変態
俺の転生先はかなり裕福な家庭のようだった。まず家が大きい。何ならメイドさんなんかがいる。家というか屋敷だなこれは。前世の俺から見ると基本的な一軒家でも裕福に感じてしまうのだが、この建物は誰がどう見ても豪邸である。一度はこんなところに住んでみたいものである。
まあ、今住んでいるんだが。
さて、今生での俺は兄がいる。といっても兄にはまだ会ったことはないのだが。父も仕事か何かに出ているようなので、俺にできることと言えばメイドさんに甘えることくらいである。
いや、まだあるか。そう言えば女神さまにスキルとやらを貰ったのであった。だが────どうやって使うのだろうか?というか、そもそもどんなスキルを貰ったのかすらわからないのだが……………。
※
夜、母親───この場合母様と呼ぶべきだろうか、ほら、なんというか……………貴族風に?に絵本の読み聞かせをされている間に女神から貰ったはずであるスキルについて思いを巡らせていた。スキルの使い方どころかその内容すら把握できないのはかなり問題である。何とかできないものだろうか。
ちなみに絵本の内容は旅人が神から地上に落とされた遺物とやらをめぐった冒険をする物語なのだが、読み聞かされた回数はこれで3回目だろうか?まあ、毎日聞かされればさすがに飽きてくるわな。
初めに聞かされた時は遺物ってなんだよ。土器か石器でも探してんのか?などと思ったものだが、さすがに子供向け絵本であるようで願いを叶える杯だのやたら強い武器だのが出てきた。
情けなくも中身成人男性が子供向け絵本にマジレスをかましていると今日の読み聞かせは終了したようで、母様は俺におやすみと声をかけて部屋を出て行った。
さて、それでは本題である。どうやってスキルとやらを使ったものだろうか。
よくあるゲームやアニメのようにウインドウ的なのが出てきてくれればわかりやすくてよいのだが……………。
手を軽く振ってみる。右手、左手……………何も起こらない。
ふむ。
「……………」
「……………………す、ステータス」
「ステータスオープン、オープン、ブック、ウインドウ、出てこい!」
ブォン
「わっ」
目の前、空中に半透明のウィンドウが出現した。
「うぉ………」
ステータスウィンドウである。いや、確かに出そうと思ってやったことなのだが、いざ出ると驚くものだな。何気に一番の障害は空中に向かってステータスなどと急に言いだすことであった。
とはいえ、このウインドウはどの言葉に反応して出てきたんだろう。こんなことなら一つずつゆっくり検証するんだった。
まあいい、どうせ今言ったどれかなのだからそれを検証していけば───
「あれ、これどうやって閉じるの……………?」
閉じるときも何か掛け声が必要なのだろうか。しかしそんなことを言われても生憎俺の知識には閉じるときの掛け声などないのだが。
いや、落ち着けきっと何かあるはずだとりあえずこう、念じてみる感じで、閉じろ閉じろ閉じろ閉じろ
ヴィン
「え?」
閉じた。ウインドウが閉じた。なんだ?もしかして念じるだけで閉じるのか?だとすれば開くときも念じるだけで開く可能性があるのだが
ヴォン
うん、これ、念じるだけで出したり消したりできるね。
果たして先ほどまでの俺の格闘と羞恥心は何だったのか、いや、もしや開いたり閉じたりする具体的なイメージが必要だったとかだろうか。まあいい。
ひとまずウインドウの内容を確認することにした俺はそれを読み始める。といってもそこまで量があるわけではなく、書かれているのはせいぜい名前と持っているスキルくらいのものだった。
────
シャイセント・スティリード
種族:人間
スキル
・鑑定
・変態
────
簡潔に書かれたそれは簡潔ゆえにおかしな文字、スキル欄に燦然と輝く『変態』の文字にすぐに目が行く事となった。
「変態……え、悪口?」
変態。スキル、変態。なんだろうこれは。からかわれているのか?女神の言ってたスキルってこれの事じゃないだろうな?しかもなんだよ変態って、俺は変態じゃないんだが?……………多分。
というか、もはやこれスキルというより称号に近いんじゃ……………。
「うーん」
ウインドウをしばらくにらんでみたのだが「変態」の詳細な効果がわかったりはしなかった。というか、もう一つの「鑑定」の方と違ってスキルの使い方や効果に見当がつかないんだが……………もしやこれハズレスキルか?いや、落ち着け。昨今は名前だけで判断するのは良くないという風潮が……………
※
ところで俺、シャイことシャイセントの一日は普通に目覚めることから始まる。その後家族で朝食をとるのだが、その場には母、仕事が無ければ父が居る。その場で俺はスキルを使ってみることを決めた。
使えるかわかんないけど。
とりあえず母に向かって「むむむー」といった感じで鑑定を使おうと思いながら念じてみる。
『鑑定に成功しました』
────
ジュリエッタ・スティリード
種族:人間
スキル
────
あっさり成功した。特によく考えずに使ってみてそのまま発動できてしまった。というか、このレイアウト、俺の推定ステータスウインドウと全く同じなのだが、もしや俺は自分を鑑定していただけで、ステータスウインドウ的な物がこの世界には存在しない可能性もあるのか?
ふーむ、母にスキルは無し。まあ、これで俺よりも強そうなスキルがあろうものなら軽くショックを受けるのだが。
では、父はどうだろう。彼はかなり強そうだし。まあ、俺は相手の強さを判断できるような能力など持っていないし、何となくがたいから判断しただけなのだが。
『鑑定に失敗しました』
ん?失敗した。
『鑑定に失敗しました』
うーん、もう一度やっても結果は同じ。なんだ?彼我の実力差が離れすぎていると鑑定できないとかそんな感じなのか?わからん。
朝食後、俺は新たな仮説を立てた。その名も「鑑定が思ったよりも簡単に使えそうな代物だったし、もしや変態の方も使ってみると案外何かわかるんじゃね?」説だ。長いか。長いな。
要は一度スキル「変態」を使ってみることでこの謎スキルの効果がわかるんじゃないだろうか、というものだ。スキルである以上、何かしらの効果はあるはずだし「鑑定」が思いのほか簡単に発動できてしまったため、こちらも適当に使ってみても何かしらの効果が望めるのではないだろうか、と考えたわけである。
「さて、と」
朝食後の満足感を覚える腹を抱えながら、自分の部屋で覚悟を決める。
だが……よく考えてみれば少し怖くなってきたな。だって「変態」だぜ?何か変なことが起こったらどうしたものだろう。そう、何かこう変態チックな変なことが。
ま、まあいい。いやよくないが。
かなり不安はあるが、もしかしたらなにかチートじみた能力があるスキルなのではないか、という自分の期待を押し止めてまでスキルの発動を我慢する手札は持ち合わせていなかった。
「変態」発動!そう強く念じてみる。
何も起こらない。
「変態発動!」
声に出してみる。何も起こらない。
身振りや手ぶりをつけてみる。
何も、起こらなかった。