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23 舌戦の果て



 紅き霊体……リゼが消え去った後、黒貂は積み重なる樹々へと駆けた。


 土台と化した幾つかの木を切り払うと、重なっていたものは転がり、落ちた。


「ラトレイア!」


 抱き寄せる。


 目立った外傷は無いが、意識は朦朧としている。


「黒貂さん……血が……」


「俺は大丈夫だ。それよりも君は」


「私は……少し、頭を打ったぐらいで……」


 ゴホッというら短い咳をして、ラトレイアは目を瞑り、黒貂の胸に手を当てる。


「地脈と四つ角の神の名の元に。地脈の連なりに在るものよ、応えよ。汝が力の恩恵を我に与えよ。地より湧き出し水が如く、まずは内なるものを」


 すると、急激に自分の痛みが弱まる。


 麻酔とは異なる感覚。痛みがなくなるのでは無く、弱まっていく。

 

 切り開かれたあばらまでの傷が消えていくような……。


「次に外なるものを……」


 弱まっていく痛みが次第に消えていく。


 辺りには祈力の金色の光が舞い、黒貂の全身にそれが行き渡っていくようだった。


 そして、温泉に入ったあとに似た身体中の温熱効果……活力が満ちる感覚……。


「ありがとう、ラトレイア」


「大丈夫です。黒貂さん……」


「翼と……尻尾が……」


 ラトレイアの背には竜のそれのような翼、ローブの下から尾も見えている。


「すみません、竜化までして竜の祈跡を使ったのに……こんな……」


  竜の祈跡……竜の力を使う強力な祈跡。


 祈る対象の神が異なれば、その力も変わり、代償も変わる。


「大丈夫。……戻れますよ、まだ」


 まだ、という言葉が耳に残る。

 

 使い続ければ戻れなくなってしまうのだろうか。


 それとも完全な竜となるのだろうか。


「そんな悲しい目で見るのはやめてください。魔力の流れ、見えますか。墓地にはさらに奥があるようです。恐らくそこに、死霊術師がいるのでしょう」


 そんな目で見ていたとは気付かず、目を逸らして頷く黒貂。


「少しだけ、待ってください」


 言ってラトレイアは痛みに顔を歪ませながら、再度祈りを捧げる。


「神なる竜よ、応えよ。再生の神との盟約に従い、瑕疵無き真の軀を再臨させよ。悄然の其の身に希望の炎を灯せ」


 辺りに祈力の光が満ちていく。


 竜に祈る祈跡、その文言には〈節〉がある。


 まるで歌っているかのような抑揚。


「〈再臨の竜鱗〉」


 昨夜踏破組を回復させた〈癒しの祈跡〉や先ほどの回復術とは異なる祈跡……竜の祈跡。

 

 裂けた翼や、全身に至る細かい傷……だけでなく、ローブの破れや汚れまでもが直り、治っていく。


 黒貂は見た。


 彼女の腕部にやや見えにくいが、確かに鱗様のものが浮かぶのを。


 確かにそれは回復や時間の逆行というよりも、何か爬虫類の脱皮を思わせた。


 黒貂は立ち上がった少女に優しく微笑みかける……ように努めた。


「行こうか」


「ええ、もちろんです」


 黒貂は前を見据え、足を進める。


 進む先には広い墓地の奥地。


 魔力の流れを追う。


 歩くごとに墓碑はより古く、寂れた様相を見せる。


 枝のアーチを超えた先には、巨大な棺と幾つかの墓。


 十字架様のものには天使にも似た、死体とも骸骨ともつかぬ何かが両腕を縛られている。


 目を凝らすと巨大な棺には、人影……いや。


「アル・グルエ・スディーヌ・ロセンタ」


 魔族だろうか。ツノの生えた魔物らしきものの頭蓋骨を被り、ボロボロのマント……細白い腕には杖を持ったシャーマンのような……魔族。


 彼は巨大な棺に寝転んだまま、低い声で呟く。


「通じぬか」


 言って上体を起こすと、あぐらをかくような姿勢をとる。


「ふん……見破ったやつが来たか」


 魔力の流れが彼全体に収束している。


「お前が……霊体を操っていたもの……か」


「ヒトよ……去ってくれ。ここは貴様らが侵してよい場所ではない。それに……」


 ため息をひとつ吐いて。


「面倒でな」


 黒貂は黒刀〈拝啼〉を構え、言葉を返す。


「悪いが、斬らせてもらう」


 その様子を一瞥して、魔族は俯きながら小さく、囁くように言った。


「そうか」


 次いで、黒貂の視界に〈深奥の呪術師〉という表示とライフメーターが表示される。


『魔族の呪術師……警戒して、黒貂。魔法というのはね、元々魔族の生み出したものなの』


 トリルが反応する。


『高位の魔族が使う魔法は解明されていない、名前もつけられていない未知のものが多い。もし彼がバザルドバルドでも上位の魔法使いだとしたら……』


「一瞬で消え去る可能性もある」


『そういうことね』


 彼もまたテオリア・オンラインとしてのボスであったらしい。


 それだけ名のある存在であるということだろう。


「ヴァシレフス……リヴィ・ルーゾ・ヴァリエ」

 

 呪術師が唱えると、辺りに魔力が満ちた。


 十字架にかけられた死体のようなものが動き出す。


 バキン、という音ともに腕を縛っていたものが青く輝いて外れる。


 腕……その左右の腕は、なんとも形容しがたい様子だった。


 〈深奥の呪術師〉の表記の下に、〈つぎはぎの天使〉の名前とライフメーターが表示された。


「黒貂さん……あれは何かとても邪悪で冒涜的なものです」


「あいつは……〈深奥の呪術師〉と〈つぎはぎの天使〉と言うらしい」


「その名前……魔竜大戦の伝承でも聞いたことがあります。〈天使〉とは何かわかりませんが、あれが……?」


 つぎはぎの天使が歪な十字架から解き放たれ、地に足をつける。


「来ます!」


 その声が早いか、怪物は視覚器官を介さずに真っ直ぐ黒貂の身を襲った。


「くっ!」


 つぎはぎの天使の両腕は乱雑に刃物が取り付けられており、右手はレイピア、左手はロングソードといった状態だった。


 断続的ながら一定のリズムで襲いくる連撃。


 黒貂は刃と刃を合わせながら、弾き、相手のリズムを狂わせる程度のことしか出来ない。


 呪術師は攻撃を弾く黒貂を見つめて言った。


「ヒトよ、何故戦う。何故前に進もうとするのだ」


「前に進むことに理由が必要か」


「……アルタリアルの多くが変化を望んでいないと言うのにか」


 そうなのかも知れない。


 今まで黒貂が通ってきた道……それらはどこか諦観のうちに呆然と生きているような印象があった。


「この世界は、我々と同じ。ゆっくりとした穏やかな死に抗いながら、それでも生きるもののための世界なのだ」


 目の前の怪物を見据える。


 つぎはぎの天使は生物ではないのだろう。


 呼吸の間も無く続く攻撃。


 黒貂はそれを何とか弾き、避け、機会をうかがう。


 恐ろしいのはこの怪物にスタミナという概念が存在せず、動き続ける限り襲うことができるということ。


「紫電の咆哮〈ルギトゥス〉」


 ラトレイアの声。


 刹那、雷撃が黒貂と天使の横を抜け〈深奥の呪術師〉を襲った。


 顔を向けずに呪術師は杖を振り、青い魔力の塊を、放たれた祈跡へとぶつけ相殺する。


「ラグナリア・ロセンタ・ツヴィリ・リシテ・ゾル」


 次いで呪術師もまた呪文を唱え、魔法を発動させる。


 青色に発光した〈深奥の呪術師〉から複数の魔弾が放たれ、ラトレイアの身に迫った。


 一度放射状に広がった後、魔弾は一気に少女へと向かう。


 ラトレイアに対峙しながら、呪術師は黒貂に叫ぶ。


「貴様がやっていることは平穏とは程遠い。この世界はヒトのための世界ではないのだ」


 ラトレイアが祈跡〈竜鱗〉によって魔弾から己が身を守った。


 横目で見て、黒貂は呪術師に応える。


「世界は誰のものでもない……!」


 被っているツノの生えた頭蓋骨を直しながら、敵は怪物の猛攻を防ぐ黒貂に言葉を返した。


「確かにそうかもしれん。しかし、この先に光明があるとでも? 貴様らが歩かされているのは薄氷の上かもしれん」


 己が身を危険に晒してでも、流れを変えなくてはならない。


 黒貂は目の前に迫るレイピアを見据える。


 その鋭い切先を回避し、すれ違いざまに切り払う。


 つぎはぎの天使の右腕部が断斬され、頭上に舞った。


「身共はな、贖罪しようと思って生きているのだ」


 身共……自身のことを指す一人称。


 アバターを介して変換された言葉、アルタリアルの言葉では何というのだろうか。


 黒貂は天使の背後に回りながらそんなことを考えた。


 一呼吸置いて、呪術師はまた小さく呪文を呟く。


「アル・イシュトヴァル・ツヴィリ・ターリア」


 杖に魔力が集まる。


 キィン、という耳障りな高音が辺りに響いた。


 次の瞬間、破裂するように放たれた青い光。


「身共は……この国の、支配する側にいた。そして、戦を扇動し、たくさんの命を奪った。魔族もヒトもだ。そして、この世界からは民がいなくなった」


 魔法を放ちながら、平然と言葉を続ける呪術師。


 ラトレイアの足元に現れた魔法陣。


 そこから柱のように青い魔力が上空に放たれた。


「…………!!」


 音にならない悲鳴。


 強烈な痛みを感じた表情。


 少女はその直撃を受け、口を開きながら宙を舞う。


 ローブや金色の髪を、続く魔力の柱が裂いていく。


 舞ったラトレイアは、うつ伏せに地面に叩きつけられた。


 天使の背中、つがれた羽毛のない翼が見える。


 背後に回った黒貂に対して、つぎはぎの天使が反応し、振り返る。


 残った左腕の剣が揺れ動く……黒貂の首を落とそうと、歪なパッチワークの身体が駆けた。


「民無くして国は成り立たない。それは我々魔族もヒトも同じなのだ」


「虚空〈ヴァニタス〉!」


 〈アーツ〉を用いて、つぎはぎの天使の攻撃を交わす黒貂。


 その目に青い炎のオーラが現れる。


 攻撃はわずかに黒貂の頬を裂いただけだった。


 動いた怪物の体勢は勢いに乗り止まることなく、崩れていく。


 スローモーションのような時間の中で、黒貂は〈黒点〉に焦点を当て〈拝啼〉を突き刺した。

 

 鈍い音を立てて貫かれた〈つぎはぎの天使〉の身体は力無く倒れる。


 ライフメーターは黒くなっていた。


「身共が、この国の最後の国民だ。身共が……最後のこの国なのだ」


 黒貂は〈深奥の呪術師〉を見つめ、黒刀を払う。


「ヒトよ、もう一度問おう。何故貴様は戦う。そうまでして、前に進む理由は?」


「この世界で苦しんでいる人がいる。俺は、その人を救いたいだけだ」


 声に出した言葉は本心だ。


 でなければ黒貂はここにいない。


「俺が出来ることが戦って、誰かを前に進めるために戦って、それで死ぬことなら、戦って死んでやる!」


 駆け、〈拝啼〉を逆袈裟に振る。


 刃は呪術師の身には届かず、杖によって阻まれた。


「死は美徳ではない」


 後方に跳躍する〈深奥の呪術師〉。


 少年へと向けた杖の先に魔力が集まる。


「お前たちは安らかな死をもって人生の美徳とする。しかし、我々は生きることを美徳とする。ヒトと魔族の違いはそこだ」


 死に明確な意味を持たせ、栄誉ある死を人生と呼ぶ人類。


 対して魔族は生きることすべてを是とする。


 屍になっても生き続けたものが素晴らしい、ということだ。


 魔力の流れが無明〈エコー〉を使わずとも見える。


 渦巻きうねる青い魔力の潮流。


 着地と同時に構えた杖から、光線とも呼べる魔力が渦を巻いて放たれた。


 黒貂は咄嗟に身構えたが、そのまま吹き飛ばされ、背中を墓石に打ちつける。


「黒貂さん……」


 倒れ伏しながら、よろよろと手を伸ばすラトレイア。


 全身に走る痛み。


 〈拝啼〉を地面に突き刺し、寄りかかりながら何とか立ち上がる黒貂。


「生命はみな、自分自身のために生きている」


 ゆっくりとした足取りで、〈深奥の呪術師〉は少年の元へ歩みを進めた。


「自分自身のために生きて何が悪いのだ」


 そして悠然と杖を構え、息も絶え絶えの少年を見据えた。


 楽しかったぞ、とでも言うかのように。




 ……突然、黒貂の視界が揺らいだ。




 瞬きをした後、自身の周囲はモノクロの世界に変わっていた。




「!!!」


 全ての時が止まったように見えた。


 否、わずかに動いている。


 灰色になった世界で黒貂は立ち上がった。


『笑わせんじゃねぇやな……』


 声が聞こえた。


 見ると、巨大な棺に背中を預け、腕組みをしている男……いや、少年がいた。


『化け物風情が何言ってんだってコトだよ』


 顔が見えない。


 長い銀色の髪にフード付きのレザージャケット。


 そのフードを目深に被っている。


 彼は全体的に薄汚れており、粗暴な印象を受けた。


「誰だ」


『オレは誰でもねぇ。そんなことは関係ねーだろ今は』


 彼がため息をつくと、それは白い煙のようになって漂う。


 寒いわけでもないのに、吐息が白く染まる。


『贖罪するために生きていく……んなもんはゴミだっつーんだよ』


「いや……わかるところもある」


 自分の過ちを背負い、それのために生きる……人生はそんなものではないか、と現実〈リアル〉の黒貂は思うだろう。


『はっ! くだらねえ! 一生っつーのはな、燃え盛る炎だ。それが青になるか赤か黒になるかだけだ。一瞬で燃え、灰と消ゆる……そういうもんだよ』


 彼の考えはまさしく人類そのものだ。


 少年は両腕を広げ、背を向けた。


 そして左の人差し指を立てて叫んだ。


『だがアイツは良いことも言ってたな! 自分自身のために生きて何が悪い! そうだ! その通りだ!』


 振り返り、黒貂を指差す。


 灰色の世界。


 その中で、白い太陽が雲間から抜け出す。


 逆光となって、彼の上がった口角だけがぼんやり浮かんでいる。


「…………」


 黙っていると、少年は言葉を続けた。


『お前は自分を偽ってきた。だからオレが生まれた。オレがお前の本心を代弁してやるよ! 俺は……自分自身のために生きたい!』


 舐めるように顔を傾けこちらを覗き込む。


 やはり顔は見えない。


「いや、今も自分自身のために生きてる」


 その言葉に対し、高笑いを上げた少年。


『違う! お前がこの世界に来たのは何のためだ? お前が今いることのレゾンデートルは?』


 一呼吸置いて、少年は続けた。


『もっと前から……人から身を隠したのは? 何のために笑顔を作ってきた?』


 初対面であるはずだ。


 なのに何故こうも自分のことを知っているのか。


 黒貂は唇を噛んだ。


『お前がお前をお前たらしめんとしていたのはな……いつも他人なんだよ』


 確かにそうなのかも知れない。


 黒貂は……いや、古城は小さい頃から人の顔色をうかがって生きてきた。


 それが生きる術だったのだ。


 人が嫌な気持ちにならないように……そうすれば、自分という存在は他人に認めてもらえるはずだった。


 しかし、年齢を重ねるほどに、世間は古城へと興味を失っていった。


 学校生活、集団における集団による〈無視〉……それは必然だったのかもしれない。


 けれど、それは古城にとっては好都合だった。


 だから古城はいつだって自分自身を隠して生きてきた。


 だが、ゲームをしているときは自分自身を隠す必要は無かった……黒貂は自分自身を隠さずに、隠れた……襲撃者から。


 そう、今は古城ではなく黒貂だ。


 黒貂としてのレゾンデートル……存在意義は今は前に進むこと。


 テオリア・オンラインをクリアすること。


 そしてラトレイアを救うことだ。


 ならば、その障害となる敵は……。


『そうだ! その顔だ。良いぜ、命令しろ。アイツを殺したいと願え。俺が殺ってやる』


 彼が歩み寄る。


 近付くごとに、モノクロの世界は動きを早める。


「俺は……アイツを……」




 その瞬間周囲の風景に色が戻り、時間の流れは一気に早まった。





 立ちあがろうとしていた黒貂が倒れ込み、〈深奥の呪術師〉は虚をつかれた。



「何を……考えている……ヒトよ」


 杖の先に魔力がうねりとなって集まっていく。


「黒貂さん……起きてください……!」


 息も絶え絶えに、少女は手を伸ばす。


「黒貂さん……?」


 ラトレイアの瞳に、笑っているかのような少年の口元が映る。


 刹那、魔弾が放たれた。


 血を穿ち大穴を開けたが、死体がない。


 その姿が煙となって消えていたのだ。


 呪術師は殺気を感じ、背後を振り返った。


 そこには笑みを浮かべた少年が立っていた。


「くっ! なんだ!? 動きが……!」


 彼の姿は陽炎のように揺らぎ、蜃気楼が如く曖昧に見えた。


 両の虹彩は深く澄んだ青に変わっている。


 彼の足元で破壊され、倒れ込んだ〈つぎはぎの天使〉。


 呪術師が大きく杖を横に振ると、その失われた左腕から真白の腕が生え、少年を捕らえようと動く。


「つぎはぎの天使が……倒していなかった……」


 ラトレイアの呟き。


 少年の足を掴み、立ち上がるつぎはぎの天使。


 逆さになっても、少年はなおも笑みを浮かべている。


「ウリア・ユートラ・オル・グランデラシス」


 〈深奥の呪術師〉が魔法を発動させる。


 浮かんだ魔法陣から、人をそのまま消し去れるほどの青い光線が射出された。


 一方、少年は吊られたまま、自然な動作で腕を天使の体内へと差し込む。


 そして何かを掴むと、そのまま握りつぶした。


 破裂音。


 同時に〈つぎはぎの天使〉は光の粒となって消え、射出された魔力の光線がその場に強い光を放つ。


 少年はサーカスじみた動きで宙を舞い、着地すると嘲弄的な笑い声を上げた。


「何故……黒貂さんの青い目の力は……魔族に対して常に使うことはできないはず……」


 今や黒貂の両目の虹彩には、内在する影〈オルター・シャドウ〉が発動した時と同じ炎のような青いオーラが浮かんでいた。


 掴んでいた〈つぎはぎの天使〉の何かを払い投げて、少年は笑う。


「お前はオレで……オレはお前だ」


 哄笑を上げながら呪術師の背後に回り、突き刺さっていた〈拝啼〉を掴む。


「認めろ、命を奪うことの快楽を!」


 独り言を吐く少年に対して、〈深奥の呪術師〉は呟いた。


「狂ったか……」


 少年が黒い刀を振る。


 杖で受ける呪術師。


 だが、杖は勢いよく弾かれ、回転しながら巨大な石棺に突き刺さった。


「強い」


 返す刀で〈拝啼〉が〈深奥の呪術師〉を切り裂く。


 そのまま敵の背後に動くと、ゆっくりした動作で黒貂は鞘に剣を納めた。


「失われぬ栄光を掲げよ! バザルド様とバザルド・バルドに栄光あれ!」


 一瞬のことであったが、呪術師の身には交差した刀傷が浮かび、爆ぜる。


 足をつき、倒れこんだ〈深奥の呪術師〉は天に手を伸ばしながら、声にならない声をあげた。


「エレジー……様……」


 その言葉が辺りに小さく響く前に、身体は光となって消えていった。


 その場に倒れる黒貂。


「黒貂さん……!」


 よろよろと立ち上がると、ラトレイアは足を引きずりながら、少しずつ少年に近付いた。


 少年の顔の横に、瞳孔が縦に割れた瞳の形をした玉細工が落ちる。


 それが〈失われぬ栄光〉という名のアイテムであることを彼が知るのは……戦いを終えて少し経った時だった。


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