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27.抜いた牙の向ける先

「思い出した……」


「……思い出した?」


 イブのメインウエポンとして俺が渡したナイフ。連続使用に長けた実践的なナイフだ。

 俺のものよりも少しだけ短く、体が小さくて力の弱いイブに合わせて選んだナイフ。


 その鈍い光が、今は俺に向けられていた。


「……」


「何をだ?」


 イブの目は冷たく虚ろに濁ったまま。

 初めて出会った、家族の血溜まりの中で佇んでいた時と同じ、何も映していない虚無の瞳。

 いや、今のイブの目には、ここではない何かが映っているのかもしれない。


 あの時、イブは何を思っていたのか。

 絶望か。喪失感か。諦めか。あるいは自分に死を、終わりを運びに来てくれたであろう俺の出現に対する希望か。もしくは……。


「……夢で、見た。思い出した……」


「……夢、か」


 夢というのは情報の整理だ。

 失われた記憶を引き出すのには確かに都合がいい。

 だが、それは時に自分にとって都合のいい情報に書き換えてしまう危険性を孕むと、当時俺を診察した医師が言っていた。

 本当に向き合おうと思うのなら、夢で見た情報だけを自分の記憶と思ってはいけない、と、復讐という希望を得て回復してきた俺に医師は言った。もちろん復讐のことは話していないが。

 その後、自分で調べてもみたが、やはり心理学的にも、精神科の診療的見解においてもそのような見解のようだった。


「……どんな夢だったんだ?」


 とはいえ、それを今イブに説明しても無駄だろう。

 今のイブにそんな理論が通用するとは思えない。

 それに俺自身、先日夢で見た失われた記憶を真実だと思っている傾向にある。そんな奴が述べる理論に説得力はないだろう。

 ここはまずイブの話を聞いてみるとしよう。


「ボスが、何度も言ってたこと。

 銀狼は、私のホントのパパとママを殺したって……。

 なんで、今まで忘れてたのか」


「!」


「銀狼は私の仇……」


「それはお前が『箱庭(ガーデン)』に来る前に、ということだよな?

 お前を生んだ、文字通り本当の両親」


「そう。

 ボスは何度も私にその話を聞かせた。

 銀狼は私のパパとママの仇。だから復讐をしろって。そのために、立派な殺し屋になれって」


 ……ふむ。


「……それだけ聞くと、ボスがお前を都合のいいように操るために言っているだけにも聞こえるが?」


 それこそ、『箱庭(ガーデン)』の人間全員に言っているようにも思える。


「……ボスの言うことは絶対だから、『箱庭(ガーデン)』にいた時はボスに従って訓練を積んだ。その時に言われてたこと。当時は素直にその言葉を信じた。

 それをさっきの夢で見た。

 でも、今の私はそこまでバカじゃない。すぐにその可能性は考えついた。

 だから夢でボスがそう言ってたことを思い出しただけなら、すぐにこんな安直なことはしない。

 ……でも、もう一人のパパも銀狼を殺せって言った」


「……」


 イブを『箱庭(ガーデン)』から救った義父か。


「銀狼を必ず、殺せって……きっと、そっちのパパも銀狼は私の仇だって言いたかったんだ」


「待て。義父の方の遺言を全て思い出したわけではないんだな?」


 その言い方だとボスの言葉を思い出して、それを義父の最期の言葉と紐付けしたようだ。


「ん。でも、きっとそういうこと」


「……」


「間違いない」


「……」


 確信を持った目で頷くイブ。

 そうであってほしいと願い、そうだと自分に言い聞かせて納得し、そうであると信じている。

 そうでなければ自分を見失ってしまいかねない危うさと脆さを無意識に庇っているのか。

 これは、もう何を言っても無駄なのか?


 ……いや、まだだ。

 今なら、今のイブならまだ届くはず。

 基本は冷静で理知的に考えられるイブだ。落ち着いて考えさせればまだ……。


「……」


 ……俺は、イブをどうしたいと考えているんだ?

 これは、イブにナイフを納めてほしいと思っているのか?

 自分に武器を向けてきた敵を? 銀狼が?

 イブに、敵になってほしくないと思っている? いずれは始末するべき対象なのに。

 そんなバカな……。


「……」


 俺は最強の殺し屋銀狼。

 殺意を向けてきた敵に、情けなどかけるべくもない。

 たとえ誰であろうと、刃を向けるなら殺す……それが銀狼だ。


「……」


「!」


 俺が視線を鋭く冷たくすると、イブはすぐにそれに勘づいた。

 このあたりの感性は凄まじい。この年齢でこの域に達することは滅多にない。


「……それは、イエスってことでおけ?」


「!」


 イブが姿勢を低くして半身に立ち、ナイフを前に構える。

 ナイフの延長線上に自らを隠す、武器を扱う時の定石の構えだ。

 どうやら俺が戦闘意思を見せたことを、イブの両親を殺したことを認めたと判断したらしい。


 だが、俺にそれを尋ねてくるということはやはりまだ確信を持っているわけではないようだ。

 自分ではそうだと思っていて、そうであると思い込もうとしてはいるが、俯瞰で見ている冷静な自分はそれをそうであると認めきれていない、か。

 でなければ尋ねることもなく向かってくるはずだからな。

 これは、まだ間に合うか?


「……今のお前で、俺に敵うと思っているのか?」


「……くっ」


 殺気を込めて鋭くイブを見据えると、イブはじりりと少し後ろに下がった。


「……そんな気持ち程度下がった所で、そこはまだ俺にとってはお前の致死圏内だぞ?」


「……う」


 両手をだらりと下に垂らす。

 いつでもその首を折ることは出来ると示してやれば、イブはこめかみから汗を流した。

 イブの成長は確かに著しいが、今はまだ当然のように俺の方が圧倒的に強い。

 このまま向かっても返り討ちにされるだけ。

 そう認識させられれば、こちらの言葉も少しは通りやすくなるだろう。


「……だがまあ、ひとつだけ俺から言っておきたいことがある」


「……なに?」


 動揺してはいるが、鋭く冷たい瞳。

 まだまだ臨戦態勢なことに変わりはない。

 が、話を聞くだけの余地は生まれたようだ。


「俺には完全記憶能力がある」


「……知ってる」


 だからなんだと言いたげな表情。

 だが、確実に俺の話を聞く状態にはなった。

 本当に()るつもりなら相手の話など聞き入れる必要もないんだが、そのあたりはまだ教育の余地ありだな。


「俺は今まで自分が殺してきた者たちのことを全て覚えている」


「!」


「その断末魔。始末の仕方。血の飛び方。形相。感触。

 どんな奴で、どんな人生を歩んできたか。

 その全てを、俺は明確に記憶し、全てを背負って生きている。

 それが、俺の罪に対するせめてもの咎だと思って」


「……」


「その上で、夫婦ともに始末した依頼もいくつかあった……正確には六件だな。

 で、その中で子供がいて、かつ俺が行方を追えていない子供は存在していない」


「……どういうこと?」


 イブが首をこてんと横に倒す。

 かすかに殺意が揺らいだ。

 本来ならこの一瞬に接近して首をへし折るのだが……。


「私が説明するわ」


「リザっ!?」


「……」


 その声が聞こえた瞬間、イブは部屋の入口を慌てて見やる。

 そこにはリザが扉に寄りかかるようにして立っていた。

 あとの話はリザに任せるとしよう。


「……どういうこと?」


 イブは動揺していた。

 リザの侵入に気付いていなかったようだ。

 集中力はたいしたものだが、周囲への警戒を怠ってはいけない。


「依頼の中には子供のいる親を、両親ともに始末しないといけないものもあるわ。

 まあ、両親ともども救いようのないクズだったりすることしかないから子供のためを思えば、その方がいいのかもしれないけどね」


「……」


 イブは構えを解いてリザの話を聞いていた。

 すでに先ほどまでの緊迫感や必死なほどの殺意はなくなっていた。

 リザを前にして、それを彼女に向けてはいけないとイブは判断したようだ。

 それほどに、リザにはイブに対して敵意というものがないから。


「で、ジョセフはそんな孤独になった子供たちを多額の寄付とともに懇意にしてる施設に引き渡しているの。

 もちろん他にまともな引き取り手があるなら手は出さないけど、たいていはそんなことないから」


 だいたい、そういう親は他の親類との繋がりを絶っている。

 その場合、子供は路頭に迷うか、親の威を借りたい狐に食い物にされるか、すぐに殺されるか、あるいは親と同じ道を辿るかだ。

 だから更正の余地のある、あるいは幼すぎる子供はまともな施設に引き取ってもらえるように働きかけている。

 刑事として動く場合もあれば、銀狼として匿名で動く場合もあるが。


「……そうなの?」


 イブがリザの方を見たまま俺に尋ねる。


「……子供に罪はない。

 言うなれば、子供たちは俺の被害者であるとともに親の被害者でもある。

 それならば、親に手を出した責任は俺が負って然るべきだろう」


 べつに正義感から、というわけでもない。

 恨みをかっても面倒だし、敵は少ないに限る。その子供が敵になる可能性があるのなら、その後の動向を追うことは無駄ではない。

 言うなれば、銀狼の敵にならないように牙を抜いておく作業といったところだ。


「……つまり、その中に私はいないと」


「ああ。少なくとも『箱庭(ガーデン)』とかいう、子供を殺し屋に仕立て上げるような組織に送られた子供はいない」


「……」


 イブが軽く下を向いて考え込んでいる。

 冷静に立ち返ればもう向かっては来ないだろう。


「……証拠がない」


「……は?」


 と、思ったが、イブは再びナイフを構え直した。


「ジョセフとリザがそう言ってるだけ。それがホントか分からない」


 なるほど。そう来るか。


「……それはお前もだろう。

 ボスがそう言っていただけ。義父の曖昧な遺言と結び付けて。

 それも、本当かどうか分からない。

 さらに言えば、それもまたイブが言っているだけだ」


「……むう」


 悪魔の証明だな。

 これでは水掛け論にしかならない。

 俺は終わった依頼の結果を残さない。

 全て俺の頭の中にあるからだ。

 それに不要な証拠は残さない方がいい。

 だからリザの方にもデータは残っていない。

 

「そうね。あとは、私たちの言ってることがホントかどうか、信じるかどうかはイブちゃん次第よ」


「……」


 リザにそう言われ、イブは困ったような表情を見せた。

 おそらく、イブにはもうそれが真実であろうことは分かっているのだろう。

 言い分に頑なな必死さを感じる。


 本当の両親の仇は銀狼。

 

 そうであってほしい。そうであってくれと願っているように思える。

 おそらくは、復讐だけが自分にとってのアイデンティティだから……。

 それは……俺と同じだからよく分かる。


「イブ……」


「……なに?」


 声をかけると、イブはようやくこちらに視線を向けた。

 その透き通るような澄んだ青は、相変わらず虚ろで光をなくしているが……。


「……」


 本来であれば、復讐なんて意味がない、やめろと止めるべきなのだろう。

 銀狼が復讐の対象であるか否かは別として。

 警官として、保護者として、一人の大人として。


 だが……


「……ひとつだけ、事実を確認する方法はある」


「……なに?」


 俺には分かる。

 そのアイデンティティを失えば、生きる意味を失えば、人は容易く自らの命を棄てるのだと。


「ボスに、直接聞けばいい」


「!」


 俺自身が、何よりそうだったから。

 だから俺は……。


「捕らえて、聞き出せばいい。

 なんなら俺が聞き出してやろう。死なない程度に聞いていくことなら得意だからな」


「……」


「そして、それでもし本当にお前の両親を殺したのが俺だと分かったのなら、その時は俺を殺しに来ればいい」


「!」


 俺はイブの復讐を止めない。

 それを手伝い、助けよう。

 それは俺の復讐の助けにもなるから。


「まあ、それで安易に殺されてやる俺ではない。

 その時までに、せいぜい俺を殺せるぐらい強くなるんだな」


 ……そしてそれは、イブの命を繋ぐことにもなるから……。


「……上等。それまでに、せいぜい私を強くしろよ」


「ふっ」


 ニヤリと笑うイブ。

 その瞳には復讐の炎という名の光が灯る。

 これでいい。

 それが消えない限り、イブは命の火を燃やし続ける。


「はぁ~。あんたたちは結局そこに落ち着くわけね」


 リザが呆れた様子でため息を吐く。


「いいわ。乗りかかった船だもの。

 私も最後まで付き合うわよ」


「リザ……」


「さんきゅーばいんばいん」


「ちょっ! 戻った途端にそれ!?」


「ばいんばいんばいんばいん」


「もー!」


「やれやれ」


 イブはナイフを懐にしまうと、リザの胸を下から何度も押し上げていた。

 どうやらもとの調子に戻ったようだ。あれは放っておくとしよう。

 あ、そういえば、


「……ところでリザ。何かあったから戻ってきたんだろ?」


「あ、そ、そうだったわ!」


 俺が尋ねるとリザはイブを止めてこちらに向き直った。

 イブはリザに抱えられてソファーに座らされていた。


「……ちっ」


 イブさん? ちっちゃく舌打ちしてるの聞こえてますよ?


「大変なのよ!」


「!」


 切り替えた途端、リザは焦った表情を見せた。

 どうやら緊急事態のようだ。

 さっきはさっきで緊急事態だったから忘れていたのだろうか。


「ローズと連絡がつかないの!」


「!」


「……あの色っぺえ姉ちゃん?」


 そうです、イブさん。


「……ローズには発信器も持たせていただろ?」


 仕事中ならば連絡がつかないこともあるだろうが、リザのこの慌てよう。そういうことではないのだろう。おそらく緊急用の連絡手段も使えないということか。

 たしかイヤリング型の通信機で、それを使った時は仕事中でも連絡する手はずになっていたはず。


「……発信器は、たぶん壊されたわ」


「……それは、だいぶマズイな」


 それは、ローズを潜入させていた敵に発信器の存在がバレたということ。

 つまり、ローズがスパイであることがバレたということだ。


「……姉さんピンチ?」


「だいぶな……」


 イブが首をかしげる。イブにはローズを動かしていることをちゃんと話していなかったから事態を飲み込めていないのだろう。


「……じゃあ、ローズはもう……」


「……微妙な所だな。情報を吐かせるために尋問している可能性もあるし、黒幕を引きずり出すために人質にしている可能性もある」


 ……いずれにせよ、時間がたてばたつほどローズが生きている可能性は低くなる。


「ん、しょっ」


 その時、イブがソファーからひょいと飛び降りた。そしてそのまま玄関へと向かう。


「待て。どこへ行く?」


 俺が引き止めて尋ねると、イブはこちらを振り返って首をかしげた。


「え? 助けにやろ?」


「!」


「仲間がピンチなら助けに行けばえーやん」


「……イブちゃん」


「話はそんなに単純じゃない。こうなった以上、行けば確実に向こうは準備万端で迎え撃ってくる。完全に罠だ。全滅しかねない。

 俺たちはローズを捨ててでも全滅を回避するべき……」


「ん? 仲間を助ける以外に選択肢とかあるん?」


「……」


 この表情。本気でそう思っているのか?

 イブは、そんな教育を受けていないと思うのだが。


「パパがよくそう言ってたことも、さっきの夢で思い出した。

 もしも仲間と呼べる者が出来たのなら、その者たちを絶対に見捨てるなって。

 そこを守れなければ本当の獣になってしまうからって」


「……」


「たぶん、きっとこれはホントに言ってた」


 調べ屋マウロ。イブを『箱庭(ガーデン)』から救った義父か。


「……ジョセフ。リスクヘッジは分かるわ。

 でも、私も心情的にはイブちゃんに賛成よ。あなたも、でしょ?」


「……」


 ……戦力的にも、仲間を失うのは避けたい。

 ローズは尋問の訓練も積んでいるだろうからすぐに口を割らないだろう。だが、そのリスクは時間がたてばたつほど高くなる。


「……発信器の最後の位置は?」


「街外れの廃ホテルよ」


 リザはすぐに場所を答えた。

 始めからその可能性を考慮していたのだろう。


「よしゃ! 行くべ!」


「待てぃ」


「ぐむっ!」


 勝手に飛び出そうとするイブの首根っこを掴んで止める。


「発信器に気付いて壊したんだ。

 まだそこにいるわけがないだろう。

 そこに行ったとしても、おそらく監視に俺たちの姿を晒すだけだ」


 それはローズの仲間が俺たちだと報せるようなもの。そして仲間が来ると分かればローズの人質としての価値は著しく低下する。

 人質の生死が分からないのにやってきた仲間に対して、ローズの生かしておく理由がなくなるから。

 人質はメリットもあるが、抱えておかなければならないリスクも高い。

 敵はプロだ。俺たちがローズを救出しに来たことが分かった時点で、ローズが殺される可能性は高い。


「んなら、どーすっぺ?」


「……蛇の道は蛇。

 あいつなら、その廃ホテルを縄張りにしてる連中に心当たりがあるはずだ。根城もな」


 それに、あいつならローズのピンチに勝手に手を貸すだろうからな。


「んー。よく分からんけど、じゃあ、そこに行く?」


「そうだな。装備を整えたら出発だ」


「合点」


「リザは引き続き情報を集めてくれ。ボスたちの動向にも注意しろ」


 ローズの件を受けて何かしらアクションを起こす可能性もあるからな。


「分かったわ」


 リザはこくりと頷くと、一足先に部屋を出ていった。


「……そういや、姉さんは誰を調べてたん?」


「ん?」


 イブが服を着替え、装備を整えながら尋ねてきた。


 姉さんというのはローズのことか。

 イブの中でローズはどんな立ち位置なのやら。


「……壊し屋だ」


「……ああ。手練れの」


「……それだ」


 そうか。イブは俺とゼットたちとの会話を聞いていたのか。完全に寝ている気配だったが、途中から起きたんだな。


「あちらがこちらを調べていたように、こちらもあちらを調べていた。

 壊し屋は特徴的に『ホーム』に関連している可能性が高く、『箱庭(ガーデン)』の連中の一味である可能性も高いと見ていた。

 で、それがさっきのゼットとの会話で正解だと判明した」


「……じゃあ、姉さんが捕まってるとこにボスもいる?」


「……それは微妙だな。知り合って間もないローズを本拠地に連れていくなどあり得ないだろうし、スパイだと分かって捕らえた所で、だろう。

 おそらく壊し屋は自身で落とし前をつけようとするだろう」


 危うく女に騙される所だった、などとボスに報告も出来ないだろうしな。


「……つまり、単独行動」


「その通りだ。これはむしろチャンスとも言える」


 ローズには悪いが、ボスに繋がる重要人物を捕らえるまたとないチャンスだ。


「一石二鳥。二兎を追う者は二兎とも食える。犬も歩けば木から落ちる。千載百遇。

 そんな感じやな」


「……最初のだけ正解だな」


「よっしゃ! 行くで!」


 装備完了したイブは俺の返しを無視して一度部屋に入り、すぐに出てくるとそのまま玄関に向かった。


「……やれやれ」


 リザがあいつの所に連絡を入れてくれているだろう。


 俺は溜め息をつきながらイブを追うようにして家を出た。




おまけ


「……」


 ローズの救出に向かうために装備を整えたイブは出発前に自分の部屋に入った。

 そして、ベッドの枕元に置かれたクマのぬいぐるみを手に取る。


「……いってきます」


 そのぬいぐるみを優しく抱きしめると、イブはぽつりとそう呟いた。

 それはイブが義父である調べ屋マウロからもらった最初で最後のプレゼントであった。そして同時に、イブがあの家から唯一持ち出せたものでもあった。

 イブは自分の家族をバラしたあと、そのぬいぐるみを胸に抱いて銀狼を待った。

 今にも気が狂いそうな状況で、そのぬいぐるみの温もりがかろうじてイブの心を守ったのだ。


「……うし」


 イブはぬいぐるみを再び枕元に大事そうに戻すと、部屋を出たのだった。


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[一言] イブちゃん……( ˘ω˘ )
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