35.梟は鷹と狼に挟まれる。そしてまた、新たな扉は開かれる。
「……完全に燃え尽きてるな」
焼け落ちた調べ屋マウロの自宅。イブの住んでいた家。
柱なんかは残っているものもあるが、ほとんど焼け炭しかない全焼といっていいレベルの崩れ具合だ。
「調べるにも、調べる所がないですよねー」
焼け跡をざくざくと進みながらケビンがぼやく。
特安の上層部から調査を命じられたのだろうが、これでは何も出てこないだろう。
俺たち以外にも火災関連を捜査する警官や鑑識なんかもいる。初動捜査はもう終えているようで、好きに調べていいらしい。
こんな焼け野原、ざっと調べて何も出なければ、あとは書類を書くだけだと思っているのだろう。実際、空き家だったしな。
まあ、おそらく放火なのだろうから念入りな捜査は必要だろうが、死人も出ていない空き家への放火は忙しい警察からしたら後回しにされやすい。
俺たちに好きに調べていいと言ったのもそれ故だろう。
「……この家には地下室の類いもなかったよな」
「そうっすねー。だからこの家にあったものは全部燃えたと言っていいと思います。
燃え尽きる前に近所の住人から通報があって警察も消防も到着してるんで、更地にしてから調べるのは不可能だったでしょうしね」
「……つまり、調べるとしたら火を放つ前、ということか」
「……ま、そうなりますかねー」
ケビンと声を潜めて確認し合う。
俺たち以外の警察関係者はこの放火の犯人が裏の組織の人間だと知らない。
だから、この空き家に侵入していた人間がいるとも、隠滅するために火を放ったとも思ってはいないだろう。
まあ、ケビンもマウロのメモリースティックのことは知らないのだが、特安の監視が外れてすぐの犯行ということである程度の予想はしているようだ。特安が把握しているのなら俺がわざわざ現場の警官に状況を話す必要はないだろう。
それに特安なら、この家を調べに来た者が過去にいたであろうことも把握しているだろうしな。
だが、大方そいつを泳がせて根城を、などと考えて捕捉しようとしたが、ボスの方はどうなっても問題ないような奴に捜索をさせていたから、特安はたとえ侵入者を捕らえても泳がせてもボスのアジトを知るには至っていないといった所だろう。
そして、ボスは壊し屋が銀狼にやられたと分かるとすぐにその噂を流し、特安の監視を外した上でここに人を行かせ、最後に改めて捜索させたあとに火を放った、といった所か。
さんざん調べて何もなかったんだ。今回もそうだったのだろう。
もしもそのメモリースティックとやらに俺の情報も入っていたのなら、ボスの行動力なら俺が自宅に戻る前にリザたちが襲撃されていただろうしな。
「……」
焼け跡の上を歩く。
音の反響からも地下に空間がないことは明らか。金庫などの不燃物もない。
やはりここにはもう何もないのだろう。
……マウロは、いったいどこに自らが集めた情報を隠したのか……。
ボスの念の入れよう、マウロはかなり重要な情報を扱っていたと見える。
ボスか俺か、それを先に入手した方が先手を取れると見ていいか。
「!」
その時、俺に着信が入った。
リザからだった。
「悪い。電話だ」
「はいっすー」
ケビンに任せて現場から出る。
「どうした?」
「あ、ごめんね。仕事中に」
「いや、構わない」
焦った様子はない。
緊急の事態という訳ではないようだ。
リザは妻のマリアと仲が良かった。
その延長で当時から俺とも親交があったから、警官の時の俺にリザから連絡があっても問題はない。
今は特に、俺が仕事で不在時にリザにイブの面倒を見てもらっているという大義名分があるから尚更だろう。
俺がイブを引き取ることを渋っていた上司を諭す言い訳にも存分に使わせてもらった。
「ちょっと仕事の確認をしてたんだけど、少し気になるものがあって、ジョセフに相談したかったのよ」
「……そうか」
仕事の確認、とは銀狼への依頼のことだ。
依頼の中に不審なものでもあったか。
このタイミングで特安がダミー依頼を出す余裕もないだろうし、どんなものだろうか。
リザは表向きはフリーのライターということになっている。その際に法関係をメインに俺に相談をしているということにしている。
フリーならば時間の自由が効くし、情報関係に長けていても不自然ではないからな。
なので、今回のような内容を公の場で電話で話していても何ら問題はない。
「……!」
その時、俺はふと奴の輪郭を捉えた。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない。
分かった。仕事を早めに切り上げて、終わり次第帰ることにする」
「ごめんね。ありがとう」
「ああ、じゃあな」
電話を切り、ケビンのもとに戻る。
「大丈夫っすか?」
ケビンがこちらを見ずに尋ねてくる。
儀礼的なもので、本当に興味はなさそうな雰囲気。俺のことを特段、怪しんではいないようだ。
「ああ。リザからだ。
イブが少し体調が良くないそうだから、出来たら早めに帰ってきてほしいそうだ」
「ええっ!?
それは大変だ!!」
「!」
だが、俺が適当にでっち上げた内容を話すと、ケビンは急にこちらを向いて心配そうな表情を見せた。
「今日、警部は非番なんだし、あとは俺がやっとくんで警部はもう帰ってください!」
「お、おお」
いつになくぐいぐい来るな。
俺にいられると不都合なことでもあるのだろうか。
……いや、そんな感じじゃないな。
「家族は大事っす!
家族のために仕事してるんですから、家族の一大事に側にいられないのなら、そんな仕事はやる必要ないっすよ!」
「……」
ああそうか。
こいつはそういう奴だったな。
病弱な母親に代わって、幼い兄弟たちのために生活費と母親の治療費を稼ぐ。
だから、イブの体調不良にこんなにも親身になるのか。
実際はパンケーキ食いすぎて気持ち悪くなるぐらいには元気だから申し訳なくなるな。
「……そうか。悪い。
じゃあ、そうさせてもらう」
「うっす! お任せください!」
笑顔で敬礼。
いまいち掴めない奴な上に特安の人間だから信用するわけにもいかないが、こういう所に関しては信頼していいのだろうな。
「一応、明日の朝に報告だけ上げてくれ。
俺の方からも上に報告書を出さないといけないからな」
「了解っす!!」
ケビンの言葉に甘えて現場を後にする。
どうせ人がいなくなった深夜に特安の捜査も入るのだろう。
ケビン以外にも特安と思しき警官がいた。深夜の見張りになる奴もそうなのだろう。
どうせその特安による捜査の報告をケビンが俺に伝えることはないが、形だけでも報告書は必要だ。
「……」
ざっと確認したところ、やはり何の成果も得られなそうだった。
俺が改めてここを調べに来る必要はないだろう。見張りもついているしな。
「……」
表情を変えずに歩く。
リザとの電話の際、一瞬だけ聞き耳を立てようとするカイトの気配を察知した。
カイトはすぐにマズいと判断してやめていたが、その一瞬を見逃してやるほど甘くはない。
これでカイトの位置は捕捉できた。
俺の感知圏外に出るまで、もう俺から逃れることは出来ない。
「……」
相変わらず存在感が酷く稀薄だ。
この尾行技術には脱帽せざるを得ない。
一瞬の油断がなければ、俺でさえカイトの位置を正確に把握できないのだからな。
カイトが油断したのは俺の電話のせいだけではないだろう。
カイトもまた、自分を見張る存在に気付いているはず。
スナイパーライフル(おそらくだが)で自分を監視されながら、俺のことを俺に気付かれないように監視する。
それは相当なストレスだろう。
カイトが俺に居場所を気付かれるのも仕方ないというものだ。
「……」
そして、カイトの位置が分かれば自ずとその監視者の位置も予想がつく。
鷹の目。スコープ越しの監視。
鷹は、今回はあまり動く気はないのだろう。
路地に入り込まれて見失っても構わないぐらいの感覚なのかもしれない。まずは様子見といった所か。
あるいは、監視に気付いて隠れようとするかどうかを視ているのか。
「……」
頭の中に地図を浮かべる。
自分の位置。カイトの位置。
その両方を監視できる背の高い建物……西に八百メートル地点にあるビルの屋上、か。
「……!」
その瞬間。
本当に一瞬だけ、鷹が俺をスコープで視たのを感じ取る。
もちろん視線は送らない。そのまま何気なく歩き続ける。
「……」
当たりをつけたビルの屋上。
殺気はない。
やはり監視のみのようだ。
だが、かなりの熟練者だ。
おそらく、俺が居場所に気付いたことにも勘づいたか?
カイトはどちらも気付いていない。俺が鷹の居場所に気付いたことも、鷹がそれに気付いたことも。
鷹は、狙撃手は相当の手練れ。
間違いなくその筋のプロ。
そんな奴と俺とに板挟みになっているカイトにはさすがに同情するな。
「……」
ともあれ、何もしてこないなら無意味に意識することもないだろう。
好きに監視させておけばいい。
今回、気付いたのはたまたま。そう思ってくれれば重畳。
「……ふう」
だが、実際問題としてどうにかしなければならないのは事実だ。
思わず溜め息が出る。
ゼットにも同じように監視がつくのなら、俺は再び銀狼として動く機会を失ったことになる。
マウロのメモリースティックも探さなければならない上に、銀狼として動く策も考えなければならない。
それにリザの言っていた気になる依頼というのもある。
大きく動いた代償か。
奴らの幹部である壊し屋を排除できたのは大きいが、そのせいで同時多発的にやらなければならない事項が発生してしまった。
「……」
まあ、仕方あるまい。
ひとつひとつを確実に対処していくしかない。
「……」
まずは早く帰途につき、リザから内容の確認をするとしよう。
そしてゼットからの忠告も共有して対策を打っていこう。
そうして俺は足早に自宅へと戻ったのだった。
「……」
スコープを覗く黒い瞳。
長い睫毛が風でパタパタと揺れる。
ポニーテールにした、長くて美しい黒髪がさらりとライフルに流れる。
「……凄い」
セーラー服姿でビルの屋上に寝そべるマドカは、スナイパーライフルのスコープ越しにポツリと呟いた。
寝そべる床には布が敷かれ、傍らにはギターケースが置かれている。
使用されるスナイパーライフルはシュタイヤーSSG69。現在は取り付けられているが、末尾部分が取り外しできるように改造してあるようだ。
「……一瞬、視線を向けただけなのに、あの人は多分ここに私がいるって気付いた」
スナイパーライフルのスコープ越しであっても直接的に視線を向けない。
マドカは監視の際、特にその点には気を付けていた。
カイトをメインで見張れとのお達しだったのもあって、マドカは常にカイトとジョセフの間にスコープを置き、そのどちらをも監視できるようにしていた。
カイトは監視されていることにすぐに気付くだろうが、気付かれた方が撒かれることはなくなるだろうとマドカは考えていた。
カイトや紳士がちゃんと仕事をしているか、裏切っていないかを監視するのがマドカの仕事。
ならば、それに気付いてくれた方が彼らは自分の監視から逃れるような馬鹿な真似はしないだろう。
マドカはそう考えてカイトにわざと気付かせたのだ。
「……思ってたよりも手練れ。
これは確かにカイトには荷が重い」
だが、ジョセフに関しては別だった。
二重監視。それはジョセフには不信感しか与えないだろう。
最悪、警官という立場を使ってカイトや自分を逮捕しに来るかもしれない。それはなかなかに面倒。
相手はおそらく、あえてカイトを泳がせている。
だが、面倒が過ぎれば排除に動くだろう。
ならば自分の存在はジョセフに気付かれてはならない。
マドカはそう考えて細心の注意を払っていたのだが、その目論見はすぐに崩れてしまった。
「……さすがは悪徳武闘派警官、か。
でも、あの人は私が気付いたことに気付いてるはずなのに知らんぷりしてる。
カイトにはそれに気付かれずに、へまをせずに仕事をしろってこと、かな」
マドカは紳士経由でジョセフの情報を聞き及んでいた。
裏の人間からも情報を仕入れて捜査を行う警官。必要な情報を得るためなら金も払うし、それなりのことなら目も瞑るような、上手いこと警官をやっている人間。
だからそれなりに腕も立つのだと思ってはいたが、それはマドカの想像以上だったようだ。
「やましいことはないから、無害なら好きなだけ監視しろってとこかな。
……まあ、問題ない。
私の仕事はカイトと紳士の監視。
邪魔しないなら警官はどうでもいい」
マドカはすぐに考えを切り替える。
自分の目的は銀狼への復讐なのだと。
「……ボスは仕事をすればちゃんと報酬を渡す。
銀狼の情報をもらうまで、私は仕事をきちんとこなす」
マドカはボスが本当は、銀狼を自分の手で仕留めようとしていることを理解していた。
自分は当て馬なのだと。
どうせ銀狼には勝てない。手傷でも与えれば御の字だ。
ボスがそう考えているであろうこともマドカは理解していた。
だが、
「……手傷なんかで済まさない。
私を甘く見たボスが悪い。
当て馬が銀狼を殺してやる。
それでボスが怒って私を殺そうがどうでもいい。
私はもう、銀狼を殺せさえすればそれでいい。
それ以外に、私の生きる目的はない……」
マドカは自身の心に燻る青い炎をスコープの向こうに漏らさないように懸命に抑えた。
「……あ、明日の宿題やってない」
が、その炎はすぐに現実を前に姿を隠す。
目の前の現実的な問題にマドカは辟易する。
「……はぁ。あの人、早く家に帰ってくんないかな」
ジョセフが家路に着けばマドカは帰宅する。そして翌日には学校に行く。そのあとにこの仕事。
実はジョセフには銀狼として動く時間は十分にあるのだが、彼がそれを知るのはずいぶん先だった。
「……また食ってんのか」
「ウマ! うままままままっ! ウマまっ!!」
「おかえり」
家に着くと、再びパンケーキ製造マシンと化したリザと、パンケーキ摂取マシンとなったイブが俺を出迎えた。
さすがに与えすぎではないだろうか。
あまり甘やかすなとリザにあとで注意しておくか。
「……それで?
気になる依頼とはなんだ?」
「あ、うん」
上着を脱いでネクタイを緩め、ソファーに座ってリザに話を聞く。
リザは手を止めて手を洗うと、パタパタとこちらにやってきた。
イブは不満そうだったが、その山盛りパンケーキがあればもう十分すぎるだろう。
「これなんだけど……」
「ん」
情報をまとめた書類を受け取る。
俺が着く前に準備しておいてくれたようだ。
リザはそのままソファーの向かい、イブの隣に着席する。
イブに関しては……
「うままままままっ!」
……言わずもがなだろう。
「……ふむ」
書類は何枚かあった。
最初のページに目を落とす。
そこには依頼人の情報と依頼内容が書かれていた。
銀狼は基本的に依頼人の素性や依頼の背景を詮索しないが、そこに違和感があれば当然精査する。
だいたいはリザが見繕ってくれるが、判断に迷う時は必ず俺に相談するようにしてもらっている。
依頼人は資産家の当主。まだ二代目。成り上がりだ。
依頼内容は、『娘を拐った誘拐犯を始末してほしい』というもの。
誘拐犯は、目星はついているが居場所は分からないという。おまけに娘の安否も不明。
「……これは俺の仕事じゃないな」
まだ未解決の事件。
こんなのは警察案件だ。
というか、娘の安否もまだ分かっていないのに、よく殺し屋なんかに誘拐犯の始末を依頼できたものだな。
「……特に問題がありそうな依頼人ではないが、警察には言えない事情でもあるのか?」
次のページには依頼人の詳細が記載されていた。
それなりに危ない橋は渡っているようだが、特段警察に責められるようなことはなさそうだ。
「……たぶん、目星がついてるっていう誘拐犯が問題なんだと思う」
「!」
俺の理解がそこまで及んだのを見計らってリザが進言する。
ページをめくると、今度は誘拐犯らしい男の情報が書かれていた。
「……こいつは」
「……私たちの世界では有名人よね。悪い方で、だけど」
リザが心底軽蔑したような顔をする。
「……解体屋、か」
「なんそれ?」
「……知らないのか?」
イブがこてんと首をかしげる。
壊し屋の情報では、解体屋はボスの組織に所属しているはず。
そこにいたイブが知らないはずがないのだが。
「もしかして、ボスのとこにいる奴なん?
たぶん、ヤバい奴はボスが『箱庭』には近付けさせないようにしてたから、私が知らないってことはそういう奴なんだと思うで」
「なるほどな……」
「それに関してだけは英断ね」
リザがうんうんと頷く。それには俺も同意する。
「どんだけやねん」
「……こいつはな、若い女性に対して異常な性癖を持っているんだよ」
「あー、解体屋、ね。理解理解」
今の説明だけで何となく理解したようだ。
イブには今さらオブラートに包む必要もないだろう。
この世界で生きるように教育されているのなら、そういったことに関する知識は教えられているはずだ。
解体屋のようなヤバい奴を遠ざけるぐらいだから経験という意味では知らないのだろうが。
「基本的には、名前の通り解体が主な仕事だ。
そしてこいつは、文字通り何でも解体する。
建物でも、人でも、な。
得意は爆薬の類いの扱い。
ショッピングセンターを吹き飛ばした爆弾もこいつの手製だろう」
……つまり、実質的な俺の仇の一人とも言える。
「んで、コレは警察じゃ厳しいの?」
「警察が動きたがらない相手、ではあるな。
警察でも、こいつのバックに面倒な組織があるという情報は把握している。
警官隊が突っ込んでいったら情報操作されていて、まとめて吹き飛ばされて全滅、なんてこともある。
本来であれば特安の扱いなんだが、あいつらは今は忙しいから誘拐事件程度に手を出してきたりはしないだろうな。
あとは、単純に依頼人が『警察に言ったら人質も家も全部爆破する』と脅されている可能性もあるな」
「なかなか絶妙な塩梅よね。警察は動くのを嫌がるけど特安が動くほどでもない。
ホンット、嫌な男……」
リザが心底嫌悪した表情をしている。
解体屋は若い女を生きたまま、犯しながら少しずつ解体していくことに快感を覚える本物のクズだ。
リザが嫌悪するのも当然だろう。
「んじゃー、どないするん?」
「最初に言っただろ。俺の仕事じゃない。
殺し屋に依頼するぐらいだから藁にもすがる思いなのだろうが、銀狼としての仕事の範疇ではない依頼を受けることはない」
「まー、そーか。どんまいやね」
イブはこういう時に感傷的になることはない。
殺し屋が慈善事業などではないことを理解しているのだろう。
正直、個人的には解体屋は今すぐにでも殺してしまいたいが、銀狼は依頼がなければ動かない。
俺が銀狼である目的は奴らを殺すことだが、解体屋はその中でも端役に過ぎない。
大局を見誤るわけにはいかない。
ボスを、奴の組織ごと全て潰す。
それまでは俺が銀狼であることを露見させるわけにはいかない。
このタイミング。これさえボスの采配である可能性もある。
ただでさえ俺は今、二重監視をされている身。
そもそも、まずは監視の対策をしないことには依頼を受けることも出来ないのだ。
誘拐された娘には悪いが、せめて解体屋が痕跡の一つでも残してくれればといった所だな。
「……あのね、ジョセフ」
「ん?」
リザがなんだか神妙な顔つきでポツリと呟いた。
「……助けられるなら、助けて、あげたいの……」
「……」
リザがそんなことを言うなど珍しい。
銀狼の決定に異議を唱えること自体、初めてではないか?
「分かってる……今は銀狼が動けないことも、動く理由がないことも、全部……全部分かってるのよ……」
「……」
分かっている上で、ということか。
「……だから、あのね……私に、ちょっと考えがあるの……」
「考え?」
リザがチラリとイブの方を見る。
イブはソファーに頭が着きそうなほど首をかしげていた。
「……あの人の力を、借りようと思うの」
「……あの人?」
おまけ
「……マジかー」
ジョセフを尾行するカイトはすぐにその違和感に気が付いた。
「いやいや、ライフルのスコープで監視て。生きた心地しないんだけどー」
完璧に気配を消してジョセフを尾行する自分をすぐに捕捉する。
そんな腕前の持ち主に常に狙われている環境下で、とんでも警官であるジョセフを尾行することにカイトは辟易していた。
「……紳士もすぐ気付くだろうけど、あの人はあんま気にしなそうだなー。『いつも通り振る舞えばいいのさ。仕事さえしていれば撃たれることもないだろう』とか、普通に言ってきそうだもん」
常人とは思えない感覚の人間が多いことにカイトはもはや呆れていた。
「やれやれ。一般人からこっちの世界に飛び込んだ身ではついていけんす」
参った参ったと言いながら、カイトはのんびりとパンを齧り、水を飲む。
そんな環境下にも馴染んでしまった自分には気付いていないようだ。
「ま、仕事は仕事か。
金払いはいいしな、ボスは」
そんな独り言をぼやきながらも、カイトはジョセフに居場所を悟られないよう細心の注意を払っていた。
うにゃーん。
「ん? にゃんこか。
パン食うか?」
その時、足元を一匹の猫が通り、カイトはくわえていたパンをちぎって猫に与えようとした。
うにゃっ!!
「うわっ!?」
しかし猫はちぎった方ではなく、カイトに飛びかかって本体の大きい方のパンをくわえて、ひらりと着地したのだった。
「あ、こらっ!」
カイトは慌てて猫を追いかけようとするが、猫はあっという間に走り去ってしまった。
「くそー! 泥棒猫~!!」
カイトが両手を挙げてプンプンと怒る。
その間に、ジョセフはいつの間にか電話をしていた。
「おっと、仕事仕事……て、やべっ!」
カイトは慌てて電話の内容を聞き取ろうとしたが、ジョセフはそれに勘づくであろうことを思い出して慌てて気配を抑えた。
「……バレたかなー。バレてないよねー。気付いてないよねー」
ジョセフは十中八九自分の居場所を把握しただろうが、カイトはそれをなかったことにして尾行を続けるのだった。
「……なにしてんだか」
それを見ていたマドカが呆れて一瞬だけ引き金を引こうとしたことをカイトは知らない。