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1.血溜まりの少女

残酷描写ありです。

短編シリーズだったものを連載にしました。

短編の方をお読みの方は3話目から読んでいただいても差し支えありません。



 俺が初めてその少女に出会ったのは血溜まりの中だった。



 自分の家族の血の海の中で、そいつはクマのぬいぐるみを抱えたまま表情のない顔でただ1人、その場に立っていたんだ。










「……部、ジョセフ警部! 

 お疲れ様でっす!」


「ああ、ケビンか、遅いぞ」


 鑑識が現場を調べているのを見ながら俺も現場検証をしていると、部下のケビン巡査が声をかけてきた。

 まだまだ新人のひよっこだが、最近ようやく現場で吐かなくなった。


「うわっ!

 これはまたすごいっすね」


 ケビンがリビングに広がる血の海を見て顔をしかめる。


「……ああ。

 5人家族で両親と祖母、息子と娘の4人がバラバラにされてた。

 ご丁寧に、リビングに全員を集めてヤってるな。

 意図的に血溜まりを作ろうとしたとしか思えん」


「嫌なヤマになりそうっすね」


 ケビンが服の袖で鼻を覆う。

 部屋は酸化した血の匂いが充満していた。

 少しは換気したいところだが、窓を開けようものなら近隣住民が警察本部にクレームを入れてくるだろう。

 直接俺たちに言えばいいものを、なぜ本部に連絡するのか。

 だから俺たちはせめて玄関を開けっぱなしにすることで、かろうじて呼吸ができている。


「そういや、警部がここの第一発見者だったんすよね?

 なんでまた? たまたまっすか?」


「ん? ああ。たまたまと言えばたまたまだな。

 このあたりはよく買い物で来ていた。

 今日も非番で買い物に来ていたんだが、この部屋はいつも窓もカーテンも閉めっぱなしだったんだ。

 だが、今日はなぜかどちらも開いていた。

 それに違和感を感じて、一応話を聞いとこうと思って玄関に行ったら鍵が開いていてな。

 少々覗かせてもらったら、玄関から廊下の血が見えたんだ」


「なぁーるほど!

 さすがは完全記憶能力っすね!

 警部じゃなきゃ気付けないっすよ、そんなん」


「ははっ!

 まあ、たまたまだよ、たまたま」



 ……そう。


 たまたまだ、ということにするしかない。

 今回ばかりは自分の持って生まれた嫌な能力に感謝だな。



「そういや、生き残ってた少女ですが、特に身寄りなんかはないみたいっすね。

 可哀想だけど、施設に行ってもらうしかなさそうっす」


「……ああ、そのことだけどな」















 数時間前。



「……よし、そろそろ行くか」


 依頼されたターゲットの住所を頭の中で再度確認。

 何度も下見もした。

 ここが今回のターゲットの家だ。


 今回の依頼は一家全員の抹殺。

 家族構成は両親と祖母、息子1人に娘が2人。

 全部で6人。

 報酬は依頼の完全達成で1億。

 前金なし。

 万が一、1人でも取り逃がせば報酬はなし。


 正直、かなり厳しい条件だ。

 だが、相手は堅気の一般人。

 おまけに自宅に集まっていることも多い。

 条件は厳しいが、ターゲットとしてはヤりやすい。


 しかし、一家全員抹殺か。


「……やれやれ、嫌な仕事だ」


 だが、依頼人の内情を詳しく聞かないことを売りにしている身としては、与えられた依頼はこなさなければならない。


 今回のターゲットは複数人。

 さらには屋内。

 室外からのスナイプは難しい。

 一応、サイレンサー付きの銃は携行しているが、メインとなる武器はナイフだ。

 刃渡り17cmの新型ザ・レザーネック(タントー)。

 先端が普通のナイフのように歪曲しておらず、長い刀を斜めに切ったような形をしているため、刺すと切るのどちらも使えるのが便利だ。

 ナイフエンドが硬く、鈍器としてダメージを与えることも出来る。


 ナイフと違って銃は痕跡が残りやすく、足がつきやすい。

 近接で仕留める場合はナイフの方が良いだろう。



「……カーテンが開いてるな」


 俺は下見の時の風景と現在とを照らし合わせ、その異変に気が付く。

 いつも窓もカーテンも閉めっぱなしの家が、そのどちらをも開け放している。

 何度も下見を重ねて、これで完璧だと思っていても、肝心の決行日にトラブルやイレギュラーが起きる。

 そんな滅多にない偶然は何気によくあるのだ。


 だからこそ、そういう時こそ落ち着いて、冷静にコトを進める。


 俺は周囲を確認しながら家の敷地に侵入する。

 異変の原因である窓には近付かない。

 必要以上のイレギュラーは失敗に繋がるからだ。


 俺は玄関にたどり着くと、そっとドアノブに力を込める。

 手袋越しに伝わる感覚に神経を集中させる。


 引っ掛からずにドアノブが下に降りる感覚。

 鍵がかかっていない。


 事前の下見で、外出時も在宅時もきちんと鍵をかけることは調査済み。

 つまり、これまた異変なわけだ。


「……ちっ。

 面倒な仕事だ」


 俺は小さくそう愚痴りながら、そうっと玄関の扉を開ける。

 扉は音もなく、すうっと開いてくれた。

 開いた隙間から中を覗く。


「……くそっ」


 リビングから廊下にかけて血が流れているのが見える。


「まさか、二重依頼か?」


 俺は慎重に扉をもう少しだけ開けると、するりと体を中に滑り込ませた。

 そして、玄関を土足のまま上がると、家の中には人の息づく気配はなく、代わりにひどい血の匂いが鼻をついた。


「しかも、先を越されたか。

 最悪だな」


 おそらく生きている人間はもうこの家にはいない。

 依頼人の中にはたまにいるのだ。

 複数の殺し屋に同じ依頼を出し、成功した者にだけ報酬を支払うやつが。

 その場合、普通は事前にその旨を伝えておくべきなのだが、最近はマナーがなってないやつが多くて困る。


 殺し屋は殺し屋同士の争いを嫌う。

 不毛だからだ。

 互いにやり方を熟知しているからどちらが勝つか分からないし、それほどのリスクに見合った金にならない場合が多い。

 なので、事前に多重依頼だと分かっていれば話し合いで決めたり、一時的なパーティを組んで報酬を分け合ったりする。

 最悪現場でかち合っても、先に動いていた者に譲るのが礼儀だ。

 念入りに下調べや準備をするのがプロだが、その早さが優れていた者を優先する。

 それが殺し屋同士の暗黙のルールってやつだ。


「……しかし、仕事が荒いな」


 他人の仕事にケチをつける気はないが、依頼内容にない限り、極力仕事の発覚を遅らせようとするものだが、現場をここまで荒らしっぱなしなのも珍しい。


 人の気配がないとはいえ、俺は警戒を怠らずに足を進める。

 リビングに入ると、床一面が血の海になっていた。

 所々に肉片が散らばっているのも見える。


「……こりゃあ、素人か?」


 あるいは猟奇殺人鬼か。

 いずれにせよ、俺のターゲットが犠牲になったのは偶然だったのか?


「そんな偶然あるか?

 ……って、おわっ!」


 俺が思考の海を漂おうとしていたら、リビングの中央、血の海の真ん中に人が立っていることに気が付いた。


 気配も何も感じなかったぞ。

 視認するまでその存在を認識しなかったのか?

 この俺が?


 ……少女、か。


 そこに立っていたのは小さな小さな少女だった。

 腰まである長いサラサラの金髪を2つ結びにしていて、膝丈の真っ白なワンピースは飛び跳ねた血飛沫で赤い斑点が出来ていた。

 空のように清んだ青の綺麗な瞳はどことも知れない場所を見つめ、その顔からは一切の感情を感じなかった。

 クマのぬいぐるみだけは落とすまいと、しっかりと胸に抱きかかえていた。


「……生き残りか。

 心ここにあらず、って感じだな」


 少女の存在に気が付けなかったのは疑問だが、俺はすぐに切り替えてナイフを取り出した。


「悪いが、俺のこっちの姿を見られて生かしておくわけにはいかない」


 俺は心と瞳をすうっと暗く冷たく沈め、ナイフを少女に向けた。

 思えば、俺はこの時からこの少女に同情のような感情を抱いていたのかもしれない。

 始末するのなら余計な話はせずに、かつ武器もギリギリまで見せずに、さっさと処理するべきだったのだ。

 今までだってそうしてきた。


 だが、この時の俺はなぜか少女を始末するのを躊躇っていた。

 俺の警戒網にかからなかった少女に興味を持つと同時に、家族をおそらく目の前で惨殺されたであろう少女を憐れに思ったのかもしれない。


 ナイフなんか見せつけて、さあ殺すぞと言ってのけた。

 こんなもの、おまえの話を聞いてやるぞと言っているようなものだ。

 俺らしくもない。


「……はぁ。

 さっさとヤるか」


 俺は溜め息とともに自分の迷いを払拭し、少女に近付いた。

 どうせ心ここにあらずだ。

 ひと思いに楽にしてやろう。


「……と」


「ん?」


 少女の首にナイフを近付けると、少女は綺麗に結ばれていた口を少しだけ開いた。


「……ありがと」


 少女はそれだけ言うと、スッと目を閉じてアゴを上にあげた。


 死を享受し、それを喜ぶってか?


「……ちっ」


 気に食わねぇ。


 俺はナイフを懐にしまうと、代わりにポケットから携帯を取り出した。


「……あー、刑事課のジョセフってもんだが、殺人事件に出くわしたみたいだ。

 至急、現場に警官と鑑識と救急を寄越してくれ。

 少女が1人生き残っていて、俺が保護してる。

 住所は~……」


 俺が電話を切ると、少女は無表情のまま首を横に傾けた。


「……どうして?」


 さっきも思ったが、それはとても清んだ、綺麗な声だった。


「俺は生きることを諦めたヤツが嫌いだ。

 わざわざこんな世界に生まれちまったんだ。

 人間なら、最期まで醜く生にしがみついてみせろ。

 おまえが死ぬことを怖いと思った時、俺が改めておまえを殺しに来てやるよ」


 俺がそう言うと、少女は空色の瞳でまっすぐに俺を見つめた。


「……なら、生きる術を教えて」


「……は?」


「……私は無力。

 生きることに希望はない。

 でも自分で死ぬのは違う。

 あなたが生きろと言うなら生きる。

 だから、私に生きていける力をちょうだい。

 あなたの技を、力を私が身につける。

 そして、生にしがみついてみせる。

 そしたら、私を殺してくれる?」


「……っ」


 その時、少女は初めて微笑んだ気がした。

 わずかに口角が上がっただけの小さな微笑み。

 俺はそれに、圧倒されてしまった。

 呑まれてしまったのだ。


 ……これも運命ってやつか。


「俺に、ついてくるか?」


「うん」


 小さく頷く少女は、もう元の表情のない顔に戻っていた。












「え!?

 少女を引き取る!?

 本気っすか!?」


「ああ、もう決めた」


 部下のケビンは大袈裟に驚いてみせた。

 普段、被害者にも加害者にも特段の思い入れを見せない俺が突然そんなことを言い出したら、そりゃ驚くか。


「ま、まさか警部、ロリ……」


「……殴るぞ」


「いってー。

 もう殴ってるじゃないですか~」


 ケビンがぶつくさ文句を言っているが、もう放っといてもいいだろう。


「にしても、今回のヤマ、もしかして『銀狼』の仕業だったりして」


「……それはないな。

『銀狼』にしては手口が荒い。

 ヤツは一撃で獲物を仕留める。

 こんなバラバラにして臓物を撒き散らすような真似はしないだろう」


「ま、それもそっすねー。

 ていうか、『銀狼』も今回のヤツも、この街ってヤバいヤツ多くないっすか!?」


「そうだな、おまえみたいなのが警官やってるぐらいだからな」


「えー!

 ひどいっすよー!」








 その後、少女を除いた一家全員が確実に亡くなったことが確認された。

 バラバラすぎて判別が大変だったのだ。

 緊急配備も敷かれたが犯人は不明。

 近隣の防犯カメラにもそれらしき人物は映っていなかった。


 まあ、当然だろう。

 現場から防犯カメラに映らずに逃走できるルートは俺も確認済みだったからな。

 だが、それを進言したりはしない。

 俺は事件に関わりすぎた。

 これ以上は余計な問題を発生させかねない。


「ただでさえ、厄介な問題を抱えちまったんだしな」


「私のこと?」


「ああ、そうだ」


「むう」


 すぐに退院できた少女を車に乗せて、俺の家に向かう。

 少女を引き取ることに上司はごねたが、犯人が彼女を狙ってくる可能性も考慮して護衛も兼ねているのだと説明すれば、しぶしぶ許可を出した。

 その少女は膨れっ面で下を向いていた。

 病院で少しは落ち着いたようだ。

 表情が乏しいのは相変わらずだが、少しだけ感情を発露するようになっていた。


「……これから、おまえに俺の技を教える」


「……うん」


 話を切り替えると、少女はまっすぐに俺を見つめた。

 さっきまでの不機嫌さは消えていた。

 きちんと切り替えが出来るところは評価できる。


「それは、人を効率的に始末するための、殺すための技だ」


「うん」


 少女は顔色ひとつ変えずに頷く。

 頷く時に一緒に目を閉じてしまうのは癖だろうか。

 いずれは改めさせなければ。


「つまり、おまえはこれから殺し屋として、人を殺めた金でメシを食って生きていくわけだ。

 その覚悟はあるか?」


「……」


 年端もいかない少女には酷な問いだ。

 俺についてこなければ、まだ施設で平和に生きる道もあるというのに。


「……私にお似合いだね」


「……そうか」


 俺は儚げにうつむく少女の顔を見ることをせずに、前だけ向いて車を走らせていった。












 その日の夜。


 ベッドからそっと降りた少女は気配を消したまま、ソファーで眠る男に近付く。


「……これが私の今度のターゲット。

 最強の殺し屋『銀狼』。

 きっと、この状態でも今の私ではあなたは殺せない。

 殺気を出した瞬間にあなたに返り討ちにされる。

 だから、私はあなたの技を学ぶ。

 私があなたの技をすべて学んであなたを殺すのが先か。

 あなたが私に気付いて私を殺すのが先か……」


 少女は感情のない顔のまま、口角だけをすっと上げてみせた。

 それは、年の割にずいぶん大人びた、妖艶な笑みに見えた。


「……競争だね」


 少女はそれだけ呟くと再びベッドに戻って、すぐにすーすーと寝息を立てて眠り始めた。




「は~。

 やれやれ。

 ホントに厄介なのを抱えちまったもんだ」


 男は小さくそれだけ呟くと、体の向きを変えて再び眠りについた。










 こうして、俺はこの小さな殺し屋を育てていくことになるのだった。






挿絵(By みてみん)

(寿々喜節句様作)


挿絵(By みてみん)

 ジョセフ

(ひだまりのねこ様作)


おまけ




「おい!

 ちょっと待て!

 何をしてる!?」


「……ご飯。

 トーストと目玉焼き」


「……そうか。

 まずはパンはトースターで。

 卵はフライパンで焼くってことを教えてやろう」


 俺は朝イチで、強火のコンロに直接ぶちこまれた食パンと殻のままの卵を溜め息をつきながら片付けることになった。


「それはどうやって人を殺すの?」


「……そうだな。

 この真っ暗な炭を食わせた方が人を殺せるかもな」


「じゃあ、どうぞ」


「食わねえよ!」



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