12.初めての任務にトラブルはつきもの!?【中編】ーー闇夜切り裂く一陣の萌え袖ーー
少し残酷表現があります。
「……」
行くか。
連中が分かれて数分。
待機組は完全に油断している。
イブの方はまだ移動中のようだが、既にあちらからは待機組の姿は見えない。
音もなく奴らを消せば、イブの方の奴らに気付かれずに終わるだろう。イブが先に動いて、万が一にもあっちに騒がれたら面倒だしな。
まあ、そんな心配は無用だろうが。
「……」
音も気配も消して奴らに近付いていく。
待機組の奴らは大きな声で談笑を始めた。
本当に、可哀想なぐらい哀れな連中だ。
声の大きい奴は小さい音に気付かない。
こいつらは外にもうひとりいることにも気付いていないだろう。
外のひとりもまだ動く気配はない。
幸いなことに、デカい声で喋ってくれる連中のおかげで外の奴は俺の存在に気付けないでいるようだ。
気付いた頃には、全てが終わっているだろう。
既に懐から取り出したナイフは手の中に収まっている。
今回のナイフはいつもの刃渡り17cmの新型ザ・レザーネック(タントー)。
血飛沫は意外と音が大きいし目立つ。
今回は首を切るよりも急所をひと突きにした方がいい。
切るよりも刺す方をメインに使うのならば、直刀のこのナイフは都合がいい。刀身も黒いから潜むのにも向いているしな。
そして、それと同じものがもう一本。
一人を相手にするのならば左右で異なるナイフを使うことで緩急をつけることもメリットとなるが、多対一でなるべく手数少なく相手を仕留めたい時は左右で同じ振り方をして同じように相手を殺せるようにナイフは同タイプのものがいい。
二本の同じナイフをそれぞれの手に握って様子を窺う。
「これで俺たちの天下だな!」
「あの生意気な連中に一泡吹かせてやりましょう!」
「俺はやるぜ!」
待機組が声高に話している。
まだ取引が終わってもいないというのに。
テロかライバル組織への襲撃か。
取引の内容物は武器だろうか。
まあ、短い夢だったな。
「……」
俺は奴らがいるコンテナの上に位置取る。
気配も物音も消せば、油断している奴らが気付くわけもなく。
全部で五人。
コンテナの近くに並んで二人。そう離れていない位置にその二人に向き合うように三人。
まとまってくれているから実にやりやすい。
ナイフを持ちながら、右手の指の間に針を二本挟んでおく。
そして隙を見て……一気に行く。
「そーだな! はーっはっはっはっ!」
「あいつらは金を出せば何でも用意しますもんね!」
「使える限りは使ってやるさ!」
もう少し情報を聞いておきたいところだが、イブよりも先に動かなければならないから、動くとするか。
「……」
俺は静かに立ち上がるとナイフを持った両手を、万歳をするように上に挙げた。
ナイフは逆手に持ち、刃が正面に向くようにする。
そしてその体勢のまま、足を下にして静かにコンテナから滑るように飛び降りる。
落下しながら目標を完全に記憶・捕捉する。
それと同時に上に挙げていた手を下に勢いよく振り下ろす。
「……かっ」
「……っ!」
地面に着地する直前で、振り下ろした手に握られていたナイフがコンテナ近くの二人の心臓を貫く。
まず二人。
膝を曲げて着地する。
すると刺さっていたナイフは重力も相まってするりと抜け、またすぐに使える状態に戻る。
「……は?」
向かいの三人は突然の状態にポカンと口を開けた。
やはり素人に毛が生えたような連中だ。
俺は右手に持っているナイフと二本の針をそれぞれ三人に向かって投げた。
一振りで手放したナイフと針はぶれることなく三人の喉に向かって走る。
「……っ」
「ぐ……」
「あっ……!」
そしてそれらは的確に三人の喉に突き刺さった。
ナイフを受けた一人は致命傷。優先順位は一番低くていい。
針は的確に喉に刺せば声を出せなくすることも可能。声が出ないことに気付いた他の二人が慌てて喉に刺さった針を抜こうとする。
だが、その時にはもう俺は二人の目の前まで来ている。
突っ込んだ勢いのまま片方の男の心臓を一突き。
「……っ!」
それを見てもう片方が慌てて武器を構えようとするが、心臓に刺さったナイフを抜く時の抵抗をバネにして勢いよくそいつのこめかみにナイフを沈めると、すぐに力を失ってくず折れた。
これで四人。
「……ぐ、がっ……」
喉にナイフを刺された男がもがき苦しんでいる。
放っておいてもこの男は勝手に死んでいくが、
「……っ」
その男のこめかみにすっとナイフを沈めてやると、男はすぐに動かなくなった。
べつにいたぶる趣味はない。
どうせなら苦しませずに逝かせてやるとしよう。
これで五人。
待機組は何の問題もなく処理できた。
「……」
イブの方はまだ静かだ。
こちらの騒ぎには気付かれていないようだ。
特安も動く様子はない。奴らはやはり俺が出てくるまで動かないつもりだろう。
外のひとりは……。
「!!」
気配が、いつの間にか倉庫の中にある!
「なっ!」
瞬間、暗転。
倉庫の電気が消されたのだ。
俺はその瞬間に一瞬だけ強く目をつぶり、すぐに開けた。
目がすぐに闇に慣れてモノの輪郭を把握させる。
イブの方は大丈夫か!?
特安は動くのかっ!?
「っ!」
暗闇の刹那の中でさまざまな考えが頭を巡る一瞬を狙って、何かがこちらに投げられた。
俺はとっさにナイフを構えてそれを弾く。
キィンという金属音が響いてそれが床に落ちる。手応えと落下音からしてナイフか何かか?
投擲物の発射位置と、俺の記憶とを照らし合わせて変化があるところへと目を向ける。
「……すごいね。突然の暗闇にもすぐに対応して、おまけに押し殺した殺気と、かすかな音に反応して攻撃を、叩き……落とすなん、てー……」
「!」
目を向けたところから声。
記憶と照らし合わせ、新たに踏まれた水跡。
女のような声。若い。おそらく十代後半。
だが、聴こえてくる声にかすかな違和感。
言葉の後半が途切れがち、かつ、かすかに入るノイズ。
これは機器からの音声だ。
そうなると本命は……後ろか。
「……わーお。すごいね」
静かに振り向くと、闇の中をゆっくりと歩く影。
イブよりも少しだけ背の高い、若い女。
長い黒髪のツインテール。
地面に引きずるほどに長い服の袖。袖口が広がっている。
ズボンは足首が隠れるほどの長さ。
右目に眼帯。だが、今はそれを上にずらしている。暗闇に慣らすために夜目にしていたのか。
「よく無線だって分かったね。わりと最新式のだからこんな状況なら本物の音声と大差ないって話だったけど」
声だけだと十代後半に思えたが、かなり小柄で華奢だ。もしかしたらイブとそこまで変わらない年齢かもしれない。
「後半の音声が乱れていた。そしてかすかに混じるノイズは誤魔化せていない」
「あー、もう電池なかったかも。でも普通、こんな非現実的な状況でそこまで冷静でいられないと思うんだけどなー。
手際の良さといい、けっこうとんでもないよね」
ひどく落ち着いた話ぶり。
ゆっくりとこちらに歩いてくる。
鳴らない足音。
この距離でも感知しにくい気配。
「……同業か」
マフィアの組員程度のレベルではない。
こいつはおそらく人数が少ない方の組織が雇ったプロ。
「あー、やっぱそっちもプロかー。殺し屋とかかな?」
少女は軽い調子で話しながらどんどんと距離をつめてくる。
「……そんなところだ。おまえは違うのか?」
「んー? こっちは護り屋だよーっと」
「!」
少女は答えると同時に跳躍。
長い袖を振り回すようにしながら俺の頭目掛けて腕を振ってきた。
「……」
避けることもできるが、少し試したくなって腕を受けるようにナイフで迎える。
本当に腕での殴打ならば少女の腕は切り落とされるが……。
キィンッ! という甲高い金属音が響いて少女は後ろに飛んで下がった。
「普通腕をナイフで迎え打つー? 下手したら腕ボトッじゃん!」
狙いどおりにいかなかった少女はまるで普通の少女のように頬を膨らませた。
地面に引きずるほどに長い袖。
体型に合わない太い腕部分。
加えてこの金属音。
「……ブレードタイプのトンファーか」
「……やれやれ。あれだけでそんなことまで分かるのかー」
的中された少女は種明かしとばかりに武器を持ち変える。
袖を切り裂いて現れたのは剣の鍔の部分に持ち手をつけたようなトンファーブレード。
「……ナイフで受けなければ、そちらの腕ではなく、こちらの頭が割れていたわけだ」
「そーだね。そう考えるとお互い様だ!」
少女は楽しそうにけたけたと笑う。
この少女は相手に見えないように隠した武器を使う暗器使いだ。
動きも気配も完全にプロのそれ。
だが、その雰囲気がただの少女に見えることが油断を誘う。
「……ん?」
「!」
倉庫の奥で動く気配。
こいつも気付いた。
イブが暗闇に乗じて動いたか。
男たちの声も戦闘音も聴こえない。どうやら静かに五人の男を始末できたようだ。
「あー、お仲間がいるのか。じゃあ、あっちも全滅かなー」
少女は倉庫の奥のかすかな気配だけで状況を理解してみせた。
まだ年若いが、プロとしてはかなりの手練れだ。
「……護り屋、といったな。おまえが護るべき依頼主は全員始末した。これでおまえは任務を続ける必要がなくなったはずだ」
雇われたプロならば必ず依頼人がいる。
俺たちは報酬をもらうために仕事をする。
依頼人が死ねば当然依頼を遂行する必要はない。
プロ同士でのやり合いなど面倒なだけだ。
このままおとなしく引いてくれればいいのだが。
「え? なに言ってんの?」
「は?」
しかし、少女はきょとんと首をかしげただけだった。
「こっちの依頼人は組織のお偉いさん。こんな取引現場に来るような下っぱなわけないじゃん」
「……」
まあ、それもそうか。
「それに、俺が受けた依頼は組織の人間じゃなくて取引物の護衛なんだ。無事に取引が行われるように取引物を護ること。それが果たせればいいから組員の安否なんてどうだっていい。
ま、取引相手も死んじゃったから、どっちも持って帰れば依頼完了ってことにしてくれるんじゃないかな。組織からしたら儲けるんだし」
……こいつもこいつに依頼した奴もたいがいだが考え方としては間違っていないか。
取引に参加していた奴らはしょせん捨て駒の下っぱということなのだろう。
それにしても俺、か。
この少女もなかなかなキャラだな。
「そっちの依頼は取引してる人たちの全滅? それとも取引自体の消滅?」
「……どちらも、だな」
取引連中を始末して取引自体をなくしてほしい、とのことだからな。
「んー、どーする? 俺らは取引自体をしてる人じゃないし、組員は全滅させたってことになるよね。それにこっちがどっちも持って帰るから取引自体も消滅したことになるんじゃない?」
「……ふむ」
「まぁ……」
「!」
少女から突然、ふっと殺気が漏れてこちらに向けられる。
「それで納得いかないようなら、その時は俺らも殺されないようにするけどね……」
「……」
俺の方は抑えているとはいえ、それに負けない程度に気圧されてしまいそうなほどの殺気。やるとなれば、それは当然のように命の取り合いとなるだろう。
「……いや、俺の依頼はもう完遂した。それ以外のことはどうでもいい。無駄に戦うつもりはない」
「……」
プロ同士の戦いは不毛だ。依頼の遂行上、障害となるなら始末するが、そうでないなら下手に戦う必要はない。
彼女は俺が『銀狼』だとは思っていないだろうし、顔もきちんと認識しているわけではないだろうからな。
「そっか! 良かった!」
少女はさっきまでの刺すような殺気が嘘のように晴れやかな笑顔を見せた。
「いやー、実際、戦ってたら殺されてたのはこっちだろうから引いてくれて助かったよー。金にならない命の駆け引きほど無意味なものはないからねー」
実力差を理解した上での威嚇だったわけか。
報酬至上主義はやりやすいからこちらとしてもありがたい。
「じゃー、俺たちはブツを回収したら入口から帰るから、そっちも早いとこ帰りなよー」
少女はそう言うと懐から何かを取り出した。
「!」
少女がそれを口元に持っていったことで、それが無線式の通信機であることを理解する。
そうだ。
この少女は少し前から言っていた。
『俺たちは……』と。
しまった……!
「イブ!」
おまけ
「イブ。今度の依頼にはこれを持っていけ」
ジョセフはそう言ってイブに一本のナイフを渡した。
「……ジョセフのと違う」
それはジョセフが愛用している黒いナイフとは違うタイプのものだった。
イブは不満げにナイフを見下ろして口を尖らせた。
「……文句言うな。おまえにはそれがいいんだ」
「……ぶー」
不満そうなイブにジョセフも少し機嫌を悪くする。
そんなジョセフを見て、イブはさらに頬まで膨らませだした。
「ほら、イブちゃん。タコさんみたいになってるわよー」
それを見かねたリザがイブの膨らんだほっぺを優しく包む。
「それはねー、ジョセフの奴がさんざん悩んで特注で作らせたイブちゃん専用のナイフなのよ」
「……私、専用?」
「そ。ねー? ジョセフ?」
「……余計なことは言わなくていい。言ったはずだ。イブにはそれがいいと」
ジョセフはくるりと背中を向けて無愛想な声でそう言ったが、その耳が赤くなっているのにイブは気付いた。
「……ありがと。大事にする」
「……ああ」
そんな不器用な二人を見て、リザはふふふと微笑んだ。
「よっし! じゃーご飯でも作ろっかな!」
「パンケーキ!」
「……またか」