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34.燃え盛る炎はいつか狼をも焼き尽くすのか。

「……は? 死んだ?」


「そうだ……」


 某所。

 部屋の一室には、ボスと解体(バラシ)屋。そしてマドカの三人の姿があった。

 ボスとマドカはソファーに向かい合わせに座り、解体(バラシ)屋は部屋の隅で様子を窺っていた。


「……意味が分からない。

 何を言ってるの? 壊し屋が死んだ?

 そんなことありえないわ」 


 マドカは猫のような目を大きく見開き、輝きのない黒の瞳で最大限の驚きを表現していた。


「……信じられない気持ちは分かる。

 だが、これは事実だ」


 対するボスは酷く沈痛の面持ちでそれに応える。


「殺したのは銀狼だ」


「……銀、狼……」


「……」


 ボスはその名を聞いたマドカに静かで冷たい空気が流れたのを感じた。


「……奴は卑劣にも、卑怯な手で壊し屋を呼び出して何人もの仲間で壊し屋を囲った。

 壊し屋は罠だと知りながら単身でそこに向かったんだ。

 そして勇敢にも一人で立ち向かったが、相手は最強の殺し屋と名高い銀狼だ。おまけに仲間を連れた、な。

 さすがの壊し屋といえど多勢に無勢。銀狼たちに捕らえられ、さんざん痛め付けられ、そして無惨にも殺されたのだ……」


 ボスは悲しみと怒りを押し殺したかのような表情を平然と作り、そう嘯いた。


「……嘘……嘘だ。ありえない……エド……壊し屋が……死ぬ、なんて……」


 マドカが取り乱しているのは一目瞭然だった。

 思わず壊し屋の真名を口に出してしまいそうなほどに。


「……遺体は何とか回収できた。

 見てみるか?

 壊されて顔は判別できないが、体つきから壊し屋だと分かるだろう」


「……いい。見たくない。

 せめて、丁重に弔ってあげて。

 家族のいるお墓に、一緒に……」


 ボスの提案をマドカは首を横にふるふると振って断る。

 表情は変わらないが、どことなく憂いを帯びているようだった。

 亡き娘の姿をマドカと重ねていた壊し屋。しかし天涯孤独のマドカもまた、その仮初めの父親を悪くは思っていなかったようだ。


「……ああ。約束しよう」


 ボスはそんな変化を見逃さない。

 せっかく灯り始めた静かで冷たい小さな青い炎。それを消させなどしない。心の涙で憎しみの炎を消させはしない、と。

 そしてボスは追い打ちをかけるように畳み掛ける。


「銀狼は俺が仕留める。壊し屋の弔い合戦だ。

 復讐は俺たちでやるから、お前は少し休め」


 燻りだした炎を大きく燃え上がらせる術を、ボスは熟知していた。

 その炎の向かう先を提示してやればいい。


「……ダメ」


「……」


 こう言えば、マドカは必ず食いついてくることをボスは理解していた。


「銀狼は私が殺す。

 誰にも譲らない。絶対に私が殺す。

 横取りは許さない。いくらボスでも許さない」


「おいおい。銀狼は俺の獲物だと言っているだろう」


 ボスは心底困ったような表情をしてみせる。

 食いついたエサを、針ごと呑ませるために。


「……ダメ。銀狼の情報が入ったら必ず私に教えて。絶対に。

 邪魔をすれば、誰だろうと……殺す」


「……」


 マドカの黒い瞳の奥に、静かに青い炎が燃え盛るのをボスは感じ取った。

 復讐の、憎しみの炎が。


「……やれやれ。分かったよ。

 銀狼の情報が入ったらお前に全て伝える。

 だが、それまでは仕事もやってもらう。それでいいな?」


 ボスは降参のポーズを取りながらそう提案した。

 本当は始めから全て決めていた流れの通りなのだが。


「……分かった。

 仕事はなに?」


 マドカは元の表情の乏しい無機質な状態に戻ってはいたが、流れるような美しい黒い髪がざわめくかのような怒気を、明らかに身の内に秘めていた。


「……なに。簡単な仕事だ。

 お前の鷹の目(ホークアイ)で観察してくれればいい」


 ボスは確かに灯ったその炎にほくそ笑むのを懸命に我慢していた。


「……始末じゃなくて観察?

 ……分かった。詳細はまたあとで。

 とりあえず学校行ってくる」


 マドカはそんなボスを見もせずに、傍らに置いてあった学生カバンとギターケースを手にすると、くるりと踵を返した。


「おいおい。こんな時まで学校に行くのか?

 しばらくは喪に服しても文句は言われんぞ?」


「……いい。行く。

 学校にはちゃんと行けって、壊し屋が言ってたから。それに委員会の仕事をするだけ。すぐに仕事に戻る」


 マドカはそのまま振り返ることもなく部屋をあとにした。


「……ああ、そうかよ」


 そんなマドカの後ろ姿を、ボスは酷く冷たい目で見送った。口角だけを上げた笑みとともに。





「……ひ、ひひ。ボ、ボス。あれで、良かったんですか?」


「あ?」


 マドカが退室すると、それまで黙っていた解体(バラシ)屋がようやくとばかりに口を開いた。

 どうやらボスから邪魔はするなと厳命されていたようだ。

 解体(バラシ)屋はマドカに嫌われているから、途中で会話に入ってきてマドカの矛先が鈍ってしまわないように。


「ぎ、銀狼は、ボスが絶対に殺すって、い、言ってたから」


「ん? あー」


 解体(バラシ)屋はいつも通りに窺うようにボスを見上げる。

 猫背で細身。ギョロリとした眼球は常に懐疑的にキョロキョロしていた。


「マドカは強いが、あいつじゃ銀狼は()れねえよ」


「え?」


 ボスは解体(バラシ)屋を一瞥だけすると、すぐにソファーにどかっと腰を下ろし直してタバコに火をつけた。

 ふーっと吐かれたタバコの煙が天井にくゆる。


「いくら俺が銀狼を殺したいと思っていても、さすがに正面きって戦って勝てるとは思ってねえ。そこまで戦況を読めないほど盲従してるわけじゃねえ。

 俺は手負いの狼を仕留めるハンターでいいんだよ。

 だから、猟犬にはせいぜい吠え散らして噛みついて、狼に手傷を与えてもらわないといけないんだ。

 まあ、壊し屋にはガッカリだったけどな。現場には銀狼のものと思われる血液さえ一滴も落ちていなかった。無傷で完勝されたってわけだ。

 まあ、死にかけのドランカーならそんなもんか」


 ボスは壊し屋への興味など完全に失ったかのようにタバコを吸った。


「つ、つまり、マドカたんは噛ませ犬……」


「そーいうこった。

 あいつはスロースターターな上にブレが酷い。『箱庭(ガーデン)』を卒業させたのはこれ以上の成長が見込めなかったからだ。

 おまけに妙に甘い所もある。一度、俺の命令に背いて子供を見逃したことがあった。今はそんなことはさせないし、しないがな」


「よ、よくそれで、ここに置いときますね」


 裏切りや命令違反は決して許さない。

 それを違えば死。

 その厳格なルールで個性的な強者たちを従えるボス。

 そんなボスが重大なルール違反をしたマドカをなお組織に置いておく、生かしておくことが解体(バラシ)屋には不思議で仕方なかった。


「……銀狼には勝てないと言ったが、それでもマドカは強い。

 少なくとも、銀狼に手傷を与えられる可能性があるほどには、な。

 そしてそれは、マドカの内なる炎が燃え盛るほど有用だ。

 あいつの中に眠る、全てを焼き尽くすほどの青い炎。

 それを余すことなく銀狼に向ければ、さすがに火傷の一つぐらいは負わせられるだろう。腕の一本でも持っていければ重畳だな」


「な、なるほど」


 ボスは薄紫の煙の奥にマドカの瞳を映す。

 真っ黒な無機質な瞳の奥に確かに宿った、青い業火を。


「……ボ、ボス。それで、あのー」


「……ん?」


 解体(バラシ)屋がそこで窺うようにボスに声をかけてきた。

 夢想に溶けていたボスはその視線を解体(バラシ)屋に向ける。


「あ、え、と、壊し屋の死体、あいつ、デカくて硬くて、その、バラすの、大変だったなー、なんて……ハハハ」


 解体(バラシ)屋は酷く怯えた様子で、それでも自分の意見をボスに伝えた。


「あー、まさか死体を見もせずに帰るとはな。マドカの炎をさらに燃やすために壊し屋の死体を壊させたが、無駄になったな。

 ああ、死体は『箱庭(ガーデン)』の研究班に回せよ。特に奴の薬物耐性に関しては解き明かしたい。まあ、残った削りカスぐらいなら妻子とともに弔ってやっていいだろう。

 どうせそいつらも同じような残りカスだからな」


 ボスは銀狼に無惨にやられたのだとマドカに見せるために、回収した壊し屋の遺体を解体(バラシ)屋に傷付けさせていた。

 顔を潰し、腕を折り、耳をちぎった。

 マドカの復讐の炎がさらに燃え上がるように。


 そして、ボスは壊し屋の遺体を丁重に弔う気などなかった。

 博士(プロフェッサー)の教育の賜物。それを研究せずに捨てるようなことはしない。

 生きていては出来ない研究もある。

 ボスは壊し屋の妻子の遺体もまた、研究の材料の一つとしていたのだ。


「わ、分かりました……そ、それで、そのー」


「ん? ああ。分かってるよ。

 報酬はいつもの倍の額をいつもの口座に振り込んでおく」


 労力をかけたのだから報酬を上げろという意味であろう解体(バラシ)屋の申し出にボスは快く応えた。

 働きには相応の報酬を。

 厳格なルールがありながら個性的な強者が彼に従うのはこういった所なのだろう。


「あ、えと、ほ、報酬は、その、い、いつも通りで、いいので……」


「あん?」


 しかし、解体(バラシ)屋は今回は報酬を上げなくていいと言う。

 ボスは想定外の発言に眉間に皺を寄せる。


「あの、えと、そろそろ、アレを……」


「ああ……ほらよ」


「わっわっ……」


 だが、解体(バラシ)屋の言わんとすることを察したボスはすぐに席を立って、近くの棚にささっていた一冊のファイルを解体(バラシ)屋に放った。


「へ、へへ。ありがとう、ございます……」


 それを慌てて受け取った解体(バラシ)屋はじつに嬉しそうにファイルをぺらぺらとめくった。


「う、うへへ。ど、どれに、しよー、かなーー」


 解体(バラシ)屋はギョロリとした目をさらにこぼれ落ちんばかりに見開いてファイルを眺めた。下卑た笑みを浮かべる口からは今にもヨダレがこぼれ落ちそうだった。


「一人だぞ。その中から好きなのを選べ。

 拐うのも交渉もこっちでやる。

 どうせ生かして帰すつもりはないから、拐ったらあとは、お前の好きにしろ」


「ぐへへへ。あ、ありがとうございますー。ボ、ボスに、一生ついていきますー」


 解体(バラシ)屋はファイルから一切目を離さずに、ヨダレを啜りながらいつもより大きな声でそう応えた。


「……資産家の娘として生まれたことを恨むんだな」


 ボスは軽蔑した目で解体(バラシ)屋を見下ろしたあと、タバコを吸いながらファイルに並べられた少女たちの写真を眺めた。


 組織を動かすには金がかかる。

 スポンサーもいるが、それでも金はいくらあっても足りない。

 これはその資金調達の一つ。

 資産家の娘を拐い、身代金として財産の大半を奪う。

 ボスはその手段で金を渋る奴がほとんどいないことを大いに利用していた。


「……親子の愛情とやらか。馬鹿な奴らだ」


 娘の写真と一緒にファイリングされている両親の写真をボスは冷たく見下ろす。


 決して帰ってくることはない娘に自身の莫大な財産の大半を投げ出す。

 親という人種は悉く愚かだとボスは考えていた。


「……まあ、そんなもんのおかげでこっちは円滑に活動できているわけだしな。感謝しておくか」


 解体(バラシ)屋に選ばれた娘の凄惨な未来に同情するようにボスは再びタバコの煙を吐き出した。


「……壊し屋は期待外れだった。

 だが、銀狼。お前は今回大きく動いた。

 これまでよりも、大きくだ」


 ボスは解体(バラシ)屋から視線を外すと、最終目標である銀狼に向けて口角を上げた。

 頬にある傷が笑みに引きずられるようにして引きつる。


「回収した銃弾からも靴跡からもどうせ何も出ないのだろう。

 だが、お前は今回仲間を使った。

 孤高の存在だと言われていた最強の殺し屋銀狼にも、その手助けをする仲間がいる。

 それが知れただけでも十二分だ。

 壊し屋に手を出してきたことからも、あちらも俺を探していることも分かった」


 ボスは上がりきった口角をさらに引き上げ、どこまでも邪悪な笑みを隠すことなく浮かべた。


「くっくっくっ。楽しいなぁ、銀狼。

 追い追われ。先に相手を見つけて殺すのはどっちだろうなぁ。

 網は迫っているぞ。

 せいぜい捕まらないようにこそこそ逃げ回りながら、俺を見つけてみせるんだなぁ」


 ボスは火のついたタバコを自分の喉元に持っていった。

 赤く火のついたタバコの先は、ジジジと高温の熱を放っていた。


「俺の喉はここだ。

 噛みついてみせろよ、銀狼ぉっ!」


 そして、ボスは躊躇うことなく火のついたタバコの先端を自らの喉に押し付けた。

 ジュウ……と、火が肉を焼く音が室内に響く。


「俺の猟犬たちは強い! それまで死ぬなよ! 銀狼ぉっ!

 ハハ! ハハハハハハハハハッ!!!」


 そうしてボスは、天井を仰いで高らかに笑うのだった。



















「……調べ屋マウロの遺したメモリースティック、ね」


「そうだ」


「ウマ! ウマママママッ!!」


 壊し屋を始末したあと、尾行を警戒していくつかの地を経由した俺はようやく自宅へと戻っていた。

 慎重に動いたから、いつの間にか日が沈んでいた。壊し屋の遺体はとっくに組織に回収されているだろう。


 家に着くと、パンケーキ製造マシンと化したリザと、パンケーキ摂取マシンと化したイブが俺を出迎えた。

 ローズはロイの所のお抱えの医者に診せるそうだ。


 そして家に着くなり、俺はことの経緯をリザに報告した。

 壊し屋を始末したことと、奴が話した内容について。


「ボスに関する情報を得られなかったのは残念だけど、それは重要な情報ね」


 リザはパンケーキを量産しながらも俺の話した内容をすでに自分の中で精査したようだ。

 情報屋として数多の情報を日々、精査しているリザは情報処理能力に長けている。


「ああ。マウロのメモリースティックは何としても奴らより先に手に入れなければならない」


 それにはボスたちの情報のみならず、銀狼に関する情報もあるらしいからな。


「イブちゃん。イブちゃんは何か知らない?」


「うむにゃ?」


「はいはい。クリームすごいことになってるわよ」


「わぷぷっ」


 リザに問われたイブは口の周りをクリームだらけにしていた。リザはその口を優しく拭ってやる。


 というか親の仇が分かったのに、こいつは特にそれを気にした様子がないな。

 ある程度そうだとは思っていたのだろうか。


「んー、分からん。

 パパからは何も聞いてないし、あの家からはなんも持ってきてないからのう」


「そうよねー」


 まあ、そうだろうな。

 イブを引き取った時にあの家も、イブ自身もよく調べた。

 その時にそれらしきものは何もなかったからな。

 それにイブも嘘を言っているようには見えない。表情が乏しいからいまいち分かりにくいが、これは本当に知らないといった反応だ。


「……もう一度、あの家を調べてみるか」


 警察としては徹底的に調べたが、殺し屋目線では現場を調査していない。警察としての俺の時にあまり不審な動きは出来ないからな。

 当時はそこまで重点的に調査もしていない。銀狼としての俺も関わっていたから。


 今になって改めて調べれば、見えてくるものもあるだろう。


「あ! そうだ!

 ジョセフ、まだ知らなかったわね……」


「ん?」


 だが、そこでリザが思い出したように口を開いた。


「さっき入った情報なんだけど……」


 なんだ?

 あまりいい予感はしないが。


「あの家ね……」















「……やられたな」


 イブが過ごしていた家。

 調べ屋マウロの隠れ家。

 一家惨殺事件の現場。


 その家が、跡形もなく焼け落ちていた。


 ボスの仕業か。

 壊し屋がやられたことで、マウロのメモリースティックの存在が俺に漏れたと考え、調べられる前に燃やしたのか。

 自分たちが見つけられないのなら、いっそ丸ごと消してしまえと。

 俺への挑発のためにショッピングセンターを丸ごと吹き飛ばす奴だ。あのボスならやりかねないな。

 まだ壊し屋の遺体を確認してそこまで時間がたっていないはずなのに、動きが早すぎる。

 壊し屋が死んだと分かった時点で部下に放火を命じたのか。


「いやー、見事に全焼っすねー」


 ケビンが焼け落ちた家を呑気に眺める。

 一応、担当した事件のあった家だからと、仕事で様子を見に来たそうだ。

 俺は今日は休みだが、噂を聞いて気になって来たのだと説明してある。

 すでに消火活動は終わっており、警察による現場検証が行われていた。

 もう辺りは暗いが、野次馬と帰宅者で人通りが多かった。


「……事件後、この家はどうなっていたんだ?」


「ずーっと空き家ですね。さすがにあんな事件があっちゃ買い手なんてつかないっすよ」


「……まあ、そうだろうな」


 ボスの組織が買い上げたり、などという馬鹿な真似をするわけがないか。

 調べるなら侵入すればいいだけだ。わざわざ足跡(そくせき)を残すようなことはしないだろう。


「……特安は、ここを見張ってはいなかったのか?」


 銀狼案件の可能性もあって、かつ不審人物が侵入している可能性もある建物。

 特安も独自に現場検証しているのだろうし、要監視物件になっていてもおかしくはないだろう。


「あー……」


 ケビンは周囲をキョロキョロと見回している。

 やはり公共の場で特安の話をするのが気が引けるらしい。

 もっとも、周囲に不審な人物がいないことは確認済みだし、それはケビンも分かっているだろう。

 これは俺に対して、『自分はそれを気にしている』と示すためのポーズだ。『お前も気を付けろ』という意味も込めた。


「ショッピングセンター爆破テロ事件。銀狼の調査。それに最新の案件の調査。

 やることが多すぎて、ここは完了案件ってことでついこの間、監視が解除されたんすよ。特安はそこまで規模が大きい組織じゃないので」


「……絶好のタイミングなわけか」


 最新の案件ってのは、壊し屋死亡の噂の真偽確認だろう。

 この世界は情報が流れるのが驚くほど早い。

 闇医者。運搬業者。目撃者。スパイ。

 情報を漏らす可能性のある輩はいくらでもいる。

 とはいえこのタイミング。ボス側が意図的に噂を流した可能性もある。

 この物件から特安の監視を消すために。


「あ、すんません。ちょっと電話してきます」


「ああ……」


 そこでケビンの携帯が鳴り、電話のために場を離れた。

 おそらく特安からだろう。

 監視を外した瞬間に全焼。特安の面目丸潰れだ。

 放火した犯人を何としても見つけろとでも言われているのだろう。あいつも大変だ。


「……!」


 ケビンが俺から離れた瞬間、火災現場を眺める俺の右側から歩いてくる男の意識がこちらに向いたのを感じ取った。

 図ったようなタイミング。それまでは俺のことを気にも留めていなかったのに。


「……」


 現場を眺め続けるフリをしながら、横目でこちらに歩いてくる男のことを観察する。

 スーツを着た男性。覚えはない。中肉中背。背丈は標準よりやや高め。若くはないが年老いてもいない。俺と同年代か、やや上といった所。


「……」


 男はこちらを見ることなく近付いてくる。

 殺気の類いはない。武器も所持していないように見える。

 だが、俺のことを意識している。

 俺の前をこのまま通過するつもりのようだ。

 人通りはわりとある。さっきから俺の前を何人もの人間が通り過ぎている。それに倣っても違和感はないだろう。


「……!」


 俺は男の方は見ずに、それでも動向は意識し続けた。

 男がわずかに歩行速度を落とす。

 だが、何かをしようとする気配はない。

 こいつの目的はいったい……。


「……」


 やがて、男が俺の前を通過する。


 その瞬間。


「……あまりここに長居することはオススメしない。梟は鷹に視られているのだよ」


「!」


 男はすれ違い様に、口を動かさずに俺にそれだけを伝えた。

 そして、男はそのままどこかへと去っていった。


「……」


 表情に変化を出さないように注意する。


 腹話術。

 唇が動いたことさえ悟らせずに俺に声をかける必要があった。

 そして、あの話し方。

 あれはゼットだ。

 性別や声色だけでなく、背丈までも自由自在なのか。

 今回は香水も違う。話し方以外にあれがゼットであると判別することは不可能だろう。


「……」


 今はカイトが俺を尾行している時間だ。

 俺が自宅に戻った頃にゼットと交代しているはずだからな。

 そのカイトにさえ気付かれずに、それでも早く俺と接触する必要があった。こんなリスクを冒してまで。



『梟は鷹に視られているのだよ』



「……」


 梟は監視。つまりカイトとゼットだ。

 二人を視る、監視する存在。

 カイトとゼットは組織の人間ではない。ボスから依頼を受けて仕事をしている外の人間だ。

 そんな二人についに組織の人間による監視がついたということか。

 問題はゼットが監視の時に銀狼として動きにくくなったことだな。

 監視者がいるからゼットは俺から目を離せなくなる。そうなると俺は銀狼として動けなくなる。

 さらに鷹、というのは、ようは鷹の目。狙撃手のことだろう。

 俺を尾行しているカイトを、最低でも一キロは離れた所からスナイパーライフルのスコープ越しに監視しているわけだ。そうでなければ俺を視た瞬間に俺の注意網にかかるからな。

 尾行や調査に長けたカイトたちを問題なく監視できるほどボスの信頼の篤い存在。間違いなく手練れ。

 カイトやゼットごと撒くのは至難の業か。


 これは確かにゼットが慌てて俺に報告するわけだ。


「お待たせしましたー」


 そこに電話を終えたケビンが戻ってくる。

 ケビンは男の存在に気付いていないようだ。


「……一応、俺たちも見ておくか」


「そっすねー」


 ゼットは組織が証拠の隠滅を図ったこの場所に長居するなと言っていたが、この家の捜査に関わった警察官としては現場を見ないわけにはいかないだろう。ここで踵を返してはむしろ不自然だ。

 どうせ何も出ないのだろうが、形だけでも捜査しないわけにはいかない。

 ケビンもそれを命じられたのだろうしな。


「ま、たぶん何も出ないけどな」


「そっすねー」


 俺たちはそんな文句を言いながら、燃え尽きた現場へと足を踏み入れていった。




おまけ


「全治三ヶ月だとよ」


「やだ~」


 医師の治療を終え、ベッドに横になったローズ。

 脇につけた椅子にどかっと座ったロイが診療結果をローズに伝えると、ローズは腕を抱えてくねくねと左右に揺れてみせた。

 いつの間にかはだけた胸元がユサユサと揺れる。


「……ま、おとなしくしとくんだな」


 ロイは胸元を見ないように目をそらしながら、そっけなく釘を差した。


「……むむむー」


「……なんだよ」


 なぜかロイにだけは自分の得意な色仕掛けが通用しないことに、ローズは不服そうに頬を膨らませた。


「ロイは、私のことを女だと思ってくれないの?」


「っ!!」


 突然、自分の腕を掴んで上目遣いで目を潤ませてきたローズにロイは動揺を隠せなかった。

 命の危機に瀕し、ローズは自分の気持ちを隠すことをやめたようだ。


「……思ってるよ」


「……え?」


 そんなローズから懸命に目をそらしながら、ロイを唇を尖らせてぼそっと呟いた。


「……だからこそ、大事にしたいと思ってる」


「……お、おおう」


「……んだよ、その反応」


「あ、あはは。お姉さんは、思ったよりストレートに攻められるのに弱いみたいです」


「……顔、真っ赤だぞ」


「ロ、ロイもじゃない」


「うるせー……」


 ロイはもうずっとそっぽを向いたままだが、ローズには掴んだロイの腕が熱くなっていることが分かった。顔だけじゃなくて、全身が熱くなるほど照れているようだった。

 そして、それはローズもだった。


「……とにかく、完全に治るまではここにいろ。

 それまで、毎日来てやる」


「……わかりました」


 耳まで真っ赤なロイに、なぜか敬語になってしまうローズだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 26話から一気読みしました! やっぱり面白いです!イブちゃんかわいい! これからさらに盛り上がりそうでワクワクしてます♪ ロイとローズのやり取り、てぇてぇのです( *´艸`)
2024/04/10 17:15 退会済み
管理
[一言] ラブコメの波動を感じる( ˘ω˘ )
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