006
能力者の条件が神々しい痕跡なら、魔道具と魔道機は何だろう。その答えは一行でまとめられる。
魔道機が絵なら魔道具は筆。
つまり、セイバーが固有の能力を発揮させるためには魔道具が必要なのだ。それがどんな形かは誰にも分からない。全ては墨のように見える聖痕に刻まれるだけだ。
「聖痕を見つけられて本当に良かった」
ジエンの手の甲に刻まれた茶色の神々しい聖痕の痕跡が前世の記憶を探り、赤い剣の形をした聖痕に変わった。
聖痕はセイバーの全てと言っても過言ではない。その理由は聖痕によって魔道具の効能が異なるため、生まれた瞬間に良い方と悪い方に別れるのだ。
ちなみに、エバンの前世が持っていた聖痕の名は。
「暗香」
- はい、ジエンさん。
20代女性の声が頭の中に響いた。
一種のテレパシー。よく使うものではないが、聖痕はこうして保有者と交感することができた。
「今の同化率はいくらだ?」
ジエンの質問に暗香がすぐに答えた。
- 現在同化率は97%です。
同化
聖痕とセイバーが一致することを同化と呼ぶ。それを数値にしたのが同化率。
そんな同化率が97%だなんて、誰かが聞いたらビックリするほどの数値だ。例えば6級のセイバー、校長セルフィスの現役時代の同化率が80%だった。
まだ仮想ゲートさえも見たことないジエンがこんな数値を持っている理由は、前世のエバンが暗香と渡ってきた命懸けで戦う戦場のせいだった。
記憶が受け継がれたことで同化率もそうなったみたいだな。
期待していなかったが、これは良いことだ。
魔道具の力は同化率から影響を受けるもので、アルカナには[聖痕と仲良くなる]と言うカリキュラムがあるぐらいだった。
ジエンはジャンプするぐらいではなく、前世バフで飛行機に乗って飛んで行ったかのようにその過程を飛ばしたのだ。
魔力も同化率も十分だ。
ジエンが目を閉じた。
ゆっくり連想しよう。
初めて魔道具を召喚するのはかなり念入りの作業だ。
魔道具の形を本能で感じる作業。
ジエンが今しているのは実はカンニングに近いものだった。前世の記憶がある以上、ジエンは目を閉じても10数年を共にした暗香の姿が生々しく見えた。
漆黒のような剣神と剣の刃。
実利だけを追求したデザイン。
思い浮かべるほど段々と鮮明になるイメージは一つの剣に完成された。
暗香は上手に鍛えた火山ガラスのようだった。見ていると惑わされるように剣に引き込まれる気分。
前世の仲間たちは暗香の属性についてこう語った。
不正を切る漆黒の剣。
ジエンは目をつぶっているが、前で剣が形になっていくのを感じた。
もう最後だ。
現実では存在するはずのないあの空想の剣に手を伸ばした。
握りしめた時は手に取っているように重さを感じる。そうして準備は終了。
魔道具を持っていないと見下されていたジエンの手には英雄エバンの魔道具と漆黒の剣、暗香が握られていた。
「暗香、久しぶりだな。」
およそ100年ぶりか。
ジエンは剣を見つめながら微笑みを浮かべた。
* * * * *
B3洞の寮にあるトレーニング室。
最先端の施設を誇るここは昼に人混みが凄いが、夜はそうではなかった。
午後10時を超える瞬間、トレーニング室ドアのロックが外れるため、学生たちの脱線スポットとしてよく利用された。
「そう、デーブン!あれ聞いた?」
携帯に夢中になっている男学生がくすくすと笑いながら問いかけると、デーブンはビール缶を潰しながら答えた。
「何が。」
「あのさ、この前お前にかかってきたやつ。」
「俺にかかってきたと?」
「あのビリの奴。」
「あ。」
嘲笑を浮かべたデーブンはやっとあの記憶を思い出した。
「もうあいつには興味ないって言ったよな。あいつはセイバーになれない奴だ。まだ魔道具も持ってないしさ。」
その言葉は嘘ではなかった。デーブンは今のジエンをいじめる価値も無いと思っていた。
そもそもいじめを始めたのもジエンの剣術実力が原因だった。
デーブンの聖痕。つまり、魔道具は剣だ。家柄は剣術はもちろん身体を重視する武闘名家。そんな自分と戦ったのにもかかわらず、ジエンは意外と結構耐えた。
保育院出身の賤民のくせに俺の攻撃を耐えるのか。
それはデーブンのプライドでは絶対に許せないことだった。その後デーブンはしつこくジエンをいじめた。
「急にあいつのこと言いだして、どうした?食欲が落ちる。」
「えっと、この前見たら学校を辞める気はなさそうだったよ。組手授業にも参加してたし。」
「カシェン教授の授業か?」
輩たちがうなずくと、デーブンが開けてもいないビール缶を押しつぶした。
パン!
マナの圧力にビール缶が爆発した。
「あぁ、気になるな…」
もう捨てたおもちゃだけど、これはなた話が違う。踏んで潰れたところを確認したのに、足元からミミズが再びくねくねしている気分だ。
デーブンが席から立った。
「組手授業は17時だよな?」
「そうだね。どうした?」
「踏みつぶさないど。もう二度と剣を握れないように手をぶっ壊してやる。」