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妖怪6 貴様がぁぁぁーーーー

 目を覚ます。

 起床するという意味では初めてかもしれない。

 なぜなら意識を失ったことが無いからだ。

 だから、彼女は閉じていた瞳を開いた時、少年の心配そうな顔を網膜に移した。

「ぴっ!」

 そして、即座に意識をシャットアウトした。


 もう少し時間をおいて口裂け女は意識を覚醒させる。


「大丈夫ですかカレンさん?」

 一瞬、その固有名詞が理解できなかった。なんせ、何十年もボッチだったのだから。

 とはいえ、今はそうではない、若干ぎこちなく瞼を開きながら握られたままの手を引く。というかそれだけでも失神しかけたが、それでは話が進まないと口裂け女は無駄な耐性・・・ポテンシャルを発揮した。

「よくわからないけど意識を失ってしまったみたいね」

 色々な現実の結果なのだが、起床前後の記憶が消えているらしい。

 しかし、自身の体の下に敷かれたブレザーの上着には気づいてしまう。

「ご、ごめんなさい。大切な物なのに・・・」

 飛び起きようとするが少年は微笑みながら優しく止める。

 それだけで口裂け女のマインド青天井だった。

「大丈夫ですよ。カレンさん以上に大切なものなんてありませんから」

 そんな言葉に赤面しつつ起き上がった口裂け女は周囲の状況が違っていることに気づく。

「ここは・・・」

「少し街道から外れました。少し暗くなってきていたので」

 言われて見上げる空は紫色だ。少しばかり以上の時間を眠ってしまったらしい

 周囲の草木はきれいに刈り取られていて、視界の端にはうず高く積み上げられていた。

「あいにくとタキギすると燃え広がりそうなので」

 異世界あるあるの夜間キャンプだが、乾燥地帯でそんなことしようものなら速攻で災害規模の火事である。少なくとも少年には常識があった。熱帯夜になるから火を欲していなかったともいえるが。

「とはいえど夜間の不寝番は必要なのでカレンさんは寝ていてもいいですよ」

「起きたてだからまだいいわ。というかあたしこそ睡眠は必要ないもの」

「意識を失うのに?」

「仕方ないでしょ!」

 口裂け女は怪異である。睡眠はもちろん、食欲すら存在しない。人の三大欲求が存在しないのである。とはいえ、少年を見つめて感じる感情は今まで感じたことのないものではあるし、感じた上で欲する要求は生まれて初めてのものであるため言葉にすることはできなかった。

「実際火を炊くと獣は来なくなるの?」

「状況によりますね。むしろ寄ってくることもあれば、警戒心の高い獣は人がいると理解して遠のく時もあります。少なくとも人間には目印にしかならないと思いますけどね」

 少年の記憶からすれば、マンハントをするためには焚き木や排泄の手がかりが最重要項目だった。

「あ、あたしが起きているからクロ君は休んでいていいわよ?」

「クロ君?」

 不思議そうに首をかしげる仕草だけで口裂け女はのけぞりながら意識を失いそうになるが、今回だけはそれを押しとどめたようだ。

「あ、あなたが、あたしをさん付けで呼ぶのだから、あたしだって君付で呼んだっていいじゃない!」

 よくわからない理論だった。

「それならぜひ!」

 そして、承認される始末だった。なおかつ略されていたが良いらしい。


 わずかな時間を置いた後、周囲は月明りを除いて暗闇に落ちていた。

 口裂け女は改めて文明の明かりの偉大さを自覚する。

 彼女の生まれた伝承の時代は少なくとも昭和の後期だ。その時代は場所によるかもしれないが電気による明かりがあった。だからこそ、今の周囲にあるような月明りのみに照らされる暗闇は初体験であった。

「これはこれできれいなものだけれどね」

 鼻を突くのは緑の匂い。横たわるために切断された草木の断面から分泌される樹液の匂いはもちろん、周囲でたわめく植物の匂いだ。それがなぜか不快ではない。

 都会で生まれた都市伝説はそんな事実に苦笑する。

 その上で思う。


 HIZAMAKURA!


 しちゃってるよ! しちゃってるわよ!

 怪異は思わず叫びそうになる。

 赤いワンピースの生地越しに少年の頭部が埋もれていた。せめてあお向けなのが救いだったかもしれない。少なくとも彼女の中ではそうだ。

 経緯としては単純なものだ。

 口裂け女と少年は深夜に異世界転生? もしくは召喚されたのだ。そして、この世界で夜になるまで活動していた。そして、この世界で夜になるまで活動していた。つまり実質の一徹である。体を寄せ合い気の緩んだ少年が睡眠したとしても責める者はいないだろう。

 むしろ、

『可愛い! 可愛いわ!! なんて尊いの?! こんな子に私は求婚されたのよ?! どうすればいいの!? 地縛霊の高坂君に相談できればいいのに!」

 その場合高坂君は極大の怨霊になりかねないのでやめてほしい。

「でも、胸の奥がCUNCUNしちゃう!」

 言い様がまさかの昭和だった。ジェネレーションギャップを感じない少年は幸いだった。

 怪異は昭和生まれで少年は平成生まれだったからだ。


 そして、少し時間が流れた。

 少年からすれば心地よい時間。

 口裂け女からしたら幸せの時間。

 両者の幸福が合致していた桃色空間に踏み込む無粋な者がいた。


『珍しいな』


 それは声だった。

 鼓膜を叩くのではなく、頭の中に響きかけるような無粋な物。

 少年の心地よさそうな寝顔がわずかながら歪む。

 刹那、ぐるりと口裂け女の頭があり得ない角度で曲がった。そして、その濁りすぎているからこそ純粋な瞳は、本来見えないはずの先を知覚した。知覚した上で沸騰した感情は激情に化学変化を起こした。


「あぁん?」


 異世界の魔人は突如の出来事に言葉を失う。

「ば、馬鹿な?!」

 それこそ刹那の空間転移。思念を飛ばしただけなのに目の前に迫るのは直刀の刃。

 本来なら触れた刃が即座に砕け散ってもおかしくはないのに、にじり寄る刃は砕け散るどころか彼の額に触れんばかりだった。

「お、お前はなんで?!」

 驚きのあまり語彙が喪失していた。そして、和傘から抜きはらった刃を振り下ろした口裂け女は、それこそ裂けた口の端を大きく開き、驚愕する眼前に渾身の一撃で切り払おうとしていた。

「貴様は!」

 ガリガリと音を立てて結界が切り裂かれていく。

「ま、待て!」

「貴様がクロ君を苦しませたのかぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 愛が重かった。せめて話くらい聞いてほしかった。

 同時に切り裂かれた結界は抵抗を無くして、正体すら不明の輩を縦に両断してしまった。

「・・・・・」

 切り捨てた存在に対する意識は即座に捨てて、口裂け女は直刀を振るって血払いをする。そして、目を細めながら、自身の領域にこれ以上の怪異もしくは異物がいないことを知覚すると、元の居場所に戻った。


「ごめんねクロ君」


 先程までと同じように、彼の頭部を膝に乗せると口裂け女はマスク越しに小さく笑った。

 でも、なぜか息が上がってハアハアする姿はどこか残念だった。

怪異と妖怪は空間転移できます。距離によるけど。

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