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30/64

30.狼は覚悟に義を報いて名を顕す

「……」


 雑木林の中を俺とイブとロイの三人で進む。

 隊列は一列縦隊。

 先頭から俺、ロイ、イブだ。

 ハンドシグナルで後ろの二人に指示を出す。

 ロイには最低限のサインを教えた。

 前後左右、進め、止まれ、隠れろ。だいたいそれぐらいだ。

 ロイは頭は悪い方ではないから、教えれば一度で把握してくれた。


「……」


 周囲を確認しながら、二人に前進のサインを出す。

 俺が進めば二人は淀みなくついてきた。


 一列縦隊は先頭が最も危険だ。

 そのため最も強く、かつ広範囲を索敵できて、後方に指示を出せる者がつく。

 嗅覚や聴覚でも索敵できるイブには殿(しんがり)を任せた。身軽で動きも早く、俺やロイの体の陰に隠れられるイブには適任だろう。

 ロイには左右の警戒を頼みはしたが、気配を抑えることを意識するよう強く言っておいた。

 気配といっても実際にオーラのようなものがあるわけではない。衣擦れ、匂い、呼吸、動き、人が発するありとあらゆるシグナルを総じて気配と呼んでいるのだ。

 また、人は人の視線に敏感だ。視られている、聴かれている。それを人は無意識のうちに感じ取る。それを感じ取られないように相手に向けるには相応の訓練が必要だ。

 よって、ロイには下手に探るよりは自らを抑える方に重点を置いてもらった。


「!」


 しばらく歩くと工場地帯が見えてきた。

 コンテナや倉庫。工場(こうば)が立ち並ぶ。建物の周囲の草が刈られている。やはり管理されているようだ。

 建物に近付くとなると自然の中に紛れ込むことが出来ない。とはいえ、コンテナや鉄クズの塊が散在しているので身を隠すのは難しくないだろう。


「……れっ!!」


「!」


 やがて、ひとつの建物から男の声が聴こえてきた。ロイとイブにも聴こえたようだ。


「……壊し屋の声、に似ていると思う」


 後ろを向くと、ロイが小声でそう伝えてきた。

 どうやらあの建物に壊し屋がいるようだ。


「……イブ。なんて言っていたか聞き取れたか?」


「んーとね」


 イブの聴覚は俺よりも鋭い。内容が分かれば心理状態を多少なりとも分析できるだろう。


「なんか、『黙れっ!!』みたいなことを怒鳴ってた、かな。でも、あれぐらいおっきな声じゃないとここからは内容までは聞き取れぬ」


「……そうか、十分だ」


 壊し屋は怒っている?

 いや、これはローズが煽った?

 まあ、なんにせよ、ローズはまだ生きているということだ。

 壊し屋が仲間と言い争っている可能性もなくはないが、状況的にローズだろう。おそらく壊し屋は単独だ。

 それよりも、壊し屋には怒鳴るだけの感情の起伏があるということが分かった。

 それは揺さぶれば感情が揺れるということだ。それはつまり動揺するということで、油断するということでもあり、一瞬の隙をつけるということでもある。

 人間的な感情は往々にして操りやすいとあのクソジジイも言っていたしな。


「な、なあ。早く行こうぜ」


「……」


 ロイは気が急いているようだ。

 感情が揺れている。

 だが、突っ走るのは危険だ。

 まずは状況を的確に把握する。

 突発的な行動は人質を危険に晒すことになりかねない。


「……」


「!」


 俺はロイにハンドシグナルで止まれと指示を出した。落ち着けの意味を込めてだ。

 そして、声のした建物の入口に回り込むように指示を出す。まずは姿を確認したい。


「……ちっ」


 ロイは軽く舌打ちをすると大人しく指示に従った。

 カッとなりやすくても、すぐに自らを律することの出来る男だ。

 今の指示者は俺。不服でも指示には従うのは俺を信用してくれているからだろう。

 命令系統を確立しておくことの重要性は、組織を動かす立場にあるロイだからこそよく分かるのだろう。


「……」


 そのまま静かに建物の入口が見える位置に回り込む。

 あちらは周囲への警戒が緩んでいるようだ。

 ローズがヤツを揺さぶってくれている賜物だな。

 直接目視しても気付かれることはないだろう。


「……」


 見えた。

 入口の中には二人。

 天井からの鎖で繋がれているのがローズ。どうやらまだ生きているようだ。

 その手前にもう一人。

 やたらとガタイのいい大男。腕が異常なほどに太い。

 あれが壊し屋か。


 ローズは首を掴まれている?

 一見、事態は深刻そうに見えるが、あれは……。


「ローズッ!!」


「っ!?」


 俺の横をロイがものすごい速度で抜けていった。

 反射的に掴んで止めようとしたが間に合わなかった。

 ローズが殺されると思って飛び出したのか。

 くそ。勝手なことを。


「てめえっ! ローズを離せっ!!」


「!」


 向こうに認識された。

 ならばもう止めに行くべきではない。

 ロイには悪いが、ロイが自分で言っていたように囮になってもらうしかない。


「……やれやれ。おっさん出ていっちゃったでー」


 イブも呆れた顔をしている。

 こうなったら、そうだな……。


「……イブ」


「んあ?」


 イブに指示を出す。

 予定していた動きではないが、ある程度任せてもイブは自分で動くだろう。


「かしこまりー」


 イブは小声でそう答えると、静かに雑木林に消えた。

 ロイに気を取られている壊し屋はイブにも俺にも気付かない。


「動くなっ!」


「チィッ!」


「……」


 壊し屋が走ってくるロイを声で制す。

 ローズの首にかけられた手を見て、ロイは舌打ちしながら足を止めた。


 壊し屋はローズの首に左手をかけたままで、ロイに対して右半身だけを向けるように半身(はんみ)で立った。右手は真っ直ぐ下に下ろされている。

 敵に対する接地面積を最小限に。太い腕で腹部の急所を隠す。

 なるほど。戦い慣れているな。


「ローズを離しやがれ!」


「!」


 立ち止まったロイは胸の内ポケットから銃を取り出した。


 くそ、あいつは。

 この状況で銃なんて撃ったら壊し屋の仲間にバレるというのに。おまけにサイレンサーのない銃か。

 壊し屋は人払いまでしていることからも単独なのだろうが、それでもこの廃工場を管理しているマフィア連中はどこかにいるのだろう。

 俺が探れる範囲内にはいなくとも、銃声なんてすれば間違いなくそいつらに聴こえる。


 ロイの銃はTT-30/33。通称トカレフ。安全装置さえ省いた徹底した単純構造のおかげもあって耐久性が高い。

 トカレフは比較的安価で大量に手に入りやすい。おまけに突発的に襲われる危険性があるマフィアには取り出して瞬時に使用ができて、かつ乱雑に扱っても壊れにくいトカレフは都合がいいのだろう。暴発なんて気にしない連中とも言えるが。

 基本的に俺は使わない銃だ。やはり安全装置がないとおちおち持ってもいられない。

 壊れにくくてすぐに使えると言うのならば、きちんと整備を行って、かつ使用時には安全装置を外すことを手間だと感じないほどに訓練すればいいだけの話だ。

 まあ、そういうのが面倒だから奴らはあれを使うのだろうが。


「……」


 この状況では、発砲するイコールこの場から離れなければならないということだ。つまり発砲は最終手段。

 マフィア連中がどれだけこのエリアにいるか分からない。銃声を聞きつけたそいつらが武装して押し掛ければ、いくらなんでも対処しきれない。

 その時点でローズを助けられないならば救出を諦めるしかない。


「……」


 ロイ。分かっているのか?

 お前のその行動がローズの命を危険に晒していることを。


「おいおい。やめとけよ」


「!」


 壊し屋がローズの首に手をかけたまま、ローズを盾にするように後ろに回った。


「……う」


 そのままローズを軽く持ち上げ、自身の顔や体の重要部位を守る。

 苦しいのか、ローズが苦悶の表情を浮かべる。


「……!」


 壊し屋がローズに何かを呟いている?

 ローズがそれを受けて軽く笑った、ように見えた。

 いったい何を話した?


「……てめえ。汚ねえぞ」


「命のやり取りの最中(さなか)で汚いも何もあるかよ」


「……くそっ」


 これに関しては壊し屋に賛成だな。

 死んだら終わりだ。

 醜くとも、みっともなくとも、生きていなければ為すべきことも、成すべきことも叶わない。


「ほら。その銃を捨てろ」


「……ちっ」


 ロイは舌打ちしながら、それでも銃を手放すのを躊躇っているようだった。


「……」


 それを見た壊し屋がローズの首を掴んだ手に力を入れる。


「……聞こえなかったか?

 銃を捨てなければ殺すと言ったんだ」


「ぐっ!」


「ローズ!」


 壊し屋の目が暗く冷たく沈む。先ほどよりも指に力を込める。

 ともすればやむを得ない、といった所か。

 殺意は弱くとも、殺さないわけではない、ということだ。


「……くそっ!」


 ロイが銃を壊し屋の方に放る。

 投げられた銃はロイと壊し屋の真ん中あたりで停止した。

 ここは従うしかないだろう。


「ふん。それでいい」


 壊し屋はローズを持つ手を緩め、足を地面に着けさせた。


「……」


 さて、どうするか。

 俺の手持ちの銃では、ここからでは壊し屋だけを狙うのは難しい。

 俺がロイの位置にいればローズに当てずに壊し屋の急所を一撃で撃ち抜くことは可能だろうが、警戒されている今となっては出ていった瞬間にローズが殺される可能性が高い。

 壊し屋からはローズに対してあまり強い殺意を感じないが、殺るからにはしっかり殺るのだろう。ヤツはプロだからな。


 何か、何か一つきっかけが欲しい所だな……。


「……お前、ロイだろ?」


「!」


「前に一度だけ仕事をしたことがあったな」


「……覚えてんのか」


 壊し屋がロイと会話を始めた。

 壊し屋の目的はなんだ?

 ローズを雇った者を特定すること。そいつらを消すこと。

 そのあたりだろう。

 ならばロイが出てきた時点で、ロイを殺せばそれは達成されるのではないのか?


「まあな。

 だからこそ分かんだよ。

 お前のトコは、こんなことはしねえってな」


「……」


「この女の真の雇い主はお前のトコじゃねえ。そうだろ?」


「……」


 なるほど。

 壊し屋はローズを雇ったのがロイが所属する組織だとは考えていないわけか。

 まだその背後に何かがいると踏んで、ロイとの会話からそれを引き出そうと言うのか。


「さあ。この女の真の雇い主を教えてもらおうか」


「……」


「……言わなければ、女は死ぬぞ」


「くっ!」


 壊し屋が首にかけた手に力を込める仕草を見せる。

 こちらからでは表情は見えないが、ロイは苦悶の表情をしているのだろう。


「……」


「……ふむ」


 それでも口を割らないロイに、壊し屋はアプローチの方法を変えてきた。


「……お前の組織は、そうだな。

 こんな回りくどいことはしない。女を使って探るような真似はな。

 それに見たとこ、お前がこの女を仕事で使うことはあり得ない。だろ?」


「……ちっ」


 ロイの焦りようからローズを特段大事にしていることを感じ取ったか。

 それがローズの仕事とはいえ、確かにロイがローズに仕事を頼むことはないだろうな。


「こんな探り方をするのは、自身の正体を知られたくないヤツだ」


「……」


「それは俺に、あるいは誰に対しても。

 つまり、正体を隠しているヤツが自分のことは探られずに、秘密裏に俺と俺のバックにいる組織を調べようとしているってわけだ。

 だから、こんな回りくどいやり方で調査をさせている」


「……」


「で、お前のトコの組織はそれなりに規模がデカい。

 おまけに利害とか損得とかが関係しない所で動くこともある。仁義、だったか?

 そんな組織の若頭であるお前が大事な女の命を握られていてもなお、この女の真の雇い主に関して口を割るのを躊躇う存在ってわけだ」


 壊し屋が思ったよりも頭が切れる。

 これはもう、おそらくほぼ確信を得ているな。


「俺は俺がともに仕事をする組織についてはある程度調べるようにしている。

 で、隠してはいるようだが、お前のトコがそいつと悪くはない関係にあることは分かっている」


「……」


「銀狼なんだろ?

 この女に依頼をしたのは?」


「……ちっ」


 ロイは分かりやすいほどに、あからさまな舌打ちをしてみせた。

 壊し屋はローズを捕らえた時点でその可能性に行き着いていたのか。そして、ロイが顔を見せたことでそれに確証を得た。


「まあ、うちのトコのボスは銀狼にご執心だからな。

 銀狼の方も自分が調べられていると気付けば、こちらを調べようとするだろうな。

 銀狼でさえ調べなければ分からないほどに、うちの組織は奥深くにいるからな」


 この言い方、まさか……。


「まあ、だからこそ、俺に近付いてくるヤツは一発で俺たちを調べようとしているヤツだって分かるわけだがな。

 俺以外に、組織の人間で表に出ているヤツはそういないからな」


 くそっ。罠だった、ということか。

 組織を調べる上で唯一の手掛かり。

 裏の社会で名が知れているただ一人の組織の人間。それが壊し屋だ。

 組織への関わりさえも隠していたが、それを看破してさらには接触してくる輩を待っていた、というわけか。


「俺のバックに組織があることを調べられて、なおかつ直接コンタクトを取れるレベルのヤツなんてそうそういないからな」


 リザの調査能力が逆に仇になったか。

 さらに、そこまでして調べようと考えるのは組織側に調べられている人間。つまり銀狼しかいない、ということか。


「まあ、お前のその反応でもう分かったよ。

 この女の命を握られていてもお前が渋るのは、銀狼に脅されているのか恐れているのか、はたまた仁義とやらなのかは分からんがな」


「……あいつは、そんなんじゃねえ」


「ロイ……バカッ」


「……なるほど。お前は銀狼と面識があるわけだ」


「あ……」


 ロイがしまったと言うような反応をした。

 マズいな。このままではロイは壊し屋にいいように誘導されて情報を引き出されてしまいそうだ。


「じゃあ、次の質問だ。

 銀狼はどこの誰だ? 正体は?」


「くっ」


 壊し屋は再びローズの首を軽く絞める。

 ローズはそこまで苦しくはなさそうだが、ロイには効果十分だろう。


「……」


 どうするか。

 最悪、ロイを始末することさえ考えなければならないのか?

 口を割る前に封じる……いや、それは最終手段だ。

 

 ……そして、本当に最後の最終手段としては、この場にいる全員を皆殺しにすることも思考のどこかには置いておかなければ。

 だが、それをするまでに出来る限りのことを出来る限り実行する。


「……」


「……言わない、か。たいしたもんだ。

 いや、それほどに銀狼が恐ろしいか。

 言えば組織ごと潰すとでも脅されているのか?」


「うるせえ! あいつはそんなことしねえんだよ!」


「……ふん」


 ……ロイの感情が揺さぶられていく。

 完全に壊し屋のペースだ。

 ロイが余計なことを話す前に、壊し屋の死角に移動してチャンスを狙うか。

 ほんのわずかにでも隙ができれば壊し屋をローズから引き離せるのだが、壊し屋も歴戦のプロだ。ロイと対峙しながらも周囲への警戒を怠らない。

 少しでも油断すれば俺やイブも気付かれるだろう。

 それぐらい、俺たちは危うい距離にいる。


「……あいつは、自分の信念を貫こうとしてるだけだ」


「!」


 ロイは項垂れた様子でポツリポツリと語りだした。


「俺はあいつに何度も助けられた。本人はそんなつもりはないって言ってたけどな。

 ローズだって、これしか方法がなかったから仕方なくローズを使ったんだ。

 きっと、自分と自分の大事なもんを守るために。

 あいつは、そういうヤツなんだよ」


「ふん……」


「……ロイ」


 壊し屋が鼻で笑い、ローズがロイの名をポツリと呟く。


「……」


 ……助けられていたのは、俺の方だが、な。


 この仕事を始めたばかりの頃、後ろだてもなかった俺に依頼を出し、裏から守ってくれていたのは分かっていた。

 分かっていて、俺はそれを利用した。

 その後ろめたさもあって、何かと便宜を図ったこともある。ロイの命を守ったことも。


 守られていたのは、助けられていたのは俺の方だ。


 今も、自分の大事な女の命を脅かされながらも、俺の情報を守ってくれている。


「意外だな。

 銀狼ってのはもっとこう、感情のないロボットみたいなヤツだと思ってたぜ」


「……そう言い聞かせないと、やっていけないのがこの仕事だろ?」


「……なるほど。銀狼も人の子か」


 壊し屋が遠い目をしている。

 思いを馳せているのだろうか。

 恐るべきは、その状態でも警戒を怠っていない所か。


「……俺は、あいつを守る。そして、ローズも守る。

 それが俺の信念で、俺の仁義だ」


「……ロイ」


「ふむ。ご高説ありがたいが、ならばどうするつもりだ? としか言えないな。

 武器も捨て、身動きひとつ出来ないお前が何をする?」


「……こうだ」


「……は?」


 壊し屋に挑発されると、ロイは地面に膝をついた。

 そして、おもむろに懐からナイフを取り出した。


「……てめえ、何を…………は?」


 壊し屋はナイフを見て眉間に皺を寄せたが、ロイの次の行動に驚いた顔を見せた。

 ロイは、自分の腹にナイフを突き付けたのだ。


「……俺の命をやる。

 だから、ローズを解放してくれ。頼む」


 ロイは自分の腹にナイフを突き付けたまま、真っ直ぐに壊し屋の目を見てそう懇願した。


「ロイっ! バカッ!!」


 自分を助けるために命を懸けようとしているロイに、ローズは自然と涙を流していた。


 ……それだけではない。

 ロイは自分の口を封じることで、俺のことも守ろうとしているのだ。


「……お前バカか?

 俺がそれに乗ってやる理由もメリットもない」


 それは壊し屋の言う通りだろう。


「頼むっ!」


「っ!?」


 だが、ロイのこの覚悟を無下にすることは、自分の価値を貶めるように感じてしまう。

 壊し屋は、ロイのこの頼みを断ることが自分を最低のクズ野郎であると認めるようなものだと感じるのだろう。

 それを簡単に断ってしまえるほど、壊し屋はまだ堕ちていないだろう。


「……」


 ロイのこの覚悟。

 こいつは本気だ。

 壊し屋が頷けば、ロイは何の躊躇いもなく自身の腹を裂くだろう。


「……馬鹿な男だ、まったく」


 そんなロイの本気に、俺が取るべき行動は……。









「……あ」


 最初に気付いたのはローズだった。

 心の底から驚いた表情をしている。


「……!」


 続いて壊し屋も気が付く。


「?」


 二人の様子に気づいたロイが後ろを振り向く。


「なっ!

 なんで……なんで旦那が、出てくる……」


 ロイは驚きと焦りと、さまざまな感情が入り交じった表情をしていた。


「……なんだ、お前は?」


 壊し屋が冷たくこちらを見据える。


 俺はゆっくりと前に進みながら口を開いた。



「……俺が、銀狼だ」




おまけ



「……ぐ」


 俺は追われていた。


「どこだ!」

「探せ!」

「絶対に逃がすな!」

「必ず見つけ出して殺せ!」


 内通者がいたようだ。

 ファミリーの奴らじゃねえ。道具を用意させた外注の連中だ。

 金で買収されたか。

 客を売る者を利用する客なんざ今後一切出るわけがないんだが、目先の金に目が眩んだか。


「……くそ」


 だが、そんな輩に下手を打った俺の落ち度か……。


「いたぞ!」


「ちっ!」


 囲まれた。

 五人。全員が銃を所持。

 親分を殺されたんだ。当然か……。


「……ここまでか……」


 目をつぶる。

 向けられた銃口から目をそらしたかったのかもしれない。

 目を閉じても、浮かんでくる女の一人もいない。

 味気ねえ人生だったな。


「死ねぇ!!」


「っ!!」




 …………?



 死んだ、のか?


 静寂。


 痛みもなかったな。


 まったく、つまんねえ人生だっ…………



「終わったぞ」


「……あん?」



 男の声。

 閉じていた目を開ける。

 目を? 俺はまだ生きている、のか?



「ふー……」


「……旦那?」


「だから、旦那などと呼ばれるほど歳離れてないだろう」


 月夜にタバコの煙を燻らせていたのは、先日オヤジに紹介されたばかりの男だった。

 たしか警官だって話だったが……。


「……全員、死んでるのか?」


 旦那と俺の周りには頭から血を流して倒れている追っ手たちがいた。

 全員、頭を一発だけ撃ち抜かれている。

 この人数を? たった一人で?


「……あんた、何者なんだ?」


「……警官だと紹介されたはずだ。実際、俺は間違いなく警官だ。そう紹介されたのならば、それ以外に俺を形容する文言は必要ない」


「……」


 余計な詮索は不要、か。


「いや、すまない。助かった」


 俺が若頭になるための最終試験。それがこれだった。


「……初めて、人を殺した」


 改めて、それを実感する。


「……どう感じた?」


 旦那は俺ではないどこかを見ているようだった。月夜に旦那の銀色の髪がなびく。


「……怖かった、な。

 血と硝煙の匂い。乾いた発砲音。断末魔。飛び散る脳漿。真っ赤に染まる視界と頭の中。止まらない震え。

 そうだな。怖かったよ、正直」


 それは仲間には話すことが出来ないであろう本音だった。


「……なら、お前は正常だ」


「……は?」


「その恐怖を忘れるな。それを興奮だと履き違えるな。人の命を奪うことを日常にするな。

 お前がその恐怖を忘れなければ、お前はこんなクソみたいな世界で、比較的まともでいられるだろう」


「……そうか。そうだろうな」


 それを日常にしているあんたらには、俺はどうあがいてもなれないだろうな。


「もし、お前がそれを忘れてまともじゃなくなったら、その時は俺が殺してやる」


「……っ」


 その時、俺は殺気ってやつを初めて感じたんだと思う。


「……お前の所のオヤジはまともの部類だ」


「そうか? 幹部になるヤツにライバル組織の親分を殺しに行かせるようなオヤジだぞ?」


「……これは言うなと言われていたことだが、俺は依頼を受けてここに来た」


「……あ?」


「……お前が無事に任務をやり遂げたなら、家に帰ってこれるように助けてやってくれ、とな」


「……」


「お前の所のオヤジには俺も世話になっている。お前がまともでいるなら、俺はこれからもお前を助けてやろう」


「……ハッ!」


 俺は月が浮かぶ空に笑った。


「なら、俺も旦那を守ってやるよ。

 旦那にはオヤジが世話になってるからな」


「……俺を? お前が?」


「んだよ。不服かよ」


「……ふっ。いや、頼りにしている」


「へっ!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 活動報告のお知らせが来たので30話まで読みました。 ここまで誤字脱字は見当たらなかったです。 矛盾点もなく、大賞審査では相当いい線までいくのでは? 大賞応募祭りですので、私も祭りに参加して…
[一言] 銀狼とロイの関係、イイ……( ˘ω˘ )
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