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20.追う者は追われる者に追われる者であることも自覚すべき

『ボス! 大変です!

 調べ屋の奴が逃げました!

 それに『箱庭(ガーデン)』の外壁が爆破されて、ガキどもが次々に逃げ出しています!』


『くそっ! 調べ屋を追え! 絶対に逃がすな! 必ず生け捕りにしろ!

 ガキどもも一人残らず回収だ! こっちは逃げようとしたら殺していい!』


『はいっ!!』





『……すいません。調べ屋は追っ手を振り切って街に。ガキどもは何人かは捕まえましたが、焼け死んだのと撃たれて頭ごと吹っ飛んだのがいたせいで誰が誰だか判別が難しいのが多くて。

 おそらくは、わずかな人数ではありますが逃げられたものと……』


『くそっ!!!

 絶対に探し出せ! 一人残らずだ!!』


『は、はいっ!!』


『……マウロめ。銀狼の情報を独り占めになどさせないぞ』









「……ス。

 ボス?」


「……あ?」


 解体(バラシ)屋に窺うような視線で声をかけられ、ボスはハッと我に返った。


「だ、大丈夫、ですか?

 なんか、きゅ、急にボーッとし、してました、けど」


「……ああ、なんでもねーよ」


 ボスはかつての夢想から現実に戻り、再び視線を戻した。

 だが、その視線の先は金色の髪の少女ではなく、倒壊したビルへと向けられていた。


「……あの、えっ、と、あの、お、女の子と、し、知り合い、なんですか?」


「……まあな」


 ボスは解体(バラシ)屋の話を適当に流し、考え事をしていた。

 そしてある程度の形が定まると、おもむろに口を開いた。


「……カイト。いるな?」


「え?」


「なに~?」


「うわっ!!」


 ボスの呟くような声に応えて二人の背後に突然、一人の男が姿を現した。

 先ほどまで誰もいなかったはずの背後に突然男が現れ、解体(バラシ)屋はたいそう驚いた様子を見せた。

 それは以前にボスの一味が集まった時に、ボスに首根っこを掴まれて連れてこられていた若い男だった。


「視線は送るな。

 三時方向。金色の髪のガキ、女だ。それとその横の銀色の髪の男。

 その二人を調べるよう紳士(ジェントル)に伝えろ」


「りょーかい」


 ボスに言われ、カイトは視界の端でターゲットを捉える。


「……ん? てか、あの男の方って」


「……知ってるのか?」


 カイトは男の方に覚えがあるようだった。


「あれだよ。

 小遣い稼ぎさせてた銀行強盗連中を一人で制圧した警官。たしか、それがあいつだったような」


「……ああ。そんなこともあったな。

 なるほど。武闘派の警官とかってやつか」


「たしか、銀狼関連の事件をメインに捜査してる奴で、階級は警部、だったかな。名前は忘れちゃった」


「あっちも様子を見に来たわけだ。専門の奴なら銀狼がこれに食い付くことぐらい読めるだろうしな」


 ボスは顎に手を当てて考察を広げていた。

 その間にカイトは気付く。


「……男の方、俺たちに気付いてるね」


「……ああ。さりげなくガキを庇ってやがる。なかなかデキる奴だ。

 おそらくは証人保護プログラムだろう。今は奴がキャシーの保護者ってことだ。

 銀狼絡みだと思われているのならマウロ一家の事件の担当でもある可能性は高い。

 戦闘能力からしても打ってつけなんだろうな」


 ボスは殺気を向けないようにしながら、少女を自分たちの視線から守るように動く男に注意を向ける。

 そして、燃え盛るビルをカイトと二人で眺めながら、冷たく視線を沈めた。


「……あれは邪魔だ。紳士(ジェントル)の調査が終わったら始末しろ。捕らえる必要はない。情報はいらん。警察の情報ならいつでも手に入るからな。

 キャシーは何としても回収したい」


「おっけー。

 キャシーってたしか、ボスのおもちゃ箱の中でも飛び抜けて成績の良かった子だよね」


「……ああ。死亡は確認されていたはずだが、おそらくマウロの奴が偽の死体を用意していたのだろう」


 そこまで言って、ボスは調べ屋マウロの真意を理解する。


「……つまり、マウロの狙いはキャシーだったわけだ。全てはアレを逃がすためだった?」


 ボスはニヤリと口角を上げる。

 頬の傷が喜んだように歪んだ。


「調べ屋マウロに、キャシーに、銀狼。

 道筋が見えてきたな。

 能力の高いキャシーに情報を託したか。

 鍵はキャシーが握っているはずだ。

 行け」


「へーい」


 ボスに言われると、カイトは現れた時のようにフッと姿を消した。


「……ボ、ボス? な、なにが、どうなって……」


「……帰るぞ。収穫は十分あった」


 ボスは困惑する解体(バラシ)屋を放って車へと戻っていった。


「え!? あ、ちょ、ちょっと待ってください~!」


 解体(バラシ)屋は慌ててボスの後を追う。


 それとほぼ同時に少女と男も歩き出す。

 奇しくも、追う者と追われる者が背を向けるように。



 どちらが追う者でどちらが追われる者か。

 果たしてそれは、最期のその時まで分からないのだろう。

















「……」


 視られているな。

 かなりの手練れ。明らかに表の世界の人間ではない。

 特安、というわけでもなさそうだ。特安の人間は俺がケビンと一緒にいるところは確認済みだろうし、そもそも俺は奴らに顔が割れている。ここまで意識して視られる謂れはない。

 ならば、警察でも特安でもない裏の人間ということになる。


「!」


 もう一人増えた。

 計三人。最後の一人は特に気配が希薄。


「ジョセフ? どしたん?」


 イブが首をかしげる。

 見ている奴らの気配の向かう先はイブがメイン。狙いはイブ。

 イブは気付いていない。

 まさか、イブの依頼主か?


 ……いや、今まで何も接触をしてこなかった連中がここで突然に、俺に存在がバレるような真似はしないはずだ。


「……」


 目的は何だ?

 イブとの接触?

 あるいは、イブに注目していると見せかけて本命は俺か?


 ……見事なものだ。俺に真の狙いを判別させない。

 それに、俺が奴らに気付いていることに奴らも気付いている。

 その上で、あえて俺たちを見ていないように見せかけている。

 挑発か、警戒させて動きを鈍らせる目的か。


「おーい。くそジジ……いてっ」


「……行くぞ」


「……むう」


 イブにデコピンしてから歩き出す。

 あちらも去るようだ。堂々と車に乗り込んだ。

 特安の連中も気付いているな。追うようだが無駄だろう。

 最後に現れた奴は消えたな。完全に観衆に溶け込んだか。前に俺の山でイブの訓練をしている時に感じた視線はこいつだな。

 調査専門の奴か。特に用心が必要だ。

 こいつを隠れやすくするために自分たちはあえて堂々と、か。慣れているな。


「……あっちだ」


「うい」


 イブを隠すようにして捜査本部へと向かう。


「……」


 誰が何の目的を持っていようが関係ない。

 俺の邪魔をするのなら全て排除するまで。

 爆破テロ事件に関係しているのなら何より。来るならいつでも来るといい。


 銀狼は、いつでもその喉元を食い破ってやる。










「……あれか」


 四本の支柱に白い布製の屋根をかけただけの簡易的な臨時捜査本部。

 そのど真ん中で、偉そうにパイプ椅子にふんぞり返っているのが指揮官だろうか。


 男。背は高くない。まだ若い、エルサと同じぐらいか。体型は警官にしては痩せ型、キャリアだろう。

 アッシュグレーの髪をオールバックに撫で付けた、見るからにプライドの高そうな男。


 いまだ消火と救助に消防も警察も奔走している上に、一般市民の目もあるというのに自分は椅子にふんぞり返ったまま。

 この時点である程度の器は知れたな。


「……イブ。お前は余計なことは喋るな。

 俺が答えるように促した時だけ話せ。これは命令だ」


「うい」


 俺たちはほぼ確実に歓迎されないだろう。

 歯に衣着せぬイブとの相性はおそらく最悪。出来るだけイブには喋らせず、俺が上手いこと誘導していくのがベターだろう。


「ん?」


 その指揮官とおぼしき男の近くで、先に到着していたケビンが頭をぽりぽりとかいているのが見える。どうやらだいぶ参っているようだ。


「……!」


「……」


 そのケビンがこちらに気付いた。

 指揮官の男に見られないようにしながら、こちらに向けて肩を竦める。

 お手上げ、といった所だろうか。


 まあ、この手の輩は警察にはままいる。

 まずは礼儀正しく、誠実で実直な人間として行ってみるか。


「行くぞ」


「……」


 イブが喋らずにコクリと首を縦に振る。

 どうやら既に命令を実行中のようだ。

 こいつはこういう時は忠実だから助かるな。





「失礼します」


「……あ?」


 指揮官の男は目線だけをこちらに向けて見上げてきた。


 相手が誰か分からないのにこの態度。

 立ち上がりもしないとはな。 


「リグレット警視の命を受け、この度こちらの捜査に加わせて頂くことになりましたジョセフと申します。宜しくお願い致します」


 ビシッと敬礼を決める。

 落ち着いたトーンで、しっかりと。

 そっちがそのつもりでも、こちらはそれに乗るつもりはない。


「……ふん。お前もか」


「……」


 男はふいと視線を正面に戻す。

 ケビンが向こうで、アチャーといった表情をしていた。


「リグレット警視のお気に入りか知らんが、よそ者が邪魔をするな。

 おまけにガキなんて連れて。ここは保育園じゃねえんだよ。子連れのくせにあいつに取り入りやがって。消えていろ」


「……」


 なるほど。エルサの名は地雷か。

 ふむ。だがこれは、まあ嫌な奴は嫌な奴なんだろうが、縄張りを荒らされることを嫌がっているというよりはむしろ……。


 どれ。少し、試してみるか。


「……スティーブン警視、ですよね?」


「……私を知っているのか?」


 男が視線をこちらに戻す。


 俺に向かって『知っているのか?』とはな。

 当然だろう。

 警察の人間全てを把握しておくことなど、そう難しいことではない。


「もちろんです!

 よくリグレット警視からスティーブン警視のご活躍をお聞きしていますので」


「そ、そうなのか!?」


 見開いた瞳孔。大げさなリアクション。頬の紅潮。

 この反応。間違いないな。

 エルサには悪いが、ここはダシに使わせてもらおう。


「はい。リグレット警視とは、警官であった私の父が彼女と知り合いだった関係で良くして頂いていますが、今回は優秀なスティーブン警視の仕事ぶりをよく見て学んでこいと言っていただけて、捜査協力という形で勉強させていただける運びとなりました。

 その緻密で的確な捜査・指揮能力の素晴らしさは日頃からリグレット警視より伺っておりますので、私自身とても楽しみにしておりました」


 と、さりげなくエルサとの関係性も説明しておく。

 師弟のような、面倒を見てもらっている間柄で、そこに特別な感情はないのだと理解させる。


「……そうか。そうか!

 リグレット警視が、私のことを、そんなふうに!」


「ええ、それはもう絶賛されていましたよ」


 ずいぶん嬉しそうにして。


「……ちょろい(ボソッ)」


 うん。イブさん黙ろう。命令したよな。


「そうか……そうかぁ」


 ……ライバルのような感情か、あるいは男女間の感情かは分からないが、どうやらこいつはエルサに並々ならぬ感情を抱いているようだ。

 ようは、そんなエルサに特別扱いされている俺たちが気にくわなかったのだろう。


「な? ケビン。

 よくリグレット警視は俺たちにスティーブン警視のお話を聞かせてくれるよな?」


「げっ!」


 げっ、じゃない。

 助け船を出してやったんだ。お前も乗れ。

 お前も捜査情報は欲しいだろ。

 ついでに、あとで一緒にエルサに怒られるんだよ。


「は、はいー。そ、そりゃもう大絶賛でしたよー!

 しかも長身でカッコよくて、私も見習わないとーなんてよく言ってたっすー!」


「うむうむ! そうかそうか!」


 ……かなりの棒演技だが、こいつが満足そうだから良しとするか。ケビンどころかエルサよりも身長は低そうだが。

 ついでにケビンの恨みがましい目は見なかったことにしよう。


「うむ! いいだろう!

 二人の捜査協力、大いに感謝する!

 私の隣でしっかりとその仕事ぶりを学ぶといい!

 そして、それを存分に彼女に伝えるのだぞ!」


 ……いっそ、清々しいほどに簡単な男だな。


「もちろんです!

 スティーブン警視の勇姿をこの目に焼き付け、必ずやリグレット警視に報告したいと思います!」


「そ、そうだそうだー」


「うむうむ!」


「……」


 うん。イブさんは黙っていろよ。心の声が今にも飛び出しそうな顔をしているが、黙っているならそれでいいぞ。


「……それで?

 結局、その子はなんなんだ?

 いくらなんでも子供を現場に連れてこられるのは困るんだがな」


 さっきはガキだの消えろだの言っていたのに、ずいぶん丸くなったな。


「あ、この子は私が預かっている子なのですが、今回、ショッピングセンターが爆破、倒壊する所を目撃したとのことだったので、何か有力な情報が分かればと思い、同伴させました」


 本当はイブだけ家に帰しても良かったんだが、さっきの連中のこともあって一人にはさせられないと思い、一緒に連れてきた。

 で、こいつにその理由を説明するための言い訳としてはこれがベストだと考えられる。


「ほう。それは確かに助かる。

 君。どうやってあの建物が崩れたか説明できるか?」


 スティーブン警視は椅子から降り、イブと目線の高さを合わせるようにして膝を折った。


 なるほどな。

 そういう振る舞いを知ってはいるわけか。

 尊大な態度は威厳をつけるためか、もともとクズなのか。本来のこいつの姿は果たしてどれなのか。まあ、どうでもいいか。


「……」


「……ん? どうした?」


 あ、そうだったな。


「イブ。その方に説明してみなさい」


「ん」


 俺が促すまで答えるなと命じていたんだったな。


「すみません。人見知りなもので」


「いやいや、この時分の、特に女の子ともなれば当然だろう」


 おや? 思いの外優しい反応。

 もしかしたら子供は好きなのかもな。


「えーと、ピカッてなって、ボーンってなって、ドカーンバリーンドカドカーで、わーきゃーで、ウーウーピーポーだった」


「……えーと」


 こいつは。


「イブ。もっとちゃんと、正確に話しなさい」


「らじゃ」


 イブはこくりと頷くと再び口を開いた。


「……まず最初に大きな爆発音。目を向けた時には既に建造物の複数箇所で爆破が発生。同時発生ではなく順次発生。そのタイミングの完璧さと数の多さから、リモート爆弾による遠隔起爆とともにタイマー式の時限爆弾の要素を同時に起動。数瞬、あるいは数秒後に次々に各箇所で爆破が起こるように仕掛けられていたと思われる。

 音、規模、色、匂い、状況から鑑みて、使われた爆弾はC4だけど、加燃材料としてガソリンなんかの液体燃料も複数箇所に設置されていたものと思われる。また、上層部分が一気に吹き飛んでいたことから、本来は地表部分を吹き飛ばす役割を持つデイジーカッターを使用して周辺への被害を最低限に抑えた可能性が高い。

 よって、調査する際はこのショッピングセンターの敷地内だけでなく、上層部分の粉塵の影響を受けたと考えられるこのエリア一帯を調べれば、可能性は低いけど爆弾の構造部品の欠片ぐらいなら見つかるかも。たぶん元は辿れないようにしてるだろうけど。あと……」


「ストーップ! イブ、もういい。もう喋るな」


「ぎょい」


 本気を出しすぎだ。

 最初のはこいつなりに年齢設定を守って話していたのか。

 とはいえ極端すぎるだろ。この年齢どころか、一般人でここまで詳しく話せる人間は普通いないんだよ、イブさん。


「え、ええと、な、なかなか聡明な子のようだな」


「申し訳ありません。私の家にある本を読んでいるうちに詳しくなってしまったようで。お恥ずかしい」


「いやいや、子供が電車なんかにやたらと詳しくなるようなものだろう。進む道を間違えることさえなければ問題ないさ。

 将来は是非とも我々とともに仕事をしてもらいたいものだな」


「わぷっ」


 スティーブン警視はイブの頭を優しく撫でた。


「温かいお言葉、痛み入ります」


 こいつは、あるいは本当に子供は好きなのかもな。イブに送る視線がさっきまでと比べ物にならないぐらいに優しい。

 逆に言えば、だからこそ子供の言ったことと思ってくれて、誤魔化しやすくて助かる部分はある。


「……」


 一方で、それを聞いていたケビンはひどく驚いた様子だった。

 スティーブン警視よりもこっちの方が危ないな。

 イブの判断能力や調査範囲の選定など、子供が本を読んで身に付けられるような代物ではない。

 明らかに誰かがイブに教え込んだもの。

 俺と過ごしている期間はまだそう長くない。

 これだけの知識と判断能力。一朝一夕で身に付くものではない。

 つまり俺が保護する以前、イブの家族と思われる惨殺された一家が教えたとケビンは考える。

 悲劇に見舞われた不幸な一家。

 ケビンの中でその認識が崩れる。

 子供に専門的な爆弾の知識を教え込むような家族。その背景。

 ケビンなら、イブとその一家を調べ直す必要があると判断するだろう。


 それはあまり宜しくない。

 銀狼としては、まだ特安に深入りして欲しくはない。

 特安が動くことで情報が出てくることもあるが、逆に奥に、闇に引っ込んで出てこなくなることもある。

 今回の事件、確実にイブの家族の事件とも関係がある。


「……」


 そして、かつてのショッピングセンター爆破テロとも。

 全ては繋がっているんだ。

 今回、こうして再び出てきてくれた奴らにまた闇に消えられては困る。

 特安には、まだ今回の事件だけを調べておいてもらいたい。

 おそらく今回の事件の犯人たちにとってもイブの家族の事件は(きも)だ。

 イブの家族の事件を再調査して、犯人と特安が潰しあう分には構わないが、そのせいでまた隠れられても困る。


「……」


 場合によっては、ケビンを始末する必要さえ……。


「いやー、イブちゃんスゴいっすね~」


「!」


「俺の弟もやたらと飛行機に詳しくて。ホント子供の知識って自分が興味あることには極端に詳しくなるんすよね~」


「……」


 ケビンは笑ってはいるが、目は俺の方をじっと見ていた。

『そういうこと』にする、と俺に伝えているようだった。


 これはどっちだ?

 ケビンは、俺のことを怪しんでいるのか?

 あるいは、俺とイブの今の状況を壊すまいと気を利かせてくれているのか?


 前者ならば、なおさらケビンを始末しないわけにはいかない。


「いや~、イブちゃんさすがっす!」


「えへん!」


「……」


 いや、ケビンは自分が極力死なないように振る舞う。

 俺がイブの何らかの事情を知っていると思い、それを知りながら秘密にしているとケビンは考えているのだろう。

 つまり俺の正体が銀狼、あるいはそれに類する者と疑っているのではなく、イブに何らかの背景があることを俺が知っているが、イブのために口を閉ざしていると思ったのだろう。

 そして、ケビンはそれを尊重してくれようとしている。


「……まあ、こいつの場合はその方向性が変だけどな」


「……いやいや、好きなものは人それぞれっすから」


「うむ。そうだな。時が経てばまた変わるかもしれないしな」


「……そうですね」


 イブに優しく微笑むスティーブン警視をしり目に、俺とケビンは頷きあった。


『たまたま子供がそれに興味を持って詳しくなった』


 そういう結論に着地しようと。


 どうやら、俺のことをずいぶん信用してくれているようだ。

 ともすれば銀狼の正体に迫るかもしれないイブの家族の事件のことを俺に託すと。


 もしかしたら、本能的に身の危険を嗅ぎ分けたのかもな。

 こいつは長生きするタイプだ。

 突っ込んではいけない所に自ら顔を突っ込んだりしない。

 それはこいつの生きる基盤に由来する。

 ケビンにとって一番に守るべきは家族。

 だからこそ、俺に託したのだろう。


「……」


 今は、ありがたくそれを受け入れよう。


「ふむ。貴重な証言を得たな。

 小さな名探偵のアドバイスに従って捜査範囲を広げよう。

 お前たちも引き続き捜査に協力してくれ」


「「はっ!!」」


「はは~」


 イブも俺たちの真似をして敬礼をする。


 スティーブン警視は体を起こすと、さっそく捜査員に指示を出し始めた。

 最初の印象と比べて、かなり優秀な奴なんだと分かる。

 俺たちにも的確に指示を出し、捜査員たちは淀みなく動いていった。


 おそらく今回の捜査ではたいした成果は得られないだろう。

 警察が調べた程度で出てくるようなものを残す連中ではないだろうからな。出たとしても、それはミスリードだろう。


 分かっている。

 これは狼煙だ。

 かつてのショッピングセンター爆破テロをなぞった、銀狼への挑戦状。


 あれもこれも、やったのは俺たちだ。


 奴らは、俺にそう伝えたいのだろう。


 だから、森から出てこいと。


「……」


 上等だ。

 今回、お前たちは大きく動いた。

 手がかりも得た。

 来るなら来ればいい。


 狩人など、銀狼にとっては他の獲物と変わらない。

 皆等しく、ただの餌だ。


 俺の妻と娘の命を奪った首謀者がお前たちだと言うのなら、俺は絶対にお前たちを逃がさない。

 どこまでも追っていって、必ず殺してやる。


「……ジョセフ?」


「ん? ああ、なんでもない。

 いくぞ。お前は俺の横にいろ。あの警視がいる間は余計なことは喋るな」


「かしこー」


 ……ひとつ、疑問があるとすれば、今回の爆破テロの犯人とイブに俺を殺すように依頼した人物とが同一人物なのかどうか、という所だ。


 おそらくだが、それは否だろう。


 今回の事件の犯人たちは銀狼が俺だと知らない。

 だからこそ、こんな大それたことをしてまで挑戦状を叩きつけたんだ。こんな、回りくどいやり方で。

 だが、イブに依頼した者はおそらく俺が銀狼であることを知っている。


 ……いや、どうなんだ。


 あるいは、知らないからこそ銀狼に依頼を出してイブの家族のもとに向かわせ、イブと対面させたのか?

 依頼をして、ターゲットのもとに現れた人物がイコール銀狼だとして……。


「……」


 どれも憶測の域を出ないな。

 情報が足りない。


「おい。何をしている。私の調査に同行したまえ。華麗なる捜査を見せてやろうぞ」


「はい。ただいま」


 そうだな。

 まずは目の前の捜査にも集中しよう。

 俺ならば、警察にも見つけられない奴らの痕跡を見つけられるかもしれない。あるいは、目に焼き付けておくだけで後で役に立つこともあるかもしれない。

 観衆の顔のひとつひとつをも観察しておけ。

 何が繋がるか分からない。

 分からないのならば集めろ。


 それが警察ってもんだ。




おまけ


「リグレット警視! 爆破テロです!

 ショッピングセンターで爆発が発生し、全倒壊したとのことです!」


「な、なんですって!?」


 部下から報せを受けたエルサはガタッと椅子から立ち上がった。

 そして、あらかたの報告を聞くとすぐに頭を回転させて思考を進め、部下の男に指示を出した。


「……ジョセフと、ついでに部下のなんちゃらとかいう奴に、その事件の捜査に加わるよう協力要請を出しなさい」


「え? 彼らは銀狼事件が主な担当ですよね?

 協力要請ってことは、このテロは銀狼の仕業ではないということでは? それなのに直接の部下でもない彼らにそれを命令するなど……」


「……ジョセフは、かつて起きた爆破テロで妻子を亡くしているのよ」


「!」


 思いの外、優秀に育った自分の部下にエルサは心の中で軽く舌打ちをしながら、仕方なくその理由を話した。


「……復讐は、何も生みませんよ」


「……行きなさい」


「はい……」


 悲しげな顔を見せる部下に背を向けるようにしてエルサは彼を送り出した。


「……分かってるわよ、それぐらい。

 それで止まれるようなら、狼はとっくに止まっているわ」


 自分に言い聞かせるように、エルサは一人残った部屋でポツリと呟いた。

 それが出来なかった、止めることが出来なかったかつての自分を悔いて。


「……今回の担当は、たぶんスティーブンね」


 エルサはそこで、さっきまでとは別の種類の嫌な顔をした。


「……あいつ、なんでか私にやたらと突っ掛かるのよね。ちょっと面倒くさいから、ジョセフの奴の怒りを買って始末されちゃわないかしら……なんて」


 その後、エルサはより面倒くさくなったスティーブン警視と対面してジョセフたちを呼び出すのだが、それはまた別のお話。



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