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妖怪29 良い人と人が良い

「改めて自己紹介だ。ギルド長のランスロットだ」

 通された部屋は彼の執務室だった。

 入った奥には幅広の木製デスクと背もたれ付きのいすが置かれており、デスクの上にはうず高く積まれた書類が存在感を示している。部屋の主はそれと向き合うつもりはないようだが。

 デスクの手前に置かれた向かい合わせのソファーに少年と口裂け女が並んで座り、テーブルをはさんだ向こうに座るのがランスロットだ。

「だから何ですか?」

 少年の声は冷たい。

「お前達には聞きたいことがいくつかある」

「望んだ答えが返ってくるかどうかは知りませんよ」

「と彼は言っているが?」

 そう言ってランスロットは口裂け女の視線を向けるが、

「こういう時の交渉はクロ君に任せることにしているの。あたしは頭が良くないからね」

 正確に言うなら「異世界物」という知識を持つ少年の方がこの世界の常識を理解できそうだと丸投げしているだけである。若干、脳筋思考の口裂け女である。

「そんなことないです。カレンさんはいつも考えて行動してくれているじゃないですか。さっきだって相手を壊す寸前まで追い詰めながらも後遺症が出ないように絶妙な手加減で行動していましたし」

 ひどい頭脳行動であり、そんなところまで見なくでもよかった。

「戦闘時、動いているときもワンピースの裾が捲れないように歩法を使っているところも素敵です!」

 戦闘時にそんなところを見てるんじゃないと悟って欲しかった。

「も、もう、クロ君、そんなところ見られたら恥ずかしいじゃない」

 見られていて照れる方もどうかと思われる。突っ込む者はいないが。

「話し戻していいか?」

「俺とカレンさんのコミュニケーションを邪魔することは万死に値する」

 死が安い世界だった。

「まあなんというかそういうことは宿でやれ。ともあれ、仮面の姉ちゃんはともかく、お前の格好は特殊すぎる。少なくともこの国の人間じゃないよな?」

「そうですね」

 この世界の人間ですらなかった。しかし、そう思われることは薄々理解していたので予想通りである。口裂け女のワンピースはともかく、少年のまとうのは学生服。つまり、この世界の縫製技術ではそうそう作れるものではない。そもそも、素材自体がこの世界にあるかどうか疑わしい。

「どこの出身か言えるなら聞いときたいんだが。もちろん、言えないなら言わなくていい」

 その言葉に、少年は一瞬考えるような素振りをして、薄く笑った。

「世界の果てからですよ」

「っ!」

 その瞬間、室内の温度が下がった。そう勘違いするほどに背筋が強張り、

「いきなりなんですか?」

「それは本気で言ってるのか?」

 それはランスロットの言葉。その表情は先程までのような気やすいものではなく、刃のように鋭さを称えていた。

「それが本気だっていうなら、お前らは魔族ってことになるんだぞ?」

「ん? 魔族って何ですか?」

 そんな少年の言葉にランスロットは溜息を吐き、その瞬間固まった空気は瓦解する。

「無自覚さんかよ」

「どういう意味です?」

 少年からしたら当然の質問かも知れなかったが現地人からすれば溜息をつくしかないような質問だったようである。

「いや、ほんと、それこそ世界の果てから来たのか? 本気で魔族を知らないのか?」

「想像もつかないような遠くから来たと思ってもらえれば」

 世界の時限軸すら違う可能性があった。

「魔族っていうのは北の果て、ノースガルドっていう地域に住んでいる種族だ。魔族は人間に比べて魔力との親和性が高い種族で非常に強力な種族だ。ちなみに料理がまずい」

 最後はいらない情報だった。

「その国には行かないことにします」

「そうね」

 そうでもなかったようだ。

「現在は休戦協定を結んで不可侵状態だがそんな方から来たと言われれば警戒もする。ちなみにノースガルドの通称は世界の果てだ」

 ランスロットが言う話では寒さに厳しく作物が育たない不毛の大地。魔族はともかくとして人では住むことすら厳しい試される大地。だからこそ、世界の果てと呼ばれるということだった。日本出身の少年としては試される大地の単語に北海道を思い出すのは致し方が無いことだった。

「まあ、お前たちは見た目からして人間・・・だからなあ?」

 疑問形なのはマスクをつけた口裂け女に視線が向いたからだ。

「お前、死にたいのか?」

「少年はカレンさんの事となるとすぐに敬語が無くなるな」

「カレンさんの事を気軽に呼ぶな」

「姉さん呼ばわりもダメ、名前呼びもダメ、どうしたらいいんだよ?!」

 ノリのいいギルド長だった。

「まあいいや。お前たちがどこの出身だろうと関係ないしな」

「正直この世界の常識を何も知らない田舎者です」

 ある意味間違ってはいなかった。色々と言葉は足りていないが。

 それに返される言葉は、

「まるで異世界人みたいなこと言うんだな」


「「え?」」


「あ、やっぱりそうだったのか」

 と軽い口調のランスロット。

「カマかけるつもりだったけどあっさり反応されてつまらんな」

 そう言われても、少年達は心の整理がつかない。

「異世界人は当たり前のことなのですか?」

「知り合いに何人かいるけど言うほど多くもないな。俺は立場上色々な情報が集まるからな。まあ、少年の着ている服は異世界人が作った学校の制服に似ているから極東・・・イーストガルド出身と当てをつけてたんだけど外れたな」

 新しい情報であるが参考にもならなかった。

 それよりも、少年や口裂け女のような地球から来た・・・もしくは別世界から来たという存在がいるというのは新しい事実だ。

「ちなみにその数人の名前は?」

「ピーター、ジョセフ、クッキーだったかな」

 一人だけおいしそうだった。

「ああ、先に言っておくが、元の世界の帰り方なんて知らないぞ」

「問題ありません」

 即答だった。

「ん? 異世界人に会うたびに聞かれるんだけどお前たちは帰りたくないのか?」

「誰が帰るかあんなクソ世界」

 気持ちの良いまでの断言だった。

「確かに便利な家電に囲まれたあの世界は過ごしやすいことでしょう。娯楽に困ることなく状況によってはストレスフリー。でも、あの世界では、俺とカレンさんが一緒にいられません」

「っ!」

 刹那、その言葉に口裂け女が背筋をピンと伸ばしてエレクトしていた。それこそ、びくびくと悶えていた。背けた顔と抑えた口元は人様には見せられないほど蕩けている。

「ん? お前たち駆け落ちでもしてきたのか?」

「たまたまそういう結果になったかもしれませんが、この未来を知っていたとしても俺はここにいたでしょうね」

 もうやめて! これ以上あたしを悶えさせないで!! そう叫ばんばかりに身体をビクンビクンさせる口裂け女。まるでのたうち回る蛇である。

「・・・相方大丈夫?」

「可愛らしいですね」

 その言葉に一段と体が跳ね上がるが止めるつもりはないようだった。

「お前達の目的を聞きたい」

「一応異世界人とやらでこの世界での生活基盤がありません。定住を含めて安心安全な場所を探しています」

 少年の言ったとおりだ。元々、この世界に来たのは偶然であり目的だったわけではない。ならば、生活基盤を固めるのは当然の選択肢である。まあ、彼らのプロフィールが特殊なのはご愛嬌といったところだ。

「冒険者になろうとしている奴の言葉とは思えないけど納得はできるな」

「この世界の常識を学ぶべくこの街に入るとは思いますが、いつまでもいるとは限らないことを断言しておきます」

 少年の理想はとなりで跳ね回っているいる女性との静かな生活なのだ。跳ね回ってはいるが。

「まあいいや、わかった。便宜とまではいかないが、多少は考慮して色々してやる」

「そんなことしていいんですか?」

 少年の言葉にランスロットは苦笑。

「言ったろ? 知り合いに異世界人がいるんだ。そいつらにやってやれなかったことをやってもいいんじゃないかと思ってな」

 善人丸出しなセリフである。しかし、そんな言葉に少年は笑う。

「人が良いですね」

「言い方ぁぁぁーーーー!」

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