54.狩人を狩るには獲物を狩る瞬間を狙うもの。
「おいっ! どこ行きやがった!
命令はどうした! おい!」
「……」
大量の手榴弾の炸裂によって混乱した場で、ゴロツキどもが大声で喚く。
内容からも男たちは捨てゴマであることが分かる。
命令に従えと言っておいて、自分たちは身を隠して放置。
「く、来るぞっ!」
そんな状況で迫り来る敵(俺たち)。
場はますます混乱する。
「う、撃てっ!
とりあえずあいつらを殺っちまえばいいんだ!」
そして、こういう輩はその結論に至る。
「……」
構えられた銃の射線に入らないように、乱立する木の幹に体を隠しながら移動する。
森の中というのは大人数を相手にするのに適している。
「おっと」
先ほどまで俺がいた場所に銃弾が走る。
ゴロツキどもはこちらの移動速度に対応できていない。
使用武器はサブマシンガン(SMG)やハンドガンのみ。ライフルやバズーカの類いはなし。
少年たちの邪魔はせずに、ただ弾幕を張っていろって感じか。
ガイの方も同じような状況になっているようだ。
ならば、
「……やるか」
俺は移動しながらショットガンの弾を装填。ポンプ式のイサカM37。
移動の合間に男たちに向けて引き金を引く。
「ぎゃあっ!」
「ショ、ショットガンだっ!」
「ちくしょう!」
的が多いから適当に撃っても当たる。
とはいえ弾数は限られる。
撃てば必ずどいつかに致命傷を与えるように撃たなければ。
「……」
少年たちの狙いが分かった。
ゴロツキどもはたいした敵ではないが、この数の人間が武装しているとあらば俺たちは数を減らしていかなければならない。
混乱して闇雲に銃を撃つ連中。
俺たちはそれを掻い潜って少年たちを減らしていかなければならない。
「……ちっ」
木の陰に隠れるが、すぐに移動する。
少年たちは俺たちが隠れて停止した瞬間や、敵を撃つために止まった瞬間を狙っている。
獲物に襲い掛かる時。
捕食者にとってはその瞬間こそが最大の隙となる。
少年たちはそこを狙っている。
獲物に集中することで周囲への警戒が疎かになるからだ。
狩人を狩るときの定石だな。
「……ナメられたものだ」
隠れたら撃たれるのなら留まらなければいい。
敵を撃つために止まったら撃たれるのなら止まらなければいい。
常に移動しながら敵を減らしていく。
ゴロツキどもの数も無限じゃない。
少年たちが俺を殺すよりも先に男たちを壊滅させてしまえばいい。
「……」
いや、いっそ誘うか。
「うぎゃっ!」
「くそぅ! 撃たれたっ!」
「いてぇよぉ、くそぉ!」
男たちの悲鳴が響く。
右手に持ったSMGで掃射しながら、左手のショットガンで吹き飛ばす。
ショットガンは一発ごとに装填が必要。
撃つごとに弾を装填するためのポンプ部分に手を持ち替え、腕を勢いよく上下させることで次弾を装填。薬莢が飛ぶ。
体勢を立て直そうとしている連中の所にショットガンを撃ち、再び装填する。その間もSMGは撃ち続ける。
軽量タイプの銃を選んだのは片手で取り回しをするためだ。
威力が他の同タイプに劣ろうとも、直撃すれば人は死ぬ。
数を相手にするならこれぐらいの二刀流は必須だろう。
「……」
少年たちは出てこない。
隙を窺っているのか。
そんなもの見せるはずがないのに。
「うおっ!」
「がっ!」
「い、石、をっ……」
ガイは近くに落ちていた石やら岩やらを適当に掴んで放り投げている。
それが当たった奴は腹や頭を吹き飛ばされて絶命する。
コントロールはあまり良くない。
だが、数がいるから適当に投げても当たるようだ。
ガイは武器の類いを使えないと言っていた。
自分の肉体以外を操るセンスが絶望的にないようだ。
力加減も下手なのだろう。
掴んだ石をたまに握り潰している。まあ、それはそれで礫として武器になってはいるが。
当然、その間も少年たちには注意しているようで、目と鼻を忙しなく動かしながら場所を特定しようとしている。
「……」
しかし、少年たちの気配の消し方も巧みだ。
移動時に気配を察知させず、居場所を特定させないように俺たちの視界の外で移動を続けている。
俺でも彼らの気配を特定するのは難しい。
「……」
ならば、やはりこちらから場を動かすしかないか。
「……」
ショットガンを撃ち、再び装填する。
弾数が少なくなってきた。そろそろ弾を補充しなければならない。
少年たちの狙いはそこだろう。
弾数は残り二発。
少年たちは当然、俺の残弾数を数えているだろう。
だが、余裕をもって戦闘を続けるためにここで弾を補充する……ように見せかける。
「……ちっ」
ショットガンの弾数に気付き、わざとらしく舌打ちをして弾を補充しようと試みるフリをする。
SMGを乱射し、大木の陰に。
急いで予備のショットガンのマガジンを取り出す。
本来ならこんな作業は一瞬だが、あえて数秒かけてやる。
「!」
その瞬間、微かな殺気。
「……くっ!」
慌てた様子で身を翻してやる。
すぐに発砲音が森に響く。
俺の頭があった所を弾丸が通過する。
ロングバレルのハンドガンか。ハンドガンの中では重いが、威力が高く射程が長い。
樹上を跋扈する少年たちにはベターか。
「……(ちっ)」
「……」
微かな舌打ち。
場所を特定。
殺す瞬間にわずかに漏れた殺気。
狩人が狩られるタイミングはそちらも同じ。
「……」
少年が場所を変えようと、樹上から樹上へと跳躍する。
だが、逃さない。
どれだけ気配を消すのが見事でも、一度捉えてしまえば俺から逃れることは出来ない。
「……」
俺は弾を補充しようとしていたショットガンを戻し、少年が着地しようとしている木の枝に向けて引き金を引いた。
「ぐあっ!」
着地するべく足場が爆ぜ、少年は地面に落下していく。
「くっ……」
少年は体を翻し、着地と同時に再び姿を隠そうと体勢を整える。
だが、そんなことを許すわけがない。
俺はSMGの銃口をゴロツキどもから離し、少年の着地点に向けて引き金を引いた。
「……う、ぎっ、ぎゃあっ!」
少年は着地する瞬間に全身を撃ち抜かれて絶命した。
SMGを少年に向けている間、ショットガンの最後の一発をゴロツキどもに向けて撃つ。
「っ!?」
全体に緊張が走る。
無惨にも蜂の巣にされた少年の姿に全員が一瞬動きを止める。
「よっと」
その隙にショットガンとSMGのマガジンを両方同時に交換する。
当然、他の少年たちの動向にも留意している。
「……」
二人。
少年たちの居場所を特定。
どうやら彼らはまだ未完成のようだ。
攻撃の瞬間に殺気を漏らし、仲間の死に動揺する。
ボスの目指す完全な戦闘人形には成りきれていない。ボスにはそんな姿を見せてはいないのだろうが。あるいは、だからこそ最前線に送り込まれたか?
「……」
再びゴロツキどもへの掃射を開始。
弾かれたように再び銃撃戦が始まる。
少年たちもとうに我に返り、こちらの隙を窺う。
「……」
だが、冷静な奴もいた。
仲間が撃たれている間も、俺が二丁同時に弾を補充している間も、ただ冷静に場を観察している奴らが。
そいつらを炙り出すために、わざわざ同時にマガジンを交換するという隙を見せたというのに。
どうやら少年たちは均一の機械兵ではないようだ。
どれだけ訓練しようと、所詮は一人の人間。
一人ひとりの性能をきちんと把握しなければ。
「……えい」
向こうではガイが同じ手口で樹上に向けて石を投げていた。
どうやら俺が居場所を把握した二人をガイも捕捉していたようだ。
ガイが石を投げたのはそのうちの一人。
「え……っ!?」
猛スピードで放たれた石は少年の足を貫通して吹き飛ばした。少年は少ししてからその事実に気付いたようだ。
「ぎゃあっ!」
突然に片足を失った少年が地面に落ちる。
「ぐっ!」
「……あ、すまん。木を狙ったつもりだった」
……ガイの独り言は聞かなかったことにしよう。
「……く……ぐっ」
少年は地面に落ちて倒れながらも、ガイに銃口を向けようとしていた。
右足が、膝から下が吹き飛んで失くなっているというのに、何という執念……いや、ボスの命令に対する使命感、か。
「……悪いな」
「っ!?」
しかし、ガイは一瞬で少年のもとまで移動すると、倒れている少年の頭を蹴り飛ばした。
少年の頭は首から上が吹き飛んで失くなり、銃を持っていた腕が力なく地面に落ちる。
「石だと変な所に当たるかもしれないから、これが一番苦しくない」
せめて即死させてやろうというのがガイなりの情けらしい。
俺はそんなこと考えもしなかった。
銀狼の時の俺は牙を向けてくる奴は誰であろうと殺す。どんな手を使ってでも殺す。
そういうスタンスだ。
武器を持つ以上、年齢も性別も関係なく戦士であり敵だ。
俺が敵を一発で仕留めることが多いのは、たんに反撃させないためだ。
そういう意味では、俺よりもガイの方が人としての情緒を持ち合わせているのかもしれない。
「……あと十一人か」
少年たちを二人仕留めた。
まだジンとガイの二人に任せるには多い。
せめて半分ぐらいにはしたい所だ。
「う、ぎゃあっ!」
「ぶわっ!?」
「ひぎゃっ!」
ガイの動向を確認しながらも銃は撃ち続けている。
ジンやケビンもそれぞれに攻撃してくれている。
ゴロツキどもは順調に減らしている。
奴らは銃の扱いもさして上手くない。
回避行動を取らなくても当たらなそうだ。
本当にその場しのぎで雇われただけの捨てゴマのようだ。
「……」
ならば、動くか。
「……」
居場所を特定できた少年たちは二人。
そのうちの一人はガイが仕留めた。その際にさらにもう一人を捕捉。
俺から見て、右前方の樹上と、右後方の繁み。
俺たちに見つからないように後方まで移動しているのだから見事なものだ。
「……」
ジンの方にチラリと目をやると、こちらを向いて軽く頷いた。
ジンも同じ少年の位置を特定しているようだ。
「……よし」
ならばと、俺はSMGをゴロツキどもに向けて撃ちながら、急速に走り出した。
向かう方向は右前方。
「……っ!」
狙われた本人が気付く。
同時に、気配を掴めずにいた少年たちの中で、二人の気配を新たに特定。
突発的な疾走。その行く先が仲間のもと。
わずかにでも動揺すれば位置は割れる。
逆にいえば、それでもなお息を殺して潜んでいる者がいるということでもある。
依然として警戒を怠るわけにはいかない。
「くっ」
少年は急いで場所を変えようとしている。
だが、もう遅い。
俺がスピードにのった状態で、今から移動しようという奴を逃がすわけがない。
「ふっ!」
俺は地面を蹴り、少年がいる木の左手前の木の幹に跳んだ。まだ少年がいる木までは少し遠い。
その幹を蹴り、奥の右側の木へ。さらにそこも蹴り、高度を上げていく。一気に少年までの距離を詰める。
俺が動いている間はケビンがこちらを重点的にフォローしてくれている。
すでにSMGは肩に担ぎ直している。
懐からナイフを取り出す。
「よぉ」
「なっ!」
そして少年の目の前へ。
「くっ!」
少年が急いで俺にハンドガンを向けようとする。
「じゃあな」
「っ!?」
だが、そのときにはすでに俺のナイフが少年の首を薙いでいた。
少年とすれ違うようにして横をすり抜ける。
「……かっ!」
少年は首から血を噴き出しながらバランスを崩す。
少年の首を切ったナイフはそのまま懐にしまう。
「よっ、と」
血を被らないようにしながら、少年が落下する前にその腰に差してあるナイフを抜き取って奪う。
「ほっ」
そして、空中を跳びながらスナップを利かせてナイフを後方に投げる。見なくとも場所はすでに把握している。
俺自身は少年が立っていた木を蹴り、再び移動する。
「!?」
ナイフが向かった先は居場所が特定できた、繁みに潜む少年のもと。
「……ふん」
少年は飛んできたナイフを軽くかわす。
この距離からの投擲物なら当然避けるだろう。
「……ぅがっ!?」
が、それはただの囮。
少年は背後から滑るようにして流れてきた刃に背中を貫かれた。
「また珍しいものを」
攻撃したのはジン。
少し離れた所にいるジンは大きな剣を手にしていた。
いくつもの板状の刃が連なって構成された剣。刃同士がワイヤーのようなもので連結されていて、振るうと鞭のようにしなって伸び、中距離にいる敵を攻撃することができる。
だいぶクセの強い武器で、自由自在に扱うには相応の訓練が必要だ。
その剣先が少年の背中を貫いていた。
さっきまでハンドガンだったり棒手裏剣だったりで攻撃していたはずなのに、いったいどこからあの大きさの武器を取り出したのか。
「よっ」
「がはっ!」
ジンが剣を振って刃を抜くと、少年は背中と口から血を吐いて地面に屑折れた。
「よいしょっとー」
ジンはそのまま剣を振るい、勢いをつけてゴロツキどもの方へと剣を放り投げた。柄からも手を離し、剣は飛び上がった蛇のように空中を舞う。
「避けてねー」
そして、ジンはすぐに懐から手榴弾を取り出すと、ピンを抜いて剣に向けて投げた。
「おいおい」
剣に追い付いた手榴弾が炸裂する。
手榴弾の破片と、爆風を受けてワイヤーが千切れた刃が四方八方に勢いよく飛び散る。
「ったく。無茶をしやがる」
俺は樹上で身を翻して木の陰に隠れて飛んできた刃を避ける。
持参した武器をあっさりと手放して攻撃するあたりは、さすがは暗器使いといったところか。
男たちの悲鳴がそこここで上がる。
さすがに少年たちは避けるなり隠れるなりしたようだが、刃を受けた男は体を両断されていた。
「……よいしょ」
ガイのもとにも刃が飛んでいったが、ガイは回転しながらその刃を指でつまんでみせた。
二十センチ角はありそうな刃状の鉄の塊を、指で。
「えーい」
そして飛んできた刃の勢いそのままに、くるりと自身が回転して、別の方向に刃を投げ直した。
飛んだ刃は一本の木の幹を勢いよく通過する。
爆風とガイの腕力によって鋭さを増した刃は木を簡単に倒壊させた。
「うわっ!」
その木の上に潜んでいた少年がバランスを崩して落ちる。
あとから居場所を特定した二人のうちの一人だ。ガイも当然分かっていたのだろう。
「……うーん。枝だけを切ろうと思ったのに、幹を切ってしまった」
ガイが首をかしげながら少年の落下地点へ。
「しまっ!」
「やはりコントロールというのは難しいものだ」
「ひっ……っ!?」
ぶつぶつ言いながらガイが棍棒を振るうと、すぐに少年の頭部は跡形もなくなった。
「……さて」
あと八人。
居場所が分かっているのは一人。
ゴロツキどもは半分ほどまで数を減らしているが、とりあえず居場所を捉えた一人を消しておくか。
「……」
だが、こんな状況になっても気配を掴ませずに完璧に潜んでみせている残りの七人。
こいつらはどういうつもりなのか。
このままでは弾幕と囮であるゴロツキどもの数が尽きる。
そうなれば、いくら完璧に気配を消せていようが奴らに勝ち目はなくなる。
そもそも探索のみに力を入れれば、俺とガイから完全に隠れることは難しいだろう。ジンが網を張り、ケビンの眼があればなおのこと。
「……」
少年たちは何がしたい?
何が狙いだ?
ここまで観察を続けて、奴らはどう動いてくる。
「ぎゃあっ!」
「……!」
そう考えていると、とうとう動きがあった。
ゴロツキどもの一人が樹上からの銃撃で撃たれたのだ。
当然、俺ではなく、ケビンでもない。
少年たちの一人が撃ったのだ。
一瞬だけ俺たちがその謎の行動に注目する。
「!」
瞬間、新たな気配を捕捉する。
気配を捉えていた一人に加えて、さらに二人。
計三人が樹上を跳んだ。
「あー、俺なわけねー」
三人が降りる先にはジンがいた。
ジンを囲うように、三方向からジンの頭上に舞い降りていく。
「バランサーを取りに来たか」
この陣形、キーとなるのはジンだ。
俺とガイがゴロツキどもと少年たちに囲まれないように立ち回り、かつケビンの方まで少年たちが立ち入らないように牽制する。
最も立ち回りが難しい上に柔軟な対応力が求められるポジション。
そこを崩されたら、確かにこの戦術はバランスが悪くなる。
だがまあ、おそらく理由はそれだけではない……。
「……俺が一番やりやすそうってかー」
ジンも理解している。
単純に戦闘能力が高い俺とガイは却下。眼のいいケビンにはそもそも近付くことも難しい。
その中で、ジンが重要かつ最も仕留めやすいと判断されたのだろう。
「くそう。ジンさん傷付いちゃうぞー」
ジンがわざとらしく涙目になってみせる。
そんなこと思ってもいないくせに。
「……」
少年たちが銃を向け、ナイフを構える。
三人掛かりで頭上から襲い来る。普通ならば対応するのは難しいだろう。
だが、
「護り屋をナメすぎだ」
少年たちがジンに向けてハンドガンを撃つ。
三方向からの弾丸がジンに向かう。
「はい、ざんねーん」
「!?」
だが、ジンはすでにそれを広げていた。
「そんなものまで持っていたのか」
ジンは鋼鉄製の傘を広げていたのだ。
とはいえ、ジンの筋力的にそこまで分厚さのない鉄板のはず。
「ほっ」
普通ならそんなもので銃弾を防げるとは思えないが、ジンは絶妙な角度で受けることで弾を直撃させずに滑らせた。傘という形状ならではの方法と言えよう。
さすがは武器の製造と取り扱いに特化した第三世代。
「ちっ」
少年たちはならばとナイフを構え直す。
落下中にあれだけの精度で射撃ができる上に、冷静に次の手に移る。
やはりこいつらはなかなかに優秀だ。
「もう一回撃つべきだったね」
「なっ!?」
しかし、ジンは暗器使いだ。
正攻法で攻略できるような輩ではない。
「じゃーねー」
「っ!?」
少年たちがナイフを構えだした時には、ジンは傘ごしに手榴弾を投げ終えていた。
傘の死角で引き抜かれたピンに少年たちは気付かない。
「くっ、そぉっ!」
ジンに襲い掛かるために着地点を揃えようと、空中で一ヵ所に固まった三人。
そこに投げられた三個の手榴弾。
少年たちは空中で対処が遅れる。
「っ!?」
そして、少年たちは三個の手榴弾の同時爆破を間近で受けて吹き飛んだ。
「ひゃー」
ジンが降ってくる手榴弾と少年たちの破片を傘で受けて防ぐ。
「よっと……」
雨がやむとジンは傘を閉じた。
「ええと、こういうときは何て言うんだっけ……ああ、そうだ」
ジンが傘を肩に担ぎ、わざとらしく表情を決める。
「ふっ。汚ねえ花火だぜっ!」
「やれやれ……」
こいつもなかなかに加減のきかない奴なんだな。
「……」
とはいえ、これであと五人、か。
おまけ
「スティーブン!」
「エ、エルサ警視っ!?」
突然にエルサに声をかけられ、スティーブンは分かりやすく動揺していた。
「ど、ど、ど、ど、どうしたというのだっ!
き、き、き、君が私に声を、か、かけるなんて、め、珍しいではないかっ!」
顔を真っ赤にしながら、それでも何とか平静を保って応えているつもりのスティーブン警視。
彼はいつもエルサを前にするとこのような状態になってしまう。
それが憧れなのか、ライバル心なのか、それとも違うナニカなのか、彼は分かっていない。
「……ねえ、ゼットからの連絡はまだなの?」
しかし、話しかけたエルサの方は険しい表情をしていた。
ボスのアジトを伝えるというゼットからの連絡がなかなか来ないから。
「え? あ、ああ。そういえば遅いな。
奴に限って失敗はないだろうから、きっと追跡に時間がかかっているのだろう」
スティーブンは肩透かしをくらった気分だったが、どうやら真面目な仕事の話なのだと分かり、すぐに切り替えたようだ。
「……そう」
ジョセフはひと足先にアジトに向かう旨をエルサに伝えていなかった。
言えば、軍隊を連れてついてこようとする可能性があったから。
「……やられたわね」
「は?」
ジョセフたちがアジトに突入してようやく、エルサはそれに勘づく。
「……ゼットから連絡があったらすぐに動けるように部隊を編成しておいてちょうだい。
で、すぐに私にも教えて」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。
君も来るつもりか?
今回の指揮官は私だぞ?
指揮官相当が複数いては指揮系統が乱れてしまう」
「……」
特殊部隊を持たないこの国の警察は忙しい。
指揮官レベルの警視以上の階級の者は基本的に一つの現場に一人と決まっていた。
「……私は一般兵扱いで構わないわ」
「そ、そうもいかないだろ」
「ああもう!」
「っ!?」
なかなか首を縦に振らないスティーブンにエルサは痺れを切らし、唐突にスティーブンの手を握った。
「参加させてくれたらデートしてあげるわ!」
「な、な、な、なにぃっ!!??」
エルサはスティーブンの気持ちに気付いていた。
それがどんな気持ちなのかも。
「……私も参加させてくれるわね?」
「……イエッサー」
スティーブンにはノーと答える選択肢は存在していなかった。