2 少女との出会い
〈ゲート〉は国際的な大規模企業連盟〈アライアンス〉が作っているハードだが、年式や型番によらず、多くのゲームが可能である。
映像やリアリティは5年ほど前に高止まりした印象を受ける。
〈テオリア・オンライン〉はいつ出たのかよく分かっていないゲームであるが、やはりディスクがキーとなり、データダウンロードが開始されるタイプのゲームのようだった。
HMDにMODのチップを指し、脳波のテストを行う。
腕のガジェットもピッタリ装備できた。
外から見ればきっとかなりダサいのだろうが、そんなことは関係ない。
どうやら左右それぞれの指を曲げて操作できるようだ。
ダウンロードが終わり、テオリア・オンラインを起動する。
HMD〈ヘッドマウントディスプレイ〉いっぱいに無音のタイトル画面が表示されたあと、親指を曲げるとロードと何かの確認があり、キャラメイクが始まった。
『あなたの容姿はこれでよろしいですか?』
画面に映る、温度を感じないそのセリフと同じくらい、キャラメイクは淡白だった。
表示されたキャラクターは何故か、古城がいつもDDDで使っているキャラクターとほぼ同じ。
どうやってかはわからない。
AIが何かの偶然で作ったのか? 顔はやや自分の若い頃の……14、15歳の頃に似ている。
髪色は黒と銀の間といったところ。
筋肉質な痩せ型で、背丈は低め。
装備は黒を基調とした革と鉄の鎧だ。
ところどころに銀の差し色が見える。
紺にも灰色にも見えるストールをつけるかつけないかが選べたので、つけるを選ぶ。
好みのキャラクターだった。
このゲームはキャラロストが当たり前と聞いたので、このぐらい淡白の方が良いかもしれない。
名前はもちろん〈黒貂〉とつける。
次はステータスだ。
テオリア・オンラインは六つのステータスをどう伸ばすかが重要になる。
体力・筋力・技力・魔力・祈力・秘力……。
とりあえず技力と秘力に大きく振っておいた。
技力は軽量武器の威力とステルス性に影響。
秘力は状態異常や回避に影響するらしい。
ステータスを振り終えると、ブンと重い音がして暗転……。
黒いバックに『テオリア・オンラインへようこそ』の文字が映った。
数秒して、目の前に広がったのは美しい崖の景色。思わず声が出る。
「おぉ……」
少し進み、崖を降りると長くモロい吊り橋が見えた。
その先には塔のような、教会のような建物が見える。
辺りはシンと静かで、橋の揺れるギィギィという音しか聞こえない。
これは、確かにコントローラではキツかったかもしれない。
ロープとしか言えない吊り橋の欄干部分を掴みながら、歩幅の広い木の板を慎重に進む。
汚れかと思っていたが、木の板にはよく見ると文字があり、それぞれがプレイヤー名だとわかった。
どのくらいの間かわからないが、ここで死んだプレイヤーの名前が無数に表示されている。
こんなにも多くのプレイヤーがここで死んだのか?
途中、強風が吹き、何度か危ない場面があったがなんとか反対の崖にたどりつく。
さて、塔のような建物を目指すかと思ったその時、画面にUIが表れた。
左上の青色がマジックポイントだ。このゲームにライフ表示はない。
正確には自分からは自分のライフは見えない。他人からしか自分のライフは見えないのだ。
右下には現在装備中の武器〈闇夜の蛍の剣〉が表示されている。
初期装備だからそんなに凄くもないのだろう。
左下には現在のスキル……〈アーツ〉が表示されていた。
〈アーツ〉とは様々な場面で手に入れたり、ステータスの組み合わせで付与される個人の技であり、スキルアクションだ。
一回使うとリチャージが必要なものが多い。今は幻影〈ファントム〉が表示されている。
ステータス画面を開くと、幻影〈ファントム〉は敵のターゲットを外すアーツのようだ。
改めて、教会のような、塔のような建物を目指す。
山道の階段から敵が出てくるかもしれないので、慎重を期す。不意に襲ってきて一撃で葬るのが、定石だからだ。
DDDでも一見開けたところが危険だった……。
まぁ、杞憂に終わったのだが。
建造物は近くで見るとゴシック様式の教会に似ていた。
門は巨大すぎて開かない。横の小扉から入ることにした。
中に入ると視界に〈修辞の聖堂〉という表記が見えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
〈修辞の聖堂〉は広く、天井もはるか彼方にある。
リアルだ。
ひとつひとつの装飾など、細部までも作り込まれている。
しかし、その意匠は知っているどこの国のものとも異なっていた。
目につくのはそれだけではない。
巨大な……人型の生命体、巨人だ。
頭から歪なツノを生やし、二つの目を閉じている。
鋭く長い歯が並び、手には同じ背丈ほどの錫杖のようなものを持っている。
腰の鎧の近くに……鍵がある……。
古城は振り返って入ってきた小扉に手をかけた。
案の定、閉まっている。
「あの鍵を取れってことかね……」
どう考えても初期装備では勝てそうにない。
証拠に足元から天井までビッシリとキャラクターの名前……死亡したプレイヤーの名前が光っている。
ここが二つ目の難所というわけだ。
おそらくスニーク系のスキルであろう〈アーツ〉……幻影〈ファントム〉を使おうと思ったが、とりあえず持ち前の抜き足差し足で近付く。
ゆっくりと音を立てないよう、静かに。
というか、先ほどの橋といい、腰をかがめた……同じような体勢ばかりだな、と古城は思った。
鍵はプレイヤー向けのものらしく小振りな上に幾つか束になっている。
そのひとつに手をかけた瞬間……
「ゴ……!」
巨人は目を覚ました。
「やっぱりそういう感じかっ!」
「ゴガァァァァァア!!!」
巨人のライフメーターが表示される。
名前は〈巡礼の偶像〉。
〈巡礼の偶像〉は立ち上がり、錫杖を咆哮とともに叩きつける。
アレを喰らえばひとたまりもないだろう。
飛ぶように柱の影へ向かう。
しかし、〈巡礼の偶像〉は柱の奥へと武器を横滑りさせた。
柱に飛びついて、どうにか一連の猛攻を回避する。
下手に隠れても無駄だ。
こういう敵に対しては……。
「うおおおっっっ!!」
巨人の足元へ突撃する。
不意を突かれた怪物はよろけるが、猛然一撃、錫杖を思い切り叩きつけた。
〈巡礼の偶像〉の攻撃がせまる。
「幻影〈ファントム〉!!!」
〈アーツ〉を発動する。
叫ぶ以外に発動方法がわからなかったが、当たりだったようだ。
敵のターゲットを外す〈アーツ〉。
敵は完全に古城を見失った。
サイズが同じで目の前にいるなら別だが、この体格差なら見失う時間は長いだろう。
〈巡礼の偶像〉は古城に対して向けられていた意識を外され、ガクッと顔を無理矢理上に向けられるような挙動を見せる。
古城は隙を見て、蹴るように飛んで、太腿にしがみつく。
出来るだけ、自分の存在感を消すしかない。
乱舞する巨人の足にしがみつきながら、古城は昔のことを思い出した。
中学校では存在感を出来るだけ消して常に本を読んでいた。
おかげさまで誰にも認知されずに、イジメの対象にもならなかった。
教師も含めて、学校関係者はきっと自分がいたことも忘れているだろう。
その方が都合が良かった。
誰にも気付かれず、好きなことが出来たから。
その時を思い出しながら、古城は空気と同化する。
混乱した〈巡礼の偶像〉は錫杖を振り回して小さく、何か呪文のようなものを唱えた。
祈るような姿勢をとる〈巡礼の偶像〉。
古城は構わず、上を目指す。
鍵を取るだけでは恐らく危険だ。
作り手の予想を超えないと、恐らく、このゲームはうまくいかない。
刹那、〈巡礼の偶像〉が錫杖を地面に叩きつけた。
すると錫杖自体が光り、金色の光線を全方向に放った。
祈力を用いた魔法のたぐいだろう。
乱反射しながら跳弾する様に、聖堂全体に攻撃が加わる。
聖堂もややダメージを負っており、壁の所々に穴が開いた。
危ない。
これを受けていたら瞬時にゲームオーバーだっただろう。
全方位型の攻撃を行い、巨人は動きを止めた。
よもや、敵が自分の背中にいるとは思わない。
〈巡礼の偶像〉は完全に油断している。
今しかない。
古城は一気に飛ぶように登り、巨人の右目へと武器〈闇夜の螢の剣〉を突き刺した。
「グオオオオオオオオオ!!!」
〈巡礼の偶像〉は目を押さえながら、武器を振り回す。
その反動で、古城は大きく吹き飛ばされた。
「ぐっ」
恐らく作り手側も想定していなかっただろう、窓際の縁のような場所に叩きつけられる。
「痛……だけど、グリッチみたいなところに来たな……」
グリッチ……壁抜けや見えない足場に登ったり、ゲーム中で意図していない挙動が現れることがある。
遠距離武器があったら、ここから一方的に攻撃出来たに違いない。
これだけリアルなゲームでクリエイター側が意図していない状況になるのも珍しいのではないか。と古城は思った。
暴れる〈巡礼の偶像〉を下に見ながら立ち上がる。
先ほどの金色の光線によって開いたのであろう人が通れるぐらいの穴が壁に広がっていた。
「おっ、ラッキー。それでは」
どうやらこの先にも行けるようだ。
〈修辞の聖堂〉の壁から出て、見ると、先には墓地のような場所が広がっていた。
とりあえず聖堂の壁面から下に向かっていく。
相変わらず〈巡礼の偶像〉の咆哮が響き、聖堂全体が大きく揺れていた。
「ま、ちょっとグリッチっぽかったけど、仕方ないでしょ。このルートも確実に正規ルートじゃ無さそうだけど……」
落下の途中で壁の縁を掴んで下に向かう。
青崎店長に感謝しなければ。
MODではなくコントローラで挑んでいたら、こんなことは出来なかっただろう。
当たり前だが、ここにはプレイヤーの名前が無い。
ここは誰も通ったことが無い場所のようだった。
降り立つと〈逆打ちの巡礼教会〉の表示が浮かぶ。
「なんだ。ちゃんと設定されてるフィールドじゃないか。グリッチじゃなかったんだな」
そこは〈修辞の聖堂〉の裏手であるはずなのに、地続きではないような、それまでのフィールドとやや異なる印象を受けた。
一面、青色の花が無数に咲き誇り、揺れていた。
「美しい……」
風が優しく吹き、呼応して青色の花が笑う。
まるで突然現れた海だ、と印象付けられた。
墓地を見下ろす崖に、ローブを着た人物が立っているのが見えた。
「あなたは……」
金色の髪の少女だ。
NPCだろうか? それにしては表情の動きが微細だ。
わずかに見せる驚愕の表情。
「あ……」
その後、嬉しそうな表情からやや悲しげな表情を見せる。
「私はラトレイアと申します。あなたは?」
「黒貂だ」
「黒貂さん、私はこの巡礼教会の管理をしながら生活しています。あの……あなたは優しい方ですよね」
「…………」
上目遣いに見つめてくるラトレイア。
あまり経験がない古城はたじろぎ、言葉を失する。
動揺して思わず言葉を返した。
「もちろんだ」
「……黒貂さん、私の巡礼を手伝って頂けませんか。母から今の年齢になったら巡礼を行うよう言われているのです。しかし、一人ではとても出来ないので……」
「もちろんだ」
緊張のあまり、言葉を返してしまった。
古城の言葉にラトレイアは笑顔を見せる。
「やっぱり私の見た通り、優しい人でした。嬉しいです。お待ちください。準備してきますね」
古城は自分の言動に対し、激しく落ち込んだ。
NPCの女の子に対してNOと言えないなんて……。
これも交流を避けてきた代償なのかもしれない。
準備と言いながら、ラトレイアは特に何かを持っているわけではない。
「あの、替えの服とかは?」
ゲームの中で何言っているんだ、と自分でもツッコミをいれるぐらい古城は女性との会話に慣れていない。
「ありませんが……もちろん洗濯はしますよ」
「洗濯の時は?」
「え? 着ませんが……」
「!!!!?!?!?」
古城は目の前が真っ暗になり、その場で卒倒した。なにかのデバフをくらったのかもしれない。
「大丈夫ですか!?」
ラトレイアの声が耳の奥に響いた。