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妖怪3 名前って大切

 ロクロ。

 その単語に心の温度が一気に下がるのを口裂け女は自覚した。

『え? それ何? あたしの存在を否定したの?』

 一目惚れしていようが心の急下降は誰にでもあることだ。男女関係なくあり得ることなのだ。

 だからこそ、それまではアゲアゲであった口裂け女のテンションは地の底まで落ちたあげく、その性根が悪霊化し始めていた。心なしか、彼女の周囲から黒い靄すら浮かび始めている。

「ねぇ? 本気で言っているの?」

「安直な名前しか思いつかなくてすみません。でも、君みたいにきれいなら・・・」

 口裂け女は言葉の後半を聞いていない。むしろ、それよりも前の言葉に苛立ちを重ねていた。

 黒い靄は密度を増して、誰彼構わずともその手を伸ばそうとして・・・

「カレンなんてどうだろう?」


「え?」


 ふわっと音を立てるがの如く靄が散った。

 それどころか雨の明けた空のように薄い虹が彼女の周りに浮かんだ。

「漢字にして可憐。異世界ならカレンだ。君にぴったりの名前だと思いませんか?」

「そそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそ」

 口裂け女の容量はマックスを越えた。もはや何を言いたいのすらわからない。

 少なくとも否定の言葉ではないだろう。

 しかし、怪異にもかかわらず顔を真っ赤にした口裂け女は否定を口にする。

「あんたあたしの素顔見てないでしょうが!」

「素顔を見なくてもカレンはきれいですよ!」

「っ!」

 即座の断言に口裂け女は顔を覆って体をビクンビクンさせる。

 しかも、名づけを否定をしないらしい。

「ならこの顔を見なさい!」

 彼女は己の口を覆うマスクをはぎ取った。それに伴う開放感。同時に感じる羞恥心。重なる恐怖心。

 知っていた。続くのは己に向ける恐怖の表情。重なるのは化け物という罵声。最後は己は怪異でしかなかったという諦め。

 知っていた。だから、マスクをはぎ取って向かい合った彼は、


「あ、可愛いですね」


「は?」

 口裂け女は固まってしまった。

 こいつは何を言っているのかと思ってしまった。

 なぜなら、生物学上口の端まで裂けている女なんていないし、それを可愛いと思うことがあり得ないからだ。多少口角が広い人間はいる。それでも端から端までなんて存在はいない。ましてや、そこに美しさを感じる存在なんていないはずなのだ。

 なのに、彼は言った。

 可愛いと。

 はぎ取ったマスクが地面に落ちる。

「嘘・・・」

「嘘じゃないですよ」

 即座に否定されてしまった。

「最初は怖かったですよ。怪談そのものじゃないですか。赤いワンピースに黒い髪。でも、赤い瞳に赤い和傘!」

 彼は中二病のようだ。

「結婚してください!」

 異世界転移した直後に言う言葉ではなかった。

「そ、それはまだ早い!」

 いつかは結婚できるようだった。

「というか怖くないの?」

「人間より怖いものがあるんですか?」

 怪異は怖くないらしい。

「それにカレンは怖くないですよ?」

「っ!」

 怪異はズキュンと来たようだった。

「いろいろ納得は行かないがわかった。でも、私は君を何て呼べばいい」

 口裂け女さんの顔は真っ赤でした。気が付けばマスクは元通りでした。地面に落ちたはずなのに汚れ一つありません。

「俺は・・・」


 彼には名前が無かった。

 気づいたら番号で呼ばれていた。

 つまりはそういうことである。

 人ながら人を殺す爆弾のようなものとして生育されてきた。

 結果としてそういうことはしなかったとしても過程は続いていた。

 だからこそ、いつか誰かを殺傷するために現地での生活を続けていた。

 サブカルチャーで若干オタク化していたかもしれないが彼は己の役割を理解していた。

 そんなときの異世界召喚である。プラスその直前に怪異との遭遇。

 彼のテンションはマックスだった。

 思わず求婚してしまうほどに。

 様々な過程の数に名を付けた。

 最初は失敗したかと思ったがリカバリーはできた。しかし、その後に困ってしまう。

 自身の名だ。

 今までコードネームか番号でしか呼ばれたことはない。

 だからこそ困ってしまう。

「俺の名前か」

 偽名やコードネームならいくらでも思い浮かぶがそれはそうでないと思ってしまう。

「クロウなんてどうかしら?」

 その名前にはなぜか心に染みわたった。

 良いね。俺は良いと思う。

 なら、今から俺はクロウだ。

 カレンと一緒に道を歩くクロウだ。

 カラスみたいな恰好をしているからいいだろ? ちょっと中二病臭いブレザー野郎だけど我慢してくれ。

 カレン、逃がさないからな。

どっちもヤンデレですね

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