第1話 第三王子と逆転の魔女。
もしも自分の食事に毒が盛られているとわかっていたなら、あなたはどうするだろうか。
ここは王家の朝食室。王家の者が一同に会し、朝食を取る場所。いつも通りの朝食メニュー。飲み物は紅茶。
第三王子ライナスの紅茶にだけ、毒が盛られている。そしてその事を、ライナスは既に知っている。何故なら、一度飲んで死んでしまったからだ。
「では、いただきます」
ライナスはそう言って、毒の入った紅茶を飲み干した。
それを見てニヤリとするのは、若く美しい第二王妃イザベラ。だが、全く異変の起こらないライナスの姿を見て、怪訝そうにする。
「ああ、大丈夫ですよ母上。隠し味ならちゃんと入っていましたから。僕はこれが、大好きなんです。それはもう、死ぬ程」
今度はライナスがニヤリと笑う。イザベラは忌々しそうに眉間に皺を寄せる。
「そう。もう慣れてしまったのね、その隠し味に。なら今度は、もっと別のメニューを考えるわ」
「ええ、楽しみにしています」
ライナス達の会話を、不思議そうに聞く国王や兄王子達。だが、その真の意味には気づいていないだろう。特に詮索される事も無く、朝食は終わった。
それから一週間。何事もなく日々は過ぎた。
(母上はどんな手口で僕の命を狙ってくるだろうか。なんとなく、次は手が込んでいそうな予感がする)
そんなライナスの予感は当たった。早朝。まだベッドでまどろんでいるライナスの周囲を、大勢の憲兵達が取り囲む。
「ルーデウス王国、第三王子ライナス・ガルド・リーファス! あなたを国家反逆罪の疑いで緊急逮捕致します!」
(なるほど......こう来たか)
憲兵の持つ「脱力槍」や「捕縛網銃」、「謙虚の腕輪」と言った魔術道具の数々は、相手の攻撃や魔術、スキルなどを封じる力がある。ライナスは白魔術の天才。イザベラはそれを良くわかっているのだ。
「早く捕まえて! 魔術で逃げられるわ!」
イザベラが叫ぶ。憲兵達は慌てて「脱力槍」をライナスに突き立てた。この槍は殺傷力はないが、その名の通り相手を脱力させてしまう魔術道具だ。
「さぁ、もう抵抗出来ないわよ。観念しなさい」
勝利を確信したように高笑いするイザベラ。
「随分と強引じゃないですか母上。僕が国家に反逆したと言う証拠はあるのですか?」
ライナスは余裕の表情だ。
「当然よ。あなたが何をしようと、もう無駄よ。手は打ってあるわ」
「なるほど。良くわかりました」
次の瞬間、ライナスの体は掻き消える。その姿は魔術で作られた幻だった。直後、部屋全体が眩しく輝く。
「うあああ! 目がぁ!」
顔を覆う憲兵達。だが王妃は目を見開いたまま、前方を凝視している。
「上よ!」
王妃が指差した天井には、穴が空いていた。
「チッ! 忌々しい魔女め! 今度こそ殺してやる! 早く追いなさい!」
「魔女? 王子様では......?」
「やかましい! 早く追いなさい!」
「は、はい!」
家具を積み重ね、穴を這い上がっていく憲兵達。
一方ライナスは、城の見張り塔まで既に到達していた。だがその姿は全くの別人。
塔の頂上を目指して階段を駆け上がるその姿は、銀髪の美少女。ライナスの金髪とは正反対だ。そしてどちらかと言うと貧弱なライナスとは違い、健康的な肉体美。
躍動する大きな胸と尻、そして太もも。その笑顔は、自信に満ち溢れている。
だが彼女が脱出の為に到達した塔の頂上広場には、思いがけない人物が待ち受けていた。
「そこまでじゃ、冒険者番号165731番【逆転の魔女】ライナよ。お主を裁定者の権限において処刑する」
それは青い長髪をツインテールにした、幼い少女。ベルトをいくつも全身に巻きつけたような、中々際どい露出度の服を着ている。そして耳や指、腕や足首など、いたる所にアクセサリーを身につけていた。
「ボクは無実です、フェイト様。全ては義母イザベラの計略。彼女はこの国を乗っ取ろうとしている。ボクがそれを阻止しているから、殺そうとしているんです。騙されないでください」
そう答えた美少女ライナは、ライナスのもう一つの姿。彼の持つユニーク・スキル「逆転」によって、女性になった姿である。
「ふむ。だがイザベラは数多くの証拠をワシに提出した。お主はそれらが偽物で、ワシの目が節穴じゃと言いたいのじゃな?」
フェイトの表情は冷静だったが、彼女の自尊心が高い事は周知の事実。そしてあらゆる人間を裁く権利を持つ彼女を、恐れない者はいない。それは「黒」魔術の天才であるライナとて例外ではなかった。
「フェイト様が間違いを犯すとは思いませんが、継母は狡猾です。どうか、正しいご判断を」
「ふむ......ワシに意見するとは、見上げた根性じゃのう」
そうは言いながらも、フェイトは顎に手を当てて考えるそぶりをする。
「ではこうしよう。ワシが今から三体のモンスターを召喚する。それら全てを倒す事が出来たら、お主の言っている事を信じる。どうじゃ?」
それは明らかに遊び。フェイトはおそらく真実がどちらでも構わないのだろう。だが、これはライナに残された生き延びる為のチャンスだ。
「わかりました。それで信じて頂けるのなら」
ライナは腰をスッと落とし、武術のような構えを取る。
「ふふっ、面白い。では見事、倒して見せよ。まずは手始めに......出でよ、グリフォン!」
フェイトの呼び掛けで魔法陣から現れたのは、獅子の胴体に鷲の頭と翼のある怪物。冒険者がSランクに昇格する際、フェイトが試験と称して戦わせるモンスターだ。もちろんソロの冒険者と戦わせる事はなく、パーティーと相対させる。
つまり、かなり強力なモンスターだ。
ライナは現在Aランク。この戦いは彼女に取っても、自分を試す良い機会と言えた。
「呪文刺青!」
ライナがそう叫ぶと、彼女の全身に呪文が刻印されて行く。これは彼女の優れた身体能力を、さらに飛躍させる魔術。
グリフォンは猛烈な勢いで翼をはためかせ、突風を巻き起こす。だが次の瞬間には、ライナはグリフォンの首をもぎ取っていた。
「一体目、クリアです」
倒れるグリフォンの死体に立ち、ライナは微笑んだ。
「ほう。中々やるではないか。単騎でグリフォンを討ち取れるのはワシくらいかと思っていたぞ。人間の中ではな。よし、では次はコイツじゃ。出でよ、ワイバーン!」
魔法陣から出現したのは、ドラゴンの頭、コウモリの翼、一対の鷲の脚、ヘビの尾に、尾の先端には矢尻のようなトゲを供えた空を飛ぶ竜。グリフォンと並ぶ強力なモンスターだ。どうやらこの「遊び」は、処刑も兼ねているらしい。
(ボクは死んでも生き返る事が出来る。だけど、無駄死にはごめんだ! 痛いのも、苦しいのも嫌だ! 全力で倒す!)
ライナは素早く手指で印を結び、呪文を唱えた。
「古代禁則魔術! 空間歪曲!」
空間が渦巻きのように歪んで行く。ワイバーンは首をもたげて炎を吐いたが、その炎ごと渦巻きに巻き込まれた。
「ウギョオオオオッ!」
断末魔の叫び。ワイバーンの体はメキメキと音を立てながら、捻れた空間に飲み込まれて行った。
「ふぅ。二体目クリアです」
微笑むライナを、フェイトは拍手で称賛する。
「良い良い、実に良い。お主は強者じゃ。よもや古代禁則魔術まで使えるとは思わなんだ。ワシの兄上ならば、きっと妻に娶りたいと言うであろうな。じゃがしかし、今は審議の最中。もう一戦残っておる。何、お主ならば造作もない相手じゃ。出でよ、バックベアード!」
最後に魔法陣から現れたのは黒い球体とも言うべきモンスター。球体の中心には巨大な眼球が一つあり、その全身からは無数の触手が蠢いている。
(こいつはまずい! あの目を見てはダメだ!)
ライナは咄嗟に目を閉じて跳躍したが、触手に足を掴まれて地面に叩きつけられる。
「くっ......!」
顔を上げ、触手を切り離そうと振り返る。だがその先には、バックベアードの大きな目。見ないようにしたつもりだったが、どうやら視界に入っただけでもダメらしい。
(体が、動かない......!)
バックベアードの眼力には、催眠、催淫の効果がある。ライナは既に、バックベアードの操り人形と化していた。
触手が全身を犯して行く。催淫効果の影響で、ライナは自分が本当は男である事も忘れて甘い嬌声をあげる。そしてあっという間に、快楽の渦に飲み込まれて行った。
「惜しかったのう。あと一歩じゃったが不合格じゃ。これがお主の処刑。触手の催淫毒で脳が破壊されて死に至る。快楽の中での死。王族にはふさわしかろう。お主の死は、第三王子ライナスとして処理する。それがイライザの望みのようじゃからな。ふふ......気持ち良さそうな顔をしよって。もう、聞こえてはおらぬようじゃな」
様々な体液を溢れさせ、とろけきった表情のライナ。蠢く触手がもたらす快楽に、身も心も支配されていた。
そして数十分後。裁定者フェイトが見守る中、ライナは息絶えた。
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