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18.狼煙は上がる



「……あ、あなた。安心して……。

 この子だけは……イブだけは、私が必ず、守るから……っ!」


「マリアっ!」


「ごめんね、愛してるわ……」


「マリアっ! イブっ!!」










「はっ!」


 見慣れた天井。

 メインハウス。警部であるところの俺の部屋。


「……夢、か」


 嫌な夢を見た。

 寝間着が汗でグショグショだ。


 ……いや、不快感はあるが収穫と言うべきか。

 完全記憶能力を持つ俺が唯一思い出せない記憶。その断片を、見せてくれたのだから。


 そうだ。

 妻と娘は、俺の目の前で……。


「……なぜ、今さらそんなことを思い出させるのか」


 その時が近い、ということか?

 嫌な予感しかしないな……。


「……ん?」


 なんだ?

 何か、変な匂いが……。


「へいジョセフ!

 へるぷ! へるぷみー!」


 イブがなぜか泡だらけで部屋に駆け込んでくる。

 途端、薬品の焼けるような匂いが部屋に充満する。


「……何をした?」


「洗剤って泡立つやん?

 パンケーキはふわふわふっくらが売りやん?」


「……だいたい分かったぞ、くそっ!」


 ベッドから飛び起きてリビングへ。


「……うわーお」


 異臭と異常の原因たるキッチンを見ると、そこはもはや惨劇だった。

 キッチン一面泡だらけ。コンロ周りは焼け焦げた跡。原因であろうフライパンは真っ黒焦げ。

 溢れる洗剤で火が消えたのは不幸中の幸いか。


 ん? なんかガス臭くないか?

 あ、火が消えただけでコンロのツマミはそのままなのか……っ!


「くそっ!」


 俺は慌てて泡の中に飛び込み、コンロのツマミを戻す。そしてそのままリビングの窓まで走り、窓を全開にして急いで換気する。

 どれだけガスが充満しているか分からない。換気扇を回して、静電気や粉塵で着火したら終わりだ。


「むうう。アワアワで見えない。そうだ。ライターで明るくしよう」


「やめろ! マジでやめろ!!」


 その後、イブを取り押さえて換気が終わるまで小一時間かかった。






「……はぁ」


「ごめんなさい。マジでごめんなさい。マジペコ」


 部屋の片付けと掃除に邁進。

 イブさんは土下座。

 先ほどの状況の危険性を骨の髄まで叩き込んだ結果、イブさんはマジペコ人形になりましたとさ。


「ごめんよ~」


「……」


 困った顔で何度も頭を下げるイブ。



『マリアっ! イブっ!!』



「……」


 夢の中では、イブの……娘の方のイブの姿が見えなかった。

 だが、たしかにあの時、あの場所には娘もいたはず。

 マリアは、娘を必ず守ると言って、自分から……。


「……」


「ジョ、ジョセフ~……」


「!」


 我に帰ると、イブが今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 つい考え事をしていただけなのだが、何度謝っても反応しない俺が、どうやら本気で怒っていると思ったようだ。

 まあ、このままにしておいた方が日頃の行いを反省するか。


「ご、ごめんなさい~」


「……」


 はぁ。


「……片付けたら出掛けるぞ。

 こんなんじゃメシも食えない。

 近所のカフェで朝食をとる」


「!」


 パンケーキがウリの店。

 行くとイブが喜ぶ店だ。


「でかした!

 さっさと片付けろ!」


「……殺すぞ」


 そんな、晴れ渡る空みたいに笑うな……。


















「おい。準備はできたか」


「ひ、ひひ。バッチリですよ、ボス。

 か、完璧に計算された配置。寸分の狂いなく、き、綺麗にバラバラになりますよぉ!」


 六階建ての大型ショッピングセンター。

 揃わないモノはないが売りの、数多くのテナントが入った街の生活の要。

 そこに、頬に傷を持つボスと、やたらと細身で猫背の薄気味悪い雰囲気の解体(バラシ)屋はいた。


「まずはここだ。

 祭りの再来。

 人々はあの恐怖を思い出すんだ。

 そして、警察は俺たちが再び表舞台に出てきたことに驚愕する」


「ひ、ひひ。お、女の子も、皆まとめて吹き飛んじゃうのは、ちょ、ちょっと、残念」


 二人はゆっくりと歩き出す。

 仕事を終えて、建物の外へと。

 巻き込まれないように、遠くへ。祭りを眺められる高い場所へ。


「は、早く、早く行きましょう。

 早く、俺の芸術品を、皆に見せるんだ!」


 車に乗ると、解体(バラシ)屋は興奮を抑えられない様子で小刻みに震えていた。


「まあ落ち着け。

 せっかくなら特等席で見物しようじゃねえか」


 ボスはニヤリと笑って車を発車するのだった。





「ん?」


 目的地に向かう道中、ボスは一人の少女を見かけて車を止める。

 車の窓を開けて、その少女に声をかけた。


「よう。マドカ。学校の帰りか?」


「……」


 そこにいたのはギターケースを背負ったセーラー服の女子高生だった。

 長い黒髪の間から無表情の冷たい目がボスを見据える。


「……仕事じゃないなら話し掛けないでほしい」


 マドカは後部座席に座る解体(バラシ)屋を見て眉をひそめた。どうやら彼女は解体(バラシ)屋のことが好きではないらしい。


「まあそう言うな。

 お前に一個だけ言っておくことがあってな」


 ボスはタバコに火をつけてゆっくりと煙を吐いた。

 

「……なに?」


「あそこのショッピングセンターには行くな。それだけだ」


「……何をしたの?」


 遠くに見えるショッピングセンターをチラッと見てから、マドカはより一層眉をひそめてボスに尋ねた。


「祭りだよ」


「……」


 だが、ボスは楽しそうにそう答えるだけだった。


「とにかくそれだけだ。

 じゃあな」


「……」


 走り去る車。

 その後部座席に座る解体(バラシ)屋が気色悪い視線を自分に送ってきて、マドカの機嫌は最悪になった。


「……趣味悪」


 彼らの行き先であろう高台を見て、マドカはそれだけを吐き捨てるように言うと、再び足を進めたのだった。
















「ふー! 食た食た!」


「……マジで食ったな」


 ようやく部屋の掃除を終えて、近所のカフェで朝食を取り、店を出る。

 

 こいつ、タワーみたいなパンケーキをあっという間に平らげやがった。

 以前よりますます食う量が増えてないか?

 それでなんでこんなに細いんだ、こいつは。


「私の胃袋は宇宙だ!」


「……ビッグバンでも起きてしまえ」


 これからまだまだこいつの食費が増えるのだとしたら先が思いやられすぎるぞ。


「さて、俺はこれから仕事で署に行く。

 お前は一人で家に帰っていろ」


 あんな大掃除のあとに仕事なんて気が滅入るが仕方ない。


「あ、私ちょっとお買い物したいでござる」


「なに買うんだ?」


 珍しいな。


「……それは秘密でござる」


「買うものが言えないのなら金は渡せないぞ」


「そ、そんなご無体な!」


 イブには、必要なものがあるときには申告制で小遣いを渡している。

 でないと、こいつはどっかのカフェで延々とパンケーキを食い尽くすだろうからな。


「当然だろう。必要なものなら買ってもいいが、そうでないなら買う意味はない」


 俺が稼いだ金だしな。


「そんなこと言わんでよ~。ちょっとでいいからよ~。おらに恵んでくれよ~」


「おい。デカい声でそんなこと言いながらすり寄ってくるな!」


 人の目が痛すぎる。


「頼むよ~。ちょっとでいいんだよ~」


「おわっ! 登ってくるな!

 分かった! 分かったから降りろ!」


「おっしゃおらぁ!」


「……殺すぞ、マジで」


 俺が折れると、イブはよじ登っていた俺からぴょんと飛び降りてガッツポーズを決めた。


「はぁ。で? いくら欲しいんだ?」


「えっとねー」


 イブが告げた金額は本当にたいした金額ではなかった。これではカフェでパンケーキを食べることも出来ないだろう。


「ったく。ほら」


「へへ~、ありがたや~」


 ため息をつきながら金を渡すと、イブは頭を下げながら両手を差し出して受け取った。

 何のテレビで見た影響か分からんが、周囲の印象が悪すぎるからやめてほしい。


「んじゃ! イブさんはいざ行かん!」


 金を受け取ると、イブはさっさと駆け出してしまった。小さな背中がより一層小さくなっていく。


「おい! どこまで行くんだ!」


「あのでっかいショッピングセンターなり!」


「終わったら早く帰るんだぞ!」


「りょっ!!」


 イブは俺の言葉に適当に返事を返すと、すぐに見えなくなってしまった。

 まあ、あの駅の近くのショッピングセンターならここから近いし、すぐに帰るだろ。


「……やれやれ。出勤前から疲れたな」


 俺はため息をつきながら仕事に向かうのだった。















「この辺りでいいだろう」


「へ、へへ。早く、早くやりましょうよ!」


 車を走らせ、ボスと解体(バラシ)屋の二人は街を見渡せる公園へと来ていた。

 ここからだと一際背の高いショッピングセンターをよく見ることが出来た。


「ひひ。ひひ。俺の、俺の作品は芸術なんだ。

 一瞬の煌めきに全てを込めるんだ。ひひ、ひひひ……」


 解体(バラシ)屋はしきりに不敵な笑みを浮かべては、ぶつぶつと独り言を呟いていた。


「……警察に特安、そして銀狼。

 それぞれがどう動くか、見ものだな」


 ボスは解体(バラシ)屋から手のひらサイズの装置を受け取る。

 どうやらそれが起爆装置のようだ。


「世界に混乱を! 最強に死を!

 これは、その狼煙だ!!」


 ボスがそう叫びながら装置のスイッチを入れると、遠くにそびえるショッピングセンターは爆炎に包まれて倒壊したのだった。
















「警部! 大変っす!!」


「なんだケビン、騒がしい」


 署について書類を確認していると、ケビンがバタバタと部屋に転がり込んできた。

 こいつはいつも騒がしいが、今日はいつにもましてうるさいな。


「テロです!

 街のショッピングセンターが何者かに爆破されて、ビルが全倒壊したんすよ!」


「何っ!?」


 読んでいた書類を放り投げて立ち上がる。


「特安は何をしているんだ!」


 思わず声を張り上げるが、部屋には俺たち以外に誰もいないから大丈夫そうだ。

 この部屋は俺が独自に盗聴できないようにしてあるしな。


 それよりも、それ専門とも言える特安がみすみすそんな大それたことを実行されたことの方が問題だ。


「じょ、情報は、どこにも、なかった、みたいっす……」


 ケビンは言いづらそうにしていたが、どうせ吐かされると思ったのか、しぶしぶ口を開いた。


 特安にさえ、その情報の一端も漏らさずにテロ行為を実行したというのか。



 ……。



「……待て。どこが壊れたと言った?」



 嫌な予感が這い寄る。

 足元から背筋にかけて、ヒヤリと嫌なモノがうぞうぞと動き回る感覚。



「だから、ショッピングセンターっすよ。

 あの六階建ての、駅に近い」



『おい! どこまで行くんだ!』


『あのでっかいショッピングセンターなり!』



 駆けていくイブの後ろ姿を思い出す。

 その先には、そこからでも見えるショッピングセンターが。


 くそっ!!


「イブっ!!!」




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[一言] イ、イブちゃあああああん!!!!(ブワッ)
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