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3 静かなるレスカテ


「まずは私の育った村に挨拶してから巡礼に参りたいです。あと英雄墓にこの〈兆し花〉をお供えする仕事もついでに……」


 ラトレイアは〈逆打ちの巡礼教会〉で生活していたようだ。


 しかし生家は英雄墓の先にあるレスカテという村だという。


 数ヶ月に一度、村へ帰ることもあるという。


 基本的な彼女の日課は祈りを捧げること、〈兆し花〉を英雄墓に供えること。


 〈修辞の聖堂〉から見えた墓石群はこの辺りの集団墓地のようだ。


 中央には英雄墓と呼ばれる英雄の眠る場所があり、神巫であるラトレイアはそこの管理も行なっていた。


 この世界では教会や聖堂に使える聖職者は神巫〈かんなぎ〉と呼ばれるらしい。


 民間宗教が発達したものが多く、系統立てて特定の神を信仰するものは少ないようだ。


 宗教として布教したり、教えとして導くものもあれば、ラトレイアのように地域の宗教として根付いているだけのものもある、らしい。


 神巫は祈跡〈きせき〉と呼ばれる力を使えるものが多い。


 祈跡もまたそれぞれの教えにより異なっており、様々な能力があるという。


 ステータスの祈力によって祈跡の力も増減すると思われる。


 ラトレイアの祈跡は〈治癒〉と〈竜〉の系統のものだと言う。


 話だけだと回復魔法やバフ魔法のイメージだ。


「その巡礼というのはどれくらいかかるんだ」


「わかりません。向かうべき場所は教会で天啓を受けるとされていますので……」


 古城は思う。


 きっとこれはサブクエストの一つである、と。


 恐らく少女の行く先はある程度近場でランダムに提示され、そこまで無事送り届ければクエストクリアになるはずだ。


 とりあえずこの小さなサブクエストをクリアしてから、人が集まる最初の村とやらに向かおう、と考えた。


 しばらく歩くと〈レスカテ墓地〉の文字が表れる。


 数え切れぬ墓地は綺麗に手入れされており、ラトレイアの仕事ぶりが見えるようであった。

 

 英雄墓は古いが壮大で、それは墓というよりも石碑という感じであった。


 英雄の像も建っている。


 像の足下には


『贖罪をここに残す。罪を贖おうとした時、私の周りにはもうすでに誰もいなかった』


 という文字が彫られた碑があった。


 最初は読めぬ文字の羅列だったが、遅れて読める文字に変換された。


 恐らくNPCであるラトレイアの言葉も、同時翻訳されているのだろう。


 いや、吹き替えなのかもしれないが。


 ラトレイアは一つ一つに〈兆し花〉を供え、両手を組み祈りを捧げる。


 その所作はとてもプログラムされたものとは思えない、非画一的な動作だった。


 テオリア・オンラインはキャラクターが少ないため、個々のキャラクターに複雑な動きをもたせることが出来るのかもしれない。


 何せ、ラトレイアはこのゲームで初めて出会った人間だ。


 キャラクター主体のオープンワールドとは異なるだろう。


 古城は辺りを見回した。


 静かなところだ。


 広大で、風が抜ける音と足首まで伸びた草たちが鳴らす音しか聞こえない。


 丁寧なラトレイアの仕草に視線を移す。


 祈りのかたちは世界中あまり変化がないのかも知れない。


 このゲームはどこの国で作られたかもわからないが、アジアの所作ともヨーロッパの所作とも取れる。


 ラトレイアが立ち上がり、一息をついた、その時。


『ドガッッッッッ!』


 耳をつんざく音。


 先の方で立ちこめる煙。


 隕石でも落ちたように吹き飛ばされた墓石。


 立ち上がったのは背の高い黒い鎧。


 その姿を見た瞬間、全身が総毛立った。


 DDDで襲撃者を見た時の感覚。


 古城は直感した。


「しゃがんで。アレは多分敵だ」


 墓地で良かった。


 身を隠す場所はいくらでもある。


「……呼吸を弱く。周囲と同化するイメージだ。とにかく姿勢を低く。どっちが狙われているかわからないけど、きっとアレは危険だ」


 思わず少女の手を取る。


 ガシャン、ガシャンと黒の鎧は英雄墓の方に近付く。


 古城のわずか2.3メートル先を黒の鎧は通っていく。


 身を隠しながら様子を確認する。


 黒の鎧は英雄墓に〈兆し花〉が供えられているのを見ると、顔を上げて周囲を探った。

 

 そして、ゆっくりとした動作で剣を振るった。


『ガガガガガガガガガッッ!!』


 黒の鎧、前方数メートルの墓石が弾け飛んだ。


 一閃、衝撃波が地面をえぐる。


 無論、剣自体が当たった場所は綺麗に寸断されている。


「!!!」


 一連の動きで幾つかわかったことがある。


 黒の鎧は知性があること。


 少なくとも鎧の中には生命体が入っており、明確な意思をもって古城あるいはラトレイアを探していること。



 そして確実に殺意を持って探していること。



 古城は小石を取り、遠く反対側に投げた。


 カツン、という音に対し、黒の鎧は振り返り、剣撃を飛ばす。


 再度轟音が鳴り、墓地が破壊された。


 その隙をついて古城たちは大幅に進む。


 古城はこういう時でも枝一本でも踏まぬように癖がついて歩いている。


 まずはつま先から探るように進む。


 いつの間にか、左下の〈アーツ〉には新しい技が増えていた。


 無明〈エコー〉と書いてある。


「無明〈エコー〉」


 古城は小さく呟いた。


 すると視界が暗くなり、物の輪郭だけが浮かんだ。遠く、黒の鎧がぼんやりと赤く染まる。


 遠くとも、黒の鎧がどこを向いているかがわかった。


 これはエコロケーション、反響定位のようなものだろうか。


 近くのフィールド全体の物の配置や敵の位置がわかる〈アーツ〉だろう。


 無明〈エコー〉によって、逃げるべきルートはわかった。小枝や石の位置も。


 しかし、慣れていないラトレイアはパキ、と音を立てて小枝を踏み抜いてしまった。


 刹那、黒の鎧は剣を振り、轟音を立てて剣撃が迫る。


『ガガガガガガガガガガガガッッ!!!』


「ラトレイアッ」


 古城はとっさに腕を引き、ラトレイアを抱き寄せる。


 あと0.5秒でも遅れていたら、ラトレイアの下半身は寸断されていただろう。


 少女は目を丸くし、息を荒げる。


 今度は音を立てないように慎重に、ゆっくりと動いた。

 

 二人は静かにその場を後にした。


 黒の鎧は執念深く、〈レスカテ墓地〉をうろついている。


 背後では時折大きな破壊音が聞こえていた。


「なんだったのでしょうか……」


「わからない。だが確実な殺意を感じた」


 銀の髪を払い、古城は足を進める。


 正直、ボスのように必ず戦わなくてはいけない存在だったら終わっていた。


 今、武器は何もなかったからだ。


「この先がレスカテです。特に何もない普通の村ですけどね」


 村に足を踏み入れると〈静かなるレスカテ〉の表示が浮かんだ。


 噂ではこのゲームは最初の村に到達することが相当難しいらしい。


 確かに難しかったが、古城は半分グリッチを使ったようなものだ。


 戦闘もほとんどしていない。最初の村に到達するとマルチプレイが始まるらしいが、しかし……。


「静かすぎる……」


 ラトレイアが不安気に声を出す。


 村は呼吸を止めたように静かで、一切の物音が無い。


 駆け出すラトレイア。


 走った先には子供の石膏像のようなモノがあった。


 ここはマルチプレイが始まる最初の村、ではないのか。


 他のプレイヤーの姿はおろか、その痕跡すらない。


「まさか……」


 石膏像を見つめ、青ざめた表情を見せるラトレイア。


「ラトレイア?」


 さらに駆け出す少女。


 古城は急いで後を追う。


 ラトレイアはしばらく走り、小さな家へと入っていく。


 木板の扉はギシ、と音を立てる。


 使っていないらしくホコリが舞っていた。


 食事の準備をする女性の石膏像。


 リアルすぎる。


 芸術であるとしても少し不気味だ。


 ラトレイアは涙をこぼしながら、しぼるように声を出した。


「お母さん……」


 まさか、とは思う。


 ラトレイアは石膏像の前でへなへな、と座り込んだ。


 これらは元は動いていて、石膏像ではなく石化しているのではないか。


 つまり、何か襲撃にあって、村の様々なものは石化してしまったのでは。


「ラトレイア……もしかして……石化の魔法か何かか……?」


 ラトレイアはコクコクと頷く。


 NPC相手だとしても酷すぎる。


 これもイベントのひとつなのだろうか。


 だとしたら、凝りすぎだろう。


 全体的に、不慮のイベントであると推察できる要素が多い。

 

 もしかしたらプレイヤーが行ったことなのかもしれない。


 いたたまれなくなって、古城は外に出た。


 見ると噴水の水も子供も、石化し時を止めている。


 彼らは死んでしまったのだろうか。


 ラトレイアの〈お母さん〉が作っていた料理も石化していた。

 

 ……時の流れ……変化か。


 変化の大きいもの、変化の早いものが石化しているのだ。


 家々や石造りの階段はほとんどそのままに思える。


 つまり、石化は見えている現象であり、本質は時を止める魔法なのではないか、と思う。


 ここは恐らくテオリア・オンラインとしての最初の村、ではない……と古城は思考した。


 〈修辞の聖堂〉で正規のルートを外れてしまったのだろうか?


 そんなことを考えていると、家からラトレイアが涙を拭いながら出てきた。


「すみません黒貂さん、取り乱してしまいました」


 目を真っ赤にしながら、少女は笑みを作った。


「巡礼を続けましょう。我が家に泊まっていきませんか。明日出発しましょう」


「あれは……君の……お母さんなのか?」


 はい、と答えるラトレイア。明らかに涙を押し殺している。


 NPCにここまでの挙動をさせるなんて、このゲームのリアリティは凄まじい。


 そしてNPCにそんな思いをさせるなど、古城には許しがたいものだった。

 

 自分も現実世界のNPCのようなものだ。人々から離れ、孤独に自分の生活を行う。


 彼女たちの気持ちは理解できる。


 だから、思わず言ってしまった。


「ラトレイア、何か出来ることはないか」


 こらえきれなくなったのだろう。


 金髪の少女はローブのフードを深くかぶりながら体を振るわせ、古城の元に走りよった。


 そして涙声で呟く。


「この世界を……救ってください……」


 古城はラトレイアを強く抱きしめ、応えた。


「まかせろ」


 日が落ちていく。耳が痛くなるほどの静寂が辺りを包んでいく。


 少女の家のベッド。


 眠ると同時に古城は、現実の自分の世界に戻った。


 ラトレイアを抱きしめた感覚が確かに現実でも残っていた。


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