17 新しい旅の幕が開く
巨大な3本足の白カラス……〈白翼〉の攻撃が黒貂を襲う。
銀色の剣が横薙ぎにその身に迫るが、黒貂は間一髪のところで回避する。
──発動する〈アーツ〉。
「虚空〈ヴァニタス〉」
相手の攻撃を虚空〈ヴァニタス〉によって回避することで、黒貂は固有アビリティ状態、内在する影〈オルター・シャドウ〉に入る。
本来は対人でしか効果を発揮できない内在する影〈オルター・シャドウ〉を、対魔族でも発揮できるようになるのだ。
ただし、どうやら虚空〈ヴァニタス〉により発動した内在する影〈オルター・シャドウ〉の時間は長くない。
1度の動作で内在する影〈オルター・シャドウ〉は解けてしまうため、瞬時に敵の元に移動し、〈黒点〉を突く必要がある。
駆ける黒貂。
煌めく黒き刀〈拝啼〉。
内在する影〈オルター・シャドウ〉に入ったままで、〈白翼〉の懐に刃を向ける。
ガキン、という音が響く。
〈拝啼〉は白翼の黒い剣によって止められた。
『参った……というところだな』
白翼の表情は読めないが、声音はうれしそうに思えた。
「疲れた……」
腰が抜けるようにして座り落ちる黒貂。
『三日三晩……いや、それ以上か。よくやったな黒貂よ』
「こちらこそ。ありがとう、白翼」
黒貂は東エリアから戻ったあと、少しだけ休んでファシアに向かった。
黒貂自身、経験値の蓄積で敵よりもよく動けている自信はあった。
しかし、そのレベルに比して、動きがついてきていない……〈戦いの勘〉とでも言うのだろうか……それが身についていないように思えた。
そのため、ファシアの地で白い大鴉……白翼に戦闘訓練を行ってもらっていたのだ。
彼は魔竜大戦を生き抜いた存在……魔族との戦いのためには最良の選択であろう。
『最終試験を朝にする必要はあったのか?』
白翼は黒貂に付き合ってくれたが、ただ闇雲に戦うのではなく、黒貂は黒貂で自分自身、目標を作った。
戦いの中で白翼に「参った」と言わせると……。
そして最終試験を四日目の朝に設定した。
しかし、やはり体力があったとしても無理矢理に近い状態だった。
「いや、体力が無かったら、参ったと言わせることは出来なかった」
『ふむ。まぁ何にせよお前が強くなったのは本当だ。これがお前の言う経験値……レベルアップか』
白翼は普通のプレイヤーは会うことが出来ない。
今回、再度ファシアを訪れた時もラトレイアの導きが無くてはたどり着けなかった。
彼女だけが知っている道を通らなければ、白翼に会うことは出来ない。
さらに……白翼に稽古をつけてもらうなど、完全にバグ利用に近いだろう。
だがこの世界はゲームではない。
黒貂は使えるものはすべて使うことにした。
でなければ命が脅かされるからだ。
「本当にありがとう。白翼……もう行くよ」
『また無事に帰って来い、黒貂。〈拝啼〉と共にな』
白翼は片方の羽を広げて伸ばした。
彼から受け取った黒刀〈拝啼〉……黒貂はその柄に触れた。
『それと……我が主も探してはくれまいか』
去り際に白翼はそういって呟く。
振り返って彼を見るとどこか遠い目をしている。
「白翼の主さんって〈白鴉の英雄〉だろ?」
言葉に詰まったが、黒貂はあえて白翼に問う。
「失礼だが……生きているのか」
『わからぬ。無理に、とは言わん。頭の片隅に置いておいてくれ』
〈白鴉の英雄〉……大鴉、白翼とともに魔族と竜の戦いである〈魔竜大戦〉を戦ったという。
魔族の激戦地で戦い続けている、という伝承があるらしいが、流石に生きてはいないだろうと黒貂は思う。
だがここは異世界アルタリアル。
どんなことがあってもおかしくはない。
現にこの魔族である白翼は未だにこうして生きている。その契約者である〈白鴉の英雄〉も定命の存在ではないのかもしれない。
激戦地……ということは北エリアじゃないか。と黒貂は思考する。
そこに至るのは、おそらくまだ先であるだろう。
『そら……神巫が来たぞ』
見るとラトレイアが手を振っていた。
金色の髪に、真上に上った太陽の光が反射した。
より一層光り輝く彼女の髪。
迎えに来てもらえないと〈ロア・ルンド〉に帰ることすらできない。
黒貂は気恥ずかしさを覚えながら、少女と共にファシアを後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「次の啓示では中央エリアに進めと出ました。具体的には〈剣の草原〉から〈骸の草原〉に向かって〈亡国バザルド・バルド〉の〈城無き玉座〉を目指せと」
共に歩くラトレイアが言う。
「早速か。中央エリアは確か……」
踏破組が向かっているはずだ。
〈ロア・ルンド〉で噂になっていないところを見るに、目立った成果は上がっていないらしい。
企業によって雇われたプレイヤーK9と呼ぶスラングがあるが、〈踏破組〉もまたそのひとつだ。
K9プレイヤーのほとんどは金のためにプレイしているが、どうやら〈踏破組〉はまんざら金のためというわけでも無いらしい。
〈踏破組〉もシルバーマンインクという企業の後ろ盾があり、クリアすれば会社から莫大な賞金が出るが……彼ら踏破組の狙いは別にあり、そのリアルマネーによる優位性を求めているように思える。
グランや叢などを見ていると……。
黒貂がそう考えていると、ラトレイアは話を続けた。
「亡国バザルド・バルドと言えば、唯一の魔族の王国ですね。魔竜大戦でも竜と人々から最後まで国王が戦って、結果的には滅びたと聞いています」
この世界の魔族という言葉は、竜と人以外のほとんど全ての知性体を指す。
オーガやゴブリン、鳥人、コボルド、リザードマンなどのいわゆる亜人種も魔族に入るため、バザルド・バルドは恐らく彼らが住んでいた場所なのであろう。
その時、ぐうーという音がどこからともなく響いた。
日常を裂いたその音は、どうやらラトレイアのお腹から出ているようだった。
「とりあえず何か食べようか」
PODでプレイをしているプレイヤーは多く、またその中でも臭覚再現や感覚再現をしているプレイヤーは多い。
また食事効果があるものもあるため〈ロア・ルンド〉には飲食に関わる店も多い。
「ロア・ルンドの食べ物はどれも面白いですね。新しい料理というか……私はあまり食べたこともありません」
〈ロア・ルンド〉の料理はプレイヤーが作っているため、どうしても現実〈リアル〉の料理と近くなってしまう。
異世界アルタリアルの料理とは見た目も異なるのだろう。
しかし、以前ラトレイアの故郷であるレスカテの料理は、石化していたが、見た目にあまり違いがあるようには思えなかったが……。
日本のカレーとインドカレーのようなものだろうか?
「ラトレイアは料理、得意なのか?」
「私は得意……というほどでもないと思いますが、出来ますよ。〈逆打ちの巡礼教会〉では1人で生活していましたから」
言うと、少女は髪を揺らして微笑む。
目の前に置かれた肉の塊にナイフを入れながら、ラトレイアは続けて言った。
「でも美味しい料理も好きですが、人と一緒に食べるご飯が最高です!」
何の肉かわからないが、黒貂はあまりそういったことは気にしなかった。
幼い頃に海外に連れ出され、様々な種類の食べ物を食べたおかげか、どんな味付けのものもある程度楽しむことが出来る。
「黒貂さん、無事に最初の巡礼の鐘を鳴らせました。ありがとうございます」
「そうだな。俺も……君のおかげで強くなれた」
「まだ石化の魔法を使ったもののことはわからないけど……」
「良いんです。まだ始まったばかりなのですから……」
ラトレイアは肉を口に運びながら、頬いっぱいに食べ物を入れていく。
この辺りは年相応というか……普段の落ち着いた様子を見ていると、彼女の年齢がわからなくなってしまう。
「それよりもこのローストビーフというものは美味しいですね。もう少し食べちゃおうかな……」
「遠慮しないでくれ。ラトレイアのおかげでもあるんだ」
ソイルは東エリアで様々なものを手に入れていた。
それは鉱石であったり、現地の植物であったりしたのだが……抜け目なく彼女の〈アーツ〉である盗賊の蔓〈アラベスク〉を使って持ち帰っていたのだ。
そこから得た資金はかなりの額になっており、リアルマネートレードをすれば黒貂の生活も何とかなるだろうというほどの額だった。
東エリアはほとんど未踏の地であり、その原産品は流通していない。
黒貂たちはソイルが入手した資金によって、ある程度の贅沢も出来るようになっていた。
ラトレイアは「じゃ、遠慮なく……」と言って店主のプレイヤーを呼び出した。
「すみません。じゃ、このアカレナのパスタとボー・ステーキ……ラメーン? あ、ラーメンですか。ラーメンと野菜の盛り合わせ、オリンポスのムニエル、トカゲドリのソテーもお願いします。食後にグラブジャムンとグリーンパフェもください」
流石に食べ過ぎでは無いか。
と黒貂は思ったが……。
「ラトレイア……?」
「すみません。最近食欲が凄くて……お腹が減ってしまうのです。大丈夫。腹八分目ですよ」
運ばれてきた料理はなんというか、未就学児が考えた「くりすますのゆうごはん」みたいな感じであったが、ラトレイアは吸引力の変わらない掃除機のような食欲によって、そのすべてを平らげた。
店主であるプレイヤーの方が疲労困憊という様子で、彼もまた砂糖の30倍の甘さと言われるクラブジャムンを貪り食べていた。
会計を済ませたあと、立ち上がったラトレイアはけろりとしており、白のローブによって隠された腹部の膨らみは見えない。
彼女の胃は異次元に繋がっているのでは? と黒貂は考えた。
もしかすると、彼女の胃を通ってまた別の世界に行けるかもしれない……。
胃世界、なんつって……。
「お、演劇だ」
〈ロア・ルンド〉の広場では舞台が作られており、その前には長椅子が並べられていた。
「テオリア・オンラインの正史だってよ。本当なのかねー」
通行人がそれを見て、友人らしき男に声をかけた。
「ソロで探索して情報を売ってる『情報屋』の言ってることだろ? 正しいんじゃねーの」
「悪魔の証明だろ。俺たちはソッコーロストしちまうから、探索なんて出来ないし」
「確かに。まーでもゲームの裏設定とか考察なんて全部悪魔の証明じゃねーか。裏ワザもそうだけどよ」
「昔からあるよな。バークソウルとかさ。崖を死なずに降りることが出来れば、特殊エリアに行くことが出来る……。10回叩くと消える壁が裏ルートに繋がっている……。んなわけあるかよ」
「ホワイトリーチの怪人とかもあるよな。嘘くせー」
バークソウルは〈魂を叫ぶ〉というそのタイトルに見合った高難易度の〈ゲート〉ゲームであり、その複雑なダンジョン構造やステージ構造から裏ルートの噂が後を絶たない。
ホワイトリーチの怪人は古いオープンワールドゲーム〈スカイリング〉の都市伝説だ。
黒貂としてはその裏ルートを使って〈鐘の音〉を鳴らしたこともあり、なんとも複雑な気持ちであった。
ラトレイアが「みたいです」と言ったため、黒貂は長椅子に腰掛ける。
まもなく幕が上がり、舞台袖に座る男がはつらつとした声を上げた。
「さぁさ、皆様お集まり。今日はこの世界に昔起こったことさ。1000年と少し前までは……この世界の魔族と人とは協力して生きていたそうな。しかし、1000年前……魔族と人との戦争が起こった」
黒と灰色の鎧を着た巨漢と白い鎧の女性が現れる。
巨漢と女性は踊るように互いに近寄ったが、すぐに離れ、剣を抜く。
「人の側には竜がつき、竜の加護を得た人は魔族と互角の戦いを繰り広げた。長い戦乱の中、人側にはたくさんの英雄が生まれた。修辞の英雄、黒竜の護人〈もりびと〉……」
魔法で形作られた竜が観客の上を飛ぶ。
剣を抜いた女性は巨漢に斬りかかるが、弾かれ倒れる。
幕が閉まり、幕の前を上手から下手へと人物が通っていく。
手を合わせた緑の鎧の男……黒いトカゲを肩に乗せた女性……。
「しかし、魔族は変わらない。魔王……魔王バザルドだ。武人にして魔族の王たるバザルドの力は強大であった。100年……300年とバザルドは人々を退け、北の魔族の神殿には近寄らせなかったという。魔族は巨大な壁〈絶界〉を築き、更に北への道を阻んだ」
再び幕が開き、先ほどの巨漢が仁王立ちしている。
螺旋を描く、長く伸びた角が頭部から見える。
「膠着する戦争の中で、人側に最後の希望が生まれた。祖竜の加護を受けた英雄たち……白鴉の英雄、禁忌の巫女、永遠のスヴェトラ……そして勇者ヤト」
4人の新たな演者たちが、美しい服装に身を包んで現れた。
白い外套、黒髪の女性……青色のドレスとケープを羽織る少女……燃え盛るトーチを持った長身の青年。
最後に現れたのは2つの刀を持つ赤い長髪の男性だ。
「激戦の末、勇者たちは魔王を倒した。魔族の国バザルド・バルドは崩壊し、聖都〈ロア・ルンド〉から人々は攻め上がった。そして〈絶門〉を開け、北へと侵攻した。勇者たちは魔族を限界まで追い込んだ。祖竜は北の地で眠り、禁忌の巫女がその守りについた」
ツノのある巨漢が倒れる。
4人の演者は上手と下手に去っていく。
再び幕が閉まり、声が響いた。
「祖竜は言う」
魔法で作られた巨大な竜の頭部が現れ、口上に合わせて口を動かす。
まるでホログラムだ、と黒貂は思った。
ホログラムはもうすでに過去の技術になってきたが、こうして表現されると圧巻である。
『私たちはあまりにも多くのものを失いすぎた。時間、命、希望……この戦いに意味があったのか。そう云うものもいるだろう。畢竟、戦いというものは終わることは無い。この言葉が存在する限り、この世界から戦いは消えない』
祖竜……ラトレイアとも関わりがある存在だ。
その言葉は確かに人が言うよりも重みがある。
『我々の見えないところで我々よりも苦しい思いをしている者は多くあるだろう。苦しみもまた世の常だ。しかし、これ以上望まぬ苦しみを増やさないようにすること……それが平和というものではないか』
哲学に近い思想が述べられ、幕は再度ゆっくりと閉じていく……。
『お前たちに……この世界を託したい。しかし、世界というものは目に見える範囲だけではない。その全てを守ってくれ』
その言葉だけが辺りに響いた。
横で見ているラトレイアは自身の目を涙で潤ませた。
「いえ……」
拭きながら、照れ隠しをするように少女は笑った。
優しい風が吹く。
「そんな碑文が残っているとは思えませんので、これはお話なのかな、と思いますが」
舞台では演者たちが礼をしている。
鳴り止まぬ拍手。
「これ以上望まぬ苦しみを増やさないようにすること……私たちはそのために歩み続ける必要があるのですよね」
ラトレイアは膝の上で強く拳を握った。
「確かに巡礼は辛くて……怖いです。でもやらなければ……。それに、私には黒貂さんがいますから」
その言葉を彼女は黒貂を見ずに言った。
立ち上がり、ラトレイアは黒貂の方に視線を移す。
「さて、いきましょうか……ってあれ?」
見ると、黒貂の隣にはいつの間にか小柄な少女が座っている。
緑と黒、メッシュのポニーテール。
マスクをしており、背中には巨大なスナイパーライフルがある。
「なんだ……この子は……」
「私、困った。シーカー、迷子。レグルス、リアル、知らない。この世、終わり=あの世、始まり」
「!?!?」
何か思い出せそうだったが、思考の途中で黒貂の膝に少女が倒れかかってきた。
「迷子のようですね。どうしましょう」
「お腹、ぺこぺこ……。お腹……お金、銀行。目の前、消え。あ……あの世、始まり」
黒貂の膝に顔を埋めながら、もがもがと何か言っている。
「何かお腹が減っているみたいですね。他人とは思えません。助けてあげましょう」
「じゃ、とりあえず……セーフハウスに連れて行こうか」
黒貂は少女を背負って家路に着いた。
陽は傾き、また夜が空を黒と青のグラデーションに染め上げていた。
鳴り止まぬ腹の音が、その美しい風景に高らかに響く。




