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24.過去の話は等価交換で。

「……」


 スコープを覗く。

 今回のターゲットが窓に背を向け、椅子に座って机に向かっている。

 今度のターゲットはそこそこ大きな企業の社長らしい。

 俺は依頼人に関してはそこまで詮索しない主義だが、ターゲットに関しては徹底的に調べるようにしている。リザに任せる場合もあるし、自分で調べる場合もある。

 何が依頼遂行の障害になるか、あるいは利用できるか分からないからだ。

 完璧に調べ尽くしてもなお、実行当日にトラブルが起こることなどままある。

 だからこそ余計な障害を発生させないよう事前調査は徹底しなければならない。


「……ふー」


 意識的に呼吸を繰り返し、集中力を磨いていく。

 スコープの先に映る男の輪郭がより鮮明になっていく。


 今回のターゲットはどうやら会社の利益供出のためにいろいろと悪どいことに手を出しているようだ。そのために何人もの社員やその家族を犠牲にして。

 今回の依頼は大方その復讐といったところ。

 リザの話では依頼人に大きな問題はなかったようだから、あの社長の犠牲になった者やその親類あたりが立ち上がったのだろう。


 まあ、俺は受けた依頼を実行するだけだが。


「……」


 呼吸を少しずつゆっくりと、深くしていく。

 ライフルの引き金にかけた指に力を込める。

 今回のライフルはL96A1。ボルトアクション方式の狙撃銃だ。

 射程は弾丸によって異なり、おおよそ800~1500メートル。

 今回はそこまで遠距離射撃ではないから特に問題はない。窓も防弾ではないしな。


「……」


 ターゲットは動かない。

 予定通りあと一時間はあそこで机作業だ。

 

 さっさと済ませるとしよう。


「……ふー」


 集中力が極限を迎えたことを悟ると、鼻から大きく息を吸い、口から細く息を吐く。

 そして最後に少しだけ息を吸うと、自分の中で全ての歯車が噛み合うのを感じる。

 その瞬間を逃さずに、静かに引き金を引く。


「……」


 そして、スコープの先のターゲットの後頭部に吸い込まれた弾丸は容易く男の命を奪った。

 ターゲットはそのまま机に頭を打ち付けて動かなくなる。

 これで依頼完了だ。


「……」


 ターゲットを始末したことを確認したら長居は無用。

 すぐに銃を分解して運んできた大きめの鞄に詰め込む。銃はまだ熱を持っているが問題ない。鞄は特別製だし帰ってからすぐに整備を施す。

 まずは現場からの離脱が優先される。


「……」


 片付けを終えてその場をあとにする。

 依頼遂行に際して何の問題も発生していない。視られてもいない。

 どうやらゼットは本当に約束を守ったようだ。今ごろ本人はリザとティータイムだそうだがな。

 とはいえ、現場を離脱して銀狼でなくなるまでは油断禁物だ。




「……」

 

 狙撃を行ったビルを出て歩いている途中、ふと仕事の時に煙草を吸っていないことに気が付く。

 銀狼になってから狙撃の時には必ず吸っていたというのに。

 いったいいつから俺は仕事の時に煙草を吸わなくなったのか……。



『児童の健全な生育のために副流煙はやめていただきたい』



「……ふっ」


 いつぞやのイブの言葉を思い出す。

 

 そうか。

 俺はいつの間にか、イブの前以外でも煙草を吸わなくなっていたのか……。


「……馬鹿馬鹿しい」


 冷たく、静かに、吐き捨てるように呟く。


 あいつに気を使っている?

 馬鹿か、俺は。

 俺はあいつのターゲット。

 そして俺はあいつの依頼人を調べるためにあいつを飼う。


 それだけだ。


 それだけの関係性だ。


 そしてそれは、結局変わることなく続くことになった。


 そう決めたんだ。

 互いに。


 心を深く、冷たく、闇に沈めろ。

 俺は銀狼だ。

 全てを食い散らかす災厄。

 銀狼は目的を果たすまで止まらない。


 その歩みを止めない。


「……それでいいんだ」


 俺は自分に言い聞かせるようにして現場から姿を消した。












 




 俺が銀狼としての仕事を久しぶりに行った数日前。

 ゼットが俺たちの前に姿を現し、紳士(ジェントル)と同一人物であると告げた日のこと。


「……んで?

 私はゼットの奴に急に『間を取り持ってやれ』って言われてここに呼び出されたんだけど、肝心のゼットはもういないし、どういう状況なわけ?」


 ゼットが去ったあと、すぐにリザがやって来た。

 どうやら、こうなることを想定してあらかじめリザを呼んでいたらしい。

 ここに来た時点では俺が銀狼だと分かっていなかったはずなのに、ゼットはリザをここに呼んでいた。

 ある程度、予測はしていたということだろうか。あるいはどう転んでもリザに場を納めさせるつもりだったか。

 いざれにせよ、やはり恐ろしい奴だ。


「……何から説明したものか」


 まずはゼットの提案から話すべきか。

 俺が銀狼としての仕事ができるように取り計らうと提案してきたことを。


「……ジョセフは、いつから知ってたの?」


「あん? ……!」


 俺がリザにどう説明すべきか迷っていると、イブが静かに口を開いた。

 うつむき気味のその目は初めて会った時のように暗く、冷たく、酷く静かだった。


「……私が、銀狼を殺そうとしていることに、いつから気付いてたの?」


「……」


 すっと上げられた顔。

 感情のない無垢の殺意。

 悪意をもって育てられた掛け値なしの殺気。

 それは今にも崩れて消えてしまいそうなほどに脆く、鋭い。


「……あー、なるほどね。だいたい分かったわ」


「……リザ」


 そんなやり取りを見たリザがやれやれと肩をすくめて俺たちの間に立った。


「こうしましょ。

 お互いに順番に質問をする。された方はなるべくそれにちゃんと答える。でも強制じゃない。

 言いたくないなら言わなくてもいい。

 それを質問した方は相手が言いたくないならそれ以上は追求しない」


 リザはそう言ってドサッとソファーに腰を下ろした。


「……ふむ」


「前から思ってたのよ。

 何となく、お互いの認識に齟齬(そご)があるんじゃないかって」


「齟齬だと?」


「ま、これもいい機会よ。進行はやってあげるから、二人とも腹ん中さらけ出してみなさい」


「……」


「私はそれでいい」


 イブがこくりと頷く。

 先ほどよりは落ち着いたようだが、それでも氷のような殺意はそのままだ。


「……分かった。いいだろう」


「決まりね」


 さて、まずは何から……、


「ジョセフはいつから知ってたの?」


「……そっちからなのか」


 頑として譲らんって顔だな。


「ま、いいじゃない。年長者として最初は譲ったげなさいよ」


「……いいだろう。

 ふむ。いつから、か。

 最初からだな」


「……最初?」


 イブが首をかしげる。


「あの状況下でお前一人だけが生き残っている状況はおかしい。しかもその時に着ていたワンピースに跳ねた血液、あれは返り血だ。それを見た瞬間にあの場を散らかしたのがお前だと分かった。

 あとは単純に、お前を預かった初日の夜に俺の寝室に来た時の独り言を聞いていたしな」


「……っ」


 今の自分では俺を殺せない、という。


「……そう」


 イブは少しだけ驚いたような表情を見せたが、すぐに感情を沈めて心を殺した。

 虚ろな目には光が宿らない。


「……じゃ、次はジョセフの番ね」


 リザはそれに気付いているが何も言わない。

 あくまで進行役に徹するつもりのようだ。


「……ふむ。

 では、こちらも単刀直入に聞こう。

 お前に俺を、いや、銀狼を殺すよう依頼したのは誰だ」


「!」


「……いきなりねえ」


 さすがにイブも驚きの表情を隠せなかったようだ。リザは呆れた表情だが。


 これは単なる質問合戦ではない。

 互いの情報を引き出す心理戦だ。

 核心をついて揺さぶるのは常套。

 ここはゼットに倣うとしよう。


「……」


「……イブちゃん。答える?」


「……」


 沈黙。

 答えられないということか。

 それはそれで得られるものはある。

 依頼者はイブに沈黙させるだけの影響力のある人物ということ。

 それならば次の質問は……、


「……パパ」


「!」


 俺が次なる質問を考えようとしていると、イブがポツリと小さく呟いた。


「……それは、あの家で亡くなったお前の義父のことか?」


「……」


 イブはこくりと頷いた。

 イエスということらしい。


「……オッケー。じゃあ次はイブちゃんね」


 リザも動揺を隠せていない。

 イブの義父とその家族。

 事前に調べた限りではそこまで怪しい情報は出てこなかった。

 少なくとも、俺があの一家を始末する依頼を受けた時点では、彼らは普通の家族だった。あるとすれば過去。義父の過去についてはそこまで深掘りしていない。

 意図的に隠蔽されていれば気付くが、あるいはこちらの調査を上回る隠蔽力があったか。

 そういや、俺にその依頼をしてきたのはどんな人物だったか……。あとでリザに確認してみるか。


「……『ホーム』って、なに?」


「!」


 俺が思考の海に沈みかけていたのをイブの次の質問がせき止めた。

 そのワードに瞬時に現実に引き戻される。


「……」


 どうするか。

 答えなくてもいいわけだから、俺が言いたくなければ言わなくてもいいわけで。


「……ジョセフ。いいじゃない。イブちゃんにも話してあげたら?」


「!」


 俺が沈黙を使おうと考えているのを見透かしたかのように、リザが俺にそう声をかけた。


「相手の情報を引き出したいなら自分も手の内を見せる。情報交換においては必要な手段の一つよ」


「……」


 リザの言い分ももっともか。

 別に隠したいわけでも、その必要もないしな。


「……昔、一人の心理学者がいた」


「……なんの話やねん」


「まあ聞け。

 そいつは人間の研究という分野において数々の論文を発表し、その分野の権威と称され、人々から敬意をもって博士(プロフェッサー)と呼ばれるようになった」


「!」


 イブはどうやら博士(プロフェッサー)という言葉に聞き覚えがあるようだ。


「が、そいつはある日突然失踪した。

 自分の研究成果も、それらで得た莫大な資産も全てを持って。

 博士(プロフェッサー)は地下に潜り、裏社会で暗躍したんだ。

 そうしてさらに増やした資産でもって児童養護施設、通称『ホーム』を田舎の人里知れぬ山中に作った」


「……児童養護施設」


「表向きはな。

 全ては奴の目的のため。

 自分の研究のために、奴は世界中から身寄りのない子供を集めた。まあ、時には身寄りのある子供も集めていたが……」


「目的って?」


 ……それも質問な気もするが、まあいいだろう。


「……人類の最高到達点、最終進化。つまり、最強の存在を作ることだ。

 奴は人間というものを研究し続けた結果、果たして人間はどこまで強くなれるのかという疑問に行き着いたんだ」


「……ジョセフって」


 この辺りはさすがの洞察力だな。


「察しの通り、俺は『ホーム』で育てられた。

 俺の完全記憶能力は自我が芽生えた時から発現していたからな。博士(プロフェッサー)からすれば渡りに船といった所だったのだろう」


 俺の能力に気付いた時の奴の嬉しそうな顔は忘れない。

 新しいおもちゃを見つけたかのような、探し求めていたパズルのピースを見つけたかのような、歓喜と興奮と狂気の笑顔。


「奴は最強を作るには幼少期から教育していくことが必要と考えた。

 そして、集めた子供たちにあらゆる方向からアプローチしていった。

 真っ暗闇の部屋でずっと生活させたり、食事を三日に一回にしたり、延々と大音量の音楽を聴かせ続けたり、さまざまな環境下に子供たちをおいて教育し、その過程を記録した。

 肉体的、精神的負荷をかけ続けられた子供たちはほとんど死んでいったがな」


「……」


「ま、そんなクズが親玉の組織が『ホーム』と呼ばれる存在だ」


「……」


「……」


「……むう」


 俺がそこで話をやめるとイブは不満そうな顔を見せた。

 イブからしたら聞きたかった話はそのもっと先の話なのだろう。

 こんな調べたら分かるような概略ではなく、俺の、銀狼のパーソナルに関するような。

 だが、それならそういう質問にしなかったイブが悪い。

 これは心理戦だ。

 こちらに出せるカードが多いうちにあちらのカードを出し尽くさせる。

 おそらくどちらかが質問に答えなくなればこの会話は終わるだろう。

 質問される側は質問にはちゃんと答えつつ、如何にして相手の欲しい情報を小出しにするかが求められるんだ。


「……じゃあ、次はジョセフね」


 リザはそれらを理解した上で話の区切りをつける。リザはリザで俺たちの話を統合して自分なりに考えているのだろう。

 リザも俺側の事情しか知らないわけだからな。


「……そうだな」


 どうするか。

 イブに銀狼の抹殺を依頼したのはイブの義父。だがその依頼人は死亡している。

 イブは遺言とも言うべきその依頼を遂行しようとしている。

 だが、謎は残る。

 なぜイブは家族を殺した?

 家族を殺してまで銀狼に接触したかった?

 義父がイブにその依頼をしたのはいつだ?

 イブが家族に手をかける前か?

 そうなると、イブは他の誰かから家族抹殺の依頼を受けた?


 ……回りくどいが、もろもろの推測を立てるために変則的な質問にしてみるか。


「……お前は、どうやってあの家の家族を殺した?」


「!」


「ちょっと、ジョセフ!」


 リザがさすがに不謹慎だろうと咎める。

 自らの面倒を見てくれていた家族を自らの手で殺す。

 訓練されているとはいえ、そこには少なからず精神的なショックがあるだろうと言いたいようだ。

 たしかに初めてイブと会った時、まるで脱け殻のような状態に感じられた。

 自分を殺せとも言っていたな。

 もしもそれが俺に興味を持たせるためだったとしたら、たいした演技力だが。


 とはいえ、この質問に対する反応さえ参考にするつもりだ。

 今はイブをガキと思わない。

 これは殺し屋同士の対等な探り合い(殺し合い)だ。


 果たしてイブはどう答える……。


「……ちょっと違う」


「は?」


 イブは少しうつむいたあと、そのままポツリと溢すように言葉を発した。


「……私が殺したのはパパだけ。他の皆はもう死んでた。

 パパももう虫の息で、私が止めを差さなくてもきっとすぐに死んでた。

 パパの最期の依頼を聞いて私がパパを楽にした。で、その依頼にしたがって皆をバラバラにした」


「……」


「どういうこと?」


 リザが困惑した表情を見せる。

 俺もリザと同じ感情だ。


 あの一家を殺したのはイブじゃなかった?

 

「待て。イブは事件当時、その家にいなかったのか?」


「……」


 答えない。


「お、そっか。次はイブちゃんの番よね」


 そうか。

 順に質問するんだったな。

 重ねての質問はルール違反。

 くそ。俺の方が乱されている。


「……ジョセフは、なんで『ホーム』を潰したの?」


「……」


 くそ。いい質問だ。

 それを説明するには動機も含めたその背景を全て説明する必要がある。

 一度の失敗で学んだか。


「……博士(プロフェッサー)に、妻と娘を殺されたからだ」


「!」


 ……だけでは、質問に答えたことにはならないか。


「……少し、長くなるぞ」


「ん。構わない」


 イブがこくりと頷く。

 はじめからそれを聞くつもりだったかのように……。




「俺は子供の頃に『ホーム』に引き取られ、完全記憶能力があると知られてからはありとあらゆる知識を覚えさせられた。

 それこそメシの作り方から社会の構造、ミサイルの作り方、人の治し方から壊し方まで、本棚の端から端まであらゆる全てを詰め込まれた。俺はその全てを覚え、吸収した。

 そして学習と平行して行われたのは肉体トレーニングと戦闘訓練だ。

 ようは頭で覚えた知識を自分の体でそのまま再現できるようにさせられたわけだ。世界中の格闘技から暗殺術、スポーツや、パルクールなんかの移動術に至るまでな」


 ガキの頃は、正直それがそんなに嫌ではなかった。

 出来ることがどんどんと増えていく万能感は俺を酔わせるには十分だった。

 優秀な俺に対する待遇が良かったのも原因のひとつだろう。

 拷問に近い訓練を受けて、次々と死んでいく同期の子供たちを見ないフリをするぐらいに目が曇るほど。


「が、俺はある日気が付く。

 この環境は異常だと」


「……」


「俺に知識をつけさせすぎたんだ。

 博士(プロフェッサー)が俺に俺の同期の仲間たちを殺させるようになってから、『ホーム』への疑念はどんどん強くなった」


「!」


 おそらくはイブもやらされていたことだ。

 命を軽く思わせる手法。

 手に持つナイフを軽く動かせば、引き金にかけた指を軽く引けば、いとも容易く人は死ぬ。

 その行為がごく当たり前のことであると刷り込むしつけ。

 そしてこれまで艱難辛苦をともにした仲間を殺させることで心を沈めさせる、殺させる教育。

 人というものを理解し尽くした博士(プロフェッサー)らしいやり方だ。


「……そして俺は隙を見て逃げた。

 山を降り、『ホーム』からなるべく離れた街の警察署に駆け込んだ。麓の警察署では博士(プロフェッサー)の息がかかっている可能性があったからな」


 その金と権威で奴は一部の警察さえ抱き込んでいた。


「……その時に最初に対応してくれた警官が、のちの俺の義父だ」


「!」


「そうだったのね……」


 そういえば、両親の話はリザにもしていなかったな。


「父は正義感の強い警察官だった。

 俺の話をしっかり聞いてくれて、すぐに調査班を編成してくれた。

 ……が、それは『ホーム』に立ち入る前に解散した」


「なんで?」


博士(プロフェッサー)が圧力をかけたからだ。

 そうして『ホーム』には奴の息がかかった班が形だけの捜査を行った。当然そこから有用な情報が出てくることはなく、俺の狂言として処理された。

 その警察官、父は俺に謝った。悔しそうにしていた。

 その後、彼は俺を養子として引き取ってくれた。結婚はしていたが子宝に恵まれなかったからと言っていたが、せめてもの贖罪の意味もあったのだろう。

 なぜか『ホーム』も俺が『ホーム』の人間だと言ってこなかった。そこで行き場がなくなった俺を父は迎え入れてくれたんだ」


「……それで?」


「その後、俺は警察官を目指した。父に憧れたからだ。

 そして学校を卒業し、晴れて警察官になったその日、両親は事故で他界した」


「……それって」


「消されたんだろうな。どうやら父は秘密裏に『ホーム』のことをまだ調べていたようだから。

 俺が自立したことで博士(プロフェッサー)にとって両親は邪魔な存在でしかなくなったんだ」


「ジョセフが表社会に出ることも計画だったってこと?」


「だろうな。

 社会性を身に付けさせる狙いがあったのかもしれない」


 驚いたような表情のリザにこくりと頷く。


「その後、俺は失意の中でそれでも父の背中を追うように警察官としての仕事に邁進した。『ホーム』にはもう関わらないでいようと心に決めて。

 そしてそんな時にマリア、妻と出会った」


「!」


「彼女も警察官だった。

 子供の犯罪を担当していて、誰にも優しい彼女を慕う者は多かった。罪を犯した子供でさえ、彼女のおかげで更正したという者も少なからずいた」


「……」


 リザの顔が曇る。

 リザはマリアと仲が良かったから思い出しているのだろうか。


「告白はマリアの方からだった。俺のことが放っておけないと。どうやら当時の俺はそれぐらい危ない状態だったらしい。

 で、俺たちはそのまま結婚し、娘が生まれた。

 その頃には俺はもうすっかり普通の人間になっていた。

『ホーム』のことなど忘れて、このまま妻と娘と仲良く幸せに生きていこうと、そう思っていた」


「……」


「そして娘が言葉を話すようになり、軽く走れるようになった頃、先日あった事件と同じ、ショッピングセンター爆破テロ事件が起きた」


「!」


「……俺たちは、それに巻き込まれたんだ」




おまけ



「警部! 銀狼が動いたっすよ!

 銀狼の犠牲者が出ました!」


 俺が久しぶりに依頼を終えた次の日。

 ケビンがたいそう嬉しそうに部屋に飛び込んできた。


「……ずいぶん嬉しそうだな」


「だぁって~、ようやくあのクズ警視から離れられるんすよ~!」


 捜査協力している先の指揮官であるスティーブン警視のことだろう。

 ケビンは彼にずいぶんこき使われていたからな。


「クズ、とはずいぶんな言い方だな」


「いやいや、だって、あいつリグレット警視に彼氏はいるのかとか、好きな食べ物はとか、スリーサイズはとか、あれこれ尋ねてきて、俺が分からないって言ったら調べてこいとか言うんですよ!」


「……それはたしかにクズだな」


 もはや捜査にまったく関係がない。


「……それは本当かしら?」


「どわっほい!?」


「……エルサ」


 扉の向こうから噂のエルサさん登場。

 とてつもない笑顔をしてらっしゃる。


「それで、ケビンくん?

 君はそれを調べたのかしら?」


 エルサさん、めちゃくちゃ怖いっす。


「い、いやいやいやいやいや! 滅相もない!」


 ケビンは外れそうなほど何度も首を横に振り回した。


「……そう。スティーブン警視は今どこにいるの?」


 柔和な笑みがことさら怖い。

 

「そ、捜査本部っす!!」


「そう、ありがと」


 エルサは穏やかに微笑むとするりと消えていった。獲物を求める蛇のように。


「……あの人だけは敵に回さないようにしないとっすね」


「……激しく同意だ」


 俺たちはスティーブン警視に黙祷を捧げてから銀狼の事件現場に向かったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 神回ですね!めちゃくちゃ面白かったですー! 新情報がたくさんで、そうだったのか…!と、何十回も驚いてしまいました(*´Д`*)
2024/02/23 14:12 退会済み
管理
[一言] 創作に出てくるプロフェッサーは大体悪人( ˘ω˘ )
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