52.全てを思い出した狼は改めて自分が狼であることを知る。
「……」
ああ……思い出した……。
全てを鮮明に。
音も、匂いも、感触も、温もりも。
その全てを俺は覚えている。
忘れることができない。それが俺の能力。
だから俺はその瞬間の記憶を封じたんだ。
でないと、心が壊れてしまうから……。
「……」
あの事件からずいぶん時間がたった。
それでもまだ、この記憶は俺の心を強く深く抉ってくる。
あの当時にこの記憶を持っていたら、きっと俺はマトモではいられなかっただろう。
あるいは、とっくにこの世界から消えていたかもしれない。
忘れられない記憶を忘れるには、そうするしかないから。
だからツラすぎる記憶を封じたのは、俺の生存本能によるものだったのかもしれない。
「……」
ジンの姿を見て想起したのはきっかけに過ぎないのだろう。
マウロの手記。イブのように笑ってはしゃぐ姿。これから向かうアジト。そこで待つ、ボスとあいつ。
それら全てが、俺にこのタイミングで記憶の扉を開かせた。
「警部? ホントに大丈夫っすか?」
ケビンが心配そうに覗き込んでくる。
「……ああ」
大丈夫だ。問題などない。
むしろ俺は自分に感謝したい。
俺の、銀狼の目的を改めて認識させてくれたのだから。
「問題ない。
少し、気合いを入れていただけだ」
「……え?」
俺は銀狼だ。
俺の妻と娘を殺したボスを、俺は殺す。絶対に殺す。
クソジジイとマウロの策略通りに動くのは癪だが、この際どうでもいい。
銀狼の目的は復讐だ。
家族を奪われた銀狼は、ボスを殺すまで止まらない。
邪魔をする奴には容赦しない。
それ以外など、どうでもいい。
「……いくぞ。
行く手を阻む奴は全員、皆殺しだ」
太陽が黒く染まる。
視界が赤で埋まる。
研ぎ澄まされ、尖り……沈む。
「け、警部? なんか、雰囲気が……」
「ひゅー。それが本気かー」
「……」
そうだ。
たとえ、立ちふさがるのがあいつだとしても、俺の復讐の邪魔をするのなら俺は容赦なく引き金を引く。ナイフを振るう。
躊躇うことなく、殺す…………殺すんだ……。
「……金網か」
森に侵入してしばらく歩くと、目の前に高いフェンスが広がっていた。
ここまで、特段異変はない。
見張りもいなければ監視カメラの類いもなかった。
「高いな」
フェンスの高さは三メートルほど。横は、森の果てまで広がっていそうだ。
「……」
気持ちはだいぶ落ち着いた。
だが、完全に銀狼のモードに切り替わった。
ケビンがいるが、そんなことはどうでもいい。
俺の邪魔さえしなければ、正体など今さら、どうでもいい。
「ここを越えていくしかなさそうだねー」
ジンが目の上に手をやって、フェンスの上を見上げる。
屋台で買ったものはいつの間にか完食いていたようだ。きちんと匂い消しをしていたあたり、やはりカモフラージュで観光していたようだ……たぶん。
「……」
俺は試しに、その辺に落ちていた木の枝をフェンスに向けて放ってみた。
木の枝はカシャンと音をたててフェンスに当たると、何の変化もなく地面に落ちた。
「……警報や電流の類いはないか」
まあ、そんなものがあったら動物や樹木にも反応してしまって面倒だろうしな。
「とはいえ、直接これによじ登るのは微妙っすよね」
「そうだな……」
無防備になるし、人間の重さに反応してトラップが作動しないとも限らない。
「……跳ぶか?」
「まあ、そうなるか」
フェンスの上を見上げながら呟くガイに同意する。
「いやいやいやいや、人間にこんな高さを飛び越えるのは無理っすよ!
少なくとも俺は無理です!」
ケビンが慌てて頭を振る。
「俺だって無理だよ。
べつに垂直跳びするわけじゃない。
その辺の木に登って、そっから飛び降りるんだ。
それぐらいならできるだろ?」
「あっ」
さすがに三メートルの高さの壁を飛び越えられるほど人間をやめてないのでな。
幸い、周囲にはフェンスよりも背の高い木々が生い茂っているしな。
「え、でも、跳んでも無事に着地できますかね?」
「できるだろ。特安なら着地法ぐらい習ってるんだろ?」
「あ、まあ……で、でも……」
「なら決まりだ」
なんで俺は平気なんだって話にもなるが、その辺はまあ適当にやり過ごそう。警部のときにもそれなりに無茶苦茶な姿は見せてきたし、もはやどう思われてもどうでもいいしな。
「ジンはどうする?」
ジンはフィジカルが弱いから難しいか?
「俺はガイに背負ってもらうから平気さ、ね?」
「ああ。いつも通りだ」
「そうか」
ガイもいつも大変だなとも思うが、互いの短所を補っているのか。
「と、その前に」
俺は近くに落ちていた石を持ち上げた。
石、といっても一般人が片手で持つのは難しいであろう長辺が三十センチほどの楕円形のものだ。
「ガイ。これをフェンスには当たらないように向こう側に放り投げてくれ」
「ん?」
そしてそれをガイに渡す。
ガイを首を傾げながら片手で簡単に受け取った。
「投げるだけでいいのか?」
「そうだ。着地点は気にしなくていい。フェンスに触れないようにだけ気をつけてくれ」
「了解。それぐらいなら簡単だ」
ガイは石にしっかりと指をかけて握ると、斜め上に向けて振りかぶった。
「……えいっ」
そして、一般人が片手で持つのも難しいほどの石をいとも簡単に放り投げた。
まるで野球ボールのように放り投げられた石は綺麗な放物線を描くと、見事にフェンスに当たらずに向こう側の地面にドスンと音をたてて落ちた。
「……ふむ。地雷の類いもなさそうだな」
この重量のものが落下しても警報のひとつも鳴らない。
単純に地元の人間に向けた、立ち入り禁止区域を示すためのフェンスといったところか。
子供なんかがよじ登って侵入する可能性もあるし、こんなところにトラップの類いを設置するわけにもいかないのだろう。
表向きは自然保護区だからな。
「念のため、今の衝撃よりも着地は抑えてくれ」
一応、あの高さの樹上から人間が跳んで地面に与える衝撃を想定して石を選んだが、まあ、こいつらなら何とかするだろう。
「おっけー。よろしく、ガイ」
「ああ。了解」
「いや、簡単に言いますけどー……まあ、了解です」
ケビンは文句を言っているが、出来ないことは出来ないとちゃんと言うヤツだ。
文句が出ているだけなら捨て置いて問題ないだろう。
「よし。いくぞ」
俺たちは近くの木によじ登り、順番にフェンスの向こう側に飛び降りた。
ケビンは重そうなリュックを背負っていたので、先に俺が降りてリュックを受け取り、そのあとにケビンが降りてきた。
ガイもジンを背負ったまま、じつに軽やかに舞い降りてきた。
予想通り、着地しても何の変化も見られない。やはりトラップの類いは設置されていないようだ。
「……」
近くに人の気配はない。
さらには電子機器の類いもないように感じられる。
これだけしんとした森の中、範囲は広くはないが電子音があれば俺の耳が拾うだろう。
ガイも何も言わない。
五感はガイの方が優れているだろうから、異変があればすぐに気付くだろう。
「ガイ。何かあればすぐに言ってくれ」
「了解。今は問題ない」
「よし。では進もう」
お墨付きをいただいた所で先に進むとしよう。
とはいえ、全てをガイに任せることはなく、俺自身も索敵は常にし続けるが。
「でも、奴らのアジトのはずなのにずいぶん警備が薄いんですね」
ケビンが周囲をキョロキョロと警戒しながら呟く。
いつの間にかデカいリュックからライフルを取り出して組み立てていた。
レミントンの類いだろうが、独自のカスタムをしていて銃の種類は分からない。スコープをつけているから狙撃メインの中距離域タイプといったところか。ケビンなら近距離戦でも難なく取り回し出来そうだ。
「だからこそ、これまでアジトの場所が知られることがなかったとも言えるのかもな。
核心に迫らなければ捨て置くスタイルなのかもしれん」
何せ、特安もゼットも今の今まで特定できなかったわけだからな。
「もう一個、考えられる可能性があるよ」
「なんだ?」
ガイの背から降りたジンが服の埃をパタパタと落としながら話す。
ガイは肩に担いでいたトゲ付き棍棒を持つ。
ジンはそのまま。暗器使いだから当然か。
俺も包みに入れていた二本の銃を取り出して肩に担ぎ直す。
「ボスは多分、本当に全部の戦力を俺たちの迎撃に費やすつもりなんだよ」
「……つまり見張りなんてさせずに、アジトに全戦力を集めて迎え撃つつもりってことか?」
「たぶんね。
アジトとは限らないから、もしかしたら森のどっかで足止めとか削りとかはあるかもだけど」
「なるほどな」
考えられるな。
ボスは連れ戻したあいつに異様なまでに執着している。
さらにはここに銀狼が参戦するとも考えている。俺が銀狼に依頼している可能性を考慮しているんだろうな。
銀狼はクソジジイの仇。それがボスの認識。
本当に全てをかけて俺たちを迎え撃つつもりなわけか。
「……ともあれ、ここからはもう無法地帯だ」
自然保護区という名のな。
おそらくここで銃声がした所で警察は動かないのだろう。
ここでマフィアが商売をしていることは国も承知なのだから。それがボスの組織とは知らずに。
「だからこそ、俺たちも遠慮せずやれる。
最大限注意しながら進んでいこう」
「了解っす」
「はーい」
「了解」
とはいえ、進行方向が定まっているわけではなく。連中のアジトとやらはこの一帯ではあるのだろうが、その本拠地はいったいこの広大な保護区のどこにあるのか……と、普通なら考える所だが……。
「……あっちだな」
「……ガイもそう思うか」
ガイが俺が感じていたのと同じ方向を指差した。
「え、なんでっすか?」
「へーそーなんだー」
ケビンはよく分かってないようだ。
ジンは、端から自分で考えるつもりはなさそうだ。
「……あっちは、なんか嫌な臭いがする」
「いや、意味わかんねえわ」
ガイの説明にケビンが首をかしげる。
「勾配や木々の生え方、光と影。目に映る地形などによって、心理的に人が行きたくないと考える景観が存在する。
観光地やホラー映画なんかでも考慮されている手法だ。また、意図的に視線誘導して見られたくない方に目を向かせないようにしたりもする。
ガイが指差した方向は言ってしまえば、モノを隠すのに適した風景といえる。普通の人なら意図せず向かおうとは思わない方向だな。
あと、単純に微かに血の臭いがする。
ガイは本能的にそれらを感じ取ったんだろう」
「……だろう」
ま、本人に自覚はないがな。
「……いや、ぜんぜん分かんねっす」
ケビンが鼻をひくつかせたあと、呆れたように首を横に振った。
前半の説明はまだしも、血の臭い云々は感じ取れなかったようだ。
「やめときなー。一般人が理解しようと思うのは無駄だから。
俺らは動物レベルの感覚じゃないからね」
失礼な。
俺をこいつらと一緒にするな。
「あー、たしかにー」
「おい。ケビン」
「あ、なんでもないっす」
よし。こいつはあとで殺そう。
「……」
こいつらと一緒に、か。
あいつも、動物並みの感覚だったな……。
「……とにかく行くぞ。
方向は定まった。
ゼットの話では山を丸ごとアジトとして使っているらしいからな。
この方向に進んで、その先にある山をしらみ潰しに調べていくぞ」
「なかなか骨が折れますねー」
「へーい」
「了解」
かくして、俺たちはしんとした森の中を慎重に、かつ迅速に進んでいった。
広大な自然保護区でボスが潜む一ヶ所を見つけるのはずいぶん時間がかかりそうだ……と、思っていたが、それは存外早く俺たちの前に姿を現した。
「はー。しんどー」
ケビンがわざとらしく汗を拭く動作を見せた。
訓練を受けた特安の人間がこの程度で疲れるはずがない。ケビンなりに不満を漏らしているだけだろう。
俺たちは坂を上っていた。
フェンスを越え、当たりをつけて直進してきた俺たちだが、だんだんと道の勾配がキツくなり、今や完全に上り坂を進む形となった。
「もう少しで坂を上りきる。
そこから、先を見通すことができるはずだ」
先を見通して、すぐにアジトを特定できればいいんだがな。
「よーし。頑張れ俺ー」
ケビンは鼻息荒く進んでいく。
ケビンなりに場を落ち着かせているのだろうか。
現場の緊張感は隊長が作る。
ケビンは逆に、普段こうして隊員たちの緊張を解しているのかもしれない。
「はー。着いたー!」
そうして、俺たちは坂の頂上にたどり着いた。
「……おーまいがー」
が、その先の景色を見たケビンが途方に暮れた表情をした。
「……なかなか壮大な景観だな」
眼下に広がるのは一面の森といくつかの小高い山々。山、というよりは丘に近いかもしれない。
どうやら俺たちが今いるここが、このあたりで最も標高の高い場所らしい。
ここから坂を降りて再び森に入る形になる。
「こんなかからアジトになってる小山を探すの? ダルくない?」
「いや、マジで同意だわー」
ジンとケビンが項垂れる。
ケビンはまだしも、ジンは途中からガイにおぶってもらっていたから文句を言う筋合いはないだろ。
「……いや、どうやらその心配はないようだぞ」
「へ?」
だが、やる気をなくすことはないと言ってやる。
「……かなりの数だな」
どうやらガイにも見えたらしい。
「ああ」
もう探す必要はないようだ。
「あっちの方向だ。
目を凝らして見てみろ。
向こうはまだこちらに気付いてない。
バレないようにな」
「んー?」
ケビンが身を屈めながら、俺が指差した方向に目を凝らす。
「……うわー。なんか多くないっすか?」
どうやらケビンも見えるようだ。
常人には見えない距離のはずだが、さすがはイーグルアイだな。
「あれ、何人ぐらいるの?」
いつの間にかガイの背から降りていたジンは双眼鏡を使って確認していた。
手ぶらだったはずだが、いったいどこにそんなものをしまっていたのか。
「……全部で九十三人だな」
坂を下って真っ直ぐ進んだずいぶん先。
そこにある小高い小山の手前に、武装した男たちが森に潜むようにして待ち構えていた。
完全記憶能力を持つ俺には連中の数を正確に言い当てることができる。
「大量だなー」
ジンが呆れたように双眼鏡から目を離した。
双眼鏡を使っても、何やら大勢の人間がいる程度しか判別がつかないから自分で見るのは諦めたようだ。
俺やガイと同じように肉眼で連中を捉えたケビンもなかなかにタガが外れていると言える。
「……ボスの組織には、あれほどの戦力があったのか?」
表で迎え撃つ、いわゆる迎撃要員だけであの数。
組織はどれほどの総戦力を保有しているのか。
初っぱなからあれだけの人数を投入できるとなると、正直、やり方を検討せざるを得ないぞ。
「んー。あいつらの内訳は? どんな人がいるの?」
「……そうだな」
ジンに尋ねられて、改めて連中に目を凝らす。
「……九十三人中、八十人はその辺のごろつきのように思える。雰囲気からも、いかにもな野蛮な男どもって感じだ」
このあたりは何人いようと敵ではないだろう。
「……で、残りの十三人。
こいつらは少年少女だな。大人どもを補完するようにまばらに立っている。
……どいつもこいつも目に光がなく、ぶれずにただ一点を見つめてやがる」
大人たちよりもこいつらの方がよっぽど危険だ。
「あー、それは『箱庭』の奴らだねー」
「……あれが、か」
予想はしていたが、まるで完璧に訓練された軍隊のような出で立ち。
「ごろつきどもはただの傭兵だろうね。数合わせで金で集めただけじゃないかな。
ボスの組織はけっこう少数精鋭なとこがあったから、あんなチンピラ崩れみたいな連中はいないはずだもん。
敷地が広いから数で防衛させて、とりあえず俺たちが来たことを報せる役目が必要だったんじゃない?」
「なるほどな」
本命は少年たち、というわけか。
「……あの子供たち、なんか『ホーム』で育てられてたっていう子供たちとはずいぶん様子が違いますね」
「!」
ケビンがジンから双眼鏡を借りて連中をじっと見つめていた。
あまり注視しすぎると『箱庭』の連中に、その視線に気付かれてしまうかもしれないが、ケビンはそんなヘマはしないか。
「……お前は、『ホーム』の人間のことに詳しいのか?」
それよりも、特安の人間は『ホーム』の子供たちの特徴とやらを把握しているというのか。
俺がほぼ全滅させたというのに。
「いや、生き残りに関する調書が少しあるだけなんですけどね。
博士が育てた『ホーム』の子供たちにはもう少し情緒というか、感情があったらしくて」
「ま、俺たちがそうだもんな」
ジンがガイと視線を合わせる。
彼らが『ホーム』の出身であることは特安も把握済みだ。
「そうそう。
なんていうか、表社会でも生きていけそうなコミュ力はある、みたいな。
ガイも、あいつらほどじゃないじゃん?」
「……そうだといいけどな」
「そうなんだよ」
「……そうか」
ケビンにそう言われ、心なしか嬉しそうにしているガイ。
そういうところなのだろう。
「『箱庭』って、ボスが『ホーム』の真似をして作ったんですよね?
それにしては作品の出来が違いすぎるなーと」
作品、ね。たしかにその通りだな。
「お前も知っているだろうが、『ホーム』に関する情報はほとんど残っていない」
俺が焼いたからな。
「だからボスは自身の抱くイメージでそれを模倣するしかなかった。
その結果、自分の思い通りに動く忠実な兵隊を造る場所になった、というところだろう」
「あー、なるほどー」
あとは、ボスは自分以外の人間を旧人類として蔑んでいるというのもあるのだろうな。
自分が完璧にコントロールしてやらないと駄目な存在。
だから感情を奪い、心を殺し、ただ自分の命令に従うだけの機械のような人間を造ろうとしたのだろう。
「それは博士の考えとはまったく違うのにね。
あの人は、人の本当の強さは心から生まれるって考えてた。
だから俺たちは心や感情を残したまま育てられたんだ。
育てて壊して成長させて。
ま、それはそれでけっこうな地獄だったけどねー」
その壊す段階で何人が本当に壊れたか、だからな。
ボスとクソジジイ、結局はどちらもやってることはクソなんだよ。
「……あいつらは、育てられたというり、造られた連中だ」
「……そうだな」
結局はガイの言うことがもっともだろう。
ただボスの命令を実行するだけの機械。
それが『箱庭』の連中だ。
「……だから、容赦はするなよ、ケビン」
「……」
ケビンもプロだ。相手が子供だからと手を鈍らせるような奴ではないだろうが。
「……平気っすよ。
仕事は仕事です。
あいつらを世に放てば俺の家族も危険に晒されるかもしれない。
そう思えば、俺の手が鈍ることはないです」
「そうか……」
いらぬ心配だったな。
これはとっくに特安の、プロの人間の目だ。
「んじゃ、殲滅ってことで。
どうするー? 全部爆発させてぶっ飛ばすー?」
ジンの軽さが場の雰囲気を軽くする。
ケビンと良いバランスを取ってくれている。
「あ、グレネードランチャーならあるっすよ」
いや、なんであるんだよ。
そのリュックは四次元なのか?
「いや、広範囲爆発は駄目だ。
そもそも山火事になったらシャレにならんし、撃ち漏らしが噴煙に紛れて散らばっても面倒だ。
あいつらは残さず始末したい。
アジトに突入したあとに、連中の生き残りが戻ってきて挟み撃ちにされる事態は避けたいからな」
「なーる」
「じゃあ、どうします?」
「下手な小細工はいらない」
やることは決まっている。
「……正面突破だ」
おまけ
「にしても、毎日どんどん花が増えていくわね、この部屋も」
ローズの病室に溢れる花々を眺めてリザが呆れたようにため息を漏らす。
「しょうがないじゃない。
ロイのバカが毎日持ってくるんだもん」
ローズはそれに照れながら返した。
「のわりには嬉しそうじゃない」
リザはそんなローズをじとっと睨んだ。
「そ、そうかしら」
「……ま、いいけどねー」
気恥ずかしそうな、でも幸せそうなローズにリザも口角を上げる。
「……私も、幸せになっていいのかな」
「ん?」
が、ローズはすぐにその表情を曇らせた。
「……私たちって、もともと殺し屋じゃない?
人に言えないようなこともしてきたし、されてきた。
……こんな人殺しが、幸せなんて……」
「……ばーか」
「んにゃ?」
リザは俯くローズの頭に優しくぽんと手を置いた。
「……誰も、今の貴女を見て幸せになるな、なんて言わないわよ」
「……そう、かな」
「そうよ」
「……そっか」
躊躇いなく頷いたリザに、ローズも嬉しそうに頷いた。
「……リザも、幸せになってね」
「……私は……」
「私に言っといて貴女はなし、なんてバカなことは言わないわよね?」
「……分かったわよ」
自分にはそんな資格なんて……と答えようとしていたリザだが、ローズに言われてふっと肩の力を抜いた。
「あのバカがやること終えて帰ってきたら、まあ頑張ってみるわ」
「うん、頑張れ」
リザとローズはそう言って互いに笑い合った。
「……そういえば、どうして鉢植えに入った花ばかりなの?
たしか、そういうのって縁起が悪いからって忌避されるんじゃなかったかしら?」
病室を彩る色とりどりの花を再び目をやり、鉢植えばかりのそれらにリザは首をかしげた。
「……えーと、いつまでもここに、この屋敷にいてもらえるように、ってことらしいわ」
「……ほんっと、男ってバカよね」
「でも、そこがいいのよね」
「……否定はしないわ」
そうして、病室に二人の笑い声が響くのだった。