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15.反省会は速やかに。振り返れば見えてくるものもときにはあるもので

「ほい。持ってきたよ。あー、疲れた」


「ああ。ご苦労だったな」


 ジンは無遠慮に事務所の扉を開けると、ずかずかと室内に入っていき、疲れたとソファーに座り込んだ。

 続いて入ってきたガイが事務所にいた男の前のテーブルに十個のトランクケースを置く。


「……なんでトランクが増えてんだよ?」


 最初に持たせた五個のトランクと同じ個数を持って帰ってくるはずが、目の前に置かれたのはその倍の数のトランクケース。

 さらに戻ってきたのは護り屋の二人のみ。


 二人に依頼を出した男は睨み付けるように護り屋の二人を見据えた。

 ガタイのいい肉体にさっぱりと刈り上げた短髪。着ているハイブランドのスーツは今にも張り裂けそうだった。その鋭い眼光は明らかにカタギの人間ではなかった。

 男は重たい煙を燻らせるタバコを灰皿にのせる。


「殺し屋がいたんだよね。んで、俺ら以外は全員殺されちゃった。向こうの受け取ってくれる人がいなくなっちゃったから、しょうがなく全部持って帰ってきたんだよ。

 まったく、運び屋でもないのに、感謝してほしいとこだよね」


 まるで少女のような容姿のジンが頬を膨らませてプンプンと怒ってみせた。


「……俺の組の奴らはそれなりに腕が立つのもいたはずなんだがな……」


 十人もの戦闘に長けた男をおそらく一人か二人で問題なく始末し、かつ護り屋と話をつけられるだけの判断力と実力がある存在。


「……銀狼か」


「さあね」


 ポツリと呟く男にジンは肩をすくめた。

 同業は売らない。

 それは決して仲間意識からではなく、利害関係を生じさせたくないからだった。

 互いに互いの領分を必要以上に侵さない。裏稼業で長生きしていくにはそういった分別をつけることが必要だった。こと、銀狼に関しては特に。


「……どうするんだ?」


 そんな二人を眺めていたガイが男に尋ねる。

 ジンはすっかりソファーに寝転んで寛いでいるが、ガイはソファーの後ろに立ったままだった。


「ブツは改めて渡しに行く」


「へ? なんで? 儲けもんじゃん」


「事故があったとはいえ、ちゃんとした取引だ。金だけもらってブツは渡さないではこっちの面子に関わる。それは、俺の仁義に(もと)る」


「ふーん。相変わらずお堅いんだね」


 一度は体を起こして興味を示したジンだったが、答えを聞くと再びソファーに体を預けた。

 銀狼の仕事を事故で片付けたことからも男がこの世界で長く生きていることを示していた。

 それが分かったからこそジンは男に興味を向けることをやめた。


「……今どき、そのスタンスは少し生きにくいんじゃないか?」


「!」


「……」


 ガイがポツリと呟いたことに男が驚く。男は二人とはそれなりに付き合いがあったが、ガイが何かに興味を持つのは珍しいことだった。

 目を瞑ってはいるが、ジンも聞き耳を立てているようだった。


「自分だけが、自分たちだけが良ければそれでいい。他の奴らが自分よりも得をするなどあり得ない。騙し騙され、常に寝首をかかれないように気を張る。

 この世界は、そんな世界だろう?」


「……」


 ガイはいつかの記憶を思い出しているのか、どこか遠い目をしていた。ジンも同じ景色を見ているのか、ただ黙ってその話を聞いていた。


「……ふむ。最近はそういった輩が増えてきているのは確かだ。

 だが、だからこそ俺たちは仁義を貫く。

 そんな無遠慮な奴らに分からせるために、俺たちは俺たちの道を真っ直ぐ進むんだ」


「……敵の多そうな生き方だな」


「……」


 皮肉めいた返事だったが、心なしかガイは無表情ながらも嬉しそうにしているようだった。

 ジンはそれを感じ、ソファーに寝転がって目を閉じたまま、こっそりと口角を上げる。


「まあな。だが、味方になってくれる奴もいるし、敵にならないでいてくれる奴もいる。

 そして存外、そんな奴らは信用できる奴が多い」


「……そうか」


「だからおまえらも、俺の依頼を受けてくれるんだろ?」


「……さあな」


「やれやれ。素っ気ないところは相変わらずか」


 ニヤリと笑う男に、ガイは視線を外して首をかしげた。相手から目を離すという行為がガイにとっての相手への最大限の賛辞であるとともに信頼の証であることを男は知らない。


「ねー! お腹すいたよ! なんかご飯食べさせて!」


 それを知っているジンはソファーから嬉しそうに飛び起きて男に食事をねだった。


「……ふ」


 この世界で人の出した食べ物を口にするというのがどういうことか。

 男も兄弟も、そのことをよく分かっていた。


 それを信用の証と捉えた男は置いたタバコをそのまま灰皿に擦り付けて火を消すと、嬉しそうに席を立った。


「よし! 金も入ったし、好きなもんを好きなだけ頼め! 全部俺の奢りだ!」


「やったー!」


 気前のいい男にジンは可愛らしくピョンピョンと飛び跳ねる。


「……ん? どうした、ガイ?」


 しかし、それとは逆に顔色が悪くなったガイに男が尋ねる。


「……ジンは、たぶんあんたの想像を遥かに超える量を食べる。ジンに注文を任せると破産するぞ」


「げっ!」


 男が振り返ったときには、ジンはすでに三軒目の店の全メニューを注文し終えていた。




 その後、半泣きで支払いを済ませる男のもとを銀狼が訪ねるのは、それからわりかしすぐのことだった。

















「では、反省会を始める」


「……なんそれ?」


 イブを連れての初めての依頼を終え、ケビンへの嫌がらせを済ませた俺たちは家に戻っていた。


「依頼を終えたらフィードバックだ。何が良くて何が駄目だったか。それを自分の中で振り返り、反省し、次に活かす。PDCAサイクルってやつだな」


「ぴーでぃー……なんそれ?

 イブちゃんに『パンケーキだけはちゃんと与えよ』? そんなん大歓迎ぞ!」


「……どんなキャラだよ」


 テンション上がりすぎて自分のキャラ設定忘れるな。


「それはもういい。とにかく、依頼を終えたら自分で振り返りと反省ができるようにしておけ。今日は俺が見るべき部分を教えてやる」


「……おけ」


 パンケーキではなかったことに落ち込んでいるようだが、どうやらそんな場合ではないことを察して、しぶしぶ話を聞こうといったところか。まあ、切り替えたのならいい。


「まずは監視から侵入までは俺が先導していたから特に取り立てることはない。このあたりの手順やルートの確立なんかはまた別で教える。

 ああ。次は口布や帽子は勝手に取るなよ」


「ん」


「よし。次」


 イブのリアクションを確認しながら話を進める。

 相手に自分の考えていることを理解させるのは難しい。

 きちんと伝わっているか、曲解されていないか、思考が停止していないか、集中力が切れていないか、自分で思考できているか。

 自分の言葉が相手にどう受け取られているかを感じ取れなければ話をする意味はない。

 何が駄目で何が良かったか。

 それを端的に事実として論理的に伝えられなければ到底、相手の教訓になどならない。


 反省は次へと繋げるためにするものだ。

 一度の過ちで自らの命が消える世界。

 失敗しても次があるなどという世界ではない。

 万が一ミスをしても、その場ですぐに自らの力でカバーしなければならないのだ。


 今日のミスは直せるうちに直してやる。

 直している暇なんてものがあるうちに直しておく。

 そのためにも、イブにきちんと指摘が伝わっているかどうかを確認することは重要だ。


 まあ、俺が同じことを二度言うのは面倒だというのもあるが。


「倉庫に入ってからの音や気配の消し方は見事だった。あれならプロでもそうそう気付けないだろう」


「えへん」


 腰に手を当てて、ずいぶん嬉しそうだな。


「ああ、だが、動いてからの気配が少し漏れていた。今回はただの木っ端組員だったから良かったが、護り屋レベルの連中なら気付かれていたぞ」


「……しょぼん」


 ……よく無表情でそこまで感情を表現できるな。逆に感心するぞ。

 だが、実際にジンはイブの存在に気付いていた。まだ組員連中を尾けている途中のイブに、だ。

 プロとの戦闘では居場所を悟られた時点で一気に不利になる。

 動物的感覚に優れたイブならばすぐに体得するだろうが、まだまだ気配の消し方には精進が必要だ。


「そのあとの暗闇への即座の対応と行動は良かった。きちんと暗闇への対応の仕方も覚えていたようだし、戦闘もあのレベルの静音ならば条件をクリアしていたと言えるだろう」


「ふんす」


 ……鼻から息をふんと出して、当然だとでも言いたいのか?


「まあ欲を言えば、始末した者が膝をつきながら倒れるように仕留めるとより音を殺せるぞ。即死させるとそのままバタンと倒れるからな。まあ、それは今度また教えるとしよう」


「……ぴえん」


 ……そのティーみたいなポーズはなんだ? 涙か? 悲しいアピールなのか?


「そのあとのガイの出現に関しては仕方ないかもな。俺でさえそっちに意識を向けるまで奴の存在には気付けなかった。あいつの気配の消し方はジンの言うように動物並み、いや、それ以上だ」


 どうやら寝ていたようだしな。寝ていてもあれだけ存在感を消せるのだからたいしたものだ。


「……むう」


「どうした?」


 なんだか機嫌が悪そうだが。


「……ジョセフなら、私のとこにいたらきっと気付いてた?」


 イブは不満げにこちらを見上げながらそんなことを尋ねてきた。


「まあ、そうだな。あのときはジンとの戦闘中な上にイブに意識を向けていたからその先への注意が弱かったが、イブの距離ならさすがにすぐに気付けただろう」


「……むう」


「仕方ないだろう。おまえはまだ一人前じゃない。それにあれは駆け出しのプロでも気付けないレベルだ。これから出来るようになっていけばいい」


「……むう」


「まだ、何か不満なのか?」


 そんな状態で次に移っても頭に入っていかないだろうから早めに切り替えてもらいたいのだが。


「……ガイのこと、すごい褒めてる」


「あん?」


 俺がガイのことを褒めているのが気にくわないのか?

 奴はそもそもプロだし当然なんだが、一丁前に対抗意識を持っているのか?

 まあたしかに年齢は近いようだが。


「私だってすごい、もん……」


 やれやれ。


「そうだな。俺が渡したナイフもうまく使っていたし、初めてにしては戦い方も流れも思考展開も良かった。

 よくやったと思うぞ」


「……えへへ」


 イブは腰に差したままのナイフを軽く撫でると、少しだけ嬉しそうにした。

 どうやら機嫌は直ったようだ。


 まったく。子守りじゃないんだがな。


「で、問題は最後だ。

 ケビンの殺気に対する反応。その場でも注意したが、あれだけは気を付けろ」


「……上げてからの、ぴえん」


 ……その言葉遣い、なかなかにムカつくのだが。


「たとえばパーティーなんかに潜入しての要人暗殺の場合、わざと会場で殺気を撒いて反応を探り、敵の数を測るプロもいる。または逆に、護衛側がそれをやってくることもある。

 当然、素人には分からないレベルでな。

 それに反応することが、イコール自分は標的を仕留めに来た殺し屋だと教えているようなものだ。

 自分に向けられた殺気に対して一般人と同じように無関心でいられるようになれば、それに曝されて怯むこともなくなる。

 身に付けておいて損はない技術だぞ」


「……ん。わかった。がんばる」


「……よし」


 どうやらちゃんと理解したようだ。

 イブは文句は言うが、それが必要なことならば素直に受け入れるところがある。そういう所は教えていて実にやりやすい。

 無駄なプライドで変に意固地にならない所も評価すべきポイントだろう。

 臨機応変にいくらでも変化する反面、余計な影響を受けて誤った方向に変化しないようにだけ気を付けなければいけない。


「……それで、どうだった?」


「ん?」


 イブが首をこてんと横に傾ける。

 質問を理解していないようだ。


「初めて依頼をこなして、初めて標的を始末して、どう思い、何を感じた?」


「んー……」


 イブは首をかしげたままでしばらく考え込んだ。

 本当は依頼も、人を殺すのも初めてではないのだろう。だが、イブは俺にそれを隠している。

 この問いに対してイブがどう答えるか、俺は少し興味があった。


「……んー、とくになにも。

 ただそういう依頼だったからそうした。

 そこにべつになにかを思ったりはしない」


「……そうか」


 やはり、そう教えられたのだろう。


「あ、でも……」


「ん?」


「ちょっと、つまんなかった。組員っていうから、もっと強いのかと思ってた。でも、みんな一撃ですぐに始末できて、なんか、拍子抜け」


「……」


 そのときのイブは、なんだか少しだけ笑っているようにも見えた。


「……いいか、イブ。この仕事を楽しむな」


「!」


 諭すような俺の声に、イブは顔を上げる。

 予想外の返答だったようだ。


「相手の命を狩れると思った数瞬。その一瞬に愉悦を感じ、溺れる者は多い。だが、それは自身の目を曇らせる。周りが見えないヤツはすぐに終わる。

 陰に潜む本物のプロに気付かずにな。

 常に冷静さを失うな。何があっても目を閉じるな。

 ただただ冷静に仕事を行う。

 それが殺し屋を長く続けるためのポイントだ。

 おまえは本物の方を目指せ」


「……ジョセフみたいな?」


「……まあ、俺もいまだに完璧とはいかないが、な」


 現状に満足してしまえば成長はそこで止まる。

 最強の殺し屋という自覚はないが、そうあろうと思う気概は常に持っているつもりだ。


「……ん。わかった」


 イブはしばらく俺の顔を見つめたあと、こくりと頷いた。


 イブは危うい。

 環境次第でどこにでも堕ちていける。

 まだ、自分でそれを判断できるほどの下地がないのだ。

 殺しに楽しみを感じるようにだけはさせないようにしたい。そちら側に堕ちれば戻ることは難しい。

 護り屋のジンとガイはあの若さでそれを理解しているから、プロとしてやっていけているのだろう。

 ま、そんなことを言えばイブがまた不機嫌になりそうだから言わないが。


「……ねえ」


「なんだ?」


 イブはしばらく考えたあと、再び俺の顔を見上げた。


「……なんでジョセフはこんな仕事してるの?」


「……なぜ、それを聞きたい?」


 仕事のスタンスについての話から興味を持ったのか?


「んー、なんとなく? なんか聞いてみよってなった」


 なんとなく、ね。


「……そうか。

 ……そうだな。それは俺が銀狼だから、かな」


「……なにそれ」


 イブは期待していたのとは異なる答えだったようで不満げな顔を見せた。


「……べつにおまえは俺の答えを聞きたかったわけではないだろう?

 おまえが知りたいのはおまえの中での答えだ。それを導き出すための引き出しのひとつとして俺の答えを求めただけだ」


「……ん。そうかも」


 イブはこくりと頷く。

 こういう時に素直になれるのはこいつの強みだな。


「……なんだ? 悩んでるのか? この仕事が嫌になったか?」


「……べつに。悩むとか悩まないとか、好きとか嫌いとかはない。私にはこれしかなかったからこれをしてる。それだけ」


「……そうか」


 ならばなぜそんなことを聞いたのか、などと尋ねるのは無粋だろう。


「べつにやめたければやめればいい。これしかない、などと言うのは幻想だ。やろうと思えば何でも出来る。

 本物は、それでもこれを選ぶというような奴がなる……とも言えないな」


「……どっちやねん」


「さあな。俺もまた、まだ成り損なってるだけの奴なのかもな」


 俺自身、たしかにこれしかなかったから、という側面がないわけではなかった。だからイブの言うことを一概に否定もできないな。

 とはいえ、べつの道もないわけではない。

 エルサに頼めば、遠く離れた土地でこの世界とは無縁の生活をイブに送らせてやることも可能だろう。


「……最強の殺し屋に言われたら世界中の殺し屋が困りそう」


「……ふっ」


 だが、イブ自身が望む限り、俺はイブに技を教えよう。心得を教えよう。殺し屋としての生き方を教えよう。

 たとえそれで俺がイブに殺されることになっても、その前にイブに依頼を出したヤツを突き止めて始末すればいい。

 そうなれば、こいつはもう、用済み……。

 俺にとって脅威となるならば、育ちきる前に始末すればいい。


 それに、俺に牙を剥かないように育てて、足を洗わせて遠くにやる手もある。


「……」


 ……などと。

 イブを殺さない、自分への脅威を手放すということを考慮するなど、俺らしくもないことを考えているな。


 冷静に判断すれば、脅威となるなら用が済めば消せばいい。

 今までだってそうしてきた。


 こいつもまた、例外ではない……。

 娘に、イブに似ているから……どうということなど、ない。


「……どしたん?」


 今は亡き娘の成長した姿が重なった瞳。空のように澄んだ青。

 金に輝くさらさらとした長い髪は、マリアのそれによく似ていた。


「……いや」


 だが、それがどうした。

 所詮は他人。

 しかも俺を殺そうと虎視眈々と首を狙う殺し屋。

 ならば俺も最強の殺し屋銀狼として、利用するだけしたらさっさと始末すればいい。

 こいつに依頼した組織はいつか必ずこいつに接触する。必ず尻尾を出す。

 俺はそのときまで待てばいい。

 その組織が俺の目的の可能性も高い。


 待つのは慣れている。

 尻尾を出したら、イブごと全て噛み潰してしまえばいい。


「……ねえ」


「……ん?」


「イブさん腹へりなり」


 抑えたイブの腹からぐぐぐーと大きな音が響く。


「……そうだな。とりあえずメシにするか」


「うむ! イブさんはパンケーキを所望! IPKT(イブさんパンケーキ食べたい)だ!」


「……よく分からんが材料はあるからそうしてやる。まずは風呂に入ってこい。出てくる頃には出来てる」


「でかした!」


「……殺すぞ」


 イブはとてとてと慌てて風呂場へと飛び込んでいった。


 そう。だから今はこれでいい。

 過ごすことのできなかった娘との日常を擬似体験などしているつもりはない。

 幻影をイブに重ねたりなどしていない。


「……今は、これでいいんだ」













「うまっうまっうまっ!」


「……なぜ額にまでクリームがつく」


 風呂から出てすぐにイブはパンケーキをがっついた。もう何枚目かも分からない。

 顔面全体で食べているかのようなイブの顔を拭いてやる。


「……食い終わったら先に寝ていろ。俺は少し出掛ける」


「ほえ?」


 クリームだらけの顔をこっち向けるな。さっき拭いたばかりだろう。


「後始末をきっちりつけるまでが仕事だからな」


「むぐっ」


 俺はそう言って、再びイブの顔を(ぬぐ)ったのだった。



おまけ



「うまっうまっうまっ!」


 デリバリで頼んだLサイズのピザを両手で持って丸ごと食べていくジン。


「だー! ったくよ。なんでデコにまでソースがつくんだよ!」


「んむぐっ!」


 事務所に運ばれた大量の料理。その支払いに男は顔を青くしながら、顔中ソースまみれのジンの顔をハンカチで拭いてやっていた。


「……」


 男に無抵抗で顔を拭かれるジンにガイは驚いていた。

 その容姿と環境から、男にも女にも嫌な経験をしたジンは人に触れられるのを嫌がった。

 それが、この男には顔面を触れられても何ら意識していないようだった。


「……」


 ガイはそれが少し嬉しい反面、今まではそれが自分の仕事だったことに一抹の寂しさも感じていた。


「ほら! ガイも食えよ! これウマイぞ!」


「もがっ!」


 ガイがそんなことを考えていると、ジンがピザを口に突っ込んできた。


「だーもう! おまえまで!」


「む、がっ」


 そして、ソースだらけになったガイの口元を男は乱暴に拭ってきた。


「……」


 なるほど。これは、思ったよりも悪くないかもしれない。


 ガイはそんなことを思いながら、渡されたピザをもう一口かじった。


「……」


 ジンはそんなガイの様子を見ると、嬉しそうにしながら再び大量の料理を口に放り込むのだった。



「……ヤバい。マジで破産するかも」


 二人は青を通り越して白くなった男を放って、楽しくご飯を食べたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ジンとガイ、尊いですー! ぴえんなイブちゃんもめっちゃ可愛い( *´艸`) そしてジョセフの心境がすごく切なくかったです(ノ_<) 続きも楽しみにお待ちしています♪
2023/07/04 13:03 退会済み
管理
[一言] >現状に満足してしまえば成長はそこで止まる。 作家にも言えることですよね( ˘ω˘ )
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