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57.撃つ者と撃たれる者。追う者と迎え撃つ者。

「……銀狼。あいつが、銀狼……。

 私は、今までずっと復讐相手を馬鹿みたいに監視してたってこと?」


 思わず銃を握る手に力が入る。

 マドカはスコープの先にチラチラと現れる男を強く睨み付けていた。


「……ふざけんなっ」


 引き金を絞る。

 聞き慣れた火薬の破裂音。振動。熱。空気を裂く感覚。

 激情の熱が頭を激しくのたうち回っていても、体は冷静にスナイパーライフルを扱う。


「……くそっ!」


 弾丸を放つも、引き金を絞る寸前で銀狼は死角に入り込み、放った銃弾は空しく木々を穿つ。

 ボルトを引き、次弾を装填する。

 先ほどから撃てども撃てども弾丸は空を切るばかり。

 マドカのイラつきは最高潮に達していた。


『いいかー、マドカ。どうしようもなくイライラした時はな、大きく深呼吸するんだ。

 大きく吸って、三秒止めて、大きく吐く。

 そしたら落ち着くからよ。

 ま、狙撃前と一緒だな。

 お前は基本冷静だが、熱くなりすぎる所もある。

 プロなら、常に冷静でいるのがマストだぞ』


「……」


 だが壊し屋の言葉を思い出して、ふと我に返る。


「……すーーー、…………、ふーーー」


 そして、その言葉通りに大きく深呼吸をしてみた。


「……よし」


 それによって、マドカは自分でも信じられないほど冷静になれた。

 手法ではない。壊し屋の言葉に準じたから。

 今は亡き父代わりを思うことで、マドカは激情と冷静を共存させたのだ。


「……さすがは銀狼ってことにしましょ」


 一筋縄ではいかない相手。

 相手は最強の殺し屋だ。

 それに壊し屋を殺したのだから当然。


「……壊し屋を殺した奴を殺して、壊し屋を越える。

 それこそが、恩返しってものだわ」


 マドカは心を深く沈めた。

 激情を内に秘めたまま。

 壊し屋がそれを望んでいないとしても。

 望んでいないと言える壊し屋はもうこの世にいないのだから……。
















「……」


 先ほどまでいた場所に銃弾が走る。


「……荒いな」


 その狙撃は明らかに冷静さを欠いていた。

 今のは明らかに避けられることを予測できたはず。

 今の鷹は狙撃対象の行動予測ができていない。

 まるで俺の頭を撃ち抜きたくて仕方がないとでも言いたげな狙撃だ。


「焦っているのか?」


 だが、それはこれまでの鷹の雰囲気とは合わない。

 忠実に、冷静に、ただ任務に殉じる。

 それが、俺が(いだ)く鷹へのイメージだ。


「……何か、心境の変化でもあったか」


 俺をどうしても殺さなければならない理由ができた?

 ボスに脅されているのか?

 いや、それが逆効果であろうことはボスも容易に想像がつくはず。


 ならば、なぜ……。


「!」


 などと考えていたら、今度は正確無比な射撃が俺の頬の横を通る。

 弾丸の風を感じた。


「あぶないあぶない」


 わずかに死角から出ていたか。

 改めて体を木の幹に隠す。


 先ほどまでは危うい狙撃だったのに、突然に精密な射撃が飛んでくる。

 自分の焦りに気付けたのか。あるいはそれさえ俺を油断させるためのブラフか。

 

「……」


 だが、その狙撃は相変わらず殺意に溢れている。

 ほとんど俺の頭しか狙ってこない。

 ヘッドショット一発で決めようというのか。


「恨まれる覚えは……ありすぎるな」


 もしかしたら鷹は俺が銀狼だと気付いたのかもしれない。

 そして、奴には俺に復讐するだけの動機があった。だから最初は射撃が荒くなった。

 だが、歴戦の経験からすぐに冷静さを取り戻した。

 それでも復讐心を抑えることができずにヘッドショットを狙う、か。


「……俺に、似ているな」


 この獣が手強いことは俺がよく分かっている。

 あのクソジシイの論理に従うようで気分が良くないが、復讐心というやつは人をどこまでも強くする。悪い方向にな。


「……加減など、していられないな」


 しているわけではないが、後のことを考えて体力を温存しようとはしていた。

 だが、こいつ相手にそれは悪手だ。

 死んでは意味がない。

 全力を持って殺しに行くとしよう。


「……スー……ハー……」


 意識して呼吸を繰り返す。

 脳に、体に酸素を。

 心を奥底に沈め、人を喰らう狼へと。


 最強の殺し屋、銀狼に。


「……行くか」


 視界がよりクリアになる。

 記憶のページが無限にめくられていく。

 これまでの全ての記憶から最適解を常に出し続ける。


「……」


 鷹までの最短距離は千メートルを切った。

 アサルトライフルの俺の射程まであと二百もない。

 平時ならば一瞬で到達できるが、奴の射線に入らないように木々を迂回しながら進むとなると、通常の三倍の距離を見越した方がいいだろう。速度も慎重にならざるを得ない。


「……ま、威嚇もフェイントもない狙撃なんて当たらないけどなっ!」


 地面を強く蹴り、走り出す。

 二秒前まで頭があった位置を弾丸が通過する。

 鷹が行動予測を出来るようになっている。

 向こうもプロだ。

 すでに平時の戦闘心境になっているのだろう。

 だが、相変わらず狙うはヘッドショット。


「……ナメられたものだな」


 跳躍し、体を屈め、木々を縫い、少しずつ前進していく。

 奴が照準を合わせてから撃つまでに必要な時間はおおよそ0.7秒。この距離なら妥当な所だろう。

 だが、俺を認識してから銃を動かして引き金を引くまでの時間をプラスすれば、それは余裕で一秒を越える。

 ならば俺は一秒以上、奴の射線に入らないように動き続けながら前進していけばいい。


 風向き。木々の分布。射線。日差し。地面に敷かれた落ち葉の一枚一枚に至るまで。

 俺はその全てを記憶し、自らの記憶と照らし合わせて体を動かす。足を進める。

 足を滑らせることも、隠れる木を見失うこともない。弾丸が貫通できない木を選ぶ。

 現在の全てを記憶し、過去の全てを引き出して照会する。

 それが俺の能力の真価だ。


「最初の一撃で殺せなかった時点で詰んでるんだよ」


 木々の間を疾走していく。

 鷹はボルトアクションだ。

 連射できれば隠れた木を粉砕することも出来ただろうが、そうなると精度が落ちる。

 この勝負に持ち込んだ時点で奴の負けは確定していた。


「……」


 あとはケビンの方だが、まあ、あいつなら何とかするだろう。

 カイトは厄介な相手だが、鷹ほど仕事熱心ではない。

 いや、逆か。仕事と割り切っているからこそ、どこか冷めた所がある。

 冷徹に仕事に徹するとも言えるが、プロだからこそやりやすい所もある。

 その手合いの相手はケビンの本領だろう。


「……いや、人の心配をしている場合ではないな」


 銀狼の時にそんなことを考えるなど、かつての俺ではあり得ないことだ。

 そもそもの目的はボスへの復讐。

 それがもうすぐ目の前にある。


 今は、目前の敵に集中だ。


「……鷹には悪いが、さっさと始末させてもらおう」


 弾丸が空気を切り裂く音を間近で聞きながら、俺は射程圏内に入ったアサルトライフルの引き金を引いた。















「くそー。煙幕とか、こんな秘境にどんだけ武器持ち込んでんだよー」


 カイトは超スピードで移動しながら、極端に狭くなった視界に悪態をついた。


「銀狼の相手をするマドカちゃんも心配だけど、俺の相手も相当だなー」


 カイトにとってマドカは妹のような存在だった。

 生意気で口が悪くて、それでいて深い悲しみと闇を抱えたマドカ。

 他人にあまり興味を持つことがないカイトが珍しく心配したくなる存在。

 ストリートチルドレンであった自分と同じ、孤独と絶望を抱える存在。


「……やっぱり銀狼のことを言ったのはマズったかなー」


 ただの警官だとナメてかかってやられてしまうよりは、そいつこそが復讐すべき銀狼だと報せた方が集中するだろうと真実を告げたカイトだったが、その後の静かな怒りと憎しみを帯びたマドカの声を聞いて、自らの発言を後悔していた。


「俺じゃ軽すぎるから、あの子の心を何とかしてやれない。

 だからこそ復讐を完遂させてあげたいとは思ったんだけど」


 自分が生き残ることだけを考えて生きてきたカイトにとって、自分の言葉と気持ちは極めて軽いものだと考えていた。


「……やっぱり俺にはムズいよ、壊し屋」


 あのマドカをも懐かせた男を思い、カイトは苦笑した。


「!」


 その時、カイトの胸に赤い点が現れる。


「やっべ!」


 カイトは反射的に体を翻して木に身を隠した。

 刹那、赤い点を銃弾がたどる。


「こんな煙幕じゃ向こうも見えないだろって思ったけど、レーザーサイトまで持ってるのか」


 木に背を預けながらカイトは困ったように眉を下げる。

 煙幕で歪曲したレーザーでもって問答無用でターゲットを撃ち抜いてくるレベル。

 カイトはもはや笑うしかなかった。


「ハハ。やべーやべー。まさかマドカちゃんに匹敵するか、それ以上の奴がいるとはなー」


 だが、それは悲嘆に暮れた笑みではなかった。


「相手にとって不足はなしか」


 カイトの心情はジョセフの見立てとは異なっていた。

 確かに仕事に徹するが、その実、何より優先すべきは自らの命。

 それは大前提として、カイトには仕事を楽しむ節もあった。


「俺のスピードを相手に撃ち抜こうとしてくる奴は初めてだな」


 カイトは狙撃手に興味を持った。

 これほどの腕前を持つ銀狼の仲間。

 それは果たしてどんな奴なのか。


「是非ともそのツラを拝ませてもらおう」


 カイトは笑う。

 狙撃をかい潜り、その首にナイフを走らせるのは自分だと。


「ま、それが俺のお仕事だしな」


 木の陰から飛び出して再び走り出す。

 ゼロからトップスピードを出せるカイトにとって停止は隙にはならない。

 放たれた弾丸が通過する頃にはカイトはとっくにそこにはいなかった。


「俺を捉えられるならやってみなよ」


 カイトは笑う。


「……早いとこマドカちゃんの手伝いもしないとだしね」


 ともすれば生存率の低い仕事。

 本来のカイトならば投げ出して逃げていた可能性が高い。


 最後の言葉こそがカイトが走る理由であったかどうかは、カイト自身にも分からない。

















「あー、これもかわすのか」


 レーザーサイトを取り付けたスナイパーライフルのスコープを覗きながら、ケビンは面倒くさそうに呟いた。


「速すぎだろー。なんだあれ。人間か?」


 スコープの先をとんでもない速度で駆け抜けていく生物をケビンは呆れたように追っていた。


「いっそランチャーでもぶっぱなせれば楽なんだけど、こんな森で範囲攻撃はあとで怒られそうだからなー」


 一応は国の自然保護区。

 森を焼き払うような行為は特安であるケビンには許されない行為だった。


「やれやれ。公僕のツラい所だなー」


 そう言いながらもケビンは楽しそうだった。


 ケビンとカイトはどこか似ていた。

 飄々としていて掴み所がなく、それでいて仕事には徹する。その中で仕事を楽しむ節もある。

 そして何より生き残ることを優先する。

 それが自分のためか誰かのためかの違い。それだけだった。


「……ま、ネズミ撃ちは得意分野だ」


 ケビンは樹上に陣取っていた。

 一際、幹の太い頑丈な木。

 リュックを木の根元に置き、必要な武器と用具だけを持って枝に座り、スナイパーライフルを構えていた。

 煙幕以外にもネットランチャーやトリモチ弾、毒ガス弾なんかも用意があった。


「それに最悪、俺は時間稼ぎでもいいわけだしね」


 ケビンとカイトのもうひとつの違いはその心持ちだった。

 カイトはマドカの相手が銀狼だとして、手早くケビンを倒して援護に向かおうとしていた。

 一方で、ケビンはジョセフに対する信頼があり、ジョセフが負けることなどほとんど考えていなかった。

 だから自分は負けさえしなければ、鷹を倒したジョセフが援護に来ると考えていた。

 そこに関しては、仕事に対する自分のためと誰かのためという思考がそれぞれ逆になっていたのだ。


「いやー、しかしマジで速いなー」


 木の間を一瞬で駆け抜けるカイトに感心しながらケビンは引き金を引いていた。

 どれだけ行動予測をしようと、ケビンが引き金を引いた時にはカイトはそこにはいなかった。


「こりゃー仕留めきるのは難しいな。

 警部、早く来てくださいよー」


 そんな軽口を叩きながらも、ケビンはカイトを近付けさせないように巧みに銃撃を繰り返すのだった。





おまけ



「いいかね、ジョセフ。

 人という生き物は実に不可思議で不可解な生き物なのだよ」


「……」


 棚に並べられた本を片っ端から速読するジョセフに博士(プロフェッサー)は歌うように話す。

 本の内容を記憶しながらも、幼きジョセフは博士(プロフェッサー)の言葉に耳を傾ける。


「人間は奥深い。

 果たしてどこまで強く、どこまで賢く、どこまで愚かになれるのか」


「……」


「人間というのはね。奪われてこそ強くなるのだよ」


「……?」


 ジョセフにはその言葉があまり理解できなかった。

 記憶に照会しても引っ掛からなかったから。

 博士(プロフェッサー)はたまに歴史に存在しない独自の思考展開を見せる。

 だからこそ、当時のジョセフには博士(プロフェッサー)の話は興味深いものだったのだ。


「喪失感、復讐心。憎しみ、怒り。

 それらは無限の熱量を生む原動力となり得る。

 私はそこに着目したい。

 失うものが大きいほど、生まれる炎も大きくなる。

 ならばどうするか。

 簡単だ。与えればいいのだよ。

 得られる環境に放ってやればいいのだよ。

 そうして最大限に得たものを、突如として奪えばいい」


「……」


 幼きジョセフはチラリと博士(プロフェッサー)を見て、すぐに視線を本に戻した。

 背中を向けていた博士(プロフェッサー)だが、きっと狂気に満ちた笑みを浮かべていることが容易に想像できたから。


「ああ。楽しみだ。

 実に楽しみなのだよ。

 積み上げたものがゼロになり、そうして生まれるマイナスが。積み上げたものなど容易に超えるほどに、大きく燃え上がる炎が!」


 諸手を挙げて笑う博士(プロフェッサー)の言葉を脳内で反芻しながらも、ジョセフはいまいちその意味を理解できていなかった。


 彼がその意味を理解するのは、まだずいぶん先のことだから……。


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全員に感情移入してしまう( ˘ω˘ )
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