのが大好きだ、とも言っていた。
あの頃のリアの良さは、今も変わらず失われていないようだ。
そう思い、なんとなく安堵する。
「特別科目は何を選んだの?」
「まず魔道具設計に魔石の高度利用、それから国内外の法律に商業史、大陸史というところだね」
「将来領主になる人は学ぶ範囲も広いわね。私も魔道具設計と魔石の高度利用は受講希望しているの」
「今日はさっそく魔石の高度利用の試験だな」
「お互いここを乗り切って受講資格を勝ち取りましょうね」
「そうだね。今週は正念場だ。お互いに全力で臨もう」
朝食を食べ終えた俺たちはそれぞれの寮に戻った。
俺は自室に戻ると、今日の試験スケジュールを再度確認して必要な道具を持ち、寮を出て校舎へ向かった。




