8 〈ロア・ルンド〉にて
固有名詞が多くて、読み辛いかと思います。申し訳ありません。
用語
〈ゲート〉 / VRゲームを行うためのハード。タワー状で巨大。
アルタリアル / テオリア・オンラインを通してアクセス出来る異世界の総称。
アバター / テオリア・オンラインを通して造られた、異世界の身体。普遍的に存在する魔力と祈力を用いた術で造られている。テオリア・オンラインを通して魂を繋ぐことで操作できる。
〈リード〉 / ソーシャルネットワークサービス。特定の個人もメッセージを送り合うことが出来る。
DDD / 〈ダイ! ダイ! ダイ!〉の略称。古城が得意とする非対称性サバイバルホラーゲーム。古城はこのゲームで幽霊〈ゴースト〉と呼ばれていた。
〈ツリーズ〉 / 樹木の枝のようにレス=〈ツリー〉がつながることから。掲示板と個人のつぶやきを合わせたようなソーシャルメディア。
廃人化 / 転生のこと。アバターに魂が繋がったまま(操作している状態で)、現世の肉体が死亡することで、魂がアバターへと移行すること。
〈オルターエゴ〉 / 廃人化したPK。PKにハマりすぎて寝食を忘れて肉体が餓死した例がある。
「……あ。目、覚ました」
「良かった……」
目が開いていく毎に、強烈な光が知覚されていく。
光の洪水が瞬きをする度に流入してくる。
「黒貂さん、聞こえますか」
ラトレイアの声。
あぁ、良かった……。
無事だったのだ。
ルルベールが大斧を振るい、ラトレイアの祈跡〈竜鱗〉がそれを防いだ……その辺りから黒貂の記憶は曖昧だった。
「おはよう……ございます……」
なんとか声を出しながら目を開けると、ラトレイアの隣……黒貂の目の前には見知らぬ少女の姿。
水色……光の加減では緑色にも見える髪色。
鋭く涼しい眼。
眉で揃えられた前髪、左右のツインテール。
細身でマスクをつけており、黒いマスクには歯の並んだ口のイラスト……。
「誰?」
思わず黒貂は声を出した。
「……私」
少女は応える。よく知るネットフレンドのアバターに似ているが……。
「ソイルのアバターに似てる……」
「……正解ー」
少女は言うと目元を緩ませた。
「ソイル……!? どうしてここに?」
「……だって黒貂、テオリア・オンラインの話してから消息不明だったし。……〈リード〉も返ってこないし。死んだかテオリア・オンラインか、かなって」
だから、探しにきたんだよ、とソイルは呟いた。
ソイル……チーム制FPSゲーム〈ヴァリアント〉や古いeスポーツゲーム〈バレット6〉などを行うゲームのプロチームに所属している少女だ。
素顔は一部の人間しか知らない。
彼女は顔出しせず、マスクをつけて表に出る。
現実〈リアル〉では声もマスクを通し変声されるため、全身を見なければ少女であるとわからないだろう。
黒貂とはゲームDDDで出会ってから、メッセージアプリ〈リード〉などで連絡を取っている。
もちろん現実〈リアル〉では会った事もなく、ゲームでしか顔を合わせないが、付き合いは短く無い。
それで、心配してやってきたというわけだ。
まさかドンピシャでテオリア・オンラインに探しに来るとは……。
「ソイルもやってたんだな、テオリア・オンライン」
「……そう。まぁ、一応」
「どうやって見つけたんだ……?」
「……まぁ、ね。情報屋に金を払ったり……」
情報屋……。
街……〈ロア・ルンド〉ではリアルマネートレードが行われ、レア度の高いアイテムや、先のフィールドの情報などは高い値がつくと聞くが……。
「あの……」
ソイルと話していると、ラトレイアが話しかけ辛そうに声を出した。
「黒貂さん、この方がここまで運んでくれたんですよ」
この方……? 目の前に少女が二人。
ラトレイアが指しているのは背後だが……。
指先に視線を移す。
よく見るとラトレイア達の背後には巨大な人物が立っていた。
まるで鬼のような、巨躯の人物。
「グランだ。友人を探していたら、君が倒れていたのでね」
グラン……それにこのアバターは。
見たことがある。だけではない。
知らない人はいない……〈ゲート〉ゲームを知らない一般人ですら、名前を知っているほど……。
「まさか……グランさん? プロ格闘ゲーマーの?」
「知っていてくれたか。ありがとう」
グラン。世界的にはベスティアのあだ名で知られる格闘ゲーマーだ。
各国で開かれる賞金制格闘ゲーム大会で荒稼ぎをし、〈ゲート〉ゲームはおろかコントローラで遊ぶアナログゲームの時代から有名な人物である。
アバターはいつもメガネをかけた巨漢で、パワーキャラでありながら、知的なプレイングを得意とする。
「キャラがそのまんまです。あはは、すごい……」
グランのアバターは壁のような背丈と体格で、筋骨隆々だが眼鏡をしており、やはり彼がいつも使っているキャラクターとほとんど同じであった。
嬉しすぎる……ゲーマーの間では伝説的なプレイヤーだ。
彼までもテオリア・オンラインの中に来ているなんて……。
そして、自分を助けてくれるなんて。
「ありがとうござ」
そこまで言って黒貂の意識はまた途切れた。
感情の高ぶりのせいだろうか。
フラリと背後に倒れたあと、黒貂は幸せそうな笑みを浮かべて眠りについた。
「……あ、また寝た。……死んだ?」
ソイルの声が遠く聞こえた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんなに冒険者さんがたくさんいるなんて……さすが〈ロア・ルンド〉ですね」
ラトレイアは窓の外を見ながら、嬉しそうな声を出した。
少しウェーブがかった金色の髪……肩で揃えられたその髪は陽の光を反射して美しく輝いている。
「……冒険者? プレイヤーのこと?」
少女の声に応えるソイル。冒険者、という言い方はあまり聞いたことがない。
「プレイヤー? 祈る人ですか! 都会はおしゃれですね」
黒貂が目を覚ます前に、まず耳に会話だけが入ってきた。
楽しそうに話す少女たちに声をかけるため、上体を起こす。
もっとも、黒貂も造られたアバターの身体に転生している廃人であるため、見た目的には少女たちとあまり変わらない年齢なのだが。
「おはよう」
「……寝すぎ」とソイル。
「おはようございます、黒貂さん」とラトレイア。
マスクを外しているソイル。
アバターと実年齢が同じならば、かなり若いだろう。
中学生にも高校生にも見える。
こちらに振り返り、ソイルはため息混じりに立ち上がった。
「……1日くらい寝てた。何があったかは大体聞いた」
そして腰をかがめ、黒貂に顔を近付ける。
「……私も巡礼の旅についてく」
「お、おう」
やはり女性の顔が近いと緊張してしまう。
異世界に魂が移っても、そこはあまり変わらないようだった。
「嬉しい……! ありがとうございます。ソイルさん」
ラトレイアはソイルの手を取り、微笑んだ。手を取られた少女はやや顔を赤らめて、話題を変える。
「……街は結構盛り上がってる。見に行こう」
かなり長く寝床についていたのであろう。
動かすと、身体は節々が硬くなり、痛みを感じるほどだった。
朝日が窓から指す。外からは活気ある声が響いていた。
そうか……街……〈ロア・ルンド〉にグランさんが運んできてくれたのか……。
黒貂はそう思い出す。
ラトレイアはうんうん頷きながら、伸びをするようにして立ち上がった。
「そうですね。準備しましょう」
身体をほぐす様に動くラトレイア。
彼女もまた長く座っていたのだ。きっと長く、黒貂を看てくれていたのだろう。
『黒貂、聞こえる?』
2人の少女が部屋を出たあと、1人きりになった黒貂に声をかけてきたのは……トリル・トレモロ。
「聞こえる。トリルと話すのも久しぶりな感じだ」
『あなたが寝ている間は、私も寝ることにしているの。それに、それ以外も人がいたり、緊張した場面だったりしたからね』
トリルは魔法で黒貂の俯瞰映像……三人称視点の映像を見ながら生活している。
寝る時間を同期させることで、常にサポートしようとしてくれている……彼女なりの気遣いなのだろう。
だから時々、漫画を読んで笑う声やスナック菓子を食べている音、アナログゲームをやっている音が聞こえても、怒ることは出来ない。
『無事で良かった。……黒貂、ステータス開ける?』
「えーっと……」
ステータス画面を開くことが出来る……それをすっかり忘れていた。
ゲームの時と同様、視界に表示されたUIに手をかかげ、スワイプする動作を行う。
そこからはボタンがある空間を押せば、表示が進んでいく。
これもアバターに標準搭載された機能であろう。
『アビリティのところを見て』
アビリティと表示されたところに見慣れないスキルがあった。
内在する影〈オルター・シャドウ〉(常時発動)
の記載。
「何だ……? 内在する影〈オルター・シャドウ〉?」
『おそらくあなた固有のパッシブスキル。この間のルルベールとの戦いで見せた、対人特化能力だと思う』
パッシブスキル……獲得するだけで常時発動する能力。
テオリア・オンラインではアビリティと呼ぶらしい。
この内在する影〈オルター・シャドウ〉は、恐らくパッシブではあるが、発動条件があるもの、だ。
対人……オルターエゴを相手にする、などの条件下で能力の変化をもたらすスキルであろう。
内在する影〈オルター・シャドウ〉が発現している時は、青色の炎のようなオーラが片目から現れる。
そして攻撃が遅く見えたり、例の一撃必殺の〈黒点〉が見えたりする……ようだ。
「これのせいでこんなに疲れたのか」
『体というか精神が慣れていないのね。私の方でも調べてみる』
「ありがとう」
特定の条件下のみで発動するアビリティ、内在する影〈オルター・シャドウ〉……使いこなせば、かなり戦いを有利に運ぶことができる……のかもしれない。
黒貂は考えながら、光あふれる街へと向かうため、準備を進めた。