妖怪21 ライドオン!
本日二度目の更新です。ブックマークしている方はご注意ください。
草を踏みしだく音と何やら獣臭い匂いが鼻を突く。
少女、ブラウンはその事実に目を覚まして身構える。
なぜならそれは危機だからだ。
自身の現状、あらゆる状況を踏まえて最悪のものだったからだ。
草原で獣の匂い。自身は何か? 奴隷であり獲物でしかなかった。
「どうしたの?」
若干ハスキーな女性の声に少女は改めて状況を思い出す。
よくわからない怖い少年と真っ赤な衣装を着た口布の女性。そんなわけのわからない連中に助けられたことを。
「何か来ます」
受け答えする以上に逃げ出したい。しかし、少女の鼻は匂いを感じただけ。場所も方向もわからない。逃げ出した方向に魔物がいたのであれば笑い話にもならなかった。だからこそ、身を守るためにも赤い衣装の女性と一緒にいることが身を守るためにも必要だった。
最悪、どちらかが犠牲になればどちらかが助かるからだ。
「んー、さっきクロ君が言っていた奴かな」
「何か探しに行ったんですか?」
「詳しくは言ってくれなかったけれど、そういうことでしょうね。まあ」
言葉が切れると同時に怖気が走る。
周囲の温度が一斉に下がったような気がした。
薄い布に覆われた皮膚に鳥肌が立つ。
『何なんですかこれは?!』
言葉にすらできない恐怖が全身を駆け巡る。
たった一瞬で、こんな名状しがたい気配をまとう存在を少女は知らなかった。魔物と向き合ってすらこんな感情を抱いたことはない。
「どうかしたの?」
それはこちらのセリフだと声を大にして言いたかった。
しかし、首をかしげて振り返る黒髪の女性は、それこそ、不思議そうな表情をしているが、それ以上に発する気配が、そのまなざしが恐ろしくて仕方なかった。
「大丈夫よ」
目の前の存在が大丈夫ではなかった。
そのまなざしが薄く細まり、口布越しに口元が弧を描くのがわかった。そして、口布の端から割れて見える口元は・・・
「っ!」
見えるはずがない。人間の口は、顔の端から端まで裂けるものではなく。
でも、見えているのだ。
つまり、彼女は・・・
「ばけ・・・」
「その続きを口にしたら殺す」
「ひっ!」
それこそ匂いも気配も何もなかった。しかし、肩に触れた感触は本物だった。
慌てて振り返れば、能面のように表情のない少年が少女を見下ろしていた。そして、その表情と感触は言葉の通りのものだろう。少女の言いかけたことをそのまま口にすれば、彼の言葉の通りになることを予想させた。
「クロ君おかえり」
「ただいま帰りましたカレンさん」
そう言って振り返る時は満面の笑み。どこまでも胡散臭い少年だった。
「何がいたの?」
「でかい犬です」
説明になっていなかった。
「正確に言うなら狼ですね。大きさでいえば体長二メートルくらいでしょうか」
「それ十分大型獣よ?」
少なくとも人間が相手できるような獣ではない。
しかし、少年は朗らかな笑顔でいう。
「今もそこにいますよ」
「ひっ!」
少女は慌てて少年から距離を取って辺りに視線を飛ばす。
そして、目が合う。合ってしまった。
「!!!!!」
草の切れ間に立つのは薄いブルーの瞳と茶色と白の毛並みを生やした獣。舌は口元から垂らせながら並ぶのは鋭い牙。それは人の牙などたやすく切り裂くことを想像させた。しかし、逃げられない。逃げることよりも先に少女の首を噛み砕くであろうから。
「そいつは殺さなくてもいい」
それは少年の言葉。そして、言われずとも獣は態度を変えていなかった。元から、獲物としてすら見ていなかったのだろう。少なくとも少年の前では。
「そして、黒髪の赤い衣装をまとった素敵な女性は俺の大切な人だ。敵意を向けたら・・・八つ裂きにするぞ」
「す、素敵だなんて・・・」
口裂け女が照れる一方、発せられた殺気に獣が全身をガクブルさせていた。
大型の獣どころか、草原の王なのに。
「も、もう、わけがわからない」
この時一番の被害者がいるとしたら間違いなく彼女だった。この世界の住人ながらも様々な闘争と暴力に巻き込まれて、その挙句草原に逃げ延びながらゴブリンなどの魔物に襲われ、あの挙句よくわからない人間たちと行動を強制されて、理不尽な殺意に心臓が止まりそうになりながら、目の前で巨大な獣が腹を見せながら悲しそうに鳴いているのだ。
意味が分からなかった。一ミリも理解できなかった。そして、
「あ、無理」
起きたばかりの少女は感情線のグラフを天元突破して意識を失った。
目を開いた時、映ったのは青い空だった。顔を照らす日差しが少し暑い。そして、後頭部に感じる柔らかい感触は心地よいがどこか獣臭かった。
「っ!」
慌てて身を起こし振り返った先に映ったのは意識を失う前に目にしていた巨大な狼だった。
「あ、目を覚ましたのね」
声の先に目線を向ければ口布の女性が胡坐をかいて座っていた。少なくとも少女の知る女性の座り方ではない。なぜなら彼女が着ているのワンピースだからだ。
「気分は悪くない?」
「だ、大丈夫です」
本心は全く大丈夫ではなかったが、そう答えるしかなかったのが本音である。
「それじゃあ行きましょうか」
そう言って立ち上がる少年。目線すら向けない彼の行動は少女の容体を全く意識していなかった。
彼の場合は口裂け女と自分のこと以外は果てしなく優先順位が低いからだ。付いてこれないならそれまで。人でなしというよりは興味のあるなしでしかなかった。
「歩けないならそいつにまたがれ」
少年の言葉が一瞬理解できなかったが、一瞬の先に気づいて少女は体を震わす。
「む、無理」
傍らにいる獣にまたがれ。少年はそう言ったのだ。だからこそ、少女は震えて首を横に振る。
「なら行くぞ」
「待ってクロ君」
少女の戸惑いをよそに、口裂け女が獣の横に立つ。
「あたしがこの娘と一緒に乗りたいわ!」
マジで勘弁してください。ブラウンはそう思った。




