001
ジエンはエバンクローの偉人伝を閉じた。そして、じっくりと最後の文について考えた。
[魔王ベリアルによる最後の攻撃で命を失い、剣神と呼ばれた彼の剣術と知識は後代に受け継がれなかった。しかし、人類のためのその精神は永久に続くだろう。]
「似てるけど順番が違う」
ランク8ゲート。
人類の歴史でランク8は2回だが難易度は想像以上だった。
初めてのランク8は400人が参加したゲート[世界を飲み込む蛇]だった。
2回目がまさにこの[魔王城デモ二アック]だ。
殺戮のために生まれた魔王が不滅を生きた。魔王の魔気が王宮を氾濫し一撃が空間を破った。
いくら最高と称ええられたエバンであも、犠牲なしに魔王を倒すことはできなかった。
それで出したのが剣神に習った無理心中。
剣に自分の命を吹き込む最終の救援技。
[月剣]
真気の込もった光が魔王に殺到した。暗と一体化した光。ふたつはもつれ合いながらねじれて消えていった。
それで終わり。
[光はいつも孤高にはいられない。光は影を生む。覚えておけ。人類がいる限り魔は永遠だ。]
魔王はランク8のゲートであるだけに洒落た最後の台詞を吐き捨てた。
エバン……いや。
「俺はそうして死んだんだ」
あの頃の俺は27歳だった。
剣術に限ってはセーバー史上最も高い境地に至った男。
エバンクロー。
確かに彼の人生は英雄にふさわしかったが、ひとりの人間としては物足りない人生だった。
「でも後悔はない。……そんな世代だったから」
偉人伝の内容通り、エバンの剣術と知識は後世に受け継がれなかった。だが、たった今、話は変わった。
最悪の落第生ジエンに人類史上最も頂点に近づいた英雄の記憶が蘇ってきたのだ。
前世の記憶を取り戻した今。
ジエンはエバンとジエン、その中間の誰かだった。
ジエンが切望していた力をエバンは持っていて、エバンが最後の瞬間に切望していた生をジエンは持っている。
今、この図書館で落第生と英雄。
互いに新しい機会が与えられたのだ。
* * * * *
寮に帰ってきたジエンの第一声は「ひどい」だった。
人類を助けるという名目のセイバー(Savior)がこんなに醜くなれるとは。
「デブ」
鏡の中の姿を正確に表現するとむくんでた。仮にもアカデミーの生徒たちはハードトレーニングの日々なのにこんな体って。
ジエンは目を閉じて体の状態に集中した。
剣神に習った運気調息により血脈でマナを循環させていたジエンが舌打ちをした。
「チッ、残留マナか」
残留マナは血脈でマナが固まり詰まった状態を意味した。
マナは筋肉と同じで限界まで使わないと成長しないため、普通の生徒たちは残留マナになることはなかった。
しかし、マナの運用に才能がなかったジエンはひたすら剣術に集中した。その結果がこの有り様だった。
ガシャガシャッ。
ジエンが机の中の成績表を取り出した。
「これ以上悪くなれるのか?」
F。
F。
F。
F。
F。
誰かがしっかり指導してジエンをケアしてくれたならこうはならなかっただろうが、やる気のないビリに興味を持つ教授はいなかった。
「でも良かった」
手の甲に描かれていた紋様が変わった。
魔導具すら召喚できなかったジエンの聖痕から英雄エバンの聖痕へ。
それは、ジエンがエバンの前世を受け継いだという明白な証拠だった。
「自分の聖痕を取り戻すとは想像もつかなかったな」
一見入れ墨に過ぎないが、聖痕はセイバ―が持つ能力の源だった。
「念のため確認してみるか」
ジエンは携帯のテストアプリを開いてスキャンボタンを押した。すると、携帯から赤いフラッシュが発光された。
ピッ。
バーコードを読み取るように手の甲の聖痕をかざすとアプリにいろんな情報が表示された。