妖怪31 ぬりかべっていいよね
「ダメですよギルマス」
そう言ったのはいつの間にやら現れた一人の女性だ。
少年の横を抜けてギルドマスターの傍らに立つと柔らかく微笑む。
細身の痩身で白のブラウスの上に紺色のベストを羽織り、同色のスカートを身にまとっている。赤茶けた髪をアップにして、その下の大きな瞳は眼鏡のガラス越しに少年と口裂け女を収めていた。
「あなたは冒険者で遊ぶ癖をやめるべきです」
「遊んでいるつもりはないんだけどなぁ」
ちなみに彼女の出現を少年は知覚できていた。しかし、音が鳴らなかったことに口裂け女が驚いていた。
「うちのギルマスが失礼しました。そして改めて初めまして。私は副ギルドマスターのクリスタと申します。お見知りおきを」
「言っておくけどクロ君にいやらしい視線を向けるんじゃないわよ」
早速牽制する口裂け女だった。
「生憎と私は彼の一回り年下の男性が好みです」
思った以上に罪深い性癖を持つ女性だった。もはやショタですらない。
「このギルド大丈夫か?」
と少年。
「俺の好みは一ケタから最大六十代までだな」
「テメェの性癖なんて聞いてねぇよ。あ、ちなみに俺の好みはカレンさん一直線ですからね?」
「はふんっ!」
突然の強襲に口裂け女が奇声を上げるが、この部屋には性癖がやばい奴等しかいないことが判明する。ある意味人外である口裂け女が一番まともかもしれない。『人外』である口裂け女が。
「さて、話は戻りますが、ギルドの職員、冒険者、そして、ギルマスが失礼しました」
「信用は最低レベルになっていますから謝罪は不要ですよ」
「それならこれ以上は下がらないということですね。安心しました」
前向き過ぎる発言だった。
「下限に底はないのよ?」
口裂け女の辛辣な言葉だが特に気にした様子のないクリスタは胸を抱き上げるように腕を組む。
「ちなみにDカップです」
「話し進めろよ!」
クリスタに対する敬語が消える少年。まあ、当たり前である。
「冗談はここまでとして、ギルマスから話があったと思いますがあなた方にはこの街を離れてほしくないと思っています」
「利用されるのは御免だ」
「利用という言葉は適切ではありませんね。共存共栄といった方が正しいでしょうか」
「言葉が変わっただけだ。意味が変わっていない」
そういう少年は半眼で向かい合う二人を見る。
「そこまで俺達にこだわる理由がわからない。実績もなければ異世界の知識も大して持っていない」
実際少年の持つ知識を形にすれば様々な革命が起きるのだがそれはイコール自分たちの幸せに繋がらないどころか不都合ばかり目立つことになるだろう。拘束されることもあれば束縛されることもあるだろう。何より、
「異世界人が他にもいるなら俺達を囲い込む必要はないよな」
そう、異世界人が少年達だけでないなら他の人物に知識なり技術なりを学べばいいだけの話なのである。それが江戸時代以前から来た人間であるというなら話は別かもしれないが、少なくともそうではない。ひらがな混じりの漢字文字が当たり前のように書けるならある程度の文明まで進んだ日本人がいるはずなのだ。
「というかお前たちニホンジンだろ?」
ランスロットの言葉に少年は目を細める。
「なぜ、そう思う?」
「いや、文字も書けるし会話も成立するからな」
異世界的な言語通訳や文字変換が許されない世界らしかった。
「ステイツとかいう連中はカタコトだったんだよ」
「他に日本人はいないのか?」
「いることにはいるんだけど、ノブナガとか帝国建国しちゃったから、もう話しを聞くどころじゃないんだよなぁ」
第六天魔王がこの世界にはいるらしい。それこそ江戸よりも前の日本人である。しかも、この世界で国家を、帝国とやらを成立させたらしかった。
「突っ込みどころが多いが俺達を引き留める理由になってない」
「ところが理由になるんだよ。この街ソルトレイクシティは近いうちに壊滅する予定だ」
「どういうことだ?」
壊滅とは穏やかではない。
「少なく見積もっても一月以内かなぁ」
しかも、見積もりの期限が非常に短い上に早まる可能性もあるようだ。
「ダンジョンは知っているかな?」
「意味は知っているけどこの世界での常識は知らない」
その言葉にランスロットが頷くとクリスタが引き継いで言葉を続ける。
「ダンジョンはこの世界のいたるところにあります。街の中にあれば外にあることもあります。その中には魔物がひしめき、我々はそこに侵攻することによって魔石や素材、宝具を得ることができます。しかし、このダンジョンというものは時折大量生成・・・スタンピートという現象を起こし、本来ならダンジョン内で収まるはずの魔物が溢れ出るのです」
異世界物の知識を持つ少年からすれば理解の範疇だ。とはいえ、口裂け女はそうでない。
「止められないの?」
「狭い入口の前で波を止められるなら可能ですね」
そんな言葉に口裂け女は考える。程度はともかくとして、
「ぬりかべなら止められそうよね」
その交友関係をこの世界に呼んでほしかった。
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