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妖怪2 勘違い野郎

 目の前が光に包まれた。

 そう思った直後、彼彼女等はそこにいた。

 広がるのは草原。

 鼻に突くのは踏まれていない緑の匂い。

 風になびく草木に目を細めながら周囲を見回す。

「ここはどこですか?」

 それは男のつぶやき。しかし、そんなこと以上に口裂け女は思う。

「あたしはここにいる」

 重力を感じる。光を感じる。熱量を感じた。

 ただ、立っているだけなのに自分の存在を感じていた。

 それは奇跡だ。

 都市伝説という、本来なら存在しない自分が明確な形を得ているのだ。

 なぜ? 疑問は残っているし証明する手段もない。

 しかし、彼女は自分の肉体の存在を自覚していた。

 その上で彼を見る

 見ただけなら中肉中背。むしろ若干細めだろう。顔立ちは判断がつかない? 美醜はあるかもしれないが判断のつかない顔だった。印象に残らない。それが彼の容姿のすべてだろう。

 ちなみに着ている衣装は男性のブレザーだ。どうやら高校生らしい。

「口裂け女さんがいるのは良いのです。俺の望むところですからね」

「お、おう」

 男前の口調をしながらも彼女も困っている。それこそ、ここが日本ですらないことを理解しているからだ。なぜなら、彼女はこんな果てしない草原を知らない。そして、異世界転生ネタを知らない。

「まるでモンゴルね」

 イメージだけの言葉だ。知識と景色の整合性はない。

「確かに草木が多いですね。とはいえ放牧地帯ならもっと背が低いはずですから、それこそ異世界転生者ですね」

「異世界転生? 何それ?」

 そんな言葉に彼は笑う。

「まるで違う世界に飛ばされることですよ。俺のいた世界では結構メジャーなジャンルです」

 そうかとうなずきながら思う。

 明らかに言葉が足りていないが口裂け女が納得しているならいいのだろう。齟齬はあるが。

「なら、あたしのような怪異が同時に移動したのは珍しいね」

 彼女は自身が怪異であることを自覚している。

 人間と共にいられないことも自覚している。

 なのに今は肉体を得てその上で理解している。

「あたしは化け物枠だな」

「何を馬鹿な!」

 否定が速攻だった。

「口裂け女さんの美しさはマックスですよ!」

 将来が心配なレベルだった。


 動く気配。彼らは前進するしかない。だからこそ、周囲からの反応は当然だ。

 草草か揺れながら飛び出してくる個体もあるし叩き潰される個体もある。ただそれは、叩き潰されるためだけの個体であったし、叩き潰される前に叩き潰されるためだけの個体でしかなかった。


 それは振り返る。


『死にたいなら死ぬ前に死ね。知覚する前に死んでしまえ』


 それはどちらの言葉だろう? そんなことすらも判明しないまま彼ら進む。進んでしまう。

 人間?と口裂け女は草原を歩く。歩き続ける。

「そういえばお互いの名前を知らないですね」

「そうね」

 口裂け女は普通に会話していることに違和感しか感じないながらも、歩みをそろえながら頷く。

「俺は・・・」

 彼は言葉に詰まる。それはいったいどんな理由なのかはわかない。

 しかし、言葉に詰まるということは相応の原因がある。

 草を踏むだけの音が鳴る。

 口裂け女は何も言わない。彼は言葉に詰まっている。

「名前なんてどうでもいいわ」

 なぜなら彼女の名前が口裂け女だからだ。

「わたしは名前が無い」

 怪異だからだ。

 怪談に名前はあっても怪異に名称は少ない。なぜなら妖怪ではないからだ。

 口裂け女自身妖怪か怪異なのか区別がついていないのだ。

 妖怪は固有名称を持っている。

 口裂け女は固有名称ではないのかと問われれば彼女の中では疑問が生まれる。

 赤い服着てて私キレイと聞けばだれでも口裂け女じゃんと。

 ぬらりひょんみたいに固有名詞ないしと。

 自由な個性とストーキング能力を持ちながらも彼女はそこが不安であった。

 実体を得ながらも己の存在意義を自覚しきれていなかった。

 ちなみに赤いワンピースも実体化しているし、仕込み杖入りの和傘も物理的な重さを手にしている。

「つまり口裂け女さんには名前が無いのですか?」

「ジャンルという意味では名前がそれね」

 口裂け女は考える。自分の名前なんてそもそも覚えが無い。なぜなら彼女は気が付いたら怪異という現象でしかなかったからだ。こうやって自己が生まれたことすら奇跡だと彼女は思っている。

 もっと正確に言うなら、こんな身も知れない少年に一目ぼれしたからことの事故なのかもしれない。そう、事故だ。怪異は感情なんて持たない。ただの現象だ。だからこその奇跡かも知れない。

「なら、俺が口裂け女さんの名前を考えますよ!」

「あ、ありがとう」

 どんな名前だろうと少し不安になってしまう。しかし、彼の口にした単語は、


「ロクロなんてどうでしょうか?」


 妖怪の種族すら超越した勘違い野郎だった。

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